幸せだけが訪れる人生なんて誰にも存在しないのかもしれない



 2



 吉場未冬と付き合って、初めての五月が訪れた。

 世間ではゴールデンウィークだとか、帰省だとかで盛り上がっているが、二日も、三日も、そして今日、四日もアルバイトだった俺には関係のない話だった。

「それじゃ、お先に失礼します」

「お疲れ様ー」

 レジ精算の仕事のため、副店長と矢吹梨恵を残して店を後にする。

「廿浦くんもお疲れ様。一緒に働くのは、何日ぶりかしらね」

 俺と一緒に店を出たのは宮島碧だ。彼女と働いたのは、鋭い洞察力で差異を見破られた時以来だろうか。

「以前会った時と比べて、表情が明るくなったと思うのだけれど、何かあったのかしら?」

 一瞬、その理由がわからなかったが、最近あった明るいニュースといえば――――

「あのー、あれです。ちょっと照れちゃうんですけど、彼女…………が、できまして」

「……………………廿浦くんに、彼女」

 宮島碧が立ち止まったので振り返ると、表情こそ変わらないが、俺の顔を凝視している。

「えっ、と…………なんすか」

「身震いしてるの」と言って、露骨に身体を震わせている。お前のようなろくでなしに女ができたのか、と驚いているのだろうか。

「よくわかんないです、震えてる意味が」

 意図的な振動をやめ、宮島碧が微笑む。

「私これでも、廿浦くんのことが好きだったの。報告が衝撃的だったから、おちゃらけてみたのだけど、面白くなかったかしら?」

 その発言こそ衝撃的だ。俺のことを好きだった、というのはライクなのかラブなのか。流れを汲めば、ラブの好きとして受け取るべきだが、そんな様子を微塵も見せたことがないから、本気とは思えない。

 けれど期待してしまう。それは男の性、だろう。

「面白いとか、面白くないとか、それ以前の話ですよ! それに、信じられないです」

「ふふふ」不敵な笑みを浮かべながら、宮島碧は距離を詰める。「本心か、確かめてみる?」

 月光に照らされる妖艶な姿に惹かれ、金縛りになったかのように身動きが取れない。

「宮島さん…………!」

 自棄になって目を瞑ると、宮島碧の吐息が優しく甘く顔を包む。

「………………な、なにを」

 強く、拒否を示せない。雰囲気に飲まれ、思考することができない。

「いてっ!」

 突然の痛みに驚いて目を開くと、一歩後退した宮島碧が笑顔で右腕を伸ばしていた。

「お付き合いが長続きしますように、と祈りながらのデコピンよ。キスをされるとでも思ったのかしら?」

「そ、そんな……こと…………思って」いた。

 そのまま宮島碧は踵を返し、既に停車していた父親の車へと向かっていった。

「さようなら、廿浦くん」

「…………お、お疲れ様でした」

 別れの言葉に少し違和感を持ちながら、俺も車へ向かうことにした。




「んー、疲れたなぁ…………っと」

 いつものようにアルバイトを終え、夕飯を済ませ、シャワーを浴び、部屋で座椅子に座っていると、スマートフォンが震えた。

 それはメールを知らせる振動で、差出人は未冬だった。

『バイトお疲れ様! 明日のデートが楽しみ。ところで、相談があるんだけど、今大丈夫?』

 頼られることは嫌いではないし、時間も有り余っているので、断る理由がなかった。

 その旨を返信すると、数分後、電話がかかってくる。

『あ、もしもし、夜遅くにごめんね』

「もしもし。相談って、どうしたの?」

『友だちがね、あまり家に帰らないんだよ。その問題を解決するために、意見が一つでも欲しくて』

「家に帰らない…………自宅に、か」友だちの話と前置きしているが、未冬自身の話ではないだろうか。

『帰らない理由はね、少し言いづらいんだけど…………』

 唾を飲む音が聞こえるほど、口に出すことを躊躇う理由、


『お父さんに、虐待されたから』


 それは暴行だった。

『私はね、警察に相談したほうがいいと思ったんだ。でも、そんな問題を明るみに出して家庭を壊すより、世間体のためにも、我慢するべきかなって』

「世間体って…………、我が身の安全を確保するべきでしょ。それに、その暴力行為は何度もなの? 回数に限らず、警察沙汰にするべきだとは思うけど」

 そもそも、仮定とはいえ未冬自身の話だったはずだ。バレバレな前置きをして、こんな話をする理由が知りたいし、そんな過去を知った俺自身はどうするべきなのか。

『数回、じゃないかな…………』

「…………………………………………」

 どんな人間か知らずとも、そんな行為をして平穏な暮らしをしている父親を、強く恨む。

「…………俺にも、協力できることがあるなら協力する。場合によっては、父親とも立ち会うし、やっぱり警察に相談するべきだと思う」

『それは駄目! 本当に、それは駄目なんだよ…………』

 なぜ頑なに拒むのだろうか。それは、心理的な何かが働いているからなのか、やはり世間体というものを意識しているからなのか。

 世間体とは、何だ。

「なんで駄目なんだよ。そもそも家に帰らないことが問題なのに、虐待を解決しないなら、どうしようもないし、世間体ってやつを気にするなら、家出はどうなんだよ」

 つい、声を荒げてしまう。暴力行為と大差ないとわかっていても、ここで背中を押さなければ、いつまでも問題は解決しないと思ったからだ。

『……………………さよなら』

 通話が突然途切れてしまうと、その別れの言葉の抑揚に最近聞き覚えがあった。

「くっそ…………」

 こうなると思わなかったわけではない。しかし、問題の解決を急いだ結果、こうするしかないと踏んで、関係が悪化する可能性を秘めていたにもかかわらず、強気に出た。

 冷静さに欠けた選択だったと、今は後悔するしかない。

「明日のデート、どうなったのかな」

 このままならば、自然消滅と考えるべきだろう。

「それよりも……………………」

 未冬との関係を憂う。まだ数週間の間柄だ、熱情が冷め、別れを告げられる可能性があるかもしれないし、明日のデートのように、自然消滅だって有り得る。

 座椅子を倒して天井を仰ぐと、照明の眩い光が眼球を穿った。




 そして、翌日。

 予想通り、待ち合わせ場所には訪れなかった未冬から、一通のメールが届いた。

『短い間、私は幸せでした。現実を忘れて、毎日を生きられました。消える直前に一瞬燃え上がる、そんな日々だったんです。その一瞬の光が消えた今、私は消えるしかありません。柊涼くんは、幸せに生きてください。私の最期の祈りです』

 まず考えるべきは未冬の居場所だが、このメールの言葉の意味を考える必要もある。

 言葉の綾、変換ミス、紛いもない真実。どう受け取るべきなのか。

 消えるしかない、というのは、俺の目の前から消えることを指しているのか、この世から消えることを指しているのか。

 もしも後者なら、最期の祈りというのは、そのままの意味となる。

 しかし、自殺を示唆した未冬の居場所がわからない。やはり、無理にでも自宅を聞き出しておくべきだったと悔やんでも、今となっては後の祭りだ。

 以前未冬を降ろしたスーパーマーケットへ向かうこととする。未冬の言葉が真実だとするならば、スーパーマーケット付近に未冬の家があるはずだ。あとは、虱潰しに探していくしかない。

 それにしても、手掛かりが少ない。思い返せば、踏み込むことを躊躇い、未冬のことをあまりに知らなすぎる。

 何が恋人だ。こんな状況に陥ることを見抜けず、自宅の場所さえも知らず、ましてや好きな食べ物や好きな音楽に至るまで、俺は知らない。

「くそっ!」

 戒めるように太ももを殴りつけ、その痛みと相俟って涙ぐむ。ただただ、悔しさと、自分自身の弱さを嘆くしかできない。

 エンジンを掛け、待ち合わせ場所からスーパーマーケットへと移動する。数分で到着するだろう、それからが勝負だ。




 車を駐車場の端へ停め、念のため未冬に電話をかけるが、当然出ることはなかった。

 やはり、ここから家を探し当てるしかないのだろうか。効率を考えると、あまりにも馬鹿らしくはなるが、方法が思いつかないのだから仕方ない。

「帰っていった方向がわかっているだけ、可能性はある」

 口にしておいて、可能性はないとわかっている。それでも、そう口にしていないと、走る力が湧いてこない。

「とりあえず急ごう。残された時間がわからないんだ、早ければ早いほどいい」

 車から降り、ドアを施錠して駆け出した。スーパーマーケットからお咎めを受けるかもしれないが、事態は深刻だ、目を瞑っていてほしい。

 キョロキョロと左右に頭を動かしながら、吉場という表札を探す。表札のない家は、吉場家ではないことを願いながら、走り続ける。

 しかし、数分経過したところで足が止まる。原因は息切れや疲労ではない。

「……………………無理だ。こんな方法で探して、三十分や一時間、いや、一日使っても」見つからないだろう。

 表札のない家が吉場家かもしれない、先ほどの十字路は左折だったのかもしれない、あのアパートの住民かもしれない、そもそも未冬が本当に自宅へ向かったか定かではない。そんな思考が両足に蓄積し、動かすことができなくなってしまった。

 何もかもが遅すぎた。そして、判断を間違えた。

 膝から崩れ落ち、俯くと、大粒の涙がコンクリートを濡らした。

「今泣いて、どうなるっていうんだよ…………」

 頬に付着した涙を拭い、立ち上がると、女性の後ろ姿が目に入った。

「…………あ、あれ、は」

 後ろ姿に見覚えがある。そう思った時には、すでに走り出していた。

 足音に気が付いた女性は、ゆっくりと振り向く。

「未冬!」

 目が合うと、逃げるようにして駆け出してしまうが、その速度は極めて遅く、数秒で触れられる距離まで到達した。

「ちょっと、待って、て!」

 後ろから抱き寄せて未冬を抑制する。最初こそ、力を込めて腕を取り払おうとしていたが、力では敵わないと悟ったか、脱力した。

 もう逃げ出さないだろうと未冬を解放し、両腕を掴んで振り向かせる。

「メール読んだ。本当、見つかってよかった」

「…………柊涼くん」

 未冬を抱きしめようと思ったが、果たしてその資格が俺にはあるのかと自問自答し、唇を噛み締めて腕を離した。

「どうして…………」俯いていた未冬が顔を上げる。「どうして、見つけちゃうかなぁ」

 少し笑みを浮かべて、涙を流していた。ほんのり赤く染まった頬に一直線、涙が伝った形跡がある。

「私、柊涼くんの前から消えないといけないのに…………」

 そう言って未冬は唇を指で撫でる。

「それは、俺が言いすぎたせいなのかな? 謝って撤回してもらおうってわけじゃないけど、俺は未冬がいなくなるのは、その……絶対に嫌だ」

 正直な気持ちを打ち明けると、未冬は何かを言いたそうに目を細めた。

「もしも、死ぬつもりなら、全力で止めるよ。そこまで追い込まれた原因だって問い質す。俺も、未冬にエゴをぶつける。だって――――」

 未冬の肩を掴み、射抜くほどの力強さで見つめる。


「だって、未冬のことが好きだから」


 そういえば、好きと言ったことがなかったと思う。それは、口にできるほど明確な感情ではなかったからだろうか。しかし今は、誇りを持って好きだと明言できる。揺れ動いていた感情全てが、未冬を捉えて放たれたかのように。

「でも、やっぱり苦しいよ。最初は嬉しかったけど、ラッキーって思ったけど、いずれわかっちゃうことだし、そしたら私は嫌われちゃうはずだから」

 苦し紛れの言葉に思えるのは、先ほどの表情と、根幹を隠した内容だからだろう。

 嬉しく、幸運と思う真相を読み取れない。そして、その真相を理解することで、俺は未冬を嫌ってしまうという推測。

「……………………どういうこと?」思ったことそのままが口から漏れた。「意味がわからないんだけど」

 未冬は尚も口を閉ざしたまま、知られてはいけない事実を告げずにいる。

「教えられないのなら、無理強いはしないけど――――」と言って気が付く。未冬のことを知ろうとしなかった結果が今なのだから、そんな言葉で曖昧にしては駄目だ。隠匿された事実に無理強いしなければいけない。

