バーチャルデート編
第21話 キュティとのデート
彼女を最初に選んだ理由は特に無いが、玄関の事もあったので、とりあえずは最初にデートしようと思った。フォルトから教わった方法を使い、キュティとのバーチャルデートを再生する。最初は、乱れた画像とノイズのようなモノが聞こえて来た。それがだんだんと落ち着いていって、最後は自分がまるでそこにいるような錯覚に襲われた。手足はもちろん、その口さえも自由に動かせない。思考の方は何とか生きていたが、仮想現実の俺が「それ」を妨げて、自分でありながら自分ではない何かなっていた。
俺は自分の中に入って、外の景色を眺めはじめたが、そこが自分の良く知る町で、今の場所がカップル達の良く使う待ち合わせの場所だとすると、不安と緊張の入り交じる奇妙な感覚に襲われてしまった。
自分はどうやら、待ち合わせの場所でキュティを待っているらしい。普段の俺なら絶対に着ないような服(滅茶苦茶オシャレだった)を着て。その髪型もファッション雑誌に載っているような……つまりは、いつもより格好良く感じられた。
俺は自分の変化に戸惑いながらも、妙に嬉しい気持ちで、彼女が待ち合わせの場所に来るのを待った。
キュティは、すぐにやって来た。今時の女子高生が着そうな、少し派手目の服を着て。そう言う服は正直苦手だったが、彼女が「それ」を着ると、何故か嫌な感じがしなかった。その服を着るために生まれて来た人間のように。
彼女が醸し出すセンスは、その服と絶妙にマッチしていた。特にスカートから見える生足が素晴らしい。彼女の周りにいる通行人達も、その美しさに思わず目を奪われていた。
彼女は俺の姿を見つけると、嬉しそうに「王子!」と抱きついて、俺の首に腕を回し、やや乱暴に抱きしめたからすぐ、俺の唇に「むちゅ」とキスした。彼女のキスは、瑞々しかった。今まで色んな女子とキスしてきたけど……彼女のキスには、年相応の軽さが感じられた。外国人が仲の良い友達とキスするのと同じように。彼女の唇が離れた瞬間には、興奮よりも友情に近い感情が芽生えていた。
キュティは俺の手を引き、今の場所から颯爽と歩き出した。
「えへへ、今日はいっぱい楽しもうね?」
「ああ」と、俺もうなずいた。「そうだな」
俺達は互いの手を握り、並んで町の中を歩きつづけたが、町の中でも一番大きいショッピングモールが目に入ると、彼女が「ニコッ」と笑って、俺の手を引っ張りながら店の中に入っていった。店の中には、かなりの客が入っていた。
カップルで店の中を見る奴らはもちろん、友達と仲良く歩いている奴も。俺達の事を追い越した男子小学生は……キュティがあまりに可愛いのか(そいつに手を振った事もあったけど)、彼女の姿を二、三度見、そのポッと赤らめて、それを隠すように、俺達の前から慌てて走り出した。
キュティは、その様子に「ニコッ」とした。
「ふふふ、可愛い」
かなりご機嫌。年上の女性が、純情な少年をからかった感じだ。
「まあ、小学生の男子なんてあんなもんだろう」
ようやく性に目覚めて。「お前の〇〇〇小せぇな」や「女の〇〇〇〇」で盛り上がる男子には、彼女の姿はあまりに刺激的すぎだ。俺だって、彼女の胸やら脚には思わず目が行ってしまうし。「自分の隣に美少女が立っている」って言うのは、男子にとっては胸躍る瞬間なのだ。
俺は隣の彼女から視線を逸らし、胸の高鳴りを何とか落ち着かせた。
彼女は俺の手を引っ張り、女性の衣服エリアに行って、そこの服を次々と手に取った。
「ねぇ? この服、どう?」
弾んだ声が店内に響く。それに若干の気恥ずかしさを感じるが、ここは当たり障りのない言葉を選んで、「良いんじゃないか?」と応えた。「今時の服なら、何を着ても似合いそうだし」
俺は……自分では正解を言ったつもりだったが、「女」って奴は最初から答えが決まっているらしく、それを言わないと、決まってすぐに不機嫌になった。
彼女は「ムムッ」としながら元の場所に服を戻すと、「今度は間違えるな」と言う風に、別の場所から新しい服を取って、目の前の俺に「これは?」と見せてきた。
俺は、質問の答えを慎重に選んだ。
「ううん、微妙かな?」
「だよね? やっぱり、こっちの方が良いかな?」
よし、今度は上手く行ったようだ。
先程まで漂っていた不機嫌オーラも無くなっていた。
