第13話 あなただけのマイペースで
36の仲間を新たに加えた俺達。その余韻を残した朝は、普段よりも増して重く感じられた。「これからまた、仲間(もとえ、美少女達)がどんどん増えて行く」と思うと。頭が痛くなる。
気持ちとしては、彼女達の存在に感謝している筈なのに。緑山蘭子の登場が、そんな日常をすっかり変えてしまった。
彼女があんな下らない事を起さなければ……今頃は、ラミア達と普通に(行くかは分からないが)暮らして、将来は誰かしらと(そう言う覚悟は決めなきゃダメだろう?)結婚する。残りの奴らには、悪いけどさ。
俺は、男として信念を曲げたくなかった。
「早いね」と、ヤフキの声が聞こえる。彼女はどう言うわけか、ベッドの横に座って、俺の顔をじっと見下ろしていた。
俺はその表情に一瞬驚いたが、他のモノフル達を起さぬよう、声を潜めて「ああ」と答えた。
「何だかこう、眠れなくて」
「ふうん」
ヤフキは、自分の頭をポリポリと掻いた。
「それは、大変だね」
まるで他人事のように言う彼女。お前は、どこまでマイペースなんだ。
俺は憂鬱な顔で、彼女の言葉に溜め息をついた。
「ああ、本当に大変だよ。こんな事になるなんて。俺は、普通の高校生なのに」
「モノフルに選ばれた時点で、時任君は普通の高校生じゃない」
反論できなかった。
「神の軍団を従える男子高校生。それが、今のあなただよ」
「緑山蘭子と同じ?」
「そう」
「俺は、そんなもんになりたくなかった」
いつの間に起きたのか、擬人化したウリュウも「私もモノフルとしてではなく、人間として時任さんにお会いしたかったです」と言った。「そうすれば、妻としてずっと一緒に生きていけましたからね。でも、現実は違う。人間もモノフルも、理想の存在には中々なれないんです」
彼女の表情、そして髪飾りが、何処か淋しく見えた。
俺は「おはよう」の挨拶も忘れて、ベッドの上から起き上がり、二人に向かって笑おうとしたが、ヤフキに頭を撫でられ、挙げ句はウリュウに抱きしめられてしまった。ウリュウの体温が伝わる。ラミア達とはまた違った、体温が。
ウリュウは俺の身体を放すと、「ニコッ」と笑って、またキューブの姿に戻った。
俺はその光景に、何故か胸を締めつけられた。
ヤフキは窓のカーテンを開けないまま、そのカーテンに触れて、俺の方を振り返った。
「あなたのペースで良いんだよ」
「え?」
「あなただけのマイペースで。周りは、あなたの事を待ってくれないんだから」
「ああ」と、素直にうなずけない自分が悔しい。だからつい、「お前は、一人になっても良いのか? 自分のペースを貫いて」と意地悪な事を訊いてしまった。
俺は真剣な目で、ヤフキの目を見つめた。
ヤフキは、その目に「クスッ」と笑った。
「あなたが一人にしないから。あなたはそう言うの、たぶん嫌いでしょう?」
「嫌いだ」が、俺の答えだった。「誰か一人だけをひとりぼっちにするなんて」
「自分がされて嫌な事は、他人にもやりたくない」
「ああ」
「あたしも同じ。だから、緑山蘭子の事はちょっと許せないかな?」
俺は、彼女の意外な正義感に驚いた。でも……。
「お前は、怖くないのか?」
「男子と戦う事?」
「ああ」
「あたしは、あなたに死なれる方が怖い」
の声に重なって、小鳥の声が聞こえてきた。
「電柱にとまっている鳥かな? 良い声で鳴いている」
ヤフキは穏やかな顔で、「クスッ」と笑った。
「あたしは、調査とかには向かないから。たぶん、仲間集めになると思う」
「ああ、うん」と、変な返事になってしまった。「そう、かもな」
「今の人数なら、あっという間に108人を集められる」
俺達は、互いの目をしばらく見合った。
「人数が多いのは、辛いね。時任君もまだ、全員の事を覚えられていないでしょう?」
「あ、ああ、悪いけどな。こうしてじっくりと、話してくれれば覚えられるけど。全員の事はまだ」
「だよね? でも、それが普通。あたしだって、まだ全員の事を覚えていないし」
「どうやったら、覚えられっかな?」
「それは単純、時任君が一人一人と付き合えば良いんだよ」
「時間を掛けて?」
「そう、時間を掛けて。ラミアから聞いた……フォルトの力を借りれば、あたし達と疑似デートできるし。その中で、一人一人と向き合えば良いんじゃない?」
「そ、そうだな。うん」
ヤフキは、窓のカーテンを開けた。
「良い天気だね。仲間集めには、最高の天気だ」
俺も、窓の外に目をやった。
「ヤフキ」
「ん?」
「ありがとう」
彼女は、嬉しそうに笑った。
「ふふん。それじゃ、あたしの口にキスして」
「それは、許しません」と、ウリュウの声が聞こえた。「あなたがするなら、私もします」
ウリュウはまた擬人化し、ヤフキよりも前に、俺の唇を味わった。
ヤフキはその光景に呆れこそしたものの、特別ウリュウの事を責めるわけでもなく、その痕跡に上書きするように、俺の唇を濡らした。
「甘いね」
「う、ぐっ」と、悶える俺。お前らの方が、ずっと甘いよ。
俺はその気持ちを隠したまま、学校の制服に着替え、擬人化したラミアと今日の朝飯を食べてからすぐ、いつもの準備を済ませて(ラミアは、キューブの全員に指示を出していたが)、庭の自転車に跨がり、いつもの学校に向かった。
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