第44話 今夜は少し、夜更かししませんか?

 喫茶店から出た後は洋食店(落ち着いた感じの店で、また行きたいと思った)、洋食店で昼飯を食った後は、その店から出て、町の公園に行った。ウリナが「公園でお話したい」と。

 

 今日はお天気も良い、頬に風を感じたいですから。とても美しく、詩人めいた動機だった。かく言う俺も「それ」には賛成で、公園の開いているベンチを見つけた時は、思春期の少年ばりに「やった!」と喜んでしまった。

 

 まるで二人だけの特等席を見つけたみたいに。俺の隣に彼女が座った時の空気は、ラミアよりも美しく、そして、チャーウェイよりも可愛かった。

 

 俺は、その姿にしばらく見惚れてしまった。

 

 ウリナは、その視線に微笑んだ。


「智様は、面白いですね」


「なっ!」と、動揺する俺。「俺が?」


「はい、少年らしくて素敵です。変な下心がありません。『わたしくの事をどうやって落とそう?』とか。そう言う計算の無い人は、大好きです」


 俺は、その言葉に俯いてしまった。


「お、俺も」


「はい?」


「んぁああ、何でもない!」


 お前みたいな女は、嫌いじゃないって……そんな事、恥ずかしくて言えるか!


 俺は自分の言葉に悶え、苦しみ、そして、戦いた。


 ウリナはその様子に首を傾げたが、やがて「クスクス」と笑いはじめた。


「やっぱり面白いです」


 彼女の言葉がまた、突き刺さった。


 そ、それ以上は、勘弁してくれぇ。

 

 俺は心の動揺を誤魔化すために、頭上の空を見たり、足下の砂を蹴ったりした。


「お前は、マジの男殺しだな」


「そんな事は、ありません。『素敵なモノは、素敵』と、ただ言っているだけです。あなたは十分、魅力に溢れている。自分では、気づかないだけで。あなたは、わたくしの胸をドキドキさせる」


 彼女は俺の手を掴み、自分の胸に「それ」を持って行った。


「ほら? こんなにドキドキしているでしょう?」


 ドキドキしているのは、俺の方だ。彼女の感触、胸の鼓動が直に伝わってきて。正直、自分の分身がアレになっていた。


 俺は彼女の手から逃れると、昂ぶった胸を落ち着かせて、何回か深呼吸した。


「お前……そう言うのは、あんまりするなよ?」


「え?」


「今みたいなのは、お前のキャラに似合わない。お前は……これは男のワガママだけど、綺麗なままでいて欲しいんだ。男のアレに犯され」


 の続きは、彼女の唇に遮られてしまった。ゆっくりと離れる、彼女の唇。


 彼女は優しげな顔で、俺の唇から湿りを拭き取った。


「本当に美しいモノは、犯されてもなお美しい。わたくしは、あなたになら犯されても良いんです。身体のすべてを汚されて。それでも、あなたの事を愛しつづける。身体に付いたきずを愛おしむように。わたくしには、愛に溺れる覚悟があるんです。……智様」


「うっ」


「今夜は少し、夜更かししませんか? 二人だけの部屋で」


 俺は彼女の言葉から、その意図を読み取った。


「バッ、バカヤロウ! 高校生がそんな。明日は、学校だし!」


「学校は、休めば良いんです」


「なっ!」


 休めば良いって。お前は所謂、「優等生キャラだ」と思っていたが。意外と肉食系らしい。「クスッ」と笑った彼女の顔には、いつもの彼女とは違う妖艶な雰囲気が漂っていた。


 俺は、その妖艶さに息を呑んだ。


「そ、そんな訳には行かねぇだろう? キューブだって集めなきゃならねぇし」


 彼女の顔が一瞬、暗くなった。


「そうですね」


 彼女は「クスッ」と笑い、自分の正面に向き直った。


「今日の帰りにも、キューブを買うんですか?」


「ん? ああ。最近、買っていなかったからな」


 お前らとのデートが重なって。


「そう言う時間も無かったし」


「そう、ですか」


「ああ」


 彼女は、俺の手を握った。


「智様」


「んん?」


「これは……その、わたくしのワガママなんですが。キューブの購入をしばらく控えて頂けませんか?」


「え?」


 俺は、彼女の顔に目をやった。


「ど、どうして?」


 彼女は悲しげな顔で、自分の足下に目を落とした。


「貴方には、『平等に愛せば良い』と申しましたが……。怖いんです、わたくし。これ以上、好敵手が増えるのが。あの子達の事は、特に嫌いじゃないんですけど。一種の危機感を覚えるんです。『貴方の恋人にもし、なれなかったら』って。わたくしは、あの子達ほど強くありませんから」

 

 俺は、その言葉に胸を打たれた。彼女の抱える不安に。俺は一人だから気にしないが、彼女達にとっては文字通りのサバイバルなのだ。たった一人の男を巡る。好敵手が増えるって事は、それだけ自分の思い人から遠くなってしまうのだ。


 彼女の気持ちを察せられなかった自分に苛立つ。


 俺は真剣な顔で、彼女の要求に応えた。


「分かったよ。しばらくは、キューブを買わない。ラミア達にも、そう言うから」


 彼女の顔が華やいだ。


 彼女は嬉しそうな顔で、俺の身体に思い切り抱きついた。

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