第24話 普通のラブコメ小説では、ありえない

 だからこそ、神崎の行動が怖かった。俺達の秘密を知って、何をするか分からない。普通は、停学処分か。もっと悪ければ、退学処分? 曲がった事を許さない神崎なら、十分にあり得る事だった。


 学校の職員室に行って、担任の先生に「この事」を伝える。先生は、教育指導の先生に「この事」を伝える。教育指導の先生は、放課後に俺達の事を呼び出す。呼び出される場所は、二年生フロアの一番隅にある生徒指導室だ。


 生徒指導室の中は重苦しく……聞いた話では、「刑務所のような空気を感じる」と言う。正に学校の取調室だ。生徒指導部の先生も、柔道の黒帯で、言葉よりも身体の方が強かった。


 自分の行いに後悔を抱く。

 

 俺は暗い顔でポケットの中にキューブを仕舞い、これまた暗い顔で自分の教室に戻った。教室の中では、仲間達が下らない話題で盛り上がっていたが、昨日の放課後に……覚えているだろう? 

 俺と一緒に町のホビーショップに行って、キューブのオモチャを一袋買った奴だ。そいつだけは暗い顔で、仲間の笑いに応える事無く、俺の姿を見つめると、まるで親の敵と言わんばかりに、その顔をじっと睨みつけてきた。


 俺は、その顔に怯んだ。


「う、うううっ」


 そいつは、俺の顔から視線を逸らした。


 俺はその行動にホッとしつつ、机の中にキューブを仕舞って、残りの五時間目、六時間目の授業を受けた。それらの授業を受けた後は、教室の中を掃除し、帰りのホームルームを終えて(結局、生徒指導部には呼び出されなかった)部活に行く準備をはじめた。


 鞄の中にある、例のプロットモドキ。プロットモドキの内容は一応書き足していたが、藤岡を満足させる(だろう)クオリィティには達していなかった。

 

 俺は憂鬱な顔で文芸部の部室に向かおうとしたが、自分の席から立ち上がった所で、黒内のグループに「待って」と呼び止められてしまった。

 

 黒内は、俺にキューブ状態のラミアを返した。


「今日は、時任君と一緒に帰りたいんだって」


「そ、そっか」


 と少し動揺したが、それもすぐに収まった。ラミアの事を裏切ったわけではないけど。昼休みのアレは、確かに秘密にしていた方が良さそうだった。今後の生活の為にも。


 俺は鞄の中に彼女を仕舞って、文芸部の部室に向かった。部室の中では言わずもがな、藤岡がパソコンの画面に文字を打っていた。俺が部室の中に入った時も。「オッス」の挨拶には一応応えたが、それを応えると、パソコンの画面にまた向き直ってしまった。


 俺はいつもの席に座り、二人のキューブを優しく撫でてから、藤岡の顔に視線を戻した。


 藤岡は、パソコンのキーボードを叩きつづけた。


「プロットは、順調?」


「え?」と、緊張する俺。「まあ」


 俺は、右の頬を掻いた。


「藤岡のアドバイスを受けてさ。人間関係をちょっと複雑に」


「……そう」


 藤岡の指が一瞬、止まった。


「ねぇ、時任君」


「なんだ?」


「時任君って、オタク?」


「ふぇ?」と驚いた俺の気持ちは、察して下さい。「俺が、オタク?」


「ええ」


 藤岡は、俺の顔に視線を移した。


「あのプロットを見る限り。普通は……ラブコメのセオリーで行くなら、同じ人間同士が付き合うでしょう? お互いの事を好きだけど、素直になれない男女のラブコメとか」


「う、うん。たぶん」


「でも」


「でも?」


「あのプロットは、違った。擬人化した美少女と付き合う話なんて。普通のラブコメ小説では、ありえない。ましてや、その美少女から『好きです』って告白されるなんて」


「うっ」


「時任君」


 彼女の眼光が鋭くなった。


「わたしに何か、隠していない?」


 背筋が凍った。それこそ、冷凍庫に入れられてみたいに。「え? 何かって?」と誤魔化そうとした声も、明らかに震えていた。


 机の上に目を落とす。

 

 俺は覚悟を決めて、机の上に彼女達を置いた。

 

 藤岡は、その行動に目を細めた。


「キューブ?」


「ああ」


「そのキューブがどうしたの?」


 俺は自分の周りを見渡し、その安全を確かめると、声を細めて「これから言う事は」と話しはじめた。


「みんな(クラスの連中には、バレているが)には、内緒だぞ?」


 藤岡の表情が変わる。


「うん」


 俺は「それ」に安心して、机の彼女達に「二人とも、頼む」と言った。


 二人は、その願いに応えた。


 美しく光る、キューブの本体。キューブはその光を残したまま、部室の空いている場所に行って、その姿をゆっくりと変えた。

 

 藤岡は、その現象に目を見開いた。


「え? なっ!」


 二人は、彼女に笑いかけた。ラミアは「こんにちは」と冷静に、チャーウェイは「こんにちはぁ」と天然っぽい口調で。

 二人は藤岡の前に歩み寄ると、揃って彼女に頭を下げた。


「私は」


「サーちゃんの」


 二人の声が重なった。「恋人です!」


 藤岡は、その言葉に絶句した。

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