第7話 時任君を守りたくない?

 それはたぶん、彼女の正義なのだろう。同族の犯した罪に対する、見えない正義なのかも知れない。彼らの罪を決して許さないような、そんな雰囲気が空気を通して……いや、フェルトの表情を通して伝わってきた。彼女には彼女の、決して譲れない正義がある。

 

 フォルトは感情の無い顔で、ラミアの言葉を待った。

 

 ラミアの言葉は「ありがとう」、微笑みから始まるお礼の言葉だった。


「その言葉がとても嬉しい」


 ラミアは彼女から視線を逸らし、残りのモノフル達を見渡した。


 モノフル達は、互いの顔を見合った。


「協力するのは良いが」と最初に言ったのは、ガルシャさんだった。彼女は自分の髪をしばらく弄くると、真面目な顔でラミアの目を見つめた。


「何か策はあるのか? さっきの話を聞く限り、相手はこちらの」


「そ、そうですよ!」と、インリィが叫んだ。「キューブの全種類が揃っている。たったこれだけで、108のキューブを倒すなんて」


「不可能だな」と、再びガルシャさん。「こちらも、人頭にんとうを揃えるならまだしも」


「それは、心配ない」


 ラミアは、俺の顔に目をやった。


「こちらも全種類、キューブを集めるつもりだから」


 二人はその言葉に黙ったが、フーヌは「それ」に手を挙げた。


「あ、あの?」


「なに?」


「仮に全種類を集めたとしても。『私達では、彼らに敵わない』と思います」


「確かにねぇ」と、キュティも同意した。「アタシらの力じゃ。確かに特別な力はあるけど。家一軒を吹っ飛ばす程じゃない」


 キュティは難しい顔で、「うーん」と唸りながら腕を組んだ。


 ガルシャさんはまた、ラミアの顔に視線を戻した。


「ラミア」


「はい?」


「彼らの……いや、彼女の行為は、確かに許せない。モノフルの力を悪用して。だが」


「力が足りないのなら、その力を上げれば良い」


 ガルシャさんの表情が変った。


「力を上げる?」


「ええ」


「修行でもするのか?」


 今度は、キュティの表情が変った。


「ええっ! 嫌だぁ、面倒くさい。今時、修行なんて」


 の言葉を聞いた瞬間、ラミアが彼女の顔を睨みつけた。


「どんな時代でも、修行は大事。あなたは、自分磨きをしないの?」


「うっ」と、その言葉に怯むキュティ。「そ、それも確かに修行か。で、でも」


 キュティは何やら、ボソボソと呟いた。


「修行なんかしていたら、王子と一緒に遊べないじゃない?」


「……大丈夫」と言ったのは、フォルト。どうやら、彼女の呟きが聞こえたようだ。フォルトは彼女の前に歩み寄ると、やっぱり感情の無い顔で、相手の目をじっと見つめた。


「私の力を使えば、彼と一緒にデートできる」


「ホント!」


 キュティは嬉しそうな顔で、彼女の身体に抱きついた。


「それじゃ、今すぐ使って! アタシ、修行とかぜんぜん興味ないから!」


 俺は、その言葉に震えた。彼女の気持ちは分からなくもないが、うーん。この状況では、流石に言えないだろう。「修行には、興味が無い」なんて。常に流されやすい俺には、どう引っ繰り返っても言えない言葉だった。


 彼女の度胸に(ある意味)感心する。


 俺は、文字通りの苦笑いを浮かべた。


 フォルトは、キュティの前から少し離れた。


「ただし」


「ふぇ?」


「条件がある」


「条件?」


「そう」


 フォルトは、ラミアの顔に視線を戻した。


「……彼女の正義に協力する事。それが嫌なら」


「え? 王子とデートできなくなるの?」


 無言のうなずき。


 キュティは、その返事に項垂れた。


「そ、そんなぁ」


「私も彼とデートに行きたい。精一杯のオシャレをして。でも今は」


 分かっている、と言わんばかりにラミアが反応した。


「彼女を止める方が先。彼女はきっと、私達の生活を壊してしまうから」


「例えば、どんな風に?」と、フーヌが訊いた。


 ラミアは真面目な顔で、その質問に答えた。


「最初はたぶん、同じ学校の生徒を苦しめるだけ。でも」


「でも?」


「それが悪化して、関係ない人にも危害を加えるようになる。自分の力を鼓舞するように。人間は、力の魔力に弱いから」


「な、なるほど。つまりは、『無差別に襲うようになる』と?」


「ええ。そして、いずれは」


「私達の存在にも気づく?」と、ガルシャさんが目を細めた。


「そう。何かのきっかけで、彼らは私達の存在に気づく。『自分達と同じモノフルがいる』と。彼らは、その事実に苛立って」


「私達を敵と見なす?」


「ええ……。今はまだ、戦力が整っていないけれど、いずれは。モノフルの力には、同じモノフルでしか対抗できないから」


 の言葉にみんなが押し黙る中、インリィだけが「あ、あの?」と話しつづけた。


「つまり、彼らと戦う事は?」


「ええ、時任君を守るのと同じ」


 あなたは、と、ラミアは微笑んだ。


「時任君を守りたくない?」


「守りたいです!」と、インリィは叫んだ。「智君は、大事な人ですから。彼の事は、命に代えても守りたいです!」


「それは、私も同じだ」と、ガルシャさんもうなずいた。「相手にどんな理由があろうと。主を傷つける者は、許さない」


 二人はまるで示し合わせたように、互いの顔を見合った。


 ラミアは、残りの二人に目をやった。


「あなた達は?」


 モノフル達は、その質問に俯いた。


 最初に答えたのは、フーヌだった。

 彼女はラミアの顔に視線を戻すと、自分の両手を何度か擦り合わせて、「アハハハ」と笑いながら、今の質問に「私も同じです」とうなずいた。


「自分が死ぬのは、嫌ですけど。それと同じくらい、旦那様に死なれるのは……」


 死ぬって表現は少々大袈裟な気もするが、とにかく彼女も賛成した。残るは、JK(っぽい)モノフルのキュティのみ。


 キュティは周りの答えに「え? うそ?」と驚いていたが、やがて諦めたように「分かったよ」とうなずいた。「王子が傷つくのは、アタシも嫌だから」


 ラミアは、その返事に微笑んだ。


 ガルシャさんは、その微笑みに目を細めた。


「ラミア」


「はい?」


「具体的な内容を。修行の中身も含めて」


「はい」


 彼女は真剣な顔で、全員にその内容を話しはじめた。

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