第49話 来年も、同じクラスになれたら良いね?

 仮病で休むのはダメだが、本当の風邪で休むのは仕方ない。熱が三十八度も出たんじゃ、それで「学校に行け」って言う方が酷だろう。こっちは、朝からフラフラなんだから。ここは、風邪薬を飲むしかない。良く店で売っている錠剤を。


 それを飲んだからって、症状がすぐに良くなるわけでないが。それでも、飲まないよりはずっとマシだった。ベッドの中に潜り込む。普段なら「学校、サボれて良かった」と思う気持ちも、この時ばかりは「ダルい」しか思えなかった。


 身体の節々が痛む。熱も何故が上がって、朝の時は三十八度だった熱も、昼には三十八度五分に上がり、夕方には三十九度に上がってしまった。何とも最悪な状況。これでは、一日休んだ意味がない。


 明日も休みか、と……内心憂鬱に、半分は楽しげに思ったその日だったが、翌日には熱もすっかり無くなって、あろうことか元気百倍、学校まで飛ばす自転車も爽快に進んで行った。

 

 俺は昨日の風邪を惜しみながらも、学校の駐輪場に自転車を停め、それから自分の教室に向かったが、教室の中に入った瞬間、クラスの仲間から「どんまい」と笑われてしまった。


「お前、今日からクラス委員長だから」


「ふぇ?」の声が高かったのか、周りの女子達も「クスクス」と笑っていた。


「なんで、俺が委員長なんだよ?」


 俺は、周りの仲間に不満をぶつけた。


 仲間達は「それ」に臆する事無く、まるで笑い話でもするように、自分の机に座ったり、教室の壁に寄り掛かったりして、俺に昨日の学活で決まった事を話しはじめた。


「昨日の学活で、委員会決めがあってさ。誰も委員長をやらないんで」


「ああ、なるほど。つまり」


「そう言う事。昨日は、お前と岸谷しか休まなかったから」


「岸谷さん(一年の時は、彼女の事を「岸谷さん」と呼んでいた)も、委員長なのか?」


 仲間達はまた、その言葉に「ニヤッ」とした。


「そうだよ。本当は、くじ引きで決めるわけだったんだけどさ。それだと公平じゃない(休んだ奴は、無条件で外される)って言うんで急遽、お前と岸谷に決まったんだ」


「そっちの方が、余程不公平じゃないか?」


 俺は周りの勝手さに苛立ったが、周りは「それ」を「どんまい」と笑った。


「風邪を引いたお前が悪い。俺だって、中学の時は」


 の続きは、聞かなかった。被害者は、お前だけじゃない。そう言われたもう(俺の性格は、既にご存じの筈だ)、断れるわけがなく……。


 俺は憂鬱な顔で右の頬を掻き、彼らの決定に溜め息をついた。


「分かったよ。やれば良いんだろう? やれば」


 仲間達はその声に歓び、俺の肩を叩いたり、その首に腕を回したりした。


 俺はそれらの手から逃れて、岸谷の所(岸谷も物凄く落ち込んでいた)に行き、憂鬱な顔で彼女に話し掛けた。


 岸谷は、その声に苦笑した。同じ不運の仲間として、互いの事を労うように。彼女は憂鬱な顔で、俺に「頑張ろう」と言い、その口から溜め息を漏らした。

 

 俺達はクラス委員長(俺が委員長、彼女が副委員長)として、嫌々ながらも働きはじめた。クラスでの話し合いはもちろん、先生から頼まれた雑用も。

 

 俺達は……違うか。委員長の仕事を頑張ったのは、ほとんどが俺だった。彼女の気持ちを読み取って(彼女は、そう言うのが苦手だった)、難しい仕事は俺が引き受ける。重い荷物を運ぶ時は、俺が率先して「それ」を持った。「力仕事は、やっぱり男の仕事だ」と。彼女には簡単な書類整理か、その他諸々の雑務しかやって貰わなかった。


 彼女は、俺に頭を下げた。


「ごめんね、時任君。いつも」


「気にする事はねぇよ」


 俺は彼女に微笑み、手元のプリントをまとめた。


「岸谷さんは、そう言うの……苦手なんだからさ。苦手な事は、無理してやる事はねぇ」


 彼女の顔が一瞬、赤くなった。


「そ、それでも、ありがとう」


 彼女は「ニコッ」と笑い、手元のプリントをまたまとめはじめた。


「時任君」


「んん?」


「私の事なんだけど」


 と言った彼女の顔は、何故かとても真剣だった。


「呼び捨てで良いから!」


 彼女は、俺の目を見つめた。


「今まで……その、一緒に頑張ってきた仲間だし。『さん』付けされるのは、『ちょっと淋しいかな』って?」


「お、おう」と、今度は俺が戸惑った。「き、岸谷さんが『それ』で良いなら」


 俺は右の頬を掻き、内心ではドキドキしながら、彼女の目をじっと見かえした。


 彼女は嬉しそうな顔で、その視線に頭を下げた。


「ありがとう」


 俺達はクラスの雑務を終えて、先生の所に「それ」を持って行き、また自分達の教室に戻って、それぞれに自分の鞄を背負った。


「じゃあね、時任君」


「おう、また明日な」


 俺達は、「ニコッ」と笑い合った。


 彼女は自分の席から歩き出したが、教室のドアまで行った所で、俺の方をサッと振り返った。


「時任君」


「ん?」


「来年も、同じクラスになれたら良いね?」


 俺はその言葉に応える事ができず、彼女が教室から出て行った後も、机の前にしばらく立ちつづけた。

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