「いや、しないわけにはいかない。関係を悪化させたくて言ってるわけじゃないんだ。ただ、何か隠していることがあるなら、教えてほしいってだけだから」

 そのまま静観する。

 無言の圧力でひたすら言葉を待ち続けていると、この状況に耐えかねたのか、未冬が重い口を開いた。

「例えば、絶対嫌いにならないと約束しても、守ってくれる自信がないよ。気持ち悪いと思われるかもしれない。後悔してるよ…………、なんで、そんなことを口にしちゃったんだろうって。好きって言われて舞い上がったのかな」

 しかし、俺は口を開かない。話が脱線するような切り返ししか思いつかなければ、未冬もそれを狙っているような気がしたからだ。

 そう考えると、意外に俺と未冬は意思が疎通しているような気がした。

「やっぱり、駄目!」

 未冬は大声で否定し、走り出す。

「未冬!」

 咄嗟の行為に一歩遅れて追いかけると、未冬はバッグに手を入れ、何かを取り出した。そして、それを首元へとかざし牽制する。

「来ないで! これが何かわかるでしょ」

 刃渡り数センチほどの折りたたみナイフだった。数センチとはいえ、刺す部位によっては致命傷だ。さすがにナイフを取り出されると強気ではいられなかった。

「落ち着いて! 一旦、落ち着こう。早まっちゃ駄目だ。まず、そのナイフを畳もう」

 目を見開いて荒い呼吸をしている未冬は、ナイフを持つ右手が震えている。行きすぎた判断だったと後悔しているのだろう。

 これならいける、そう決心して強く地面を蹴る。

 この瞬間、時間で換算すれば数秒だろう。しかし、地面を蹴った直後、その時間が数十秒に思えるほど、感覚に違和を覚える。景色が、未冬が、そして自分自身が緩慢に動作する反面、思考は研ぎ澄まされているようだ。

 右手に持つナイフを無事に取り上げることができれば幸いだが、動作を読めたところで難題だ。刺すか刺すまいか、躊躇し続けていることを願うしかない。

 未冬の動作を見守りながら左手をナイフへと伸ばす。

「ぐっ…………」

 傷を負うことを厭わずナイフの刃を握り、出血すると同時に感覚が元に戻る。急に世界が慌ただしくなったせいで力加減を誤り、思い切りナイフの刃を握ってしまうが、そのまま奪取することに成功した。

 突然の出来事に未冬は驚いている。未冬とは裏腹に、躊躇なく行動したからだろう。

「これで、大丈夫……かな?」

「だ、大丈夫じゃないよ、その手」

 原因を作った未冬が出血している左手を心配する。

「これで、話してくれるといいんだけどな。てて…………」

 感覚の違和に慣れた今、徐々に痛覚が増していく。この痛みと引き換えに、未冬が心の内を打ち明けてくれるといいのだが、駄目と叫んでナイフを取り出すほどの内容だ、これだけでは足りないような気もしている。

 ならば、どうすればいいのだろうか。

 血が付着したナイフを右手で持ち直し、刃先を未冬へと向ける。例えば、このナイフを使って逆に脅した場合、どのような反応を見せるのだろうか。当然、脅迫内容によりけりだが。

「これは俺が預かるから」向けた刃先を摘んで折りたたみ、ポケットにしまう。「二度とこんなものを使わないように」

 未冬は素直に頷いて、尚も心配そうな表情で左手を注視している。

「で、さ。話す気にはなった?」

 しつこいと思われるかもしれないが、意地でも話さないというならこちらも意地だ。

「……………………決めたよ」

 意外にも、すんなりと折れた。さすがに逃げ道がないと悟ったのだろうか。

「…………………………………………」

 ここまでハードルを上げたのだから、それなりの事実を明かしてもらわないと割りに合わない。そう口にしようと思ったが、せっかくの勇気を無下にしてしまいそうでやめた。

「ある程度は覚悟できてるから、大丈夫だよ」

 例えば、根性焼きで北斗七星を描いただとか、教師を病院送りにしたことがあると言われたらどうだろうか。…………少し、キツい。

 こんな事態の最中に隠しごとの予想をしていると、未冬は後退り、左手を背中へと忍ばせていた。

 嫌な予感がし――――それは的中する。

「決めた。やっぱり、有耶無耶にしたまま私は死ぬんだ!」

 まず第一に、俺と未冬は似ていると再度感じた。意地をぶつけ、ぶつけ返し、尚もぶつけ返す。頑固者という実感はなかったのだが、気付かされてしまったようだ。

 そして、決めたと決意したのは、躊躇なく自殺するということだった。

 未冬は左手を露わにすると、手に持つナイフで牽制する。

「もう、さっきみたいにはいかないよ。近付いたら死ぬ」

 しかし、疑問が過る。死ぬことを恐れないのなら、今すぐにでも身体をナイフで突き刺せばいい。接近される前に、言い包められる前に、行動するべきなのだ。

 だが、未冬は充血した双眸を見開いて俺の出方を伺っている。それはつまり、自殺行動自体に躊躇がなくとも、まだ余地があると考えていい。

「そこまで本気なら、俺にはもう、手段が…………」

 ひとまず口を動かし、最良の方法を導き出すために脳の回転数を上げる。

「それで、いいの。私は、死ぬべき場所で死ぬためにも、柊涼くんに邪魔されてはいけない」

 死ぬべき場所。それはどんな意味合いが含まれている場所なのか、問うたところで答えてくれるとは思えない。

 これは推測でしかないが、復讐という意味合いで、不幸の元凶となる場所が一番有り得るのではないだろうか。そして、友だちと前置きして相談した内容が未冬本人のことだと仮定すれば、その死ぬべき場所は自宅だ。ここで未冬を見つけたことが不可解だが、自宅へ向かっている途中という可能性を考えれば、それほど不思議ではない。

 考察していると、未冬が解を述べた。

「私は、本当は、死にたくなんてない。…………消えてなくなりたい。でも、そんなことできないから、自分を殺すの。誰にも見つからないような場所で、死ぬの。でも、柊涼くんが今止めようとするなら、ここで死ぬよ」

 吐露された心情を咀嚼して飲み込み、吐き出す。

「もう、無理矢理止めたりはしない。俺まで未冬を縛りつけちゃ駄目だし、本気かどうか目を見ればわかる」これは確認であり、自惚れでもある。しかし、本気で好意を抱いているのなら最も効果的な言葉であり、選択だと結論し続ける。「でも俺は、別れの理由を有耶無耶にされたまま死なれたら、後を追うよ」

 もしも好意が薄かったり、贋物だとしたら無意味な言葉だ。有効か否かは、その愛情の大きさで決定し、有効だと自負しているから、これが最良の選択だと脳が指示をした。あとは未冬の返答を待つのみだ。

「……………………っ」

 ナイフを持つ左手に力が込められる。

「どうして、上手くいかないの! 思い通りにならないの! わ、私は……!」

 言葉を詰まらせると、歯を食いしばり、再度目を見開いて眼光を俺へ向ける。


「柊涼くんの妹なの! 母親も、父親も一緒! 正真正銘の、血の繋がった妹!」


 未冬がずっと言えなかった真実は、そんな内容だった。しかし、いくら血相を変えて放たれた言葉だとしても、真実味に欠けているというのが正直な感想だった。

「み、未冬…………」

 名前を呼んでも応じずに、未冬は尚も真実を語り続ける。

「お母さんは身を宿したまま離婚して、あの男と再婚した。……お母さんは、不倫してた。だから私がデキた時、多分あの男との子じゃないか……、お父さんと似ていなかったら……と不倫がバレてしまうのを恐れて、離婚した」

 呪詛のように続ける事の真相をただ受け入れることしかできない。

「でも、結局私は、顔も性格もあの男とは似ていないとわかったのか、邪魔者扱いされながら育った。今の今までね」

 未冬は両腕をだらりと垂らし、徐々に弱々しい声色になっていく。

「以前、柊涼くんの存在を聞かされたことがあるの。でも、詳しい話を聞くことなんてできないし、教えてくれるとも思えなかったから、知っているのは苗字と名前だけだった。……限界を感じていた私は、世間体のために無理矢理行かされていた高校をやめて、友だちの家を転々として、お母さんたちが眠ってから帰宅する生活を送っていた。そんな時に見つけたのが、同姓同名の廿浦柊涼くんだった」

 廿浦柊涼を間違えずに読めたのはそんな理由が隠されていたのか、とアルバイト先での出会いを思い出した。

「私は柊涼くんと出会えたことが奇跡とか運命だと思い込んで、都合なんて気にしないで、実の兄だと知った上でアプローチをかけた。…………気持ち悪い、よね」

 端から見れば、逸脱した恋愛感情だ。しかし、逸脱した生活に溶かされている未冬は、救いを求めるため、異常だと理解した上で異常な恋愛に足を踏み入れた。

 同じ血の通った俺たちは性格が似ていて、意思疎通も他人と比べれば容易かったのかもしれない。本来ならば、兄妹というだけで嫌悪感が募るものの、その事実を知らなかった俺は、相性に優れた異性だと今の今まで勘違いしていた。

 だが、兄と妹……血縁関係があると知って、未冬をどう見ればいいのかわからない。好きという気持ちが揺らいだわけではないし、気持ち悪いとは思わなかった。そもそも、疑うわけではないが、それが真実かどうかさえわからない今、嫌悪を抱くのは難しい。

「気持ち悪くなんてないよ」素直に今の気持ちを告げる。「未冬が好きだから」

 未冬は脱力した腕に再度力を込め、ナイフの矛先を俺へ向ける。

「そんなの、信じられないよ! 絶対嫌われちゃった! 私が死ぬって言うから、とりあえず言ってるんでしょ!」

 冷静さが欠けた未冬には、言葉で真偽を晴らすことができないと感じた。

 ならば、行動するしかない。

 今の未冬の状態なら、一気に距離を詰めてもナイフを使用することができない。慌てて口で牽制する、はずだ。直感でしかないが、間違いないという確信がある。それは兄妹ゆえの意思伝達だろうか。

「えっ、あっ! こ、来ないで!」

 思い切り地を蹴って、数メートルの距離を一瞬で詰める。未冬は後退るだけで、ナイフの存在を忘れているようだ。未冬の腕、バッグごと抱擁し、身動きを封じる。

「実は俺、漠然と死にたい時期があったんだ。毎日がつまらない、同じ日の繰り返しでさ、大きなことを成し遂げたら、死んでも構わないって思ってた。でも、そんな気持ちがいつの間にか薄れてて、いつしか、何かを成し遂げるために今を生きたいって思うようになったんだ。なんでかわかる?」

 きつく抱きしめられている未冬は、答えを探しているのか、はたまた何も考えてはいないのか、口を閉ざしたままだ。

「答えは、未冬に出会えたから。未冬との思い出を作るために、生きていたいって思えるようになった。つまり、俺の原動力が未冬なんだ。だから、未冬に死なれたら…………嫌だ」

「……………………で、でも」

「どんな境遇でも、例え兄妹だとしても、関係を壊したくない! 未冬が幸せになれるように俺も努力するから、消えてなくなりたいだなんて、言わないで」

 そして、未冬の口を塞ぐようなキスをした。

 未冬が以前言っていた、超えてはいけない境界線とは、兄妹という境界だった。しかし、既に超えてしまっている以上、キスなんて誤差の範疇だろう。

 後悔はしていない。しているとすれば、電話でのやりとりだ。自分の意見を押し通そうと強く当たらなければ、未冬を苦しませることなんてなかったのだから。

 閑静な住宅街。今まで車の通行はなかったが、一台の赤い軽自動車がこの現場を通過しようとしている。運転手の女性は、路上で行われているキスに驚いた様子だったが、当然か、と自嘲する。

