第17話 今日の修行は、あなたもついて来て
学校の授業に身が入らない。黒板の数式には一応、意識が向くが……それがどう言う意味で、どう活かせるのはまるで分からなかった。時間だけが過ぎていく。仲間と駄弁る時間はもちろん、神崎から注意される時間も、すべてが空虚な時間のように思えた。文芸部の部活なんか、ほとんど上の空だったし。
藤岡は……何て言ったのかな? それも良く覚えていない。俺の事を心配していたのは分かったが、その時に何を言ったのかは覚えていなかった。文芸部の部活が終わると、学校の駐輪所に行き、自分の自転車に乗って、自転車のペダルを漕ぎ、自分の家に帰った。家の中では、母ちゃんが俺の帰りを待っていた。
母ちゃんは俺から弁当箱を受け取ると、優しげな顔で「クスッ」と笑い、それから俺に「どうしたの?」と聞いた。答えづらい質問だった。正直に話せば、すぐに「そんな事は止めなさい」と止められてしまうだろう。
俺はそれらしい嘘を言って、母ちゃんの前から歩き出し、自分の部屋に帰った。部屋の中では、モノフル達が俺の帰りを待っていた。黒系と白系のモノフル達を除いて。彼女達は……モノフル達の話では、町の図書館やその他公共施設など、ネットの使える場所にいって、相手の情報を地道に集めているらしい。
俺はその話に感動しつつも、自分がただの人間である事に罪悪感を覚えた。キューブ状態から擬人化したリファは、のんびりした口調で「帰ってくるのは」と言い、俺とラミアの二人にニッコリと笑った。
「たぁぶん、夕方頃だと思うよぉ」
「そうか」
俺はベッドの上に座り、調査組が家に帰ってくるのを待った。調査組はリファの言った通り、夕方頃に帰ってきた。モノフルの形に戻る彼女達。彼女達は浮いた状態で家の中に入ると、俺や擬人化したラミアと連れ立って、俺の部屋に戻った。
「お帰りなさい」と、待機組の声。それらの声に合わせて、調査組も「ただいま」と応えた。
調査組は代表者のフォルトを残して、机の上に戻って行った。
フォルトは少女の姿に擬人化し、俺とラミアの前に立った。
ラミアは真剣な顔で、彼女の顔を見返した。
「敵の情報は?」と聞かれた瞬間に頭を下げるフォルト。「ごめんなさい」
フォルトは頭を上げて、ラミアの目を見返した。
「詳しい情報は、得られなかった。彼等は、情報の漏洩に細心の注意を払っている。私達が彼等の居場所を見つけられたのも、ほとんど奇跡に近い」
「そう」とラミアは納得していたが、俺は微妙に納得できなかった。細心の注意を払っている割には、最初のアレもそうだし、犯行のそれがあまりにも大胆すぎる。白昼堂々、自分の同級生を襲うなんて。彼女は、もしもの事を考えていないのか?
俺は緑山蘭子の考えに、改めて恐怖を感じた。
ラミアは自分の顎を掴んで、部屋の中を何やら歩き出した。
「厄介ね。敵の情報が得られないのは」
「直接調べる方法もある。でも、それは……あまりにも危険。私達の力だけで、彼等のアジトから帰ってくるのは。彼等には、こちらを殲滅するだけの力がある」
部屋の空気が重くなった。それに合わせて、チャーウェイが「うぅううう。あたし達じゃ、やっぱり勝てないよ」と言った。
俺は、その言葉に頭を掻いた。
「確かに」と言いかけた時だ。ラミアが、俺達に向かって「それでも」と言った。
「私は、諦めない。彼等を野放しにしておけば」
「それは」と、キュティが言う。「分かっているけどさ」
キュティは人間の姿に擬人化すると、不安な顔でラミアを見、それからすぐ、椅子の上に腰掛けた。
俺は、彼女の肩に手を乗せた。
「キュティ……」
ラミアは、フォルトの顔に視線を戻した。
「フォルト」
「ん?」
「危険なのは、分かっている。でも」
「調査は、続ける。敵の情報が分かれば、それだけこちらも対策を立てられるから。私達も、自分の仕事から逃げない」
フェルトは真剣な顔で、彼女の顔を見つめ返した。
ラミアは、彼女の言葉に頭を下げた。
「ありがとう」
「いや」
二人は、ニコリと笑い合った。
俺は、その光景に胸を打たれた。
「お前ら……」
ラミアは俺の顔に視線を戻し、その顔に何度かうなずいた。
「今日の修行は、あなたもついて来て」
「え?」と驚く俺だが、それを拒む理由はなかった。「分かった」
俺は彼女の目から視線を逸らすと、いつもの時間に夕飯を食い、外出用の服に着替えて、鞄の中にすべてのキューブを仕舞い、自分の自転車に乗って、ラミアから聞いた修行の場所に向かった。
修行の場所は、前にも決めた通り山の中だった。山の中は静かで、俺が足下の地面を踏むと、それに合わせて、鈍い足音が聞こえて来た。
俺は、鞄の中からキューブ達を取り出した。
キューブ達は、すぐさま擬人化した。
ラミアは、彼女達の顔を見渡した。
「修行の場所は、ここ。時間は」
「今くらいの時間か?」と、レイレが聞く。
「そう。天候が悪くなければ、これから毎日」
「ねぇ!」と、キュティが手を挙げた。
「なに?」
「ここでの修行を頑張ればさ、王子ともデートがでるんだよね?」
「あくまでバーチャルの世界だけど」
キュティは両手の拳を握り、自分に何やら活を入れた。
俺はその光景に驚いたが、特に嫌な感じはしなかった。
ラミアは、モノフルの全員に視線を戻した。
「それじゃ、二人一組になって。修行は、主に肉体の強化。男子と戦っても勝てるように、その力を鍛えます。みんな、無属性の剣は作れるでしょう?」
「ああ、もちろん」と、うなずくレイレ。「武器の生成など朝飯前だ」
モノフル達は、それぞれに無属性の剣を出現させた。
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