第175話「アイリス王女、新たな決意を示す」

 ──ユウキ視点──




 夜明け前に、俺とアイリスは宿に戻った。

 マーサとジゼルは、眠らずに俺たちの帰りを待っていた。


「お帰りなさい。ユウキさま。アイリス殿下」

「ご無事でなによりなのです」


「ありがとうふたりとも。心配させてごめん」

「なんとか事件を解決することができました」


 宿に入った俺とアイリスは、ふたりに王都で起きたことを話した。


 ダーダラ男爵家だんしゃくけのパーティに、謎の『王騎ロード』使いが現れたこと。

 奴らはけむりまゆを作りだし、出席者たちを拘束こうそくしたこと。

 オデットが魔術で屋根をぶち抜いてくれたおかげで、パーティの場所がわかったこと。


 そして、謎の『王騎ロード』使いが、ケイト=ダーダラの護衛とそっくりな顔をしていたことを。


「煙の『王騎』──『ヴィクティム・ロード』は無力化した。『魔術ギルド』はテトラン=ダーダラが、奴らとどこで繋がっていたのかを調べると思う。『ヴィクティム・ロード』は封印して、俺がひとつ持って帰った。これで一応、事件は解決したわけだ」

「本当に大変だったのですね……ユウキさま」


 マーサはおどろいた顔だ。

 彼女も、王都でこれほどの事件が起こるとは思っていなかったんだろう。


「わかりました。おふたりとも、休んでいてくださいませ。マーサはお茶をれてきます」

「お手伝いするのです。マーサさま」


 マーサとジゼルは連れだって部屋を出た。

 もう、遅い時間だからな。

 ふたりで台所に火を入れて、お湯をかすつもりなんだろう。助かる。


「本当に、ぎりぎりだったな……」


黒王ロード=オブ=ノワール』の翼だから間に合った。

 あれを残してくれたライルたちに感謝しないと。


「だけど……煙の『王騎』か」

「あんなものはじめて見ました」

「俺もだよ。封印できたからなんとかなったけどな」

「『ヴィクティム・ロード』の本体は、マイロードの『収納魔術』に入れたのですよね?」

「ああ。外に出しておくのは危険だからな」

「調査は……すぐに始めますか?」


 アイリスは心配そうな顔だ。


「今日は大変でしたから、明日からの方がいいと思うのですけど……」

「明日……いや、王都に戻ってからにするよ」


『ヴィクティム・ロード』は第一司祭とも関わりがあるらしいからな。

 落ち着いて、安全なところで調べたい。

『魔術ギルド』の調査を待ってからでもいいくらいだ。


「問題はジョイス侯爵家こうしゃくけのことだな」

「クライドさまには気の毒なことになりますね……」


 テトラン=ダーダラの子どもは、ジョイス侯爵家のクライド=ジョイスと婚約している。

 ふたりは仲が良かったからな。

 ふたりの間にみぞを作るような真似はしたくないんだが。


護衛ごえいノインを、ずっとかくしたままってわけにもいかないからな……」

「そろそろマイロードがおそわれたことを公表しなければいけませんね」


 俺はジョイス侯爵領で、ケイト=ダーダラの護衛ノインに襲われている。

 しかも護衛ノインは、聖域教会の死霊司祭に取りかれていた。

 俺は彼女を返り討ちにして、無力化した上で馬車でここまで連れてきている。


 王都に戻ったら俺がおそわれたことと、彼女が死霊司祭と繋がりがあることを公表するつもり。


 アイリスが急いでジョイス侯爵領を出発したのは、護衛騎士の俺がおそわれたから。

 危険を感じたアイリスは、安全圏あんぜんけんへと逃げることにした。

 あとでその事実をジョイス侯爵家とダーダラ男爵家に伝えて、護衛ノインのことをたずねるつもりだったんだ。


 だけど、その前に王都で事件が起きてしまった。

 テトラン=ダーダラは魔力を奪われ、意識不明。

 他にも多くの貴族たちが被害を受けている。

 そして、護衛ノインと似た姿をした女性たちが、『魔術ギルド』に拘束されている。


 ここまで話が大きくなってしまったら、ケイト=ダーダラも無関係ではいられない。

 婚約者であるクライド=ジョイスも事情聴取くらいはされるだろう。


 それはアイリスの親戚に迷惑をかけることでもあるんだが──


「私は、覚悟を決めました」


 アイリスはきっぱりと、そんなことを宣言した。


「私は自分の近くにいる人を守るために、王女としての権力を使うことにします」

「権力を?」

「はい。ジョイス侯爵家が今回の事件と無関係なら、アイリス王女が彼らを守ります。ケイト=ダーダラさまがテトランさまのしたことや、護衛ノインの正体を知らなかったのなら……大きな罪にならないように、私が口添くちぞえします」