 時間の感覚が薄れつつあり、キスをしている時間がわからなかったが、さすがに口と身体を離し、未冬の赤く染まった顔を見つめる。

「これが、嘘じゃない証拠にならないかな?」

 これで信用されなかったら、潔く諦めるとしよう。

「……………………信じて、いいんだよね」

 上目遣いで見つめ返す未冬を再度、抱きしめる。これで、死のうなんて気持ちはなくなったはずだ、と安心しながら。




 落ち着きを取り戻した未冬を連れ、スーパーマーケットに駐車した車の元へ歩み始める。

「…………………………………………」

 これからのことを考えると、少し気が重い。いくら俺と未冬が相思相愛だとしても、世間体というやつはこの関係を許さないだろうし、気が早いが、親父にどう説明すればいいのかわからない。

「…………大丈夫?」

 不安げな面持ちを見て、未冬が声をかけてくる。

「まぁ、大丈夫だけど、少し疲れたかな…………」

 左手首に巻いてある腕時計で時刻を確認すると、午後一時だった。

「一時か。昼を過ぎたって思うと、腹が減ってきた」

「今日、本当はデートの予定だったんだから、これからご飯食べに行こうよ」

「あぁ、確かに。じゃあ何食べようか。ていうか、その前に手の手当てもしないとか」

 今は、今を享受しよう。近いのか遠いのかさえ定かではない将来について悩んでも、答えはその時にならなければわからない。

 そう結論づけ、深く息を吐いた。




「じゃ、また明日ね」

「ばいばい」

 いつものように、お兄ちゃんとはスーパーマーケットで別れた。

 気が重くなるけど、今日もあの自宅へと帰らないといけない。お兄ちゃんとの約束だから、反故にできない。

「はぁ……………………」

 お兄ちゃんとお父さん、一緒に住めれば本望だけど、それは難しいと言われてしまった。私とお父さんの関係を告げれば、今の家庭へ連れ戻されるだろうし、他人のふりをしたら、それこそ後々関係を明かすことができなくなる。

 だけど、手段が皆無――――そんなことはないと思う。

 簡単な話だ、二人暮らしをすればいい。正社員は高望みだとしても、アルバイトを始め、例え貧乏だとしても生活はできると踏んでいる。

 甘い考えだろうか。

 お兄ちゃんが高校生活を捨て、フリーターになってしまった原因は環境のせいじゃないだろうか、そうお父さんが感じているらしい。なので、フリーターであるお兄ちゃんを咎めず、今の生活を許している。

 もちろん、お兄ちゃん曰く、就職はしたい。でも、今の生活を捨てるのは惜しく、一歩踏み出すことができないと以前言っていた。

「……………………あ」

 そろそろ自宅だ。気を引き締めなおして歩く。

「お兄ちゃんはもう家かな?」

 少しでも楽しいことを考えなければ、足が硬直してしまいそうだ。

 でも、今の私にはお兄ちゃんがいるから、この足は動く。それは軽快に。




 玄関のドアを開いて無言で部屋へと向かう。リビングを通過せずに自室へ向かえる設計、いつもながらありがたい。言ってしまえば、お母さんたちが私の顔を見たくないがゆえなのだろうけど。

 しかし、ドアの開閉音に気が付いたのか、お母さんがリビングから飛び出してきた。

「お前今まで何してたの!」

 お母さんは激昂し、罵倒と同時に頬を強く叩かれる。

「痛っ!」

「勝手に高校辞めて、ろくに家にも帰らないで、何考えてんのよ!」

 再度、頬を叩かれる。高校を辞めたことについては、既に怒鳴られているし、家に帰らないのは今に始まったことじゃない。そんな今更なことで、お母さんは怒っている。

 そして、突き飛ばされる。さすがに騒がしく、リビングのドアを少し開けて父親の違う弟、晴人(はるひと)が覗いている。しかし、様子を悟ったか、すぐに戻ってしまう。

「見たんだよ、今日、路上キスなんてしてるところを!」

 お兄ちゃんとキスをしているところを、よりにもよってお母さんに見られてしまった。

「……なんで、知ってるの?」

「なんでもくそもあるか、近所でやっててバレないとでも思ってんの?」

「…………………………………………」

 言われれば、確かにそうだ。ここから徒歩で数分の場所だったと思う。そんな場所で行われたキスが目撃されていないと思うのは愚かだ。お母さん自身でなくとも、近所の人に目撃されることだって大いに考えられる。

「道端でしてたことは、確かに軽率だったと思うけど…………。でも、誰と何してたって関係ないじゃん」

 するとお母さんは笑い出す。その理由がわからない私は、腹を抱えるお母さんをただ呆然と見ていることしかできない。

 笑い疲れたのか、突然真顔になり、私と同じ目線になるように屈んだ。

「あのねぇ…………、見境ってわかる? 今にもぽっくり死にそうな爺さんとか、乳離れもしてないようなガキと付き合ってます、とか言われて素直に受け入れて喜ぶ親がいるか? いないよねぇ?」

 例えが極端で真剣味が薄れてしまうが、その言葉の意図を感じた途端、自分でも分かるほどに顔が青ざめる。


「実の兄妹でキスしてることを受け入れる親なんて!」


 やはり、キスの相手がお兄ちゃんだと知っている。現在の顔を知っているということは、今もどこかで繋がりがあるのかと思ったけど、お兄ちゃんは私たちの関係を知らなかったから、そんなはずはない。お母さんが一方的に知っているだけだ。

「そんな常識も知らないで! 何年生きてきたんだ、お前は!」

 今日で何度目だろうか。青々としている顔をお母さんに叩かれるのは慣れたと思っていたけど、この痛みだけはいつでも新鮮だ。

 息も切れ切れに、私へ暴力を振るう。それは純粋な、理屈なんてない、感情の刃。

「おとなしく親の言うこと聞いてればいいのよ! それがなによ、近親相姦か? 馬鹿が!」

 近親相姦。その単語を耳にすると、青ざめていた顔に音を立てて熱を帯びた血が流れていくのがわかった。

 これは、怒りだ。

「…………じゃあ、あの人はどうなの? 私の、一応の、父親」

「直樹(なおき)がなによ!」

「あの人がしたことを、今の、今まで、黙ってたけど! 義理とはいえ、父親と娘だよ? 父親だよ? なのに…………、あの人は、私を女として見てる」

 言ってはいけない。それは百も承知だ。でも、今言わなければ、これから一生機会はないという確信がある。お兄ちゃんだって、背中を押してくれた。だからこそ、面目を潰す覚悟で檻を破壊する。

「私はあの人に肉体関係を求められた。断れば、暴力。断らなくても、暴力。そんな異常な関係を知らずに、私の恋路を邪魔しないでよ!」




 他人の空気を感じる場所、すなわち自宅の外でなければ、日常会話なんて皆無だった。そんな義父との関係を築いていた私が、久しぶりに声を掛けられた。

 抱いた感想は、純粋な喜びだった。実の母親から嫌われ、それに連なった形で義父に相手をされなかった私だ、世間の目が遮られている家庭内で話しかけられたという事実に、喜ぶ以外にどんな反応があるだろうか。

 しかし、そんな喜びは音を立てて崩れた。

 その理由は、父親が娘に掛ける声色ではなかったからだ。感情を露わにすることが少なかった私が鳥肌を立て、気持ち悪いとまで思ったほどに、義父の口から放たれる醜悪の塊に拒否反応を示した。

 その反応に対して義父は、どんな心情だったのだろうか。怒りを感じたのか、疑問を呈したのか、もしくは既に、欲に塗れ、正常な判断ができずにいたのか。

 それは本人にしかわからなければ、わかりたくもないものだ。

 身の危険を感じた私は、自室を飛び出そうと足に力を込めたが、腕を掴まれ、振り解こうにも大人の腕力に勝てるわけもなく、ベッドにそのまま放り投げられる。

 義父の行為こそ、無理矢理という言葉が最適だった。

 拒絶をすれば、暴力という形で跳ね返り、受け入れることで身体を汚される。そんな絶対的な主従関係に、心身共に摩耗していった。




 私は決意した。

 再生することのない破壊を望み、行動すると。

 繰り返される悲劇の雨を止ませるため、無常に刃を突きつける。

 これは、確信でもあった。

 止まない雨はないように、この悲劇はいつしか終わりの時が来るという確信。

 それは、今だ。

 どんな終わりであったとしても、目を背けずに心へ刻み、殻を破る。

 そして、口にする。復讐の皮切りを。




「…………崩壊させてやる」

 積み上げられた積み木は、簡単に崩せるということを身をもって知っている。

 器用なことなんてできないのだから、守るべきものが二つあってはいけない。私が二つの幸福を願うことで、私が二つを不幸にしてしまう。

 ならば、一つに全力を注ぐしかない。

 その一つこそ、お兄ちゃんという存在だ。

「今、なんて…………?」

 お母さんの動作を止め、私の言葉を聞き返す。

 聞こえていたけど、現実を突き付けられたくない。お母さんはまさしくそんな表情をしていた。

「今、なんて言ったのよ!」

 肩を乱雑に掴み、身体を揺する。自分の発言が身内から跳ね返ってきたことが、それほど信じられないのだろうか。そう考えると、笑みが零れそうになる。

「だから、あの人に…………レイプされた。そう、言ってるの」

 言葉を選定し、よりストレートな表現で現実という名のナイフを突き刺す。私の受けてきた苦しみに比べれば明らかにぬるい攻撃だけど、有効だと信じて。

「そんなことはどうでもいい。崩壊させる、と言ったのね? ……この家庭を崩壊させる、そう受け止めていいのね?」

 どのような言葉を返すのか、少し期待していた。今までの行いを全て謝罪し、反省し、一人の娘として見てくれるのなら――――そんな希望も多少は心の中に存在した。

 だけど、そんな気持ちを粉々に砕くような言葉が返された。

「そんなことは、どうでもいい……………………?」

 そんなこと。そんなこと、そんな、こと、なの?

 聞こえていたけど、現実を突き付けられたくないという気持ちが、まさしくこれだ。やったつもりがやりかえされた。

 ギリギリと音を立てて歯を食いしばったあと、口を開いた。

「お母さんにとっては、どうでもいいことなの? あの人にレイプされたのに」

「だって…………ねぇ?」と言いながら肩を竦める。

「私が知らなかったとでも?」

「なっ……………………」

 知っていたことを、私は知らなかった。

 私と父親の肉体関係を黙認し、それでいてお兄ちゃんとのキスを許さないというお母さんの思考回路が理解できない。

 それは、愛情の差異が生む認識の違いなのだろうか。

「直樹は隠しごとが下手なの。嘘をついている時の癖だって知ってる」

 娘として、人として、私は実の母親、吉場美香(みか)を軽蔑する。

「あとは、その異変の根本を調べれば、答えは自ずと見えてくる」

 何か喋っている様子だけど、あまり耳には届かない。

 誰だってそうだ。興味のない人や、嫌いな人の話なんて、上の空だ。

「…………気持ちがある程度理解できるのよ。ああすれば喜ぶ、こうすれば悲しむってね」

 私は決意したのだ。――――破壊を望む、と。

「多少の抵抗はあったのよ? でも、欲を溜めさせてしまった私にも原因があると思っているし、こんなことで解消されるならって、その行為を黙認したわ。私に直接的な被害はないし、追求して家庭を壊したくないもの」

