第20話 ボロ負け、したのか?

 どんな時でも変わらない情熱は、俺にとっては眩しい光のようだ。「今の状況を小説にしろ」と言う藤岡も、「緑山蘭子を倒す」と言うラミアも。俺の知っている女達は、己の信念に溢れていた。それがまるで当然だと思うばかりに。彼らには、決して譲れない物がある。それに比べて、今の俺は何だろう? ただ、目の前の状況に流されて。


 モノフル達には、「緑山蘭子を止めよう」と言ったが……それも他力本願、他人の力を借りたからこそ言える言葉だった。人間の俺には、どうする事もできない。緑山蘭子と話す事はできても、「それ」を説得するのは無理な事だった。


 俺は自分の自転車に跨がると、憂鬱な顔で自分の家に帰った。家の玄関には、キュティ(どうして?)が立っていた。何処か嬉しそうな顔で。その顔は、俺に抱きついた時にも変わらなかった。


 キュティは俺の胸に顔を埋め、その顔を何度も動かしつづけた。


「バーチャルも良いけどさ。やっぱり、生の方が良いね!」


「え?」と驚く俺だが、「バーチャル」の部分で妙に納得した。「バーチャルの俺とデートしたんだな?」


「うん! ラミッチ以外の全員がさ! みんな、すごく嬉しそうだったよ!」


「そっか」


 俺は、妙に嬉しくなった。


「それは、良かった」


 キュティは俺の手を握り(ラミアの嫉妬は無視した)、その手を強引に引きながら、俺の部屋まで俺を連れて行った。部屋の中では、モノフル達(調査組を除く)が俺の帰りを待っていた。

「お帰りなさい」や「お帰り」から始まる、モノフル達の声。それらの声を聞いて、俺も彼女達に「ただいま」と返した。


 俺は学校の制服を脱ぎ、椅子の上に座って、フォルト達が家に帰ってくるのを待った。


 フォルト達は、夕方頃に帰ってきた。「ただいま」と、フォルトが代表して言う。彼女以外のモノフルは全員、キューブの状態に戻っていた。


 ラミアは、俺の部屋までフォルトを促した。


「調査は、どうだった?」


「已然として難航している。彼らのセキュリティは、ほぼ完璧。前にも話した通り」


「そう……」


「だから、別の視点から調査を進めた」


「別の視点?」


 フォルトは、俺とラミアの顔を交互に見た。


「政府の特殊対策チーム。そこのコンピューターに忍び込んで、緑山蘭子の動向を探った」


 俺はその言葉を聞き、椅子の上から立ち上がった。


「それで?」


「犠牲者が出た。対策チームは百人規模の人間を送って、緑山蘭子の軍勢に戦いを挑んだけれど……その結果は」


「ボロ負け、したのか?」


「ええ。彼らは特殊殲滅用の最新武器を使ったけれど、モノフルの前ではまったく歯が立たなかった。次々と倒れる戦闘員達。モノフル達は体術、剣術、その他特殊能力を使って……彼らは、重火器を使わないようだけど、戦闘員達を行動不能にして行った。その様子は、文字通りの地獄絵図。辛うじて帰って来られた戦闘員も、『もう二度と戦いたくない』と言っている」


 俺は、その話に震え上がった。分かってはいた事だが、実際に聞いてみると、こんなに恐ろしい事はない。「俺達は、本当に勝てるのか?」と不安にさえなってしまった。


「第二波は、あるのか?」


「今の所は、分からない。これだけの犠牲が出た以上」


「政府も下手には動けない、か」


「ええ。でも、別の案は考えている」


「別の案」と、ラミアが聞く。「戦闘員がやられてしまったのに?」


「彼らは……力尽くでは、緑山蘭子に敵わない事を知った。どんなに強力な武器を使っても。待っているのは、虚しい敗北だけ。彼らは、緑山蘭子を保護する」


「なっ!」


 俺はフォルトの前に歩み寄り、その肩を思い切り掴んだ。


「あれだけの人を殺して! そんな人間を」


「時任君の気持ちは分かる。でも」


「くっ」


「実力で倒せないのなら、保護して説得するしかない。その為の施設も今、用意している」


「どんな施設を?」と、ラミア。「彼らを保護できる施設なんて」


「学校。政府は開校予定だった私立高校を買い取って、そこにモノフル達を通わせるつもり。厳重な監視下に置いて。今の彼女には、現行の法律は通用しない。法律を守らせようとしても、すぐさま返り討ちに遭ってしまうから。如何なる力も通じないのなら、できるだけ譲渡して、彼女を怒らせないようにするしかない」


「……そんな」


 俺は暗い顔で、椅子の上に座り直した。


「本当に何でもありかよ?」


「ええ、悔しいけれど」


 ラミアは何かを考えるように、自分の顎を摘まんだ。


「とにかく……今は、修行に励むしかない」


 俺も、その言葉にうなずいた。「ああ……」


 俺達は暗い顔で、互いの顔をしばらく見合った。


 フォルトは、俺の顔に視線を移した。


「バーチャルデート。前に渡した眼鏡は、持っている?」


「え? ああ、もちろん」


 俺は、机の中から例の眼鏡を取り出した。


「これだろう?」


「ええ」


 フォルトは愛おしそうに、眼鏡のフレームに触れた。


「人が頑張るためには、それ相応の対価が必要。ラミアの指示通り、私も時任君とのバーチャルデートを楽しんだ」


「う、うん」


「あなたも楽しんで。順番は、あなたに任せるから」


 ラミアも、同じように微笑んだ。


「私達は、山の中で修行してくる」


「あ、ああ、分かった。なら俺は、お前らとバーチャルデートしているよ」 


「ええ」

 

 モノフル達は「ニコッ」と笑って、俺の言葉にうなずいた。


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