フィクサー
「
「それは……確かにそうかもしれないです」
「かもしれないじゃない、事実そうなんだ」
「はい……」
現在俺がなんでお灸を据えられているかは説明不要だと思う。いつも当たり障りなく接してくれている担任の神山教諭も語気が若干強めなのを見ると、今回ばかりはそうはいかないようだ。自分の受け持つ生徒が留年するなんてことになったらそれこそ多方面からの評判がガタ落ちするのは必至だろうしな。
ところで、なんで俺が留年間際なのにこんなに落ち着いているかって?俺は知っているのだ。基本的に高校では生徒が留年しないように教師が尽力してくれるということを。よってここでの最適解は担任に反省の色を見せつつ救いの手が差し伸べられるのを待つこと。下手に動かなければ勝ちは保証されているのだ。
補習か、それとも追認試験かと思案を巡らせていた俺に神山教諭が放った言葉は————
「部活入れ」
そう言って一枚の紙を差し出した。
「ざつ……むぶ?」
「そうだ」
これはまずい。小中と帰宅部を貫き入学式の際も上級生からのビラ配りの洗礼をいなし切った俺だが留年がかかっているとなると中々に厳しい。だが、俺には退けない理由があった。部活に入ること、それは放課後の有り余る自由時間をすべて差し出すことを意味する。それはあまりいただけない。
「嫌です」
「じゃあ退学するか?」
「0か100かしか無いんですか、この学校」
「物分かりがいいな」
「いやそうじゃなくて。こう……もっと……補習とか追試とかは———」
「それも込みでの話だ」
俺の馬鹿が。墓穴掘ってどうすんだよ。
「っ……わかりました」
「よろしい」
もう一度手渡された紙を受け取り中身を見る。
「雑務部。あなたの身の回りの雑用承ります、ってこれ部活じゃなくてただの奉仕活動じゃないですか」
「その通り。お前にぴったりだ」
溜息しか出ない。
「で、どこに拠点を構えてるんです?この部活もどきは」
「南館の三階だ。南館は分かるな?体育館までの渡り廊下を途中で右折したとこにある。部室の扉に張り紙がしてあるはずだ」
続いて出かけた溜息を殺して神山教諭に軽く会釈をして職員室を出た。
さあ、どうするかね。留年取り消しに対価である以上楽な部活とは考えづらい。放課後の自由時間は見込めそうに無いな。
そんな憂鬱を抱えながら南館三階までやってきた。
奥に進むにつれ暗くなる廊下の最奥までくると、ドアに張り紙がしてある。薄暗さに若干邪魔されながらも丁寧な楷書体で「雑務部」と書かれているのが分かった。
うっすらと緊張を感じながらドアをノックした後ノブに手をかけて捻り、開けた。
中には長い机が3つくっつけて並べられており、黒板があるのを見る感じ元々空き教室だったようだ。部屋の隅の棚には何故かオセロやらトランプやらが置いてあり、挙げ句の果てにはパンダの着ぐるみの頭部が置かれている。
「なんだここは……」
反射的に発した次の瞬間だった。
「なんだとはなんだね君!?」
「ほあっ!?」
思わず情けない声が出てしまった。
驚く俺とは対照的にどっしりとした印象を与えてくる彼女は何処から出てきたのか分からないが、その語気から察するに何やら憤っているらしい。
「そもそも、人の部室に土足でズカズカと踏み込んだ挙句批評とはどういうつもりなんだ!?」
陽の光を跳ね返す長髪を揺らしながらこちらを睨む彼女に一瞬怯んだが、とりあえず誤解を解かねば。
「お、落ち着いてください。自分は先生に言われて来ただけで」
そう言うと彼女はキョトンとして、
「ん?もしかして君、
「そ、そうですけど、何で名前を?」
「おお!!その冴えない感じ、やはり君が例の入部希望者か!待ちくたびれたよ!」
「ちょ、痛いですって!あと冴えないって初対面に失礼じゃないですか!?」
「おお、すまないすまない。取り乱したよ。なんせ久しぶりだからねぇ、新規入部者なんて」
腕を上下に振られたせいで危うく肩関節を外されるところだった。どうやらよっぽど嬉しいらしい。
「自己紹介が遅れた、2年の
「は、はぁ……」
自分から尊敬してくれなどという図々しい台詞を堂々と吐けるあたりから察するに中々癖のある人だ。
「部員となってくれたからには何か呼び名が欲しいとは思わないかね?」
「別に苗字か名前でいいんじゃ無いですかね……」
「いいや、それじゃあ面白くない。そこら辺の有象無象と変わらないじゃないか。私の中で明確な差別化を図りたいんだ。分かるかい?」
分からん。個人的にはそこら辺の有象無象と同じ様にしてくれた方が気が楽だ。それに所有されている感じがして気持ちがいいもんじゃない。
そんな事を考えている俺を尻目に数秒間目を閉じた後にいかにも"閃いた!"という輝きに満ちた顔で、
「"がしつか"というのはどうだい!」
「振られても何も言いませんよ」
キラキラとした目でこちらを見る眼差しには名案だとでも言いたげだったが流しておいた。反対したところで
「じゃあそれでいこう。君の名はがしつか。いいね?」
「分かりましたよ……」
結局その後の帰り道も自称部長の洗礼を受け続け、いつもの倍の疲労を帯びて帰宅したのだった。
*
翌日の夕方4時半時俺はまだ学校にいた。件の補習だ。不幸中の幸いといったところか、授業を受ける訳ではなく与えられた課題をこなすだけで良いらしい。とはいってもあの時自分から補習だの追試だのと言い出さなければこんな事にはならなかったかもしれないという後悔に、始めから課すつもりだったのではという疑いが混じり始めてペンが止まった時だった。
「後悔先に立たず、では?」
「分かってる。でも考えちまうもんだろ」
なんだかんだで
「ペンを動かした方が解決には近づきます」
確かにな、とペンを持ち直そうとすると、
「では私はこれで」
「もうかよ、始まって30分経ってないが?」
「これくらいならすぐに終わるはずですが?」
「癪に触る才能もピカイチだな」
「あなたは逆にその才能しか無いじゃないですか」
「ぐっ……早く帰ってくれ」
「言われずとも」
溜息をつく俺を置いて教室を出かけた九十九だったが急に立ち止まって、
「あっ、忘れてましたが出る時は施錠をしろと先生が。あと帰る時は忘れ物をしない様に」
言い終わるとそそくさと行ってしまった。
なんだ急に。人の忘れ物の心配をするとはらしくない。
その後しばらくして俺もやる事を終えて席を立った時、先程言われた事を思い出し、机の中をゴソゴソとまさぐり筆箱を取り出そうとすると—————
"クシャッ"
と紙の擦れる音がしたので中を覗くと紙片が入っていた。
前に誰かが置いていったものだろうと何気なく見ると、そこには既視感のある丁寧な楷書体でこう書いてあった。
「ようこそ雑務部へ」
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