 幸福を勝ち取るために行動し、私は戦う。

「…………それなのに、お前は、壊すと言った!」

 その相手が実の母親を含む、家族だとしても。

「私は、幸せになりたい! ただそれだけ!」

 気付けば、私は立ち上がっていた。我慢を解き、前進する意思を固めたからだと思う。

 込み上げる様々な感情が、私を驚かせる。これほど私は感情的になれるのか、と。

「何度でも言うよ。私は、この家庭を崩壊させる!」

 そう言って、家を飛び出した。

 何も聞こえなかった。

 もう、戻ることはないかもしれない。

 でも、後悔なんてしていない。

 向かい風が強く顔に当たる。まるで今置かれている立場のように感じた私は、決して俯かないと心に決めて歩み始めた。

「この家を守るよりも、自分自身を守るほうがいいんだ。お兄ちゃんだって、言ってた」

 バッグからスマートフォンを取り出し、一応登録されている電話番号に触れる。

 先手必勝だ。対策を講じられる前に、先制攻撃を仕掛ける。呼び出し音が何度か聞こえたあと、願わくば二度と聞きたくない声が耳に届いた。

 いつ聞いても、気持ちが悪い。

『……………………もしもし?』

「あなたにお伝えしたいことがありまして。まぁ、身に覚えがあると思いますが」

『んん……? よくわからないなぁ。忙しいから、電話切るよ』

 虫酸が走る。ぼやけた言い方をしたが、声の抑揚でおおよそ察することができるはずだ。

「私がレイプされたことを、伝えた。…………そう言えばいいでしょうか」

 息を呑む音が聞こえた。効いていると考えていいみたいだ。

「あなたは犯罪者だ。裁かれるべきだ。幸せになってはいけない。私は、あなたを許さない」

 ここぞとばかりに口撃するが、反応はない。聞こえるのは雑音だけだ。

「今更後悔しても、遅いですから。犯した過ちをつぐ――――」メールの着信音に遮られる。

 スマートフォンを耳から離し確認すると、お兄ちゃんからのメールだった。

「…………さようなら」

 義父との通話を打ち切り、届いたメールの内容を確認する。

『未冬は今なにしてる? もし、時間があるなら、この前のことを聞きたいなって思ったんだけど……。もちろん、嫌なら聞くのをやめるけどさ』

「この前のことって、なんだろ…………」

 お兄ちゃんのメール内容があまり理解できずにいたが、とりあえず返事の内容を打ち込んでいく。

『大丈夫だよ。でも、この前のことってなんだろ?』

 メールを送信し、返事を待っていると、辺りの住宅から楽しげな声が聞こえた。

「…………………………………………」

 目頭が熱くなる。それは羨ましさ、悔しみ、憧れといった感情が原因だ。家族でする楽しい会話、そんな経験を一度でいいからしてみたかった。

「ん」メールが届いたので、慌てて開封する。

『えーっとさ、電話で言ってた相談事。あれって、友だちの話じゃなくて、未冬の話なんじゃないかなって』

 古典的な、友だちの話なんだけど……という前置き。ちゃんと伝わっていたようで胸を撫で下ろす。そして、一度は突き放されたと思っていた意見も、それを感じ取った上での意見だったのだとすれば、私は馬鹿だ。

 不安定なところがあると言われたことを思い出して、笑ってしまう。

「ふふ…………、あ、そうだ、返事」

 立ち止まり、スマートフォンを注視すると、時刻は八時を過ぎていた。

 これから……、と言っても、今日や明日のことだけど、どうしようかなと気が重い。何一つ準備をせずに家を出ると、冷静になった時が辛い。

『隠すつもりはなかったんだけど、少しでも客観的な意見が欲しくて嘘をついちゃった。なのに、私が冷静じゃなかったんだけど……。でも、おかげで解決に向かってるよ。ありがとね』

 メールを送信し、再度歩み始める。第一希望の目的地は漫画喫茶だけど、金額を考えると難しいので、二十四時間営業しているファミリーレストランへ向かうこととする。

「久しぶりにドリンクバーミックスでもしようかなぁ。メロンソーダとコーラが混ぜたい」

 ジンジャーエールとアイスティーのミックスも美味しかったような記憶がある。まぁ、行ってから試せばいい話だ。お兄ちゃんの前でははしたなくてできないし、ちょうどいい。

 そろそろファミリーレストランに到着するというところで、お兄ちゃんから返信が届く。

『穏便に解決したほうがいい。やっぱり間違ってたよ。実感こそないけど、実の妹なんだって思うと強く言えないよ。詳しい話を聞いたことはないけど、家庭の問題で俺たちはバラバラになったんだから、そんなことを再現しちゃ駄目だと思って』

 メールの内容に絶句する。立ち止まり、口元を手で覆いながら、目を瞑る。

 暗闇の中で、私一人だけみたいだ。これが虚無感、心が苦しい。

「…………でも」お兄ちゃんが悪いわけじゃない。兄妹の事実を隠して、嘘をついた私が全面的に悪い。ちゃんと全てを打ち明けてから相談するべきだった。

 急ぎすぎた。ただその一言に尽きる。

 ゆっくりと目を開いて、メールの続きを読み進める。

『耐え続けてくれとは言わない。俺が自立して、未冬と一緒に暮らせるよう頑張る。いつになるかわからないけどさ、待っててよ』

 そこで、文章は終わっている。

 どう返信をするべきだろうか。お兄ちゃんから同棲を提案され、応じないわけにはいかないけれど、既に私は動いてしまった。

 いや、模索せず、素直に真実を伝えるべきだ。この件は結局、私の嘘で意見が食い違い、お兄ちゃんのメールとは打って変わって行動したのだから、全てを明かさなければ、再度こんなことが起きてしまう。

「あぁ……………………」

 温かい布団の中で、お兄ちゃんの隣で、考えることを放棄して眠りたい気分だ。今日に限らず、ここ数日、たくさんの出来事があった。それらは全て私の人生、将来、本質にさえも関わる大切な出来事だった。

「…………よし」

 メールの返信をしたスマートフォンを握り締めて、辿り着いたファミリーレストランへと入店する。その際に営業時間が午前三時と書いてあったのは想定外だが、とりあえず休もう。

「いらっしゃいませー。お一人様ですか? おタバコはお吸いになられますか?」

 私と年齢が変わらなそうな背丈のある店員が出迎える。

「えーっと、一人なんですけど、もしかしたらもう一人増えるかもです。あ、喫煙席で」

「かしこまりました。ご案内します」

 増えるかもしれない一人とは、当然お兄ちゃんだ。メールでは伝わらないかもしれないし、言葉の綾で勘違いすることもあるかもしれない。だから、さっきまで一緒だったけど、会って話せばいい。

 小さなテーブル席に案内され、一先ず息を吐く。

「早くお兄ちゃんに会いたい…………、来てくれるかな」

 休んでいる暇はない。そうわかっていても、今はお兄ちゃんが来るまで目を瞑っていたい。




 私は眠ってしまった? たった今、意識が戻ったことを実感するけど、何をきっかけに意識が戻ったのかわからず、キョロキョロと顔を左右に動かすが、家族連れが増えたこと以外特に変化はない。

「あぁ、寝ちゃってたぁ…………」

 お兄ちゃんが来るという安堵で、張り詰めていた気持ちの糸が切れてしまったようだ。

「んんん…………」両手を上げ、身体を伸ばすと全身の骨がバキバキと悲鳴を上げる。椅子に座ったまま眠っていたからだろう。

 テーブルに置いてあるスマートフォンで時刻を確認すると、返信をしてから十分ほどしか経過していなかった。ということは、一瞬眠りに落ちていたということだろうか。

「未冬、起きた?」

「え?」背中から声が聞こえる。「お兄ちゃん?」

 すぐさま振り向くと、お兄ちゃんが申し訳なさそうに立っていた。

「頭がっくんがっくんしながら眠ってたもんだから、面白くてさ。ごめんごめん」

 そう言って私の正面の椅子へと移動し、座る直前、顔を近づけられる。それこそ一瞬、キスをされるのかと照れながらも期待したが、そういう理由ではなかった。

「…………こういう、さ、誰が見ているか、聞いてるかわからない場所では名前で呼んでほしい。兄妹っていうのがバレたらまずい人っているでしょ? 未冬にだって」

「そう、だね……………………」

 ただ、嘆くことしかできない。その忠告はもう遅いからだ。

「それで、メールのことだけど」お兄ちゃんはしっかりと腰掛け、私の目を注視する。「話、聞かせてくれるんでしょ?」

 どこまで話せばいいのか、どうやって話せばいいのか、お兄ちゃんとの食い違いが私を悩ませる。しかし、全てを明かすと決めたのだから、そんな苦悩は丸めてゴミ箱行きだ。

「じゃあ話すね。まず、穏便には解決できないことを謝らないといけないの。……本当、後悔しかないよ。兄妹だって言った時、一緒に訂正するべきだったと思う。あの相談は、私のことだった、って。そもそも下手な誤魔化しなんてしないで、二人で協力するべきだったんだ」

 腕を組み、険しい表情を浮かべているお兄ちゃんが口を開く。

「まぁ、過ぎたことにグチグチ言うつもりはないし、そうなってしまった理由があるんだろうからしょうがないよ。今することは、現状を整理して、互いの認識を深めて、二人だけじゃなく、関係ある人間全員が納得できるような結果へ向かうことだと思う」

「…………………………………………」

「まず、未冬の自殺衝動について…………話しづらいのは重々承知してる、けど、事の発端はそこからだから、聞いておきたい」

 自殺衝動。そう言葉にされると、心に重く響く。

「えーっと、ね」今日のことを思い出して、言葉を整理していく。「昨日、嘘をついて相談したでしょ? 今の私たちなら……そう思って、相談した。でも、意見が食い違っていて、私は絶望した。…………なんか大げさだけど、柊涼くんに見放された気がして、そしたら私は誰にも必要とされていないって結論に至った。ううん、至ってしまった」

 行き過ぎた感情だと、今なら理解できる。なんて馬鹿なやつだと自分を貶め、それでもお兄ちゃんの顔を見て、声を聞くだけでそんな感情全て融和されて、私は幸せになる。

 どうしようもなく、簡単な女だ。

「…………あははっ」

「どうしたの? いきなり」

 突然笑い出した私を心配している様子だ。そんなやりとりが、今の私にはとても幸せだ。置かれている立場や現状を忘れて、笑うことができる。

「ううん、なんでもない。……それでね、柊涼くんにメールを送って、どこで死のうか模索しながら彷徨ってた。死ぬ方法も曖昧で、とりあえずナイフを持って……あとは勢いでなんとかなる、みたいな」

「なるほど、ね。でもよかったよ、メールを送ってくれて。そのおかげで自殺を阻止することができたんだからさ」

 本当にそう思う。浅はかな考えで自殺し、お兄ちゃんとの時間を捨ててしまわなくて済んだのだから。

「とりあえず……粗方わかった。それで本題だけど、今日起こった出来事について…………聞かせてもらえるかな」

 お兄ちゃんは私の目を見ないようにして、水の入ったコップを手に持ち穏やかな表情を浮かべている。時折見せる達観したような表情は、好きだ。

 まるでプレゼンテーションの準備をするかのように、先ほどの出来事をまとめて整理していく。自殺衝動とは違い、まだ解決していない案件なので、しっかりと伝わるように話さなければいけない。

 そして、全てを明かすと決めていたのに、嘘はもうつかないと決めていたのに、どうしても口にはしたくないと心を縛る根幹が視界の端から侵食してくる。

 それは悪夢のように、私の視界からフラッシュバックしていく。お兄ちゃんの姿や、暖色系の店内、結露したコップ、全てがモノクロになり、俯くと見えるはずの私が私じゃないみたいだ。どんどん視界が狭窄し、真っ黒な視界の端が広がっていく。

