第25話 あなただけのハーレムを作る

 違う! それは、断じて違うぞ! 二人が俺の恋人なんて。確かに……二人は俺に好意を抱いているし、俺自身も満更ではないが、それでもやっぱり、「恋人」とは違う。二人に対する評価は、仲の良い女友達、あるいは、友達以上恋人未満の関係だった。現にラミアから告白されたり、チャーウェイの膝枕を楽しんだりした時も、嬉しくはあったが……ううん。まあ、とにかく! 

 

 二人は、俺の恋人ではない。大切な存在では、あったとしても。それは揺るぎない、俺の心が決めた真実だった。なのに……どうやら、藤岡の方は、そうは思っていないようだ。見るからに不機嫌そうな……いや、違う。これは、何かを楽しんでいる顔だ。目の表情に反して、口元が「ニヤリ」としているし。その雰囲気も、怪しげなモノになっている。

 

 彼女は机の上に方杖を突き、俺に諸々の説明を求めた。

 

 俺は、その要求にしっかりと応えた。


「彼女達は、『モノフル』と言って」


 から続く説明は、省略だ。藤岡には、ちゃんと説明するけれど。それを聞いている部外者、特に事情を知っている奴らには、「くどい」と思ったからだ。


 一通りの説明を終えると、椅子の背もたれに寄り掛かる。

 

 俺はモノフルの二人に目をやり、苦笑交じりで右の頬を掻いた。


「まあ、そう言うわけだからさ」


「ふうん。つまり、時任君はモテモテなんだね? その女の子達に」


「そうだよ!」と答えるチャーウェイは、やっぱりあざとかった。「あたしは、サーちゃんの事が大好きなんだ」


「私も、彼の事が大好きです。彼に自分の裸を見せるくらい」


 二人の間にまた、火花が飛び散った。


 藤岡は、その火花に「ニヤリ」とした。


「ラッキーだね、時任君。これって、最高の環境だよ?」


「何処が」


 だよ? の部分が遮られてしまった。


「作品を書く上では。だって、ハーレム王になれるんだよ?」


「ふぇ?」


 ハーレム王に?


「俺が?」


「そう。しかも、リアルのハーレム王に。これで作品も面白くなる」


 藤岡は、俺の顔を指差した。


「時任君!」


「は、はい!


「あなたに足りないモノは、文章を書く力……文章力と、それを支える想像力だよ」


「文章力と、それを支える想像力?」


「うん」


 藤岡は椅子の上から立ち上がり、何やら演説気味に語り出した。


「あなたは、自分の体験した事しか書けない。他の創作者と違ってね。フィクションでは、自分のセンスを表現できないの」


「ふ、ふうん」とうなずいたものの、内心は結構複雑だった。自分の体験した事しか書けない。それはつまり、「綿密な取材に基づいて書くノンフィクション作家か、自分の気持ちを丁寧に描くエッセイスト、もしくは、趣のある詩人にしかなれない」と言う事だ。世にいる作家達とは、違って。

 

 俺はその事実に驚きながらも、特に「悔しい」とは思わなかった。俺には俺の、俺にしか書けない物がある。それが体験に基づくモノでしかなくても、物書きを目指していない俺には、実にどうでも良く、そして、関わりのない事だった。


「それしか書けないなら」


 の続きがまた、遮られる。


「別に良いわけがない。さっきも言ったけど、あなたは最高の環境にいるんだよ?」


 藤岡は俺の前に行き、その手を握った。


「ラミアさん」


「はい?」


「彼は、選ばれた人間なんだよね?」


「ええ。彼は、選ばれた人間。彼が私達、キューブのオモチャを買うか、それを他人から貰えば、そのキューブは擬人化する」と、ラミア。チャーウェイも、楽しげな顔で「あたしも、そうやって擬人化したし!」と言い添えた。

 

 二人は互いの事を睨みつつ、その口元に笑みを浮かべた。

 

 藤岡は、俺の顔に視線を戻した。


「時任君」


「は、はい」


「キューブを全部集めて」


「はぁ? どうして?」


「じゃない。そうすれば……確かキューブって、108種類あるんだよね?」


「あ、ああ。仲間の話じゃあな。俺は、絶対に」


「集めて!」


「ふぇい!」


「あなただけのハーレムを作る。そして、それを題材に」


「『さ、作品を書け』って?」


「そう」


「くっ」


 俺は、姿勢を崩した。


「バカバカしい。俺がどうして、そんな」


 とは言ったものの……俺はやっぱり、流されやすい性格らしい。最初は頑なに拒んでいた「それ」が、藤岡の泣き顔を見た途端、同情の気持ちに変わり、最後は同意する態度、「分かったよ」とうなずく結果に変わってしまった。


「部長様のお言葉に従う」


 藤岡は、その返事に喜んだ。


「小説は、現実の体験に敵わない。わたしは、作り物しか書けないから」


 俺はその言葉に苛立ちつつ、「自分はもう、逃げられない場所にいる事」を自覚した。

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