第23話 風紀委員

 風紀委員の事は、別に嫌いではない。アイツらは学校の風紀を守っているし、アイツらによって助けられた奴、救われた奴、励まされた奴がいるのもまた、事実だった。「私達の事を守ってくれてありがとう」と。


 あなた達がいるから、私達は安心して学校生活を送れる。学校の中の風紀は、誰かが正さなければ、すぐに無法地帯となってしまうのだ。学校の中で起る喧嘩はもちろん、「イジメ」や「嫌がらせ」と言った類も。


 みんな、風紀員が水際の所で防いでくれる。それこそ、正義の味方が駆けつけてくれるように。それらを束ねる風紀委員長、神崎宇美の背中にも、その責任が課せられていた。

 

 その意味で……神崎宇美は、とても責任感の強い女子だった。一年の時から風紀委員に入り、朝、校門の前に立っては、生徒達の服装を厳しくチャックしている。「その服装に乱れはないか?」と。生徒の一人一人に目を光らせているのだ。


 その光に当てられた生徒達は(一部の例外はあるが)、大抵は萎縮し、そして、彼女の指導に「はい、はい」と従ってしまう。かくいう俺も、最初の頃は、彼女の指導に脅えるあまり、自分の服装をよく正していた。「現役の高校生なら、多少の着崩しは許されるだろう?」と思いつつ。

 

 学校の入学案内通りに制服を着る神崎には、その乱れがどうしても許せなかった。靴下の色は、どんな時も紺。胸のリボンもきっちり結んで、スカートも膝から上には絶対に上げない。メイクも、ほとんどのスッピンに近いナチュラルメイクだ。唇の色が綺麗なのは……女子達曰く、元々らしい。「元々、神崎は美人なんだよ」と。

 

 普段は彼女に脅える女子達も、その綺麗さだけは認めていた。「清廉潔白の風紀委員長」とか、「風紀委員の花」とか言って。それを聞いている男子達も(前にも言ったと思うが)、彼女の美貌には一目置いていて、「ああ言う女は、一度惚れると一生好きでいてくれる」、「絶対に裏切らない女だ」と、密かに萌えていた。


 真っ直ぐな女は結局、異性(それも純情な)にモテる。いや、モテまくってしまう。自分のキャラを作っていない分、異性の心にダイレクトアタックしてしまうのだ。それに関わる俺も……って言う事は無く。


 俺の場合は純粋に、彼女の事が怖かった。だっていつも、俺の事を注意するんだもん。一年の時……このエピソードは、ちょっとした黒歴史だが。上級生の不良を注意していた神崎は、その注意に応じない上級生達を怒ったが、逆に反撃を受けてしまい、地面の上に倒れてしまった。


 周りの奴らは、誰も彼女の事を助け……いや、助けられなかった。その不良達は学校でも恐ろしい、本物の札付きだったので、それを助ける勇気がどうしても持てなかったのだ。その光景を見ていた俺も。


 俺は自分の情けなさに苛立ったが……やっぱり放って置けなかったのだろう。周りの奴らも「俺がたまたま奴らの近くにいた」と言う理由で、俺にヒーローをやらせようとしたし。「お前が助けないで、誰が助けるんだ」と。


 俺はその空気に負けて……本当はすげぇ怖かったが、神崎宇美の前に立ち、その身体を立たせてからすぐ、彼女に「大丈夫か?」と言って、周りの不良達に「このっ!」と立ち向かった。


 だが、その結果はご想像通り。ただの男子高校生が、百戦錬磨の不良達に敵うはずがない。俺は文字通りボコボコになって、学校の保健室に(某ハンターゲームよろしく)「よっこらせ」と運ばれて行った。

 

 神崎は、俺の行動を怒った。「どうして? 私の事は、放って置けば良かったのに!」と。私は、一人でもやれた。あんな上級生達なんて! そう言う神崎の身体は、ブルブルと震えていた。まるで「それ」がフラッシュバックしたように。だから気づいた時には、彼女の身体を、その華奢な身体を、優しく抱きしめていた。


「馬鹿野郎。女一人で、アイツらに立ち向かうなんて。お前は」


 の続きが遮られたのは、彼女が「うわん」と泣いたから。そして、その涙が俺に突き刺さったから。俺は「馬鹿野郎」と呆れつつ、彼女の頭を何度も撫でつづけた。彼女のあたりが強くなったのは、それから二日後の事だった。一日前は、あの不良達(不良達は、停学処分になった)に構って分からなかったけど。


 彼女は俺の姿を見る度、何だか分からないが、細かい所を注意し、少しでも風紀を乱すと(仲間の恋愛話を聞くとか)、決まって俺の前に現れては、その事を何度も怒りつづけた。「学校は、勉学に励む所だ!」と。


 俺はその言葉に辟易しつつ、彼女に対してより一層の恐怖を脅えた。

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