第8話 バーチャルの中では、何をやっても許される

 彼女の話した内容は……端的にまとめれば、以下の通りである。


 一、仲間の増員。こちらのモノフルは現在、合計で9人いるが、その内の6人を使って、仲間の増員を図る。それぞれが別々の店に行って……基本は「お一人様一個まで」のキューブマニアを一つずつ、複数の店(A店で買ったら、次はB店と言う風に)から買ってくるのだ。

 買ってきたキューブマニアの袋は俺が開封し、その擬人化を促す。今日、俺がラミア達の買ってきたキューブマニアの袋を開けたように。そうやって増えた仲間は、またさっきの手順で、何人かを購入班に振り分け、モノフルの仲間を少しでも早く集められるようにする。

 

 二、情報の収集。敵(と言えば、確かに敵だな)の情報は……現時点では、残念ながら皆無。警察はネットに公開された動画等をもとに、現在も捜査を続けているようだが、何故か情報を集める事ができず、また彼女達がいる廃墟の場所についても、何らかの妨害がなされているのか、その場所を突き止める事はもちろん、廃墟そのモノを見つけられずにいた。

 あれだけ堂々と、世間に自分達の存在を知らしめたのに。ラミアはその大胆さから、情報収集には最低でも二人、さっきの方法で仲間を増やした後は、「十人前後のモノフルが必要だ」と判断した。「仲間の生存率も考えて」と。彼女は最初の二人に、ウリナとフォルトを選んだ。

 

 三、修行の内容。修行の内容は、ごくシンプル。「二人一組になって、実戦形式に互いの技術を高め合う」と言う手法だ。修行の場所は、山の中(ここからは少し遠いが、そこなら周りにも気づかれにくい)。時間の方は、周りの迷惑にならないよう深夜の時間帯を選んだ。「戦う時は、決して手を抜かないように。相手はきっと、私達を殺す気で掛かってくるから。決して、容赦はしてくれない。時任君の命を守りたいなら、自分がまず強くならないと」


 四、俺の護衛。護衛の役は、ラミアが専属で行う。と、決まったのだが……。


「ええぇ! ラミッチばっかりずるい!」


 キュティが、その内容に文句を言った。


「アタシにも、王子の護衛をやらせてよ!」


 その不満に他のモノフル達もうなずいた。特にチャーウェイは(擬人化こそしなかったものの)、机の上から「うん! うん! そうだよ」と叫び、ラミアの考えを真っ向から否定した。


「あたしだって、サーちゃんの事を守りたいんだからね!」


 ラミアは彼らの文句をしばらく聞いていたが、フォルトが「みんなの気持ちは、分かる。でも」と言うと、彼女の顔に視線を移して、その口をゆっくりと開いた。


「フォルト」


 フォルトは、周りのモノフル達を見渡した。


「……全員の願いは、叶えられない。時任君は、一人しかいないから。全員を一回りするのに108日も掛かってしまう」


 モノフル達は、彼女の言葉に押し黙った。彼女の言葉は、尤もだった。俺が分身でもしない限り(時間的な意味もあるが)、彼ら全員の願いは叶えられない。


 重たい空気が流れる。

 

 俺は、その空気にただただ黙ってしまった。

 

 フォルトは、両手の掌を開いた。


「でもそれは、『現実の法則に従ったら』の話」


「え?」と、全員が驚いた。「現実の法則に従ったら?」


「そう」


 フォルトの瞳が揺れた。


「私には、それをねじ曲げる力がある」


 彼女は、掌の上にある物体を出現させた。俺達が良く見かける……そう! 彼女が出した物体は、俺達も良く知る黒縁眼鏡だった。


 彼女は、モノフルの全員に「それ」を見せた。


「仮想現実。これを掛けた人は、VRの世界を楽しむ事ができる。この現実とは、違った」


「虚像の世界を?」と、ウリナ(彼女もキューブのままだった)が言った。「それじゃ?」


 ウリナは机の上から浮かび、フォルトの前まで飛んだ。


 フォルトは、彼女の言わんとした事を察した。


「想像の通り、彼とのデートを疑似体験できる」


 モノフル達(特にキュティ)は、その言葉に動揺した。特に「疑似体験」の部分に。彼女達は不安な、でも何処か嬉しそうな顔で、互いの顔を見、そしてまた、フォルトの顔に視線を戻した。


「ま、あま、こう言う事態ゆえ」と、ガルシャさん。それに続いて、インリィも「は、はい。それは仕方ないと思いますけど」とうなずいた。


 二人は(何かを期待するように)、その頬を赤らめたり、両手の人差し指をつんつんと合わせたりした。


「そ、その……VRの中では、一線を越えられるのか?」


「ふぇ?」と驚いたのはもちろん、俺である。「い、一線を!」


「そうだ!」


 ガルシャさんは恥ずかしげな顔で、俺の目を(上目遣いは止めて!)見つめた。


「主はきっと、そう言うのが不得手であろう? 女子おなごの肌を味わうのが」


「違う」と否定できないのが悔しいが、一方で「俺は紳士だ」と安心する自分もいた。


 俺は、彼女の言葉に(情けないが)俯いた。


 キュティは不満げな声で、フォルトの力に文句を言った。


「そ、そんなの嫌だよ! バーチャルの世界でデートなんて! アタシは、生身の王子とデートしたい!」と。だが……。


 世の中は、無情である。彼女の主張は一ミリも、まったく以て通らなかった。

 

 フォルトは無感動な顔で、彼女の肩に手を置いた。


「バーチャルの世界では、何をやっても許される」


「え?」と、キュティの顔が変った。「何をやっても?」


「そう」


「た、例えば?」


「町の真ん中でキスしたり、エッチなホテルで」


「やる!」


 キュティは(嬉しそうに)、彼女から黒縁眼鏡を受け取った。


「えへへ」


 周りのモノフル達も……それに感化されたのか、最初は戸惑い気味ではあったものの、頬の表面を真っ赤にして、彼女から(どうやら、次々と出せるようだ)その黒縁眼鏡を受け取った。キューブ状態のチャーウェイ、ウリナ、ドンファンには、フォルトが「あなた達も、どうぞ」と言い、机の上に三人分の黒縁眼鏡を置いた。


 三人は、その眼鏡を喜んだ(と思う。「ありがとう」の声から推し測って)。


 俺はその光景に呆然としたが、彼らの視線がある手前、表情の方は真顔を保ちつづけた。

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