第174話「オデットとフローラ、視線を交わす」

 ──オデット視点──




「見たかフローラ。わしは……伝説の賢者さまの子孫と話をしたのだぞ!」


 老ザメルは目をかがやかせながら、飛び去る『王騎ロード』を見送っていた。

 彼は心から、『聖域教会』を滅ぼした賢者を尊敬しているのだろう。

 黒い『王騎』の使い手と話しているときの老ザメルは、まるで高位の貴族を前にしているかのようだった。


「伝説の賢者さまの子孫が……我々を見守ってくださっていたのだ。なんということか……なんという……」

「落ち着いてください、お祖父さま」

「ザメルさま、今は人々を救助するのが先ですわよ」

「……あ。う、うむ。そうだな」


 オデットが声をかけると、老ザメルはおどろいたような顔になる。

 それから、せきばらいをして、


「ご令嬢れいじょうとフローラの言う通りだ。しかし……なんという惨状さんじょうだろうか」


 老ザメルは屋敷やしきの広間を見回した。


「この場にはドノヴァン=カザードスもアレク=キールスもいた。彼らでもけむりの『王騎』には手も足も出なかったとは……」

「使い手たちは煙の『王騎』を『ヴィクティム・ロード』と呼んでいましたわ」

「ああ。使い手は……あの3人の女性たちだったか」


 オデットと老ザメルは『ヴィクティム・ロード』の使い手たちに近づいた。

 すでに彼女たちは、兵士たちによってしばり上げられている。

 意識はない。

『ヴィクティム・ロード』が封印されたときに、強い衝撃しょうげきを受けたのだろう。


「この女性たちは、テトラン=ダーダラどのが連れてきたのだったな?」

「はい。テトランさまは人脈じんみゃくを通じて、『王騎』に近いものを手に入れたと言っていましたわ」


 オデットはうなずいた。


「それが『ヴィクティム・ロード』でした。おそらく、この女性たちは『ヴィクティム・ロード』と一緒に、テトランさまのもとへと送り込まれたのでしょう」

「テトランどのは……魔術の力が弱いことを気にされていた」


 老ザメルはため息をついた、


「だからこそ、皆に自分の力を見せたかったのかもしれぬな。人脈を通じて、これだけのものを手に入れたのだと」

「テトランさまはその人脈を『取引先』とおっしゃっていましたわ」

「ダーダラ男爵家を調査せねばなるまいな。まずは、カイン殿下に事情をお伝えしよう。王家の協力があれば、ダーダラ男爵家だんしゃくけの屋敷を調べることもできるであろうよ」

「ザメルさま。わたくし……気になることがあるのです」


 オデットは、あらかじめ用意していた言葉を口にした。


「『ヴィクティム・ロード』の使い手たちなのですが……帝国皇女ナイラーラに、どこか似ておりませんか?」


 それは、ユウキからの手紙がきっかけで気づいたことだ。

 ユウキの手紙には『ケイト=ダーダラの護衛ごえいに、帝国皇女とよく似た者がいる』と書かれていた。

 その手紙を読んでから『ヴィクティム・ロード』の使い手たちを見たら、彼女たちに帝国皇女ナイラーラの面影おもかげがあることに気がついたのだ。


 オデットは帝国皇女ナイラーラの顔を知っている。

 だから『ヴィクティム・ロード』の使い手と帝国皇女の類似性るいじせいに気づくことができた。


 そして、老ザメルも帝国皇女ナイラーラの顔を知っている。

 彼ならば、ユウキやオデットと同じものを感じ取れるかもしれない。


「この女性たちが、帝国皇女ナイラーラに似ている、だと?」

「はい。気のせいかもしれませんが……面影を感じるのです」

「…………ふむ」


 老ザメルは3人の女性たちに近づく。

 その顔をじっと見ていた彼は、目を見開いて、


「…………確かに! ご令嬢れいじょうの言う通りだ。こやつらは帝国皇女に似ておる!」


 老ザメルはうなずいた。


「わしもナイラーラ皇女の顔は知っておるから、よくわかる。ということは……この者たちは帝国の関係者なのか?」

「それはわかりません。それと、もうひとつ気になることがありますの」


 オデットは続ける。


「わたくしは『ヴィクティム・ロード』の背後にゴーストがいるのを見たのですわ」

「なんと!?」

「フローラさまはどうでしたか?」

「み、見ました!」


 フローラが声をあげた。


「私も、確かに見ました。3体の『ヴィクティム・ロード』の後ろに、それぞれゴーストが取りいていました」

「やはり……見間違いではなかったのですね」

「あれは一体なんだったのでしょう? オデットさまにはおわかりですか?」

「……そうですわね」


 アイリス──いや、『なぞ覆面ふくめんメイド』は、そこまでは教えてくれなかった。

 というよりも、教える時間がなかったというのが正しいだろう。


 オデットたちは急いで『封印の古代器物』を使う必要があった。

 起動術式を覚え、アイテムを正しい場所に配置するだけで精一杯だったのだ。


 けれど、ゴーストの正体は予想がつく。

黒王ロード=オブ=ノワール』をまとったユウキが、あれほど怒っていたのだ。

 あれは間違いなく『聖域教会』の司祭のゴーストだろう。


 だから──


「わたくしは以前、『魔術ギルド』のオリエンテーションのときに、『聖域教会』の司祭のゴーストにおそわれたことがありますの」


 オデットは少し考えてから、話し始めた。


「『ヴィクティム・ロード』の背後にいたゴーストは、そのとき現れた者に似ていましたわ」

「私も、オデットさまと同意見です」

「フローラもか?」

「は、はい。エリュシオンの墓地ぼちで私に取りいた司祭のゴーストも、そっくりな姿をしていましたから」


 フローラはエリュシオンの第4階層で『聖域教会』の司祭のゴーストに取り憑かれたことがある。

 そのとき彼女は、薄れ行く意識の中で、ゴーストの姿を見た。

 そのゴーストと『ヴィクティム・ロード』の背後にいたゴーストは、よく似ていた。


 ──そんなことを、フローラは祖父に話した。


「今回の事件には帝国と、『聖域教会』の残党が関わっている可能性が高い、ということか……」


 苦々しい口調で、老ザメルはつぶやいた。


「『聖域教会』か。やつらがいつまでもたたるものだ。それに……本来なら我ら『魔術ギルド』が対処しなければならないものを、伝説の賢者どののご家族に面倒をかけてしまった。情けないことだ」