 頭が痛い。周期的にズキズキと痛覚を刺激し、徐々に速さは増していく。この痛みの感覚に覚えがあるけど、それは絶対に思い出したくない、消したくて、捨てたい過去だ。

 やはり、私は駄目な人間だと悟る。決意したはずなのに、その決意はもう薄れてしまって、砂になってしまった。掴んでも、掴んでも、手から零れ落ちてしまう。

 隠すべきだ。どうしても、言えない。そんな当初とは真逆の決意で固まってしまった私は、ようやく重い口を開いた。

「柊涼くんと別れて帰宅した私は、突然お母さんに怒鳴られたの。というより、ぶたれた。家に帰らないだとか、高校を辞めたとか、正直今更な話題で怒られたから、不思議に思っていたのね。でも、怒っていた本当の理由は、私たちのキスだった。…………見られてたんだ」

「…………………………………………」

 お兄ちゃんは何か言いたそうにしているけど、唇を噛み締めて我慢したみたいだ。

「さっきの忠告は間違いなく正しかった、けど、もう遅かった。でも、あのキスを責めるわけじゃない。あのキスのおかげで柊涼くんを信じることができたんだから」

 本当に運が悪かったとしか思えない。運命のいたずらとは、まさにこのことだ。

「それで、誰と何してもいいでしょって言ったら、お母さんは……柊涼くんを知ってた。私たちの関係を、知ってた。それを聞かされて私は力が抜けてしまったんだけど、あのキスを近親相姦呼ばわりされて、怒りが込み上げちゃって、言っちゃった…………」

 言っちゃった。でも、何を? 続きを言わないといけないのに、言葉が出ない。誤魔化そうにも、お母さんにぶたれている中、義父に虐待されていたなんておかしな話だ。辻褄が合っているのか、怪しまれないかわからないけど、すぐに言葉を続けないと、誤魔化していることを察されてしまう。

「あ、やっぱり柊涼じゃん! 何してんの?」

 突然、黄色い声が背後でお兄ちゃんを呼ぶ。私はハッとして目を見開き、振り返った。

 その声の正体は、お兄ちゃんのアルバイト先の人たちだった。……多分だけど。

「どうしたんですか、御沓さん…………と、みんな」

 御沓と呼ばれる女性の他に、三人。それぞれ同姓から見ても魅力的な人たちだ。そんな中でアルバイトをしているお兄ちゃんが心配になりながらも、動向を見守ることとする。だって、私を見ながらコソコソと笑い合っているのを見たら、萎縮してしまう。

「いやぁ、私たちはお別れ会っていう名目で女子会かっこわら、みたいな。最終的に、ファミレスへ辿り着いたってわけ。騒ぎやすいし」

「えっと、お別れ会っていうのは、誰のですか?」

「ん? 碧のだよ。バイトを辞めるって言うから急遽集まった感じ。偶然、麻里恵以外休みで用事もなかったから今日集まっちゃえって」

「宮島さん、バイト辞めるんですか? な、なぜ?」

 碧と呼ばれ、宮島さんと呼ばれる淑女がお兄ちゃんを見ながら口を開いた。

「……廿浦くんに会うつもりはなかったのだけれど、運命って残酷なものね」

 せっかくの楽しい時間を邪魔されたかのような言い草をしている宮島碧はお兄ちゃんを嫌っているのかなと思ったけど、そうは見えないし、むしろ、好いているように見える。

 理由は、女の勘だ。

「アルバイトを辞める理由…………それは廿浦くんが一番知り得ているのではないかしら」

「俺が、一番……………………?」

「えーなになにー? ちょっと廿浦くん、最近色々と問題起こしすぎじゃない?」

「問題ってわけじゃ……まぁ確かに問題は色々とありますけど、誰にだってあるじゃないですか、そんなもの。矢吹さんだって、つい最近まで就活就活だったじゃないですか。それも一種の問題というか、我が身に迫る試練というか、それと似た感じです」

 就活、か。最近までということは、もう就職先を見つけたのだろうか。対抗意識じゃないけど、私も頑張らないといけない……そんな感想を抱いて、恐らく、そんな意識もすぐに薄れてしまうだろうなとも思った。

「なんか誤魔化された気がするんだけどー。それよりさ、この可愛い子が噂の彼女?」

 私と目が合うと微笑んでくるこの女性は私を可愛いと言う。私を年下と知っていての余裕を感じ、対等に見られていないとさえ感じるけど、直球に褒められただけでそんな気持ちは帳消しだ。

 でも、私が可愛いなら、この四人はどうなるのだろうか。

「…………………………………………」

 勝てない、そう感じる。言ってしまえば四天王だ。カワイイ四天王。

「初めまして、だよね? 私は廿浦くんと同じバイト先の矢吹梨恵。それと、こちらが宮島碧ちゃんと、御沓沙絵ちゃんと、廿浦くんと同い年の小見川紅葉(おみがわくれは)ちゃん。よろしくね」

「…………よ、よろしくお願いします。私は吉場未冬です」

「ま、未冬ちゃんのことは柊涼から色々聞いてるし、説明不要かな。それに、邪魔しちゃ悪い雰囲気だったから、そろそろ私たちは私たちの席に行きますか」

 御沓沙絵はそう言って、この場を去ろうとする。しかし、せっかくのチャンスだ。先ほど言えなかった言葉の続きを考える猶予を得るために引き止める。

「ま、待って! ……ください。せっかくだから、一緒に話しません…………か?」

 歩き出そうとした御沓沙絵が動きを止め、振り向く。

「あ、あぁー、そう? そう言うなら、同じ席にしてもらうけど。みんなもそれでいい?」

 他の三人は頷いて、一人、小見川紅葉が店員を呼びに行った。その際、御沓沙絵がお兄ちゃんに何か耳元で告げていた。内容は気になるけど、今そんなことを聞く勇気はない。

「席、あっちみたいです」と小見川紅葉が戻ってきたので、お兄ちゃんと同時に立ち上がり、みんなの後に続いた。

 内心ホッとしている。しかし、その気持ちは長く続かないだろう。早急に、お兄ちゃんへ告げる言葉を考えなくてはいけない。

「……ふぅ」ため息しか出ない。突然呼び出し、でも結局真相を話せず、話す機会を捨てている私は、最低だ。だから、誰にだって愛されてこなかったのだ。

 だけど、嘆いてもしかたがない。今は、今できることを考えて、考えて、考え抜いて、問題を解決するために力を振り絞るしかない。お兄ちゃんがいれば、怖いことはないはずだ。

 そう結論づけ、再度深く息を吐いた。




 未冬はなにかを隠している。

 御沓沙絵は耳元でそうささやいた。

 そのなにかこそ不明だが、御沓沙絵が言うことだ、間違った確信ではないだろう。そう感じ取れる素振りを未冬は見せたのだ。

 そもそも俺も、未冬の行動を不可解に思っていた。未冬の家族間の問題を解決するために話を聞きに来たはずだが、偶然御沓一派に遭遇したとはいえ、そのまま共に談笑する必要性が見出だせない。解決してからとは言わずとも、今するべきことではないはずだ。

 そこで一つ、仮説を立てる。今隠しているなにかを告げるべきか否か迷っていて、都合よく現れた四人を招き入れ、その迷いを断ち切る時間を作ったのではないか、と。

 そんなことを考えていると、六人が座れるテーブル席に到着する。

「未冬ちゃんと廿浦くんは隣同士がいい? それとも、向かい合わせ?」

 矢吹梨恵が着席位置を未冬に聞くと、小さく「どこでも大丈夫です」と答えた。

 結局、ソファ席には正面左から未冬、矢吹梨恵、宮島碧が座り、椅子席には俺、御沓沙絵、小見川紅葉が座った。

 正面に座る未冬はどこか落ち着かない様子だ。先ほどの仮設が正しいとするならば、隠しているなにかをどうするべきか悩んでいるから落ち着かないのだろう。

 メニューをパラパラとめくりながら、矢吹梨恵が口を開く。

「じゃあ、座る場所も決まったところで、何頼もうかなぁー! そういえば二人は何も頼んでないの?」

「あぁー、そうですね。まだ来たばっかりなので、何も…………」

「そうなんだ。私ってか、私たちは夕飯済ませたからドリンクバーだけでいいんだけど、何か頼む? 先に頼んじゃって平気?」

「じゃあ俺もドリンクだけでいいです」恐らく未冬も何も食べていないだろう。「未冬はどうする?」

 当の本人は目で何かを伝えるようにキョロキョロと視線を変えている。何を伝えようとしているのか少し考え、未冬を再度注視する。

「あ」未冬はメニューを持っていない、けれど声を掛けづらい、だからどうすればいいのかわからないのかもしれない。メニューは矢吹梨恵と宮島碧が手に持っている。

「矢吹さん、メニューを未冬に見せてあげてくれないかな」

 メニューからハッとした顔を出し、慌ててメニューを畳む。「ごめーん! つい見たものかと思ってた! はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」と未冬はメニューを受け取ると、俺を見て微笑んだ。どうやら推測は当たっていたようだ。

「ちょっと」隣に座る御沓沙絵が耳元でささやく。「どういう状況だったのか聞かせてよ」

「…………状況、ですか」

 以前、未冬と出会った際に、半ば強制的だったが相談に乗ったことを思い出す。

 今回も、場数を踏んでいる御沓沙絵に尽力してもらえれば解決できるのではないだろうか。そう思ったけれど、一つの懸念が過る。

 問題は未冬を取り巻く環境。要するに、自分の問題ではないというのに、ペラペラと喋って相談してもいいのか、ということだ。

「話せることからでいいけどさ、問題解決の糸口なんてどこで眠ってるかわかんないんだから躊躇しないほうがいいよ。……なんか脅してるみたいだな」

「…………………………………………」

 そもそも、俺に話せることがないことに気が付く。未冬から話を聞いている最中に訪れたのだから当然だが、それ以前に知り得ている情報を開示しても問題とは言い切れない。

 未冬の相談から意見が食い違い自殺騒動に至ったが、それは解決したはずだ。ならば、今問題とすることは、親子の関係だけ……だろうか。だがそれも、他人が介入して解決できるとは思えないし、とりあえずの解決方法だが、家を出て自立すればいいと思っている。

 ならば、今をどう説明すればいいのだろうか。

 いや、解決できないと思っては駄目だと言われたばかりだ。この騒がしい空間の中、他の誰にも聞こえない音量で御沓沙絵へ現状を打ち明ける。

「実はですね、未冬のやつ、親からの虐待に悩んでいるみたいで……。でも、その話はまだ途中で、俺も詳しくはわかっていないんですよね。経緯を話すと長いかもしれないので略しますけど、以前そんな相談を受けた時に、我慢せずに警察へ相談しろって言ったわけです。でも、未冬が…………」妹と知った時、と言うべきだろうか。「いや、未冬とは、意見が合わずに喧嘩になりました。まぁ仲直りして、今に至るんですけど、意見が逆になってしまったんですよね。つまり、虐待行為を誰かに伝えた……みたいで、穏便には解決できない、と」

 改めて周りを見る。未冬と矢吹梨恵は一つのメニューを二人で見ていて、宮島碧もメニューを開いており、こちらの様子を不可解に思っている者はいない。御沓沙絵の隣に座る小見川紅葉に至っては、スマートフォンを操作してまるで興味がないようだ。

「ふーん。……この後、時間ある? 希望としては、未冬ちゃんもいるといいんだけど。私が邪魔じゃなければ相談に乗りたい」

「…………俺には決められないですよ。一度、未冬に聞いてみます」

「わかった」御沓沙絵は承諾し、小見川紅葉と会話を始めた。

 未冬は矢吹梨恵のおかげかこの場に馴染めているようなので一先ず安心し、俺は自宅へ連絡するためトイレへ向かうことにした。

 スマートフォンを手に持って立ち上がり、連絡先を開いているとトイレに到着する。

「あ、もしもし親父?」

『もしもし、どうした』

「バイトの宮島さん、知ってるっけ? その子がバイト辞めるからってみんなで集まってるんだよ。元々男抜きでやってたみたいなんだけど、たまたま居合わせてさ」

『そうかい、わかった』

「だからいつ帰れるかわかんないわけ。それじゃ」

 宮島碧送別会があるとだけ伝え終話し、男子トイレから出ると、たまたま人が立っていた。

「あっ、すみません…………って」噂をすればなんとやら、だろうか。「宮島さん」

「廿浦くん。少し外で話せないかしら」




「へぇー、じゃあ初デートで付き合い始めたんだ! 廿浦くんやるなぁ」

 複雑な関係性が引き起こした出来事だったけど、それは省略しよう。

「…………ちなみに、バイト先ではどんな感じですか?」

「んー、どうだろな。仕事は並以上にできて、真面目だけど冗談が通じて、当たり障りのない人って感じかな。廿浦くんを嫌う人はいないと思うよ」

「普段と変わらないみたいでよかったです」

 でも、そんなお兄ちゃんのことを好きな人がいたらどうしようか。外見も内面も平均以上のお兄ちゃんに惚れる人間がいても不思議じゃないけど、八方美人はモテないと聞いたことがある、だから安心するべき、と自分に言い聞かせる。

