第9話 朝が来るまで
問題は(とりあえず)、解決した。ように見えるが、実はもう少し続きがあった。俺が「それ」を呆然と眺める中で、フォルトが俺の前に歩み寄ったのである。周りの声を無視するように。
彼女は俺の隣に立つと、その耳元にそっと囁いた。
「さっきの仮想現実、あなたも楽しむ事ができる」
「俺も?」と、それに驚く俺。「で、でも、俺には眼鏡が」
俺は自分の両手を振り、「自分は持っていない」とアピールした。
彼女はそのアピールを無視し、掌の上に黒縁……いや、赤い縁の眼鏡を出現させた。
「この眼鏡は、再生機」
「再生機?」
「そう、黒縁眼鏡が見せたVRの映像を再生できる。映像の内容は『これ』に保存され……時間的な制約があるので、すべては再生できないけど。その一部を厳選して、つまりは要約してあなたに見せる事ができる。市販のレコーダーと同じように」
「へ、へぇ。それは、便利だな」
俺は、彼女から眼鏡を受け取った。
彼女は無感動な顔で、俺の右手(眼鏡を持っている方の手だ)を撫でた。
「暇な時にでも見て」
「分かった」
俺は机の上に眼鏡を置き、椅子の上から立って、フォルトの顔を見渡した。
「さて。これで全員、今日買ってきたキューブは擬人化したな?」
の返事はもちろん、「ええ」だった。
「これで全員です!」
インリィは、嬉しそうに笑った。
俺はその笑みに笑いかえし、新しく入ったモノフルの全員を連れて、家のダイニングに行き、親父が帰ってくるのを待つ一方、母ちゃんから先に彼女達の事を紹介した。
母ちゃんは、その紹介に両手を挙げて喜んだ。
「あの女っ気が無かった智がこんなに。みなさん!」
「は、はい?」
「うちの息子をどうぞ、よろしくお願いします」
少女達は、その言葉に「もちろん!」とうなずいた。
「彼は」
「私の」
「大事な」
「王子様」
「ですから!」
彼女達は嬉しそうな顔で、俺の顔に目をやった。
俺はその視線に怯んだが、ラミアの咳払いを聞くと、慌てて彼らの目から視線を逸らした。
ラミアは全員を代表し、母ちゃんに「訳って、家の家事をしばらく手伝えない旨」を伝えた。
母ちゃんはその話に驚いたが……たぶん、何かを察したのだろう。フォルトと同じく、その言葉にただ「分かったわ」とうなずいた。
「きっと大変な訳があるのね?」
「はい……」
母ちゃんは、俺の顔に視線を移した。
「智」
「ああん?」
「あんたは、男なんだから。この子達をちゃんと」
の続きは、言わなくても分かる。
俺は真面目な顔で、右の頬を掻いた。
「分かっているよ。俺も男だからな。支えられる範囲で、こいつらを支える」
「よろしい!」
母さんは「ニコッ」と笑って、親父が家に帰ってくるのを待った。
親父は、いつもと同じ時間に帰ってきた。
俺は親父に彼女達を紹介すると、「もしかしたら、もっと増えるかも知れない」と言って、親父が「それ」を許してくれるのか……「分かった」
ええぇええ!
俺は、親父の顔をまじまじと見た。
「良いのか?」
「ああ。ラミアさん達は、みんな良い子だし。こっちとしても、色々と助かっているんだ」
の言葉にホッとする俺。
ラミアも「それ」に安心してか、その口元に笑みを浮かべていた。
ラミアは、親父の厚意に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや」
親父はスーツの上着を脱ぎ、椅子の背もたれに「それ」を掛けて、自分も「そこ」に寄り掛かった。
さて、親父の許可も取れたし。あとは……怖ぇけど、ラミアの計画を実行するだけだ。ベッドの上に寝そべりながら、部屋の天井を見上げる。ラミア達はもう、机の上で眠っていた。その姿をキューブに変えて。
俺はその様子をしばらく見ていたが、キューブの一つが宙に浮かんだ瞬間、ベッドの上から思わず起き上がってしまった。
キューブは何の音も立てずに、そのまま俺の方に飛んで行った。
俺は、そのキューブに瞬いた。
「お、おい、どう」
したんだ? の前に、キューブの形が変った。
「ウリナ?」
ウリナは不安な顔で、俺の身体に抱きついた。
「ごめんな、さい」
俺は彼女の言葉に慌てたが、それも長くは続かなかった。彼女の身体を抱き返せば分かる。彼女はまるで子どものように、その身体をブルブルと震わせていた。
俺は(できるだけ優しく)、彼女の背中を摩った。
「怖ぇのか?」
彼女の返事は、「はい」だった。
「こんな事になって。わたくしは」
「それは、俺も同じだよ」
「え?」
「できるなら、俺もこんな事に関わりたくない」
ウリナは(さらに強く)、俺の身体を抱きしめた。
「智様」
「ん?」
「わたくし達は何故、争うのでしょう?」
「さあ」としか答えられない自分が悔しかった。「俺には、分からねぇよ。ただ」
「ただ?」
「俺達はたぶん、そう言う生き物なんだ」
それ以上の言葉が見つからなかった。
俺は真面目な顔で、彼女の身体を抱きしめつづけた。
「ウリナ」
「はい?」
「あっちで寝られる?」
「いいえ」
「そっか」
俺は、彼女の求める言葉、その空気を感じ取った。
「なら、朝まで一緒に寝よう?」
「え?」と驚く彼女だったが、次の瞬間には「はい……」とうなずいていた。「よろこんで」
俺達は、ベッドの上に寝そべった。他の奴らには、気づかれないように。俺達は朝が来るまで、互いの感触を確かめつづけた。
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