第1話 私は、モノフル。キューブが擬人化した存在

 どっちかと言えば……俺は、流行には疎い方だった。最近のファッション(流石にダサい服は着ないが)にも興味はないし、話題のソシャゲにも手を出していない。流行とは正に、無縁の存在だった。

 高校の休み時間にやるのは、机に突っ伏して「ぐうぐう」と寝るだけ。周りの奴らがどんなに……は、言い過ぎか。うるさい時は、やっぱりうるさい。奴らは休みに時間になると、一人の周り(大抵は、グループのリーダーだ)に集まって、最近話題(らしい)のオモチャ、「キューブマニア」の事を話しはじめた。

 

 俺は別に聞きたくもないのに、仲間と町のホビーショップに行くまでの間……休み時間の時と同様、仲間から「それ」を無理矢理に聞かされた。「キューブマニア」とは、サイコロサイズ(双六とかに使われるヤツだ)の立方体を集める物で、幼稚園くらいの子どもはもちろん、いい歳の大人にも人気な、現在大流行のオモチャである。オモチャの値段は、一個200円。専用の袋に入ったオモチャを買って。

 

 袋の中には立方体、つまり、キューブが入っている。キューブには三つの種類があって、金・銀・銅のスペシャルレア、有色透明のレア、有色不透明のノーマルが、それぞれの確率に応じて出てくる。

 一番出にくいのはもちろん、スペシャルレアだ。ワンランク下のレアや、ツーランク下のノーマルと違って。そいつが出てくる確率は、本当に低い。子どもが親(または祖父母)から貰ったお年玉をフルに使っても……なのに。


「はぁ」


 俺は自分の運と優柔不断さ(空気に逆らえず、オモチャを買わされてしまった)を恨みつつ、周りの仲間にバレないように、その袋を素早く隠した。袋の中には、銀色の大当たりが入っている。美しい光沢を輝かせて、袋の開け口からも「それ」がしっかりと見えていた。


 仲間の「どうしたんだ?」を「な、何でもない!」と誤魔化す。

 

 俺は「アハハハ」と笑って、鞄の中に袋をそっと仕舞い入れた。それからの時間は、マジで地獄もとへ、緊張の連続だった。「周りの仲間に怪しまれたらどうしよう?」と。だから無事に家まで帰れた時は、学校の制服も抜かず、疲れた顔でベッドの上にダイブしてしまった。


「はぁ」


 俺は部屋の天井を見上げ、数分ほど見上げると、ベッドの上から起き上がり、鞄のチャックを開けて、その中から袋を取り出した。袋の中には当然、例の大当たりが入っている。

 俺は袋の中に手を入れて、その中からキューブを取り出した。掌よりも、ずっと小さな立方体。立方体の表面は綺麗で、机の上に置くと、その綺麗さがより一層に際立った。俺は、その立方体をしばらく見つづけた。


「まさか、一発目で当てちまうなんて」


 乾いた笑いが漏れる。自分の幸運……いや、不幸を呪う笑いが。こいつは、確かに珍しいのかも知れないけど。それを欲していない奴にとっては、文字通りの「不要品」である。


「知り合うに高く売ろうかな?」


 俺は、椅子の背もたれに寄り掛かった。


 だが、「ふぇ?」

 

 異変が起きたのは、正にその瞬間だった。キューブから聞こえる、「止めて」の声。キューブは机の上からふわりと浮かび、俺の周りをぐるぐると飛びはじめた。


「あなたは、選ばれた人間。あなたには、『私』と付き合う権利がある」

 

 キューブは、俺の目の前で止まった。

 

 俺は、キューブの声を聞かなかった。言っている言葉は、聞き取れても……まあ、冷静でいられるわけがないよな? 机のオモチャがいきなり浮かび上がって、俺に「付き合う権利」とか言いはじめるんだし。普通でいられるわけがない。

 

 俺は鞄の中から教科書を取り出すと、その景品に向かって教科書を当てようとした。だが、その攻撃は当たらず、逆にコツンとやられてしまった。


「落ち着いて。私に、あなたを攻撃する意思はない」


 キューブは俺の前から離れると、部屋の真ん中辺りに移動して、その表面を強く光らせた。美しい光が、部屋の中に広がる。部屋の中にある机やパソコン、本棚やテレビの端まで。光はしばらくの間、それらの物を照らしつづけた。


 俺は光が消えた頃に、ゆっくりと目を開けた。


「う、うううっ」の声が消えるくらいに、「なっ、え?」と瞬く。


 俺は視線の先に立つ少女、どう見ても17歳くらいの少女に驚いた。


「お前、は?」


 少女は、俺の目を見返した。


「私は、モノフル。流行の作り出す力が集まって、キューブが擬人化した存在」


 俺は彼女の正体に驚きつつも、その視線は決して逸らさなかった。

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