第19話 それは、小説を書くよりも大事な事なの?

 起きるのが億劫だったわけではない。ただ昨日の修行が、修行の光景が俺を何となく憂鬱させていた。これからの決戦を考えると……恐怖もよりも、不安の方が強かった。相手は、精鋭揃いの108人。その中には、あの蘭童優も含まれている。


 アイツは緑山蘭子と関わった人達を襲い、そして今も、彼らに恐怖を与えつづけているのだ。まるで主人の仇を討つかのように。彼らの忠誠心は、昔の武士達よりも強かった。主人に逆らう者は、容赦しない。彼らは「忠誠」の名の下に、多くの人達を苦しめていた。

 

 暗い顔で、ベッドの上から起き上がる。

 

俺は机のモノフル達に「おはよう」と挨拶すると(モノフル達も、「おはよう」と返してくれた)、いつもの準備を済ませて……の前に、ラミアがモノフル達に指示を出していた。


「私達が学校に行っている間、みんなには疑似デートを楽しんで欲しい」と。「修行をつづけるためには、それぞれのモチベーションが大切だからね。フォルト達も一回分のデートを楽しんでから、相手の事を調べて欲しい」


 ラミアはそう言って、机のモノフル達を見渡した。


 モノフル達は彼女の指示に従い、「やったぁ」と悦んで、それぞれに俺との疑似デート(フォルト曰く、キューブ状態でも俺との疑似デートを楽しむ事ができるらしい)を楽しみはじめた。


 俺はその光景に苦笑したが、学校に遅れるのは不味いと思って、ポケットの中にラミアを入れ、自転車の上に跨がり、それから学校に向かった。学校の前にはいつもの如く、風紀委員の生徒達が立っていた。


 俺は色々と面倒だったんで、彼らの目から上手く逃れようとしたが……そこは、有能な風紀委員長。俺がある風紀委員の目から逃げようとした瞬間、神崎宇美に「待ちなさい!」と捕まってしまった。


 神崎は俺の目をギロリと睨みつけ、その服装を細かく調べはじめた。神崎がラミアを見つけたのは、それから数秒後の事だった。


「また、これを。時任君!」


「何だよ?」と聞きつつ、内心では怒鳴られると思ったが、その答えは想像と大分違っていた。


 神崎は暗い顔で、俺の右手にラミアを返した。


「やっぱり、この子達が良いの?」


「え?」と、驚いたのが間違いだった。


 神崎は両目に涙を浮かべて、俺の目を鋭く睨みつけた。


 心が暗くなった瞬間だった。


 俺は彼女の気持ちを思いながら、それでも無愛想な声で「ごめん」と謝り、自分の教室に向かった。教室の中では、黒内達が俺の事を待っていた。岸谷も、神崎と同じような表情を浮かべている。


 俺は黒内達に頭だけを下げて、自分の席にゆっくりと座った。


 それからの時間は、文字通りの苦痛だった。学校の授業も頭にほとんど入って来なかったし、五時間目の体育では、頭にサッカーボールを食らいそうになった。


 俺は周りに「大丈夫」と笑って、午後の授業を何とか乗り越えた。それを乗り越えた後は、教室の掃除を済ませ、教室の掃除を終わらせた後は、いつものショートホームルームを聞いて、文芸部の部室に行った。部室の中では、藤岡が自分のパソコンに文章を打ち込んでいた。


「オッス」の声に応える藤岡。「こんにちは」


 藤岡は、俺の顔に視線を移した。


「コレクションの方は、どう?」


「ああうん」と言い淀むが、最後は「一応、全部揃えたよ」と答えた。


「本当に!」


 藤岡は、嬉しそうに笑った。


「それじゃ!」


「あ、ああ。そいつらを題材にして、小説が書ける……と思う」


 思う部分を、藤岡は聞かなかった。


「フフフ。なら早速、その小説を書いて」


 数秒ほど、その返事に戸惑う。


「今すぐには、無理かな?」


 を聞いて、藤岡の表情が変わった。見るからに怒っている。


「どうして?」


「それは」の続きに言い淀む俺。「今、やらなきゃいけない事があるから」


 俺は不安な目で、相手の顔を見つめた。


 藤岡は、その視線に眉を上げた。


「それは、小説を書くよりも大事な事なの?」


「……ああ」


 小説を書く事よりもずっと。


「これには、俺達の日常が掛かっているんだ」


「わたし達の日常が?」


 藤岡は俺の言葉に驚いたが、そこから何かを察したらしく、何かをしばらく考えると、机の脇にパソコンをずらして、椅子の背もたれにゆっくりと寄り掛かった。


「事件?」


「え?」


「最近、起っている。あの事件に時任君達が関わっているの?」


「いや」と誤魔化そうとしたが、ここは正直にうなずいた方が良いと思った。「ああ」


 俺は、机の上に目を落とした。


「俺はアイツらを、緑山蘭子のモノフル達を止めようとしている」


 部室の空気が変わった、気がした。


「それは、時任君がやらなきゃいけない事」


 なの? と、藤岡が聞いた時だ。ラミアがポケットの中から飛び出して、「そう」と応えた。「これは、私達がやらなければ行けない」


 ラミアは擬人化すると、俺の後ろに立った状態で、藤岡の事を見つめはじめた。


 藤岡は彼女に何かを言いたげだったが、心の何処かで諦めてしまったのだろう。悔しげな顔で「そう、なんだ」と呟いた。「それなら仕方ないね」


 彼女は淋しげな顔で、その口元に笑みを浮かべた。


「時任君」


「ああん?」


「いつかで良いから。今の時任君がしている事」


「『小説にしろ』って?」


「うん」


 俺は彼女の信念に呆れたが、それを口には出さなかった。

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