「というか…………その廿浦くんはどこに?」

 つい先ほど、どこかへ向かうお兄ちゃんの姿が視界に入ったけど、その姿を追い続けることはできなかった。理由は矢吹梨恵と会話の最中だったからだ。

「さっき、どこかへ行きましたけど、そのどこかはわからないです」

「碧ちゃんもフラーっといなくなっちゃったしさぁ。二人でどこかに行ったかなーなんて」

 そういえば、宮島碧もいない。冗談交じりだとしても、二人でこの場を去ったという言葉に心が苦しくなって、今すぐにでもお兄ちゃんを探しに行きたい気分だけど、重い女と思われたくないし、憶測でそんなことをしたら空気が悪くなるのは明白だ。

 握りこぶしで両頬を撫でて、気持ちを改める。ただでさえ異質な関係なのだ、もっと力を抜いて付き合わなければいけない。

「…………さっき注文しましたし、ドリンクでも取りに行きましょうか。ね、皆さん」

 そんな提案をして私は立ち上がった。




 そんな提案をされ一度断ったものの、動じず、否定を許さない確固たる意思を見せる宮島碧にしぶしぶ応じることとした。

 風が吹いていて少し肌寒いけれど、月と星が綺麗に輝いていて、そんな空を見上げていると寒さが和らぐような気がした。

「星が綺麗ね。…………本当に、綺麗」

 そんなことを言った宮島碧の姿を見る。

 ――――本当に、綺麗。それは宮島碧自身のことだと錯覚させる。黒を基調にした、いわゆるゴシックファッションに身を包んだ彼女は、月と星の儚い光で曖昧な輪郭を形成している。それでも、凛とした表情や何かを訴えるような力強い眼差しが俺の心を掴み、離さない。

「えっと、それで……話っていうのは」

「廿浦くん」

 宮島碧は射抜くような視線を向け、俺を呼ぶ。息を呑むような緊張感で汗が吹き出そうになりながら、言葉の続きを待った。

「私は、欲しいものがあったら、どんな手段を使ってでも手に入れてきた」

 独白にも似た、抑揚のない発話を続ける。

「それでも、手に入れる過程でわかってしまう場合がある。……これは、私の望んでいたものではないと。当然、それに気が付いた時、所有欲は消え去ってしまう」

「…………………………………………」

 その言葉には、どんな意味が隠されているのか。考えても無駄だとわかっていて、それでももやもやとした気持ちを晴らそうとするだけでこの空気を緩和することができる。重要なことは、答えを出すことだけではない。

「…………所有欲は、いつまでも尽きないものね」

 時折強く吹く風になびいた黒く、長く、艶やかな髪を抑えながら宮島碧はゆっくりと歩む。

「あなたは」デジャヴだ。こんな光景を、つい最近見た気がする。「本当に私の望む人?」

 それは昨日、アルバイトを終えて帰宅する途中の出来事。好きだと告白され、思考が定まらず、目を瞑って流れに身を任せてしまったことを思い出す。

 宮島碧の言葉の意味を理解した。このキスを受け入れることは、彼女なりの告白を肯定することになるのだ。未冬の存在を知りながら、ここまで大胆なことをすることができるのか、と思いながらも、これが“どんな手段を使ってでも”手に入れるということなのだろう。

 煮える思考のスープを強く吹く風が冷ましてくれたおかげで、明確な拒否を示すことができそうだ。もしかしたら、今なら正常な価値観や思考回路で判断できると踏んで、再度このような行動をとっているのかもしれない。

 未冬という存在がいる俺にとって、宮島碧はアルバイト仲間でしかない。しかし例えば、未冬のことを知らない数ヶ月前だったとしたら、告白を好意的に受け取り、彼女の所有物になっていたのだろうか。

 ――――なっていたかもしれない。宮島碧を詳しく知らずとも付き合えるほどに、彼女は綺麗だと思っているし、そんな気持ちを告げられて断れるほど度胸はない。現に未冬の告白を了承した際も、似た感情を持ち合わせていた。

 だが、今は違う。未冬のためにも、俺のためにも、告白を拒否しなければいけない。

「駄目です、そんなこと」

 迫る宮島碧の肩を掴み、キスを拒んだ。

 そして、肩を離してから一歩後退する。

「宮島さんのことを嫌いなわけじゃないです……けど、俺には未冬がいます。だから、偶然でも、例え事故だとしても、そんなことをしてはいけない…………と、俺は思います」

 この判断はごく自然なものであると同時に、必然でもあった。そして、宮島碧の望むような人間ではないと示せたはずだ。

 告白を拒否してから動きを見せなかった宮島碧が目を瞑り、口角を少し上げた。それは自分を説得し、諦めの境地から込み上げてくるものだろうか。

「今回は本気だったのだけれど、廿浦くんは応じてくれないのね、ふふ」

 予想とは反し、目を開くと眼光は鋭いままだった。

「…………ありがとう。ますます、廿浦くんが好きになれたわ」

「ど、どうして?」

「だって、ここで私の気持ちを喜んでしまう人なんて、いらないもの。廿浦くんには、吉場未冬さんがいるでしょう? そんなあなたが、吉場未冬さんを捨て、私を選ぶことこそ理想。両方得ようとする人ならば、それは“私の望んでいたものではない”のだから」

 やはり、俺には人の気持ちを理解することができないようだ。告白を断れば諦めるという短絡的な考えが、宮島碧の気持ちをより強くしまうなんて、思いもしなかったのだから。

 目を伏せて、言葉を続ける。

「人間の心って不思議ね。口にすればするほど、自分の気持ちがわからなくなる。廿浦くんのことがこれほど好きだとは思わなかった。見栄を張って強がっていたけれど、アルバイトを辞めたことも、昨日や今の行動も、今では後悔でしかないわ」

「……なんで、バイト辞めるんですか?」

「それは、辛いからよ。恋人がいると知っていて、あなたの顔を見ていられないわ。だから、廿浦くんには何も告げずに、無理を言って突然去るつもりだったというのに、こうして会ってしまった残酷な運命を呪いつつも、これは好機だと今に至ったの。そして、私の強い感情にも気が付くことができた。…………本当に、運命とは残酷なものね」

 アルバイトを辞める理由。俺が一番知り得ている、というのは間違っていなかった。

「今、廿浦くんに言えることは…………幸せになってほしい、なんて言葉ではなくて、嫌わないでほしい。こんなことをした私を、嫌わないでほしいの」

「嫌ったりなんか、しませんよ」

 先ほどと打って変わって、弱々しい言葉を漏らしている宮島碧のことを突き放すことなんてできない。結局、それは俺の弱さなのかもしれない。微弱な糸で紡がれた関係だとしても大切にしたいという感情。

「その言葉が例え嘘だとしても嬉しいわ、ありがとう」

 淡い光の中で判別は難しいが、涙を浮かべているようにも見えた宮島碧は、店内へと歩み始めた。そして、俺の横を通り過ぎる際に一言、言い残した。

「…………私は廿浦くんの毒になるわ」

「え?」

 宮島碧は振り返ることなく、店内へと消えた。

 未冬との問題が解決していないというのに、また一つ問題が増えてしまった、と考えていいのだろうか。少なくとも俺から関わることはないが、もしも宮島碧が何か仕向けてくるというのなら対処しなければいけない。

 何事もないことを祈るとしよう。とはいえ、そんな心配を強いられている時点で、毒が回っているのと相違ないと思った。

「今悩んでも仕方ないし、俺も店の中に入るか…………」

 強い風が背中を押すように吹いた。




 店内へ戻ると、特に変わった様子もなく、他愛のない会話が繰り広げられていた。強いて言えば、俺よりも先に入店した宮島碧の姿が見当たらない、ということだけだ。

「あ、柊涼くんおかえり。どこに行ってたの?」

「うーん、と、ちょっとトイレに」

「…………そっか」

 未冬は少し、納得のいかない様子だ。もしかすると、宮島碧と外へ出たところを目撃されたのかもしれない。

「廿浦くんもドリンク取ってくれば?」

 矢吹梨恵は恐らくコーラの入ったコップを持って促す。

「もう頼んだんですね。……そりゃそうか」

 そのまま椅子に座らず、ドリンクバーへと向かった。

「いやはや……………………」

 こんなことをしていていいのか、と思う。未冬のことを考えれば、この場を立ち去り、先ほどの話の続きをするべきなのだが、座談会に参加したのは未冬本人だ。

 今置かれている立場が、思っているよりも安楽なものなのかもしれない。だからこうして、今後あるか定かではない座談会に参加する意志を見せた。

 とはいえ、相談相手として御沓沙絵に会えたことは大きい。

「あら、奇遇ね。また会ってしまったわ」

 いつもと変わりない様子で、宮島碧に話しかけられた。

「どこ行ってたんですか。俺より先に店の中入ったのに」

「化粧直しよ。女に生まれた以上、抗えない習慣というべきかしら」

「…………化粧直し、っすか」崩れた理由を改めて聞くことなんてできなかった。

「私もドリンクを取りに来たの。こういったもの、あまり経験がないから教えてくれると有り難いのだけれど」

「あぁ……そー、なんすね。いいですよ、教えます」

 こんなことをしているのも悪くはないと思えてきた。少なくとも、未冬と御沓沙絵を引き連れてこの会を壊すことなんてできないのだから、そんなことを考えること自体がナンセンスなのだ。

「まず、温かいのと冷たいの、どっち飲みますか?」




「そろそろ日にちが変わっちゃうし、解散にする?」

 時計を見ながら矢吹梨恵が意見を求めた。

「もうそんな時間なんだ…………」

 未冬は独り言のように、時間の経過を嘆く。

「今日は本当にありがとう。皆さんとこうやってお話する機会を設けていただいて感謝しています。とても楽しかったわ」

 解散はすでに決定したかのように、宮島碧は謝辞を述べた。

「こっちこそ楽しかったよ! また集まれるといいね」

「私も楽しかったです。今度はお客さんとしてお店に来てください」

 矢吹梨恵や小見川紅葉が別れを惜しむように宮島碧へ発言していると、隣に座る御沓沙絵が耳元でささやく。

「…………この後、カラオケとかどう? またファミレスっていうのは味気ないしさ」

「…………そうっすね、そうしましょう」

「未冬ちゃんは私が乗せていくから」

「それは……まぁ、未冬次第というか、説得は任せますけど」

 御沓沙絵は自信ありげに親指を立てた。

 車の中に女二人、思惑がないとは思えない。弁が立つ御沓沙絵の話術でどんなことを聞き出されるのか大いに興味があるけれど、生憎彼女は二人乗りの車だ。それに、二人きりだからこそ言える話もあるだろう。

