第27話 久しぶりに話したね、私達

 沼の先に待っているのは地獄。なら、地獄の先に待っているのは? と、自分に問い掛ける俺だったが、そんな答えは端から分からないし、分かったとしても、口に出すようなモノではなかった。

 

 向こうの席で女子達が盛り上がっているように。今の俺には、頭を整理する為の時間と、それに見合った休養が必要だった。身体と気持ちをリフレッシュすれば、あの無理難題からも抜け出せる……わけがないんだよな。部長のアレを考えても、抜け出す手段は皆無に等しい。


……はぁ。どうして、こんな事になっちゃったんだろう? 「キューブの全種類を擬人化させろ」とか、どんな擬人化マニアでも無理な話だ。

 コンピューターの世界とは、違って。彼女達には実体があるし、それに見合った欲望もある。ラミアのアレや、チャーウェイのアレを見ても分かるように。それらをすべて満たすのは……。


 俺は、椅子の背もたれに寄り掛かった。


「ついていない」


「本当にね」


「ふぇ?」


 俺は、目の前の少女に驚いた。「いつの間に座っていたんだろう?」と。俺がコーヒーを飲んでいた時は、確かに誰も座っていなかった。


 俺は目の前の少女、岸谷きしたにあんに瞬いた。


「ビックリした。いつから座っていたの?」


「時任君が考え事をしている間に。驚かせてごめんね?」


「い、いや。それは、大丈夫だけどさ」


 俺は、女子グループの方に視線を移した。


「あっちにいなくても良いの?」


「う、うん」と、彼女の顔が赤くなる。「私、恋バナとか苦手で」


「へぇ」と、素直に驚く俺。「珍しいな」


 女子と言ったら、「一、二もなく、恋バナが好きだ」と思ったのに。世の中には変わった奴……いや、色んな奴がいるんだな。一つ、勉強になったよ。「恋バナ」が苦手な女子もいるってさ。


 俺は、テーブルの上に頬杖をついた。


「俺も、どっちかって言ったら苦手だよ」


「うそ!」


 彼女は、「信じられない」と笑った。


「あんなに可愛い子達に好かれているのに?」


「『それ』と『これ』とは、別。俺はあの二人に好かれているだけで、恋愛自体は」


「ふうん。それじゃ、私とおんなじだ」


 彼女は楽しげな顔で、自分の飲み物(たぶん、オシャレな飲み物だ)を飲んだ。


「時任君」


「ああん?」


「時任君って、本とか読む?」


 俺は「本」の一言に震えたが、落ち着きをすぐに取り戻した。


「い、いや、本はあんまり。まんが本は、よく読むけど。俺、昔から文章が苦手なんだ。それを読むのはまだマシだけど、自分が書く側になるのは」


「へぇ、以外。時任君、文芸部なのに文章が苦手なんだ」


「それは、文芸部に対する偏見だよ。書くのが好きだからって、文章を書くのが得意とは限りない。現にうちの部長は、そう言うタイプだからな。文章を書くのはすげえ好きだけど」


「ふうん。でも、時任君は、書くのも、読むのも苦手だと?」


「う、うん」とうなずく自分が情けない。「ま、まあ」


 俺は悔しげな顔で、自分の頬を掻いた。


「俺は、本とか好きじゃないから」


「ふうん」と笑った彼女の顔は、少し残念そうだった。「そっか」


 彼女はまた、自分の飲み物を飲んだ。


「私、結構本とか好きなんだけどね。SFの本とか」


「へぇ」


 これまた、意外だな。


「女子がSFを読むなんて」


「それも偏見だよ、時任君。その内容が面白ければ、女子もSFを読むんだよ」


 俺は「アハハハ」と笑ってから、彼女に「ごめん」と謝った。


「偏見は、ダメだよな?」


「そう、偏見はダメ。時任君も文芸部の端くれなら、それに偏見を持っちゃダメだよ?」


「了解」


 俺達は、互いの言葉を笑い合った。


「ねぇ、時任君」


「ああん?」


「久しぶりに話したね、私達」


「そうだな。一年の時は、よく話していたけど。お陰で、岸谷が恋バナが苦手だって知らなかった」


「私も、時任君が文章が苦手だっての知らなかったよ。一年の時は、ほとんど『仕事の話』しかしなかったから」


 俺達は、互いの言葉に笑い合った。


「ねぇ、時任君」


「うん?」


「いつかで良いから、私と一緒に」


 の続きが遮られた。鋭い眼で睨みつける、ラミアとチャーウェイ。二人は俺に顔を近づけると、不満げな顔で(特にチャーウェイが)俺の耳や頬を引っ張った。


「浮気は、重罪」


「フフフ、恋人は一人だけだよ?」


「うううっ」


 二人の愛が重い。「病んでいる」とまでは行かないが、それに近い何かは感じられた。


 俺は二人に何度も謝ると、自分も含めた三人分の料金を払って(ラミア達は、黒内達に「バイバイ」と言っていたが)、店の中から出て行った。


「さ、さて」


 と、急いで話題を変える。


「食うもんも食ったし、さっさと家に帰るか?」


 二人は「それ」になかなか応えなかったが、やがて「そうね」、「うん」とうなずいてからすぐ、家に向かって歩き出した。俺もそれに続いて、歩き出した。


 俺達は、俺の家に向かって歩きつづけた。


 俺は、その静けさに胃が痛くなった。お陰で岸谷が言おうとした言葉も、そして、それに込められた意味も考える事ができなかった。

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