第41話 この鈍感野郎

 今日の部活は、変な空気だったが……まあ、良いだろう。あそこが変なのは、いつもの事だし。別に気にする程でもない。藤岡の様子が少しおかしかっただけだ。部活の終わりを告げる時も、そして、部室の鍵を閉める時も。


「じゃあね」と微笑んだ彼女の顔は、今までの「それ」と違って、何処かよそよそしく、そして、何故か恥ずかしげに見せた。

 それを見ていたチャーウェイが「ニヤリ」と笑う程に。変な空気で終わった部活は、学校の昇降口に行き、そこで自分の靴に履き替えて、校舎の外に出ても、その微妙な空気を残しつづけていた。

 

 俺は、藤岡の態度に首を傾げた。


「何なんだよ、一体?」


 と、言った時だ。誰か分からない声で、「この鈍感野郎」と聞こえた。お、俺が、鈍感野郎? 神崎の好意に気づいた俺が?


 俺は自分の周りを見渡したが、声の正体を突き止める事はもちろん、それが何処から聞こえて来たのかも分からなかった。


 ゾワッとした感覚が襲う。

 

 俺は、その感覚に思わず震え上がった。

 

 チャーウェイは、その様子に首を傾げた。


「どうしたの? サーちゃん」


「い、いや、何でもねぇ。ちょっと寒気がしただけだ」


「ふうん」


 彼女はちょっと背伸びし、俺の額に自分の額をくっつけた。


「熱は、無いようだけど? って、あれ? 何か急に熱くなった!」


「ちょ、ううっ」


 そりゃ、目の前に美少女の顔があるんだもの。緊張しない筈がない。彼女の鼻から漏れる息もくすぐったくって、「それ」が当たった瞬間、変な気分になってしまった。


 俺は彼女の顔を離し、顔の火照りを「だ、大丈夫」と言いながら誤魔化した。


「ちょっとぼうっとしただけで」


「ふうん」から微笑む彼女の顔。「そっ!」


 彼女は嬉しそうな顔で、俺の手を引っ張った。


「じゃ、行こうか! ファミレスにレッツゴー!」


 俺達は、近くのファミレスに入った。ファミレスの中は、それなりに混んでいた。会計所の近くにあるテーブルも、それから一番奥にあるテーブルも。みんな、客の姿で埋め尽くされている。二人用のテーブル席で唯一空いていたのは、老夫婦が座るテーブルの隣だけだった。

 

 俺達は店員の案内で、そこのテーブル席に座った。


 俺は家の親に連絡し、店のメニュー表を開いた。


「今日は、どのコーヒーを?」


「ねぇ!」の声に応えて、彼女の顔に視線を移す。「なんだ?」


 彼女は、メニュー表の「それ」を指差した。


「これ、食べようよ!」


 俺は、彼女の指差す物に目をやった。


 彼女の指さす物は、な、なに? カップル限定のラブラブパフェだと? 

 パフェの値段は、リーズナブル(かな?)な820円。


 俺は自分のコーヒー代も考えて、これを頼むかどうかを考えた。

 

 チャーウェイは上目遣いで、俺の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、サーちゃん」


 の続きは、聞かなくても分かっている。「こいつを一緒に食べよう」って言うんだろう? 周りにいる客達も……彼女の声を聞いたのか、「頼んでやれ」と言う空気になっているし。


 俺はその空気に負けて、店の店員に「すいません。このラブラブパフェを下さい」と頼んだ。


 店員はニタニタしながら、その注文に応えた。


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 俺は、店員の背中を見送った。


 それから授数分後。例のラブラブパフェが運ばれてきた。パフェの上には、メロンやらオレンジやら、様々なフルーツが刺さっている。

 女子高生一人だけでは、決して食べきれない量だ。余程腹が減った男子高校生なら別だが、その量は普通ではないくらいに多かった。


 チェーウェイは右手のスプーンで「それ」をすくい、所謂「あーん」の姿勢だ。俺の口ギリギリにパフェが乗ったスプーンを持って行った。

 

 俺はその行為にドギマギしながらも……最初は拒んでいたが、彼女の今にも泣きそうな顔を見て、その気持ちを押し込め、色んな覚悟を決めて、口の中に「それ」を含んだ。


「う、美味い」


「フフフ」


 彼女は、自分の口を「あーん」と開けた。


 はいはい、今度はあたしですか。


 俺は恥ずかしげな顔で、彼女の口にパフェを持って行った。


 彼女は(嬉しそうに)、そのパフェを飲み込んだ。


「んんーん。美味しい! このパフェ、すごく美味しいね!」


「ああ」


 俺は、彼女の笑顔に溜め息をついた。


 彼女はまた、俺の口にパフェを持って行った。


「はい。次は、サーちゃんの番!」


「うっ」

 

  や、止めろ! これ以上は、マジで死ぬ! 隣の老夫婦も、「若い頃を思い出すわ」とか言っているし。恥ずかしい事、この上ない。顔から火が出そうだった。

 

 俺は「自分で食えるから」と抗ったが、彼女は「それ」に納得せず、結局はパフェを平らげるまで、その地獄から逃げる事はできなかった。

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