 その前に、未冬が御沓沙絵の車に乗るのか定かではないし、遡れば、相談に乗るかどうかも未冬に了承を得ていない。まず問題はそこからだ。

 矢吹梨恵が立ち上がる。

「お会計しちゃおうか。ドリンクだけだから……六人で二千円か。碧ちゃんは当然として、未冬ちゃんも奢りで」

「えっ、あ、ありがとうございます」

「色々話せたからね、全然大丈夫だよ」そして、俺へと視線を移し「はい」手を差し出した。

「……お前は払え、と」

「物分かりがいい人は助かるよ。五百円ね。もちろん、全額でもいいんだけどー」

 財布を取り出して小銭入れを確認すると、たまたま五百円玉を持ち合わせていた。

「残念だけどピッタリありましたんで、どぞ」

 五百円玉を差し出すと舌打ちしながら奪われた。

「じゃあ、支払いは梨恵に任せて、私たちは店出ようか」

 御沓沙絵も立ち上がり、促すように声を掛けると、俺を含めて全員が立ち上がった。

 服装の乱れを直し、店の外へと向かう途中に周りを見ると、明日が月曜日、つまりは平日であり、時間も時間なので客の数が少ない。集団客に至っては俺たちだけだ。

 レジでは店員が待っていた。ようやく帰るのか……というような不満顔は一切出さず、しっかりと教育されたアルバイトだなと感心する。

「風は弱まったかな…………」

 扉を二つ開いて店外へ出ると、風はすっかり吹き止んでいた。

 見慣れた車が停まっている。空色のミニバンは矢吹梨恵、黄色のオープンカーは御沓沙絵のもの。そして、黒色のコンパクトカーが俺の愛車だ。

「柊涼くん」

 振り向くと未冬が御沓沙絵と共にいた。

「話、聞いたよ。だから私、御沓さんの車に乗るね」

「そっか、わかった」

 話が早いというか、いつの間にかというか、御沓沙絵の仕事ぶりにはただただ尊敬する。恐らく風除室にて、未冬を納得させられる言葉をかけたのだろう。

「場所は、あのー……なんだっけ。バイパスのとこにある」

「あぁ、はい。わかりました」

「伝わったならいいや。あ、梨恵が来た」

 支払いを済ませた矢吹梨恵が店から出てきた。

「皆さんおまたせ。いや……ずっと待たせていたいのですが、ついにお別れ会が終了の時間となってしまいました。まぁ、碧ちゃんはお店に来てくれると思うし、遠くへ引っ越したりするわけでもないので、会おうと思えばいつでも会えるはずです。だから明るく見送りましょ!」

「まぁ自宅までの送迎は矢吹さんなので、見送るのはまだ早いのですが」

「細かい!」

 そんな会話を終えて、各自車へと向かった。

 助手席の窓を下ろして手を振っている宮島碧を見送ると、俺たち三人だけとなる。

「じゃあ私たちもそろそろ行きますか。ね、未冬ちゃん」

 未冬は頷いて、御沓沙絵の車の助手席へと乗り込んだ。

「今更色々言いませんけど、変なこと聞いたりしないでくださいよ?」

「…………………………ふふ」

 御沓沙絵は不敵な笑みだけを残して車に乗り込んだ。

 そして車のエンジンを始動させ、逃げるように走り去ってしまった。

「んー…………」頭を掻きながら車へ乗り込む。「不安だなぁ、しかし」

 とはいえ、御沓沙絵のことを信頼している。興味が有ることには親身になって相談に乗り、それなりの解決策を提示してくれたのは昔から、今も変わらずだ。今回だって、俺と未冬だけでは思い浮かばないような鋭い意見を述べるだろう。

 だが、この問題の中枢部に触れるには、兄妹であることを打ち明けなければならない。その事実を覆い隠してしまったら、いくら御沓沙絵であっても、解決策を見出すことはできない。

「まぁでも、面白がって言いふらすような人じゃないと思うし、それを言わなければ何も始まらないんだ。その後を考える必要なんてない」

 アクセルペダルと頭に過る不安を踏み付けて車を発進させた。




 車を走らせて五分ほどだろうか、深夜ということもあり、難なくカラオケ店に辿り着く。

「着いたはいいものの…………、未冬たちがいないぞ?」

 見落とすような車ではないし、駐車してある車の数を考えても、ハッキリとカラオケ店にはいないということがわかる。

「……………………場所、ここでいいんだよな」

 近辺にあるカラオケ店といえば間違いなくここであり、道が渋滞しているわけでもない。御沓沙絵と未冬がいない理由として考えられるのは、場所の勘違いだ。

 現在の居場所を確認するため、助手席に座っていた未冬へメールを送信する。

「んん…………」しかし、どうしても間違っていると思えず、色々と理由を考える。

 事故に遭ったのか、俺とは別の道を使って偶然信号に捕まり続けているのか、コンビニに立ち寄っているのか。可能性として一番高いのはコンビニだろうか。

「いや」御沓沙絵が浮かべていた不敵な笑みを思い出す。「そもそも二人で行くって、そういうことだろ」

 未冬が相談に乗るかわからないのだから、と自己解決していたが、やはり御沓沙絵は色々と聞き出そうとする思惑があった。なので遠回りをしながらカラオケ店に向かって、今現在未冬は尋問されている、と考えるのが一番合理的だろう。

 そうではないとしても、未冬からメールが届けば理由は明らかになるはずだ。だから、車内でひたすら車とメールを待ち続けた。




 カラオケ店に到着してから十五分ほど経過し、睡魔に襲われ始めた時だった。眩い光が辛うじて開いていた瞼を照らし、より目を細めると、黄色の車体が視界に入る。

「遅いっての…………」

 ようやく未冬を乗せた車が現れ、俺の車の隣に駐車する。

「ごめんごめーん! おまたせ!」御沓沙絵が片手を上げて軽く頭を下げた。

 車から降りて施錠し、身体を伸ばしてから御沓沙絵に声をかける。

「遅くなるなら先に言ってくださいよ。待ちくたびれました」

「いやぁ、だって、釘刺されたし。じゃあ強行手段しかないでしょうよ」

「別に釘を刺したわけじゃ……常識的な範疇でお願いしますってことです」

 とはいえ、仮説は真説となった。どんなことを聞かれたか一字一句問うつもりはないが、気にはなる。

「あと、未冬。メール送ったんだけど、気が付かなかった?」

 未冬は慌てて肩に掛けていたバッグからスマートフォンを取り出す。

「あ、電池ないみたい…………」と未冬は言って画面を見せた。

「さーてさて、とりあえず店入ろ! 話はそれからでもいいでしょ?」

 御沓沙絵が俺と未冬の腕を引っ張って先導し、店内へと早足で急ぐ。入り口の扉に差し掛かると、俺の腕を離して片手で重そうに開閉した。

「当然フリータイムだよね! 二人はどう思う?」

 少し喧しいと感じる音量で御沓沙絵が尋ねるので、率直に今の気持ちを告げた。

「御沓さん、俺たち遊びに来たわけじゃないんですよ、一応。忘れてないですよね?」

「…………そんなことわかってる。柊涼こそ空気読め、カラオケなのに鬱々としてたら怪しまれるでしょうが」

「怪しまれるって、そんな――――」言葉を遮られる。

「柊涼が思っている以上に未冬ちゃんから色々と聞いたから。それを頭に入れておいて」

 言葉を続けることができなかった。

 怪しまれることを避けるということは、至って普通の客ですという主張をすることであり、顔や行動を目に焼き付けられたくないということになる。それはつまり、顔を覚えられていると不都合なことが起こる、いや起こすという意味なのだろうか。

 いや、それはさすがに考えすぎだろう。

「未冬ちゃんはカラオケ得意? 好きなアーティストとか、よく歌う曲とかある?」

「え、えーっと…………何だろう」

 俺たちに気が付いたのか、店員が慌ててカウンターへとやってくる。

「お待たせしました、お客様! えー、三名様でよろしいですか?」

「三名でフリーで! 会員証ももちろんあります」

 財布からカードを取り出して、尚も店員とやりとりをしている御沓沙絵を視界から外し、未冬に小さな声で話しかける。

「どこまで話したの? 俺が知らなくて御沓さんが知ってること、たくさんある?」

「……………………うん」

「あとで、聞かせてくれるよね?」

「…………………………………………」

 しかし、未冬は俯きながら口元を手で覆い、何も言わなかった。

「部屋番号十三だって」

 やりとりを終えたのか、御沓沙絵がマイクや伝票などが入った籠を持って「行こ行こ!」と背中を押してくる。その勢いに乗りながら、何も言わずに部屋へと向かった。




 ――――未冬はなにかを隠している。

 未冬はそのなにかを御沓沙絵に告げ、俺には隠し通すと決意したのだろうか。

 兄妹であり恋人の俺には話せないなにかを、出会ったばかりの御沓沙絵が知り得ているということの正直な感想は、嫉妬。

 なぜ俺には話せないのか、それすらも未冬は口を閉ざしている。

「部屋狭いねぇ。三人じゃ仕方ないか」

 御沓沙絵が十三号室に入って不満を漏らした。

 部屋の隅に置かれた液晶テレビではアーティストのインタビュー映像が流れている。特に変わった様子はない、極々普通の一室だ。

 適当に座り、二人の動向を見守る。事の真相、は言い過ぎにしろ、隠しているなにかを知っている二人が中心となるべきだから、俺は補佐役に回る。

「さて、と、何頼もうかなぁー」

 御沓沙絵はメニューを開いて注文するものを選んでいる。

「……………………」

 未冬は何も喋らない。時々様子を窺うように、チラチラと俺の顔を見るが、目が合うと逸らしてしまう。

「ワンオーダーだから、二人も何か頼まないと。任せるなら私が勝手に三つ頼んじゃうけど」

「あぁ、そうっすね……任せます」

「よっしゃ!」

 御沓沙絵は尚も楽しそうにメニューを開いて目を輝かせている。

「…………はぁ」

 ため息が漏れる。安楽な時間が流れているこの部屋で、俺だけが気を張っているようだ。

「よし、決めた! じゃあ頼んじゃうねー!」と立ち上がって、返事も待たずに入口付近に設置された電話へと向かった。

「なぁ、未冬…………今、俺、必要か?」

「えっ?」

「俺には話せないことがあって、御沓さんは楽観的な様子で……もう解決したみたいだ。俺がここにいる必要あるのかな。俺一人が何も知らずに気を張ってさ」

「必要に決まってるじゃん」

 予想外の声に驚く。御沓沙絵が電話を終え、入口で仁王立ちしながら口を開いていた。

「柊涼との関係がネックになってるんだよ。私と未冬ちゃんは、まぁ他人だよ。でも二人は恋人同士でしょ? そんな関係だからこそ口にできない話があるってこと。柊涼には悪いけど、色々聞かせてもらったよ」

 恋人同士だからこそ話せない事柄。例えば、心配や迷惑をかけることや、知られると嫌われてしまうようなこと……だろうか。

 兄妹だと知られれば嫌われると思っていた未冬だが、その事実を知った俺は嫌悪感など抱かずに受け入れることができた。だから今話せない隠しごとも、嫌ったりすることなんてないと思えるし、そんな自信がある。

「でね、色々と聞いた上で言っておくけど、未冬ちゃんは絶対に口を割らないよ。未冬ちゃん自身が隠すつもりでいて、その上で私は話すなって忠告したから。全てを知ることが幸せじゃないって、柊涼だってわかると思うけど」

 高校生の時に付き合っていた彼女を思い出す。元彼女は全てを知り、全てを掴むことで幸せになろうとした人間だった。プライバシーはないに等しく、財布の紐すら握りしめていたが、好きという気持ちがあったから、当時は苦に思わなかった。

 けれど、愛情が薄れた今では、幸せとは程遠い日々だったなと感傷的になる。

「…………………………………………」

 そんな過去を当てはめると、俺は元彼女になろうとしていることになる。隠しごとを無理矢理吐かせるようなことをして、未冬や俺の幸せに直結するはずがない。そんな二の舞を踏むのは駄目だろう。

