第5話 昼食は、お寿司屋で
で、着いたのが……「ファミレス」とかなら、まだ分かる。彼女が連れて来た場所は、お財布にとっても優しい(かも知れない)回転寿司屋だった。平日(今日は、土曜日だが)なんと、一皿85円。大トロとかは流石に高いけど、それ以外のネタは本当にリーズナブルだった。
俺は不思議な顔で、隣の彼女に目をやった。
「お、おい」
「なに?」
「ここで良いのか? 本当に」
「ええ」
彼女は、嬉しそうに笑った。
「お寿司が好きだから」
俺は、その言葉に押し黙った。別に否定するつもりはないけど(人の好みは様々だが)、女子がこう言う店を選ぶのは、何となくおかしい、「変わっているな」と思ってしまった。女子って言うのは、ファミレスの席を陣取って、永遠とお喋りするか、あるいは(腹の足しにもならない)パスタだかパフェだかを食って、「美味しい、美味しい」と言い合っているイメージだった。
俺は自分の偏見を「ごめんなさい」と反省しつつ、彼女と連れ立って店の中に入った。店の中は……混んではいないものの、それなりに客が入っていた。一人、または二人以下の客は、カウンター席。三人以上の客は、テーブル席で寿司を食っていた。
俺達は特に予約も入れず(店員は、俺の荷物を気の毒そうに観ていたが)、店員の案内でテーブル席に座った。
俺は、二人分のお茶と皿、加えて醤油を用意した。
「ほれ」
「ありがとう」
「食いたい物があったら言え。俺がまとめて頼んじゃうから」
「ええ」
彼女は「ニコッ」と笑って、店のメニュー表を見はじめた。
「それじゃ」
から始まった彼女の注文は、マニアックな物が多かった。
「これだけでいい」
「たった、四皿だけで?」
「ええ」
彼女はまた、「ニコッ」と笑った。
「これだけでいい」
俺は、その言葉に「う、うん」とうなずいた。
「そっか。味噌汁とかは飲む?」
「要らない」
の答えが少し意外だったので、「味噌汁が嫌いなのか?」と訊いてみた。
「味噌汁は、好き」
「なら?」
「でも、今日は要らない」
「どうして?」
彼女は、その質問に応えなかった。
「あなたは、好き? 味噌汁」
「好き、だよ。一応、日本人だし」
「どう言う味噌汁が好き?」
の質問に頬を掻いてしまうのは、その内容に驚いたからだろうか?
「普通の、だよ。ワカメと豆腐の入った」
「そう」
彼女は俺の手に触れて、嬉しそうに笑った。
「なら、今度作ってあげる」
俺は、その言葉に固まった。こんなにも可愛い女の子に、まさか、味噌汁を作って貰えるなんて。「ときめくな」と言う方が無理な話だった。
彼女の目をじっと見る。
俺は「彼女が人間でない事」も忘れて、アホみたいに笑い、そして、馬鹿みたいにドギマギした。
「う、あ、ううう」
身体の芯が熱くなる。
俺は「それ」を誤魔化すために、目の前のネタに手を伸ばして、そのネタを一気に飲み込んだ。
彼女はその様子に「クスクス」と笑ったが、自分の注文したネタが運ばれてくると、そのネタに手を伸ばして、俺よりもずっとゆっくりと、そのネタを食べはじめた。
俺達は無言で、今日の昼飯もとへ、回転寿司屋の寿司を食べつづけた。
「ごちそうさま」と言ったのは、俺よりも彼女の方が早かった。彼女は自分のお茶を啜って、俺が食べ終えるのを待った。
俺は、すぐに食べ終えた。
「ごちそ」
「もう良いの?」
「ああ」
彼女の事を待たせるのも悪いし。
「昼飯の後にも、行きたい場所があるんだろう?」
「ええ」と笑った彼女の顔は、正直に言って卑怯だった。何なんだよ? その笑顔。ただでさえ、可愛いのに。その可愛さが、何倍にも増していた。
彼女の笑顔に見惚れる一方、その笑顔から逃げるように慌てて立ち上がった。床の荷物も忘れずに。
俺は彼女と連れ立って店の会計所に行くと、二人分の料金(彼女の方は、やはり少なかった)を払って、そのお釣りを貰い、俺から順に店の中から出て行った。
「次は、何処に行くんだ?」
彼女は、俺の隣に並んだ。
「プラネタリウム」
「プラネタリウム?」
彼女の顔をまじまじと見てしまう、俺。
「お前、プラネタリウムに行きたいのか?」
「ええ」
彼女は(何故か)、町の空を見上げた。
「宇宙を感じたくなったから」
俺も、町の空を見上げた。町の空は、相変わらず晴れている。その雲をすべて消し去って。俺達に空の色を「これでもか!」と見せていた。
彼女の横顔に視線を移す。
俺は、彼女の要望に溜め息をついた。
「まあ、行くのは良いけどさ。結構、歩くぞ?」
「構わない。それでも、宇宙が観たいから」
俺はまた、その言葉に苦笑して……「分かった」とうなずいた。
「それじゃ、行くか?」
「ええ」
俺達は、町(市営)のプラネタリウムに向かって歩き出した。
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