「お祖父さま……」

「ところで、スレイ家のご令嬢れいじょうよ」


 老ザメルがオデットを見た。


「お主は黒い『王騎ロード』の使い手や、その従者と話をしたのだろう?」

「え、ええ。そうですわね」

「あの『王騎』の中に誰がいるのか、心あたりはあるかな?」


 そう言った老ザメルは、あわててかぶりを振った。


「いや、別に彼らの正体をあばきたいわけではない。魔術師としての純粋な興味だ。伝説の賢者さまの子孫がいらっしゃるのならば、我らとは別の魔術体系を編み出しているかもしれぬ。ともに語り合うことができれば……おたがいに得る者もあるだろうからな」

「……そういうことですか」


 すぐに否定しては怪しまれる。

 そう考えたオデットは腕組みをして、記憶を探るようなしぐさをしてから、


「申し訳ありません。あの『王騎』の中にいる者については、わかりませんわ」

「従者の方はどうだ? あのメイド服の少女だが……」

「あの方々は伝説の賢者さまの血縁者ですわよ? わたくしたちに正体をさとられるようなことはしないでしょう」


 うそは言っていない。

 謎の覆面ふくめんメイドが、伝説の賢者の子孫なのは間違いないのだから。


「フローラはどうなのだ?」


 老ザメルは、フローラに質問する。


「お前も彼らの側にいたのだろう? なにか気づいたことはなかったか?」

「ありません。お祖父さま」


 フローラは即座に答えた。


「正体はわかりません」

「本当か?」

「はい。まったく想像もつきません」

「そうか……」

「ただ……あの方々は、私のあこがれになりました」

あこがれ? わしが伝説の賢者さまにそうしているようにか?」

「は、はい」


 フローラは頭上を見上げた。

 そこには穴が空いた天井と、夜空がある。


「私はもっと魔術の勉強をして、あの人たちに追いつきたいです」


 フローラは澄んだ瞳で、『黒王騎』が飛び去った空を見つめていた。


「そのために私は『オデット派』のひとりとして、もっともっとがんばります。『オデット派』と、そこに・・・いる・・人たちの・・・・役に立てるように」

「うむ。向上心があるのはよいことだ」

「はい。私には目標ができましたから」

「そうか。がんばるのだぞ、フローラ」

「私は『オデット派』のみなさんの役に立てるようになります。『オデット派』が『カイン派』と『ザメル派』の架け橋になるみたいに、私は尊敬する・・・・方々・・と、お祖父さまたちを繋ぐ架け橋になりたいんです。あの方々・・・・がお祖父さまに伝えたいことがあるときに、私を通して・・・・・もらえる・・・・ように・・・

「そうか。わしと『オデット派』との架け橋になりたいのだな」

「はい。そのような意味です」


 フローラは力強くうなずいた。

 そんな彼女を見ながら、オデットは、


(……フローラさまには正体がバレていますわよ。ユウキ。それにアイリス)


 たぶん、フローラに対して『なぞ覆面ふくめんメイド』で押し通すのは無理があったのだろう。


 アイリスとオデットとフローラは、一緒に『封印の古代器物』を使っている。

 すぐ近くで言葉を交わし、打ち合わせをしている。


 こちらの行動を『ヴィクティム・ロード』の使い手にさとられないためには、小声で、顔を近づけて話す必要があった。

 だから、フローラには謎の覆面メイドの正体がわかったのだろう。


 覆面メイドがアイリスだとわかれば、『黒王ロード=オブ=ノワール』の中身もわかる。

 アイリスとユウキが一緒に出かけていることは、フローラも知っているのだから。


(ですが、フローラさまにそれを明かすつもりはないようですわ)


 それは、フローラの表情を見ていればわかる。

 彼女はオデットに向かって、力強くうなずきかけている。

 きっとあれは──


(『お祖父さまに伝えたいことがあるときは、私を通してください』と言ってくれているのですわね……)


 それはたぶん、フローラのちかいでもあるのだろう。


 黒い『王騎』と謎の覆面メイドの正体は、決して明かさない。

 たとえそれが、自分の祖父であっても。

 フローラが『オデット派のひとりとして』『みなさんの役に立てるように』と言っているのは、そのためだ。


(ユウキ、アイリス。わたくしたちには、心強い理解者ができたようですわよ)


 ユウキとアイリスは、本当に危ない橋を渡ったのだろう。

 広間に他の者が残っていたら、ふたりの正体が明るみに出る可能性があった。

 そこにいたのがフローラでよかったと、心から思う。


 ユウキとアイリスは、迷わず広間に飛び込んできてくれた。

 あのとき、出席者の誰が捕らえられて、誰がまだ無事かを確認する暇はなかった。


 ふたりは脇目わきめらずに、オデットたちを助けようとしていたのだ。

 そんなふたりに、オデットは心から感謝する。


(まあ、ユウキのことですから『封印の古代器物』の実験をしたかっただけかもしれませんