第2話 恋人になってあげる

「キューブが擬人化した存在?」


 って、はぁ? そんな事、あるわけないだろう? 漫画やアニメじゃあるまいし。ここは物理法則が支配する、現実世界だ。現実の範囲で科学が進歩する事はあっても、こんなスーパーミラクル超常現象が起きる筈がない。

 

 俺は自分の頭を何度も叩きつつも、その頭に「こいつは現実じゃない、こいつは現実じゃない」と言い聞かせた。だが……くっ。現実ってヤツは、時に現実そのものを超えてしまうらしい。頭痛の先に待っていたのは、紛う事なき現実の、自分を「モノフル」と名乗る少女だった。


「はぁ」


 俺は、彼女の真正面に立った。


「お前が何者かは、この際どうでも良い」


 俺は、相手の目を見つめた。


「出て行け」


 モノフルの眉が動いた。


「はい?」


「この家から! 俺には得体の知れない、お前のようなヤツを受け入れる器は無い」


 モノフルは、俺の言葉に応じなかった。


「私が出て行っても、また同じ事が起る」


「え?」と、俺は彼女に詰め寄った。「どう言う事だよ?」


 彼女はまた、俺の言葉に怯まなかった。


「あなたは、空気に逆らえない。心の内では、拒んでいても……。あなたはまた、キューブマニアを買う。クラスの仲間に誘われて」


 俺は彼女の前から離れ、机の椅子に座り直した。ショックな言葉だった。自分でももちろん、分かっているけど。それを他人に言われたショックは、自分で言うよりも遙かにショックだった。あなたはまた、キューブマニアを買う。


 俺は、自分の頭を掻き毟った。


「あのオモチャを買えばまた、お前みたいな奴が」


「ええ」の返事が、本当に憎たらしかった。「また、出てくる。流行の力、人間が作り出す思いのエネルギーを受けて。そうなったら、また同じ事の繰り返し」


 彼女は俺に歩み寄り、その肩に(そっと)手を置いた。


「嫌だ?」


「え?」


「私と一緒にいると、あなたは気持ち悪い?」


 彼女は寂しげな顔で、俺の顔を覗き込んだ。

 

 俺は、その顔にドキッとした。彼女の顔は、正しく美少女のそれだったから。銀色に輝くロングヘアーはもちろん、微かに潤んだ緑の瞳も。二次オタの仲間が見たら、「顔よし! スタイルよし! 性格(は分からないが)よし!」と発狂するほどの美しさだった。現に俺も、内心ではすごくドキドキしていたし。

 

 俺はその興奮を気付かれぬよう、あくまで冷静に、そして不機嫌に、彼女の顔から視線を逸らしながら、その彼女に「べ、別に気持ち悪くねぇよ。ただ、突然の事でテンパっているだけだ」と応えた。

 

 彼女は、その言葉にホッとした(気がする)。


「そう」


 からの沈黙が、少し心地よかった。


 彼女は俺の前から離れ、部屋の中を静かに歩きはじめた。


「私と付き合う権利とは、私と特別な関係になれる権利の事。あなたの名前は?」


時任ときとうさとるだけど?」


「私は、ラミア。モノフルは、擬人化した物の総称」


 彼女は、部屋の真ん中で止まった。


「時任智君」


「ああん?」


「あなたには、恋人がいる?」


「ふぇ?」


 マヌケな返事になってしまったが、それも仕方ない事だった。「あなたには、恋人がいるか?」なんて……くっ。「いないよ」の返事が悲しくなる。

 俺は今まで(まだ、17年しか生きていないが)、彼女はもちろん、女子の友達ですらいなかった。


「それがどうしたんだ?」


 彼女は俺の顔を覆いように、俺の胸から上を抱きしめた。


「私があなたの恋人になってあげる」


 俺は、その言葉に文字通り固まった。

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