「…………なんか俺、仲間はずれにされたって、拗ねてたみたいです」両頬を思い切り叩いて鼓舞する。「さ! 問題解決しましょう!」

「で、その問題なんだけど、さ」

 御沓沙絵が元の席に座り、抑揚少なく口を開いた。

「まぁ手っ取り早い話が、警察かなって思ってるわけなんだけど」

「け、警察って、ちょっと待ってください。それは避けたいんです。そもそも俺、未冬が今抱えている問題を全て把握していない。どうして警察を利用するのか……、警察を利用しない方法はないのかを議論するべきじゃないんですか?」

「あぁそっか、まだ話途中だったんだっけ。じゃあ未冬ちゃんの代わりに私が説明するけど、それでもいい?」

「脚色したりしなければ…………」と頷いて言葉を待つ。

「義理の父親がしてきた行為を言っちゃったのさ、お母さんに。……んー、まぁ長ったらしい説明をするのも面倒だし、端的に言うよ」御沓沙絵が体勢を正し、一度咳払いをする。「このままだと間違いなく、恐れていた未来が訪れる」

 恐れていた未来とは、家庭崩壊のことだろうか。

「正直、時間が惜しい気もしてる。事は思っている以上の速度で進行してるし、そのきっかけから時間が経ちすぎてる。何か行動するなら今すぐとは言わないけど、今夜中だと思う」

「いや、全然わかんないですし。主題が抜けてて何を言いたいのか…………」

「わかりやすく言えばさ、罪を犯してるの。まぁ、家庭内暴力も当てはまるけど。でね、未冬ちゃんはそれを煽っちゃったわけだから、向こうだって指をくわえて見てるわけがないと私は踏んでる。大げさに言えば、向こうは今まで以上の行為を働く可能性だってあるんだから、安全な手段として警察かな、と」

 確かに、保身のためを思えば、警察という手段を使うべきだ。使うべきなのだが、未冬のために、家庭を壊さないような手段を何か閃きたいとも思っている。

 それはただの我が儘だろうか。遅すぎる判断だろうか。甘い考えだろうか。

「ていうか未冬ちゃん、着信とかないの?」

「え、あ……わかんない。電池ないから確認できないし…………」

 テーブルに電池切れのスマートフォンを置き、未冬はばつの悪そうな顔をした。

「ちょっと待って…………携帯充電器が入ってたような」と御沓沙絵はバッグの中をゴソゴソと漁る。「あった! これ使ってみて」

 未冬は「ありがと」と御沓沙絵に手渡された携帯充電器を受け取り、充電を開始する。

「どう? 未冬ちゃん。何か来てる?」

「えっ、と」

 唇を指で撫でたあと、スマートフォンの液晶をなぜか俺に向ける。仲間はずれにされたという言葉のせいだろうか。

「見て、どうしよう。こんなに着信が…………」

 液晶画面を覗くと数十件の着信がSMSにて通知されており、詳細を開くと、親とだけ書かれた連絡先が表示される。

 恐らく、未冬を虐待している犯罪者、そもそもの元凶、義理の父親だろう。

「あの人に電話してから……約三十分後に着信があるの。数分で数十件。でも、それっきり、着信がない…………」

「何か意図がある、とは思えないし、電話に出ないと諦めただけか?」

 執着心に凄まじさを感じる。何かに取り掛かると、周りの声が聞こえなくなるような人間なのだろうか。

「私が思うに、さ」御沓沙絵が腕を組みながら口を開く。「三十分のブランク、嫌がらせにも似た着信、突然連絡が途絶える……うーん、やっぱり私たちは遅かったのかも」

「遅かった?」

「そう、“遅かった”。推測の域を出ないんだけどさ、まず最初の三十分で行動するべきだったと思う。その三十分は、現実を突き付けられた苦悶の時間。んで、未冬ちゃんが電話に出なかった。何度も何度も出なかった。その結果、もう日常には戻れないと悟った…………」

「じ、じゃあ!」未冬が語気を荒らげ、立ち上がる。「私の携帯に電池がなかったせいで!」

「落ち着いてよ未冬ちゃん! まだそうと決まったわけじゃないから」と御沓沙絵も立ち上がり、未冬を宥めようとした矢先だ。

 未冬が手に持つスマートフォンの液晶が点灯し音色を奏でる。

「こんな時に…………」未冬が発信者を確かめる。「お、お母さん!」

 未冬は俺の顔を見て、御沓沙絵の顔を見る。どうするべきか訴えているようだ。

「出よう。今ここで躊躇してもしょうがない」

 御沓沙絵も頷き、未冬を見据える。

「そ、そうだよね。わかった」

 緩慢な動作でスマートフォンを耳に添える。

「もし、もし」

「…………………………………………」

 固唾を呑んで待つしかないこの時間が、とてつもなく長く感じる。

 この通話で何かが変わり、何かが終わり、何かが始まるかもしれない。大げさだとわかっていても、そんなことを考えてしまう。

「もしもし? お母さん? もしもし?」

 通信状況でも悪いのか、頻りに母親へ呼びかける。

「どうしたの?」

「最初、お母さんの声がしたんだけど、あの人の声が聞こえて……携帯を落としたのか、放り投げられたのかわかんないけど、衝撃音がしたの。それから返事なくて」

 俺も立ち上がって「ちょっと携帯貸して」と未冬からスマートフォンを受け取る。

『………………もう終わりだ! 美香はいつもそうだ。何が知っていただ、適当なことを言って俺を取り繕ったつもりか! 俺の気持ちをわかった気でいて、何一つわかっちゃいない!』

 直後、美香と呼ばれる、恐らく俺と未冬の母親の悲鳴が聞こえる。

『どうせ捕まっちまうんだ! 全て終わりなんだ! 苦しみ続けて生きるくらいならいっそ、この手で楽になる!』

「こ、このままじゃ!」

 スマートフォンを少し乱暴に未冬へ渡す。

「無理心中を図ろうとしてるみたいだ、間に合わないかもしれないけど、止められるかわからないけど! 家に行かなきゃ!」恐れていた未来――――家庭崩壊は免れない。

「沙絵ちゃんの言ったことが現実になった…………このままじゃみんな死んじゃう」未冬は頭を抱えながら座り込む。「死んでもらいたいわけじゃないのに、人並みの愛情を注いでほしいとか、そんなことをしてくれるだけで私は――――」

「そうならないためにも、二人は現場に行って! ここは私が処理するから!」と未冬の言葉を遮るように御沓沙絵が促す。

「わかった!」と未冬の手を握って強引に立ち上がらせる。「行こう未冬、今は嘆いてる場合じゃない。止められるのは俺たちだけなんだ!」

 未冬が顔を上げると、凛とした表情が伺える。これは明確な意志表示だ。

「ごめん、柊涼くん。私の電話が巻き起こしたことなのに、その私がうじうじしてたら駄目だね。急ごう!」

「御沓さん、じゃあ頼みます!」

 未冬の手を握ったまま、部屋を飛び出した。




 吉場家はお世辞にも大きくない賃貸アパートだった。

「部屋の場所がわからないから、先に行って!」

「わかった!」

 アパートの駐車場に許可なく車を停め、先に降りた未冬の後を追う。

「間に合ってくれよぉ…………」

 アパートの外階段を使って二階へ駆け上がると、恐らく吉場家の前で未冬が待っていた。

「ここだよ。例え最悪の結果だとしても……心構えはできてる」

 その言葉に頷いて、ドアの取っ手を捻る。鍵はかかっていないようだ。

「…………………………………………」

 先ほどの通話とは打って変わり、何一つ音がしない。今聞こえるのは俺たちの荒い呼吸音だけだ。そんな異質な場所を一歩ずつ進んでいく。

「もしかして、家じゃない?」

「でも、うちの車はあった……よ」

 廊下を緩慢に進み、その先にあるドアを開ける。

「……………………あ」

「あたっ」立ち止まったことに気が付かず、未冬が頭からぶつかってくる。「ちょっと、どうしたの?」

「どうしたも、何も…………」

 蛍光灯の光が目に刺さる。しかし、それ以上に心へ突き刺さる光景がそこにはあった。

 ドアを開けた先はリビングルーム。男性と女性が一人ずつ視界に入り、その二人に見覚えはないが、誰ということかは理解できる。

 未冬を苦しめた元凶である義父と、俺の母でもある未冬の実の母だ。

 そんな二人が、血を付着させて倒れている。

「俺たちは遅かった、ってことだね」と感情を殺して言葉を漏らす。

「………………あ、あぁ」未冬は音を立てて膝から崩れ落ちる。「私が勝手なことをして、そのせいで、みんなが」

「未冬は頑張った、だからそんなこと言っちゃ駄目だよ。結末がこれじゃ、よかったとは、言えないけど……………………」

 喋れば喋るほど、感情の波が押し寄せてくる。非現実的な光景を簡単に受け入れられるほどの度胸なんて、ないからだ。

「晴人は…………」

 未冬は立ち上がり、踵を返す。

「はるひと? 未冬どこ行くの」

「私の一応の弟。リビングにいないから、もしかしたら無事かもしれない」

 未冬は部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしてから中へと入った。ドアに晴人と書かれたボードがぶら下がっているのを確認してから、続けて部屋に入る。

「いない…………」

 部屋の中には細かいものを除いて勉強机と二十インチほどの液晶テレビ、本棚と二段ベッドが設置されている。本棚に置かれた本、主に漫画のタイトルを見る限り、小学生だろう。

 特に感想はない、至って普通の部屋だ。

「親二人の騒動を耳にして逃げたかも」

「逃げたんだとしたら無事の可能性が高い。でも、携帯とか持ってない、よね? 警察に電話して捜索願を出すか……そもそも、両親の件を――――」

 突然、インターホンの音がする。

「見てくる」

 部屋を出て玄関へと向かう。しかし、確認せずとも来客者が誰かわかった。

「すみません警察の者ですがー、通報を受けましてー、誰かご在宅でしょうかー?」

 噂をすれば影がさす、だろうか。いや、警察の訪問はいずれにせよ確定事項か。

 念のためドアスコープを覗くと、警察官らしき二人の男女が立っている。

「誰からの通報ですか?」

「あっ、吉場さんでしょうかー? 吉場晴人くんからの通報でですねー、並々ならぬ喧嘩をしてるようなので」

「晴人…………ですか。その晴人はどこに?」

「んー、とりあえずですねー、ドアを開けてもらえませんかー?」

「わかりました」と言って、玄関のドアを開ける。

「あれっ? 晴人くんのお父様じゃない……ですよね?」

 先ほどから喋っているのは、喋り方が少し鼻につく若そうな女性警察官。その隣にいる口を閉ざしたままの男性警察官は、細い目で足元から頭までジロジロと観察している。

「俺は廿浦っていいます。ちょうど俺たちも通報しようと思っていたところでですね……話せば長くなるんですけど、その騒いでいた本人たちが――――」死んでいた、のだろうか。

「…………俺たち、ですか?」と寡黙な男が怪訝な表情で口を開く。

「あっ、そう、ですね。晴人の姉に当たる人です。その彼女の携帯に電話がありまして、急いでここに来たんです。そしたら、親二人がリビングで血を流して倒れていて…………」

 寡黙な男が小さな目を見開いて、口を開こうとした瞬間。「血を流してるって! そういうことは一番先に言ってくださいよー!」俺を押し退けて、婦警が大きな声を出した。

「あ、ちょっと!」と制止しても、それを無視してリビングルームに一直線で向かっていく。

「お邪魔しますよー! 泥沼の香りがプンプンしますからねー!」と言って、リビングルームのドアを開ける婦警の後を追うと、「私も失礼します」続けて寡黙な男が家へと入ってくる。

 途中、未冬が晴人の部屋からドアを少しだけ開けて様子を見ていたが、特に何もせず、尚も動向を見守っているようだ。

「うわっ、うわー、うわー! すごいですね、これ!」

「騒ぐな、まず確認することがあるだろう」

 二人の警察官に不安を覚えながらも、未冬と共に動向を見守った。

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