第22話 フーヌとのデート
フーヌの容姿については、ドストライクではないにしても、見ている分にはとても心地よかった。ふわりとした感じのショートボブも良い感じだし。「旦那様」の呼称には、少しだけ辟易してしまうが、それ以外の部分はほとんど不満がなかった。着ている服も、何となくゆったりしているし。
ファッション誌のモデル程華やかではないけれど、その穏やかな笑顔には、俺の心をドキッとさせる……いや、ホッとさせる何かがあった。俺に幼馴染の、それも彼女がいたら……たぶん、こんな感覚になるのだろう。お互いに気心が知れている。だからこそ、待ち合わせの場所に着た時は、「旦那様!」と微笑む顔が、より一層に輝いて見えた。
彼女は俺の前に立つと、嬉しそうに笑い、「お待たせ」と俯いた。
俺は、その声にドギマギした。周りの連中は、それを羨ましげに見ている。俺の隣に立っていた男も、俺達の前を通りすぎた男達も。彼女を待っていた(と思う)男は、自分の彼女が来てもフーヌに見惚れていたので、その彼女に頬を思い切りつねられてしまった。
俺は自分の頭を掻き、彼女の顔から視線を逸らした。
「今日は……その、何処に行く?」
と聞いてはみたが、内心ではいくつかの候補を挙げていた。今までの経験もあって。女子の行きそうな場所は大概、服屋か食い物屋だった。
「自然公園」
「え?」
「フォルトから聞きました。『二駅先にそう言う場所がある』って。今日は、お弁当を作ってきたから」
「ふぇ?」
俺は、彼女の右手に目をやった。彼女の右手には、バスケット籠が握られている。
「二人分の?」
「うん」と、うなずくフーヌ。「今日は、お天気も良いし。自然の中で食べたら、きっと美味しいよ?」
「そうか?」と言いかけた俺だったが、すぐに「そうだな」と言い直した。確かに自然の中で食べる弁当も悪くない。地面の上にシートを敷いて。
彼女が背負う鞄の中には、それ用の道具が入っているのだろう。サイズ的にはあまり大きくないが、道具類を入れるには十分な大きさだった。
俺は彼女の足を促し、彼女と連れ立って、町の駅に向かった。駅の中には、色々な人が見られた。券売機の前で路線図を見上げている老人、旅行客と思われるリュックを背負った集団。俺達が券売機の前に並んだ時は、俺達の前に並んでいた女子高生達が(おそらくは、部活に行く所だろう)、こっちの方をチラ見し、驚いたような顔で、券売機の方にまた向き直った。
「ねぇ、ねぇ、後ろの奴」
「マジ、ヤバいよね?」
ヤバいの意味は、あまり考えたくなかった。今の表情を推し測ってみても……考えられるのは、「どうして、こんな奴が?」と言う言葉だけだった。フーヌ程の女の子なら、どんな男の子とも付き合えるのに。見掛けが釣り合っていないカップルには、周りは何処までも冷ややかなのだ。
俺は「それ」に暗くなったが、フーヌは「気にしない、気にしない」と微笑んだ。
「周りの人がどう言おうと。旦那様は、本当に素敵な男の子だから」
彼女の言葉が、嬉しかった。普段なら「旦那様」の部分に戸惑ってしまうのに。今だけは、その言葉が有り難く思えた。
「ありがとうな」
「いえ」と、笑う顔も可愛かった。「愛する人を想うのは、当然の事だから」
彼女は、嬉しそうに笑った。
俺は二人分の切符を買い、電車の中に乗った。電車の中には、あまり人がいなかった。仮想世界の設定では、今日は休日の筈だけど。電車の中に乗っていたのは、先程の女子高生達や右手のスマホを弄くる男性、外の景色を眺める若い女性だけだった。
俺達は近くのボックス席に座り、電車が駅から発進すると、互いの顔を見合って、好きな話を好きなように話した。電車が目的の駅に着いたのは、それから十五分後の事だった。周りの客達が降りて行く。
