第10話 また、新たな犠牲者が出た

 朝の空気が重い。特に今日は、朝のニュースを見て「それ」がより重く感じられた。普段なら、ただの事件として聞き流しているのに。今日の朝は、「それ」を聞き流す事ができなかった。

 また、新たな犠牲者が出た。鳳来高校に通う男子生徒。彼は身体中に傷を負いながらも、ベッドの上から何とか起き上がって、キャスターの女性に自分が襲われた時の状況を話した。


「アレは、本当に一瞬の出来事でした。俺の前に突然、歳は俺と同じくらいだと思うんですけど。銀髪の男子が現れました。そいつは俺に掌を向けて、『衝撃波』って言うんですか? 見えない何かを放ったんです。俺はその衝撃波に吹き飛ばされて、つぅ。近くの壁に叩き付けられました。背中の方から勢いよく。俺はその一撃で、血まみれになって……ごめんなさい。その後の事は、良く覚えていません。そいつが悲しげに、俺の事を見ていたのは覚えているけど。気づいたら、病院のベッドで眠っていたんです」


 俺は、その話に眉を寄せた。「彼を襲ったのは間違いなく、あの蘭童優である」と。彼はあの、緑山京子の命令に従って、この男子生徒を襲ったのだ。男子生徒が血まみれになる程に。あいつは……それこそ忠犬の如く、主人の命令に「わんわん」と吠えてしまったのだ。


 言いようのない怒りを感じる。

 

 俺はその怒りを抑えられないまま、ウリナ達に「行って来ます」と言うと、鞄の中にラミアを仕舞って、庭に自転車に跨がり、いつもの学校に向かって走り出した。学校に着いた後は、風紀委員の服装検査をパスし(神崎は、俺の事を不思議そうに見ていたが)、いつもの教室に行って、教室の連中に「おはよう」と挨拶し、自分の席に行って、机の上に突っ伏した。

 

 俺は憂鬱な顔で、自分の頭を掻いた。

 

 黒内達は……たぶん、俺の事を心配したのだろう。俺が鞄の中からラミアを取り出すよりも先に「どうしたの?」と話し掛けて来た。

 

 俺は、彼女達の声に顔を上げた。


「いや、何でも。ただ、ちょっと寝不足なだけだ」


「ふうん」と応えた黒内だったが、やっぱり何処か納得していないようで……俺が「んっ?」と反応した瞬間、俺の耳元に向かって「ねぇ、時任君」と囁いた。


「やっぱり、あの事件を気にしているの?」


 彼女は心配げな顔で、俺の目を見つめた。


 俺は、その視線に動揺した。


「そ、そんな事は」


「あるね」


「うんうん」と、岸谷もうなずいた。「時任君、困った時はいつも『そう言う顔』をするから」


 岸谷は、一年前の記憶を思い返した(と思う)。


 俺は、二人の不安に首を振った。


「本当に何でもないって。だから、気にするな」


 こんな危ない事に二人を巻き込むわけにはいかない。今回の事は、俺達だけで何とかしなくちゃならないのだ。「モノフル」と、それに選ばれた人間として。


 俺は机の上に頬杖を突き、二人に向かって「ごめん」と謝った。


「今日は、ラミ……モノフルの調子が悪くてさ。お前らの所には、持って行けないんだ」


「そ、そう」


「ふ、ふうん」


 二人はまだ納得していない様子だったが、最後は「なら仕方ないね」と言って、自分の席に戻って行った。

 

 俺は鞄の中からラミアを取りだし、上着のポケットに彼女を入れた。


 ラミアは(周りに聞こえないように)、俺にそっと話し掛けた。


「しばらくは、こうやって誤魔化すしかない」


「そうだな。しばらくの間は、こうやって」


 俺は憂鬱な顔で、今日の一日が終わるのを待った。


 今日の一日は(体感としては、とても長く感じたが)、いつもの時間に終わった。

 

 我が部長様に「お疲れ様」と言って、部室の中から出る。

 

 俺は学校の廊下を歩き出したが……三歩目の所で、後ろの藤岡に呼び止められてしまった。


「待って!」


「ああん?」


 藤岡は、俺の所に駈け寄った。


「時任君」


「な、なんだよ?」


 彼女の目が変った。


「わたしに何か、隠していない?」


「い、いや、何も」と誤魔化したが、内心ではとても焦っていた。「隠していねぇよ?」


 俺は、精一杯の作り笑いを浮かべた。


 藤岡は、その笑みに目を細めた。


「そう。なら」


「う、うん」


 彼女は怖い顔(まだ疑っているようだ)で、自分の後ろに向き直った。


「また、明日」


「お、おう。また、明日な」


 ホッとした顔で、彼女の背中を見送る。


 俺は学校の昇降口に行き、そこで自分の靴に履き替えてから、外の駐輪場に行き、自転車の鍵を外して、その自転車に跨がった。


 ラミアは、ポケットの中から俺に話し掛けた。


「お疲れ様」


「ああ、本当に疲れたよ。アイツら、妙に鋭いからな。誤魔化しのにすげぇ苦労したよ」


 俺は今日の自分を労いつつ、自転車のペダルを漕ぎはじめた。

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