第6話 妄想は、天象儀よりも強く

 町のプラネタリウムに到着。プラネタリウムの中には……寿司屋ほどではないにしろ、人の姿がちらほらと見えた。まるで宇宙の、星と星との間を観るように。俺達が座った席も、そんな宇宙の神秘を思わせるような場所だった。

 

 俺は(宇宙の神秘には興味はないので)、頭上の映像を眺めつつも、隣の彼女に時折目をやっては、純情少年よろしく、その横顔にぽうっとしながら、良からぬ妄想を抱きつづけた。

 

 隣の彼女がもし、いきなり脱ぎだしたら。彼女はその頬を火照らせて、俺の所にそっと近づいて行く。周りの視線を無視して、その身体を俺に密着させるのだ。

 身体の、その感触が伝わってくる。最初は彼女の胸から、次に腹が当たって……。最後に当たる彼女のアレは、を想像した瞬間だった。


 彼女が俺の手を握って、その俺に「綺麗」と微笑んだ。

 

 俺は、その声に「ハッ」とした。

 

 彼女は「クスッ」と笑って、頭上の天象儀に視線を戻した。

 

 俺も、その映像に視線を戻した。


「くそぉ」


 何を考えているんだ、俺は。初めてのデートで、「くっ」


 俺は、自分の心に苛立った。

 

 それから一時間後。

 天体鑑賞に飽きたのか、彼女が自分の席からスッと立ち上がった。


「ありがとう」


 俺も自分の席から立ち上がり、床の荷物を持って、彼女の言葉に「いや」と微笑んだ。


「そんな事はねぇよ。俺も(本当は嘘だが)、楽しかったし」


「そう」と満足げに笑った顔が、何処までも純粋で苦しかった。


 彼女は俺の手を引き、プラネタリウムの中から出て行った。プラネタリウムの外は、やっぱり晴れている。俺がイラッとする程に。その雲も……。


 俺は、両手の荷物を持ち直した。


「次は……」


 彼女は俺の周りをぐるりと周り、元の場所に戻った所で、その口元に笑みを浮かべた。


「ない」


「え?」


「今日は、もう帰る」


「そうか」とうなずく事しかできなかった。「なら、帰ろう」


 俺達は並んで俺の家に帰ったが……そのまま帰るのは、流石に不味い。家の親には、彼女の事を知らせていないのだ。息子が突然、見知らぬ少女を連れて来たら。

 きっと、目玉が飛び出るくらいに驚くだろう。「あんた、その子誰?」と言う風に。家の親は(世間の親ほどではないにしろ)、そう言うラブコメイベントが大好きなのだ。

 

 俺は横目で、隣の少女を見た。


「ラミア」


「分かっている」と、微笑む彼女。彼女は元の姿、「キューブ」の形に戻った。

 

 俺は右手の荷物を一度置いて、地面のキューブを拾い、それをポケットの中に入れて、先程の荷物をまた持ち、玄関の中に入って、家の母親に「ただいまぁ」と言った。

 

 家の母親(以下、母ちゃん)は俺の帰りに微笑んだが、俺が持つ荷物に気づくと、その目をキラキラと輝かせて、俺の前に「ねぇ? ねぇ?」と駆け寄った。


「その袋は、何?」


「これは……」と、言い淀む俺。本当は上手く誤魔化すつもりだったが、いざ、それを訊かれると、言葉がやっぱり詰まってしまった。「彼女の服を買ったんだ」とは、死んでも言えない。


 俺は、尤もらしい嘘を付いた。


「た、頼まれたんだよ、友達に。『服のサイズは教えるから、代わりに服を買ってきてくれ』って」


「ふーん」

 

 母ちゃんは服屋の袋を何度か見、それからまた、俺の顔に視線を戻した。


「まあ、そう言う事にしておくわ」


 ニヤリと笑う、母ちゃんの顔。


 俺は、その顔に恐怖を覚えた。


「そ、それじゃ、俺、部屋に戻るから。飯になったら教えて」


「ええ」の時も、笑う母ちゃん。もう、マジで何なんだよ。


 俺は急いで自分の部屋に戻り、床の上に袋を置くと、自分の頭を何度か掻いて、袋の隣にキューブを置いた。


 彼女がまた人間になったのは、それからすぐの事だった。

 

 彼女は、俺に微笑んだ。


「さっきは、面白かった」


「はぁ? 『何処が』だよ? 母ちゃんには、何も言っていないのに」


 まるで、すべてを見られた気分だ。


「ふう」


 俺は、椅子の上に座った。


「疲れたぁ」


 に、「クスクス」と笑う彼女。


 彼女は俺の前に歩み寄り、その顔を優しく抱きしめた。


「今日は、ありがとう」


 俺はその言葉に感動したが、彼女の胸にドギマギしてしまった。


「お、あ、ああ。うん。楽しかったんなら、良かったよ」


 ハハハと誤魔化すが、やはり胸の感触が堪らない。

 思わず鼻血が出そうになった。

 

 俺は彼女の身体を何とか離し、冷静な気持ちを(必死に)取り戻した。


「夜はまた、キューブに戻るのか?」


「今日は、戻らない」


「え?」

 の後に「どうして?」が続いた。

「今日は、何かあるのか?」


 彼女は「クスッ」と笑って、ふわりと一回転した。


「今日は、見せたい物があるから」


「見せたい物?」


 俺は「それ」を訊こうとしたが、本人の意思を尊重して、その内容は訊かないようにした。

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