外の景色を眺めていた女性も、右手のスマホを弄っていた男性も。扉の近くに集まっていた女子高生達は降りなかったが、俺達は揃って電車の中から降りた。電車の外は心地よく、駅の中から出た時は(ここは、無人駅だ)、ちょっとした開放感を覚えた。
フーヌは俺の手を握り、少し引っ張る感じで、駅の前から歩き出した。
俺は彼女の案内に従って、目的の自然公園に行った。自然公園の中は、静かだった。鳥の鳴き声は聞こえて来ても、それを妨げる余計な音は聞こえて来なかった。すべてが、自然の空気に包まれている。足下から匂う草花の香りも。通路の前から歩いて来た老夫婦に「こんにちは」と挨拶された時は、何とも言えない感動を覚えた。
「こんにちは」
「こんにちは」と、フーヌも返す。
俺達は老夫婦に頭を上げると、二人とは逆の方向に向かって、ゆっくりと歩き出した。
俺は彼女と手を繋ぎ、周りの景色を眺めたり、その景色に感想を言ったり、彼女の顔に視線を戻したりして、自然公園の中をぐるりと一周した。
「普段は、あまり気にしないけど。自然って、やっぱり良いもんだな?」
「うん。自然は、心を癒してくれるから。私は、自然が好き」
フーヌは嬉しそうに笑い、近くの草地に目をやった。
「お昼も近いし。そろそろ、お弁当食べる?」
「そうだな。腹も減ったし」
俺達は草地の上にシーツを敷き、二人でそこに座って、フーヌが籠の中から取りだした弁当を開けた。弁当の中には、俺の好きな物がたくさん入っていた。
「すげぇ、美味そう!」
フーヌは、その言葉に「ニコッ」と笑った。
「いっぱい作ったから、たくさん食べてね?」
俺は割り箸をパキッと割り、「頂きます」と言ってからすぐ、彼女の作った弁当を食った。彼女の作った弁当は、美味かった。ラミアが作った味噌汁も美味かったけど。フーヌの弁当は、何となく家庭的な味がした。
「すげぇ、美味い!」
「そう? 良かった」
ああ、癒される笑顔だ。心の中が浄化される。
俺は彼女が見ている横で、彼女の作った弁当をペロリと平らげた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
彼女は自分の分を食べ終えると、嬉しそうな顔で籠の中に弁当箱を片付けた。
「また、作ってあげるね?」
「う、うん。ありがとう」
俺は右の頬を掻き、自分の正面に向き直った。俺の正面には、自然の風景が広がっている。それをずっと見ていたら、嫌な事などすぐに忘れてしまいそうな風景が。
俺は無言で、その景色をしばらく眺めつづけた。
フーヌは、俺の手に自分の手を重ねた。
「旦那様」
「ん?」
「幸せだね?」
「ああ。自然の空気を吸えるのも」
「愛する人と一緒にいられるのも。自然は常に流れているから、同じ所には決して留まっていない。同じ場所で同じ空気を吸えるのは、それって凄い事だよね?」
「そうだな。普段は、ぜんぜん意識していないけど。自分以外の誰かと同じ時間を共有できるって言うのは、実は凄い事なのかも知れない」
「旦那様」
「ん?」
「私はもっと、あなたとの時間を共有したい」
フーヌは俺の手を握ると、恥ずかしげに俯きながら、自分の胸に「それ」を持って行った。彼女の胸は、柔らかかった。大きさ自体は、決して大きくはないけれど。俺を驚かせるには、十分すぎる程の弾力があった。
「なっ!」
「お願い!」
放さないで! と、彼女は言った。
「私の気持ちを」
俺は「それ」に従い、彼女の胸を掴みつづけた。
「フーヌ」
「ドキドキしている?」
「え?」
「私の身体に、私の心に、ドキドキしている?」
「……ああ。すごくドキドキしているよ」
彼女の涙が、見えた気がした。
彼女は俺の手を撫で、嬉しそうに笑った。
「そう……良かった」
俺は、その言葉に胸を打たれた。
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