第45話 言い訳

 好敵手が増えないのは、色んな意味で有利である。自分を脅かす敵が増えない訳だから、今の状況を維持できるし、あわよくば、その立場を好転させる事もできる。正に効果的な戦術と言えよう。

 自分がもし、不利な立場にいるのなら。たぶん、俺でも同じ事をする。競う内容は、分からないけど。自分の立場を脅かす敵は、できるだけ少ない方が良いのだ。それがたとえ、恋の好敵手だとしても。自分が選ばれる確率を上げたい。

 そう考えるウリナの思考は、至ってまともだった。周りの誰かを蹴落とすわけではないが、だからって自分が蹴落とされて良いわけではない。

 

 彼女は自分の立場を守りつつ、その状態を何とか良くしようとしていた。

 

 俺は彼女の気持ちにうなずいて、ラミア達にも同じように提案した。

 

 ラミア達は、その提案にうなずいた。彼女達も彼女達で……たぶん、思う所があったのだろう。好きな人の事はやっぱり、独り占めしたい。その愛を独り占めして、幸せな時間を過ごしたい。彼女達が求める幸せな時間は、俺に愛され、そして、俺を愛する時間だった。

 

 その時間さえあれば、彼女達はいつまでも生きていける。キューブが擬人化した存在として。人間のように戸籍も、それを作る術も無いが、だからこそ、その愛さえ満たされれば、天の世界に生きて行けるのだ。羽根を得た、鳥のように。彼女達も……。

 

 彼女達はキューブの姿に戻り、机の上で「スヤスヤ」と眠りはじめた。

 

 俺はその寝息にホッとする一方、真剣な顔で今回の言い訳を考えた。普通の言い訳は、間違いなく却下される。「ライバルが増えるのは嫌だから、擬人化は少し待ってくれ」なんて。

 文章に命を賭けている藤岡には、当然ながら許せない事だろう。あなたは、自分の実体験でしか物を書けないのだから。その一番の題材集めを休んで……彼女からすれば、サボり以外の何ものでもない。

 物書きは、その制作に命を賭けるべきだ。文芸部の部室でパソコンを必死に叩く藤岡には、それが当り前の事だった。

 

 俺は正直、その当り前についていけない。今でこそ彼女の命令に従っているが、本来は文章に関わりたくない、もっと言えば、その物自体に触れる事すら嫌だった。「俺はやっぱり、文章が苦手だ」と。

 文にしないで訴える。俺には本来、今のような状況を捌く(って言い方は、酷いかも知れないが)能力はもちろん、それを味わう資格も持っていないのだ。

 

 モテない男子は、何処まで行ってもモテない男子。今のような状況になったのは……色んな偶然が重なったにせよ、文字通りの奇跡だった。普通の高校生には、とても扱えそうにない奇跡。108もの恋人を平等に愛さなければならない奇跡。

 

 俺はその奇跡に頭を痛めつつ、翌日の月曜日には、文芸部の部室に行き(その日は、ドンファンがパートナーだった)、彼女に「ごめん」と謝ってから、昨日の夜に考えた言い訳(つまりは嘘)を話しはじめた。

 

 藤岡はその嘘に目を細めたが、最後は「分かった」とうなずいた。


「お金の問題は、仕方ないね」


「ああ。俺の家、結構厳しいからさ。ラミア達の食費も馬鹿にならないし」


「モノフル達には、食事は要らないんじゃないの?」


「う、うん、まあ。それは、俺も話したんだけどな。空気的な意味で、ほら? 『飯抜き』ってわけには行かねぇだろう? 飯自体は、本当に少しだけどさ」


「そ、そう」


 藤岡は、俺に頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたの家」


「謝る事はねぇよ」


 俺は、必死の作り笑いを浮かべた。


「藤岡はただ、俺の事を……考えてくれたんだろう? 俺が文章を苦手なのを知っていてさ。その苦手を何とか克服させようとしたんだ。文章が得意になれば……たぶん、就職とかも有利になると思うし。お前は俺の事を思って、この課題を課してくれたんだろう?」


 藤岡の目が潤んだ。


「時任、君」


 彼女は「わっ」と泣き出し、机の上に突っ伏してしまった。


 俺は彼女の事を宥めようとしたが、隣のドンファンに横腹を突かれてしまった。


「やれやら。マスターも、罪な男だな。こんなに可愛い事を泣かせちまうなんて」


「くっ」と苛立ったが、「落ち着け」と思い直す俺。


 俺は藤岡の所に行き、その背中を撫でた。


「泣くなよ。藤岡が泣いたら、俺も悲しくなる」


「時任、君」


 彼女は両目の涙を拭い、その息を静かに落ち着かせた。


「ありがとう。ごめんね」


「いや」


 俺は、彼女に微笑んだ。


「お前との約束は、絶対に守るから。今は、少しだけ待ってくれ」


 彼女はゆっくりと、俺の言葉にうなずいた。


「分かった」


 俺達は「ニコッ」と笑い合い、それぞれの作業に戻った。


 俺はノートにプロットの続きを書き、藤岡はまたパソコンの画面に文章を打ちはじめた。

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