第28話 あたし達への思いは、変わらないでね?

 家に帰った後も……まあ、色々と大変だった。部活の事も含めて、親父を説得するのも大変だったし(元々、食費のかからない連中なんだから大丈夫だろう)、寝る場所についても、「夜はキューブ状態に戻る(二人は、かなり不満げだったが)」と言う条件で、何とか許しを得られた。


 ハーレムについては……これもかなりの不満を買ったが、「自分は絶対に負けない」、「負けるはずがない」と言う自信から、二人の許しを得る事ができた。事態がどんどん悪化して行く。それも、俺の望まない方向に。我が部長の野望が叶った暁には、俺は文字通りのハーレム王になっているだろう。一個あたり、最低でも200円の代償を払って。


「はぁ」


 俺は、自分の不運を嘆いた。


「俺、マジでついていないわ」


 学校の文芸部に入った事も、そして、自分が「選ばれた人間」になった事も、みんな……。


 俺は母ちゃんから貯金通帳を貰い、その残高を確かめると、暗い顔でコンビニのATMから全額、すべての貯金を下ろした。


「何やっているんだろう? 俺」


 はぁ、と溜め息をついた俺に、ラミア(チャーウェイは、家でお留守番だ)が「大丈夫?」と話し掛けた。


「私は、あなたとの時間を大事にしたい。だから、無理に」


「ラミア……」


 俺は三人分のアイスを買い、彼女と連れ立って、コンビニの中から出て行った。


「ありがとう」


 一瞬、彼女の顔が赤くなった。彼女は、俺の手を握った。


「私は、あなたの事が大好きだから。心配するのは、当然」

 

 今度は、俺が赤くなった。身体の方も火照って、正直辛い。ビニール越しに伝わるアイスの冷気が、より一層に冷たく感じられた。

 

 俺は胸の動悸を抑えつつ、彼女の手を握りつづけた。


「ただいま」と帰ったのはたぶん、夜の九時頃。親父が風呂から上がっていたから、正確にはもっと遅い時間だった。


 俺達は冷蔵庫の中にアイスを仕舞って、家の風呂に入り、その風呂から上がると、いつもの寝間着に着替えて(彼女達のパジャマは、母ちゃんが買ってきたらしい)、冷蔵庫のアイスを食べはじめた。


「甘くて美味しい!」


「ああ」


 俺達は部屋の壁に寄り掛かったり、ベッドの上に座ったりして、それぞれの時間をゆったり過ごしはじめた。


「明日」


「ん?」と、チャーウェイを見る俺。「なに?」


「また、キューブを買いに行くの?」


「ああ、そう言う課題だからな。キューブの全種類を擬人化させる。個人的には、やりたくねぇけど。まあ、部長命令なら仕方ねぇ。俺も『仕方ない』って諦めるさ」


 二人は、俺の言葉に俯いた。


「そう」


「ああ」


 二人は(ほぼ同時に)、俺の顔を見た。


「時任君」


「サーちゃん」


 二人の目が潤んだ。


「たとえ、キューブの全種類を擬人化させても」


「あたし達への思いは、変わらないでね?」


 俺は、その言葉に衝撃を受けた。まるで雷にでも撃たれたように。俺は自分の性格も忘れて、二人の身体を力いっぱい抱きしめた。


「当たり前だろう? 二人は、俺にとって大切な人なんだから」


 二人は「痛い、痛い」と言いつつ、俺の身体をそっと抱きしめかえした。


「ええ!」


「あたしも! サーちゃん、大好き!」


 俺達はお互いの気が済むまで、相手の身体を抱きしめつづけた。



 

 次の日。

 

 いつもの時間に目を覚ました俺は、いつもの準備をいつもと同じようにして、庭の自転車に跨がり、いつもの調子で、いつもの学校に向かった。

 学校の校門ではいつも通り、風紀委員達が生徒達の服装を検査していた。それを指揮する神崎宇美も。

 

 神崎は俺の姿を見た瞬間、いつもの注意を忘れて、その目から視線を逸らしてしまった。

 

 俺はその態度を不思議がったが……まあ、ラッキーと思って、学校の駐輪場に行き、自分の自転車を停めて、いつもの教室に向かった。


 教室の中には、いつものメンバーが集まっていた。

 

 俺はメンバーの全員に「おはよう」と挨拶して、自分の席に向かい、鞄の中から勉強道具を取りだして、机の中に「それら」を仕舞い、朝のホームルームが始まるまで(ラミア達は、黒内達の所に持って行ったが)、近くの仲間と下らない事を話した。

 


 そして、時は流れて放課後。

 

 俺は黒内達からキューブを回収し、学校の部活を終わらせて、いつものホビーショップに向かった。ホビーショップに着いた後は、キューブマニアの売り場に行って、その中から一つを選び出し、店の会計所に行って、その代金を払った。

 

 俺は、鞄の中にオモチャを仕舞った。「ここで擬人化させるのは、不味い」と。こんな人の多い所で擬人化させたら、沢山の人に迷惑を掛けてしまう。

 

 俺はモノフルの二人に目配せし、それから自分の家に帰った。

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