俺はその事にホッとしつつ、彼女が満足するまで、店の中を歩きつづけた。店の中から出たのはそれから二時間後、俺の中に若干疲れが出始めた時だった。
彼女は服屋の中を見て回ったが、その商品自体は結局買わなかった。
「最初は、『良い』と思ったんだけどね」
どうやら、お気に召す物が無かったらしい。「はぁ」とガッカリする彼女の顔は、若干憐れにも思えた。
「まあ、無かったんだから仕方ねぇよ。次(が、あればだが)行った時、良い物を見つければ良い」
「むうっ」と不満げな彼女だったが、それもすぐに「そうだね」と立ち直った。
「今度、行った時に!」
彼女は嬉しそうに笑い、そしてまた、俺の手を握りはじめた。
俺は、彼女の手にホッとした。
「次は、何処に行こうか?」
「お腹空いちゃったから。〇ック行こうよ!」
「分かった」
近くの〇ックに行った。店の中はそれなりに混んでいたが、店に入ったタイミングが良かったらしく、すぐに注文する事ができた。
俺はビッグなハンバーガーとLサイズのコーラを、彼女はデザート付きのセットメニューを頼んだ。
俺達は空いている席に座り、そこで他愛のない話をしながら、自分の昼食を平らげた。
「ごちそうさま」と言って、所定の場所にトレイを戻す。「やっぱり、〇ックは最高だね!」
キュティは「ニヤリ」と笑って、俺と一緒に店の中から出て行った。
「王子!」
「ん?」
「次は、ゲーセンに行こう! アタシ、王子とプリクラ撮りたい!」
「お、おう、分かった」
俺はその願い通り、町のゲーセンに行って、彼女と一緒にプリクラを撮った。彼女と撮ったプリクラは、加工しすぎてとても見られた物ではなかったが、それが妙に照れ臭かった。
「アハハハ、目大きすぎ!」
俺達は、互いの顔を笑い合った。今日(と言うのは、少し編かも知れないが)のデートを心から楽しむように。プリクラを撮った後も、ゲーセンのゲームを一通り遊んで、今流行りのタピオカジュースを飲み(俺はあまり知らなかったが、キュティはそう言うのに詳しかった)、それを飲んだ後も、町の公園なんかに行ったりして、楽しい時間を過ごしつづけた。
「もう、夕方か。早ぇな」
「うん」の声が、若干色っぽかった。「本当に早い」
彼女は俺の手を握り、真剣な顔で俺の目を見た。
「ねぇ、王子」
「ん?」
「アタシ、早く大人になりたい」
それ以上の言葉は、聞かなかった。「大人」の意味が分かったから、言葉よりも沈黙が勝ってしまった。沈黙はしばらく続き、ようやく話せるようになった頃には、彼女に「キュティ」と話しかけていた。
まるで自分の心を、情けない自分自身を呪うように。ここは確かにバーチャルの世界だが、やはり相応の覚悟がいる。彼女の事を抱く俺にも、俺に抱かれる彼女にも。その一線を越えてしまったら、もう後戻りはできないのだ。
俺は最後の抵抗として「でも」と言ったが、彼女の目が「それ」を許さなかった。「アタシは、王子の愛が欲しい」と。言葉には出さなかったが、その空気がすっかりと伝わってきた。
俺は、その空気に折れた。
「責任は、取る」
を聞いて、彼女の顔が華やいだ。
彼女は恥ずかしげに笑い、俺の手を優しく握りしめた。
「ホテル、行こう?」
「……ああ」
俺は互いの目を見合い、「うん」とうなずき合って、近くのビジネスホテルに向かった。ホテルのフロントでは色々と聞かれたが、それっぽい嘘を付くと、すぐに部屋の鍵を渡してくれた。
俺達は鍵の部屋番号を見て、その部屋まで行き、そこの鍵を開けて、部屋の中に入った。部屋の中は綺麗で、窓から見える景色はお世辞にも綺麗ではなかったが、俺達の気分を高めるのは十分すぎる程の力があった。
俺は、彼女の目を見た。
彼女も、俺の目を見た。
俺達は互いの目を見合い、どちらかが言うわけでもなく、一緒に部屋のシャワーを浴びて、相手の身体を洗い合い、浴室の中から出ると、彼女を押し倒すように、ベッドの上まで行った。
「怖いか?」
「うんう、すごく幸せ」
「そうか」
緊張の一瞬だ。快楽と責任が同時にやって来る瞬間。
俺達の親は、そうやって愛を紡ぎ、次の時代に命を託してきたのだ。
俺はその神秘に、自分の生まれて来た奇跡に感動しつつ、ぎこちない手で彼女の身体を抱きしめた。
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