第14話 ダメだ。まったく書けねぇ

 高校の文芸部には正直、入るつもりはなかった。文章を書くのは、すげぇ苦手だし。それを読むのも(まんがは別だが)、苦痛以外の何ものでもなかった。自分は、文章そのモノに向いていない。

 

 小学三年生の時に初めて書いた読書感想文は、「そして」や「ました」を連発する、とても酷い内容だった。俺は文字を紡ぐ仕事、特に「小説家」や「詩人」と言うモノに強い嫌悪感を覚えた。


「アイツらはどうして、あんなにも物を書く事ができるのか?」と。文書に劣等感を覚えた俺には文字通り、理解できない内容だった。

 アイツらは、文章から生まれた化け物だ。俺は泣き泣き完成させた感想文を推敲しつつ……そんな俺が高校の文芸部に入ったのは、知っての通り、俺の悪い性格が原因だった。


 「周りの空気に逆らえない」と言う。俺はその性格に負けて……本当は色んな所からお誘いがあったが、そのどれもが(正直)やりたくない部活だったので、どう断ろうか迷っていた所、たまたま図書室にいた俺に、藤岡が「そ、それじゃ、文芸部に入ってみない?」と言った。「な、何もやりたい事がないなら」と。

 

 俺はその誘いに戸惑ったが、同時に「これは、マジでラッキーかも知れない」と思い、本当は苦手である文芸部に意気揚々と入部した。「これで厄介なお誘いから逃げられる」と。


 事実文芸部に入った後は、藤岡が一人パソコンに向き合っているだけで、俺の方はほとんど自由に過ごす事ができた(一年の時はクラス委員をやっていたので、その仕事がある時は別だったが)。部活の最中にまんがを読んでも自由。

 それに加えて、スマホのゲーム(友達からススメられた)をやっていても、注意どころか、それを指摘すらされなかった。

 

 俺は、完全な自由を手に入れた。「部活が終わるまでは、帰れない」と言う制約は、あったけれど。それ以外は、何のお咎めもなかった。

 

 俺は、その時間を楽しんだ。文章に最も近い場所にいながら、文章から最も遠い場所にいられる。俺は今日の、藤岡の言葉を受けるまで、その贅沢な時間を楽しむ事ができた。


「でも」


 現実は、そんなに甘くない。今まで逃げていた付けは、やはり何処かで清算しなければならないのだ。

 今の俺が、部屋のパソコンと向き合っているように。その頁を……。


「はぁ」


 俺は、椅子の背もたれに寄り掛かった。


「ダメだ。まったく書けねぇ」


 文章の一文目を。


「くうっ」


 俺はその悔しさに悶えたが、ラミアが家に帰ってくると、それを一旦忘れて、部屋の中に彼女を導いた。


「おかえり」


「ただいま」


「アイツらと一緒に帰って、楽しかったか?」


 彼女の返事は、「楽しかった」だった。


「あの子達と色んな話ができて」


「そっか。それは」


 良かったな……を言う前に、ラミアが俺の顔を覗き込んだ。


「何をしているの?」


「ああ」


 俺は右手の人差し指で、パソコンの画面を叩いた。


「文芸部の課題だよ。『作品を書け』ってさ」


 ラミアの目が見開いた、気がした。


「小説を書くの?」


「いや」


「なら、詩? それとも、エッセイ?」


 俺は、その質問に首を振った。


「どれでもない」


「なら、何を書いているの?」


 それは普通の質問だったが、俺には悪魔の問い掛けのように聞こえた。


「さあ? 俺、一体何を書いているんだろう?」


 自分でも分からねぇや、と、俺は笑った。


「学校の文芸部に入っているのに」

 

 ラミアはその言葉に何やら考えたが、しばらくすると、パソコンの画面から離れて、部屋の中をゆっくりと歩きはじめた。


「あなたは、どうして物が書けないの?」


「さあ?」と、答えるしかない。「ガキの頃から、文章が苦手だったからな。それに書きたいテーマも無いし」


「そう」


 なら、と、彼女は止まった。


「その題材を見つければ良い」


「どうやって?」


 俺は椅子の上から立ち上がり、彼女の前に歩み寄った。


「その題材を見つけるのさ?」


 彼女は、俺の顔を指差した。


「あなたが今、体験している事。人間は誰一人として、同じ人生を歩めない。それがどんなに似通った人生であっても。あなたは」


 の後に数秒ほど黙るラミア。


「どんな人生を歩んでいる?」


「俺は、どんな人生を?」


 俺は自分の人生を振り返ったが、特別……いや、特別な事があった。自分では、まったく意識していなかったけど。

 俺は今、特別な時間を過ごしているのだ。「ラミア」と言うモノフルの少女に出会って。彼女との出会いは、文字通りの衝撃だった。


 両手の拳を握る。

 

 俺は使っていないノートを開いて、今まで起った出来事を一つずつ、できるだけ丁寧に書きはじめた。

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