「……そうだな。それがいいと思う」

「マイロードは、私が王女の権力を使うことを許してくれますか?」

「ああ、別にいいぞ」

「マイロードは、私が一番大切な人を守るために、王女の権力を使うことを許してくれますか?」

「……なんで二回も聞くんだ?」

「大事なことですから」

「まあ、気持ちはわかるよ。今回の事件では、オデットが本当に危険な状態だったからな」


 俺が、護衛ノインと皇女ナイラーラが似ていると思ったのは、ただの直感だ。

 その直感に従って護衛ノインを調べた結果、ダーダラ男爵家だんしゃくけと『聖域教会』のつながりに気づくことができた。


 そのことに気づいたせいで、ダーダラ男爵家のパーティに参加したオデットのことが気になった。

 アイリスを抱えて『ロード=オブ=王騎ノワール』で飛んで、パーティの現場に駆けつけたんだ。


 ひとつでも条件が違っていたら、救援きゅうえんは間に合わなかった。

 オデットも『ヴィクティム・ロード』の餌食になっていただろう。

 まゆの中に閉じ込められて……魔力を奪われて……もしかしたら、死んでいたかもしれない。


 事件の現場を見たアイリスは、そのことを実感したんだろう。

 二度とそんなことが起こらないように、王女としての権力を使う……そう考えたんだろうな。


「ただし、あまり変なことはしないように」

「私が変なことをしたことがありますか?」

「前世では色々やらかしてるだろ、お前」


『フィーラ村』の歌姫ロザルバに、変な歌を作らせたりしてたし。

 あの歌、200年後の今も残ってるんだぞ。文化として定着しちゃったらどうするんだ。

 あれが『フィーラ村』の子孫たちの祭りの歌とかになったら嫌だぞ。


「マイロードが心配してくれてるのは、わかります」


 アイリスはそう言って、笑った。


「でも……私は、妹のミーアに恥ずかしくないように、生きたいんです」

「ミーアに?」

「ミーアは『八王戦争』の時代を生き延びて……好きなひとを見つけて、精一杯せいいっぱい、生き抜きました。再会できなかったのは残念ですけど……でも、ミーアが生きた証が、子孫である私なんです」


 アイリスは胸を押さえて、うなずく。

 それから、真剣な目で俺を見て、


「だからミーアに負けないように、私も精一杯できることをやって、生き抜くつもりです」


 ……まったく。

 うちの子たちは、いきなり成長するよな。

 身体だけじゃなくて、心も。

 短時間で、俺がびっくりするくらいに。


『フィーラ村』の子どもたちは、みんなそうだった。

 人間ってすごいよな。


 ライルは前世の俺が死んだあと、たぶん……すごい努力をして『聖域教会』に『裏切りの賢者』と呼ばれるまでになった。

 そうして『聖域教会』を崩壊ほうかいに追い込むという伝説を残した。

 ライルの娘のミーアは立派に生き抜いて、この時代に子孫を残した。


 ゲイツたち……『グレイル商会』を作った連中もそうだ。

 みんな、俺の予想を超えて成長してる。

 本当に……すごいと思う。


 それに比べて『聖域教会』の連中は……なにをやってるんだろうな。

 前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥが生きてた時代から200年も経ってるのに。

 いまだにごちゃごちゃと世界に迷惑をかけてるのは……なんなんだ?


 帝国皇女ナイラーラのそっくりさんも、複数ふくすういた司祭のゴーストも、たぶん『古代魔術』と『古代器物』で作り出されたものだ。

 ゴーストの複製ふくせいなんて、通常の技術じゃ不可能だ。

 たぶん『聖域教会』が帝国皇女に似た人物と、複製品のゴーストを作り出したんだろう。

 それが第一司祭による『完璧な人間』作成計画なのかもしれない。


 ……でもなあ。

『完璧な人間』ってなんだよ?


 護衛ノインや『ヴィクティム・ロード』をあつかっていた連中が『聖域教会』の理想なのか? あれが奴らが目指している完璧な人間なのか?

 それとも奴らは不老不死でも目指してるのか?


 だが、不老不死なら達成されてるはずだ。

 第一司祭はこの時代まで生きている……という話なんだから。


 ……やっぱり、あいつらの考え方はわからねぇな。

『聖域教会』は結局、世の中をぐちゃぐちゃにしようとしてるだけだ。


 だけど、200年前と同じことはさせない。

 この時代には、ライルたちが残してくれたアイテムと情報がある。

 それを使って……せめて今の時代の家族や友人、知り合いくらいは守ってみせる。

 

 たぶん、それが転生した俺の、やるべきことなんだろう。

 それに……ミーアは言っていたからな。



『フィーラ村のみんなは、自分が望んだとおりに生きました』と。



 俺もそうする。

 俺も村のみんなと同じように、自分が望んだとおりに生きる。

 あのメッセージを聞いたとき、俺は──


「……マイロード?」

「ん? どうした?」

「いえ、なにか難しいお顔をされていましたので」

「なんでもないよ」

「そうですか?」

「それより、王女の権力を使う件だけど」

「はい」

「やりすぎないようにな。問題が起きたら俺がフォローするけど、ほどほどにしろよ」

「わかってます。大丈夫です!」


 アイリスはこぶしを握りしめた。


「私はただ、もっとたくさん、マイロードのお手伝いができるようになりたいだけですから」

「そうなのか?」

「だからご安心ください。マイロード」


 やっぱり、アイリスは成長したのかもしれない。

 まあ……前世のアリスはとんでもないことばっかりやらかしてたけどな。


 でも、今世のアイリスは、様々な経験を積んでいる。

 転生して、ミーアの死と向き合って、大きく成長したんだろうな。


「わかった。じゃあ、がんばってくれ。アイリス」

「はい。マイロード!」


 そんな話をしているうちに、マーサとジゼルがお茶を手に戻ってくる。

 それから俺たちは4人で、お茶を飲みながら話をした。


 そうしてのんびりとした時間を過ごしたあと、それぞれの部屋で眠りについて──

 その後、朝を待って、俺たちは行動を開始したのだった。






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 次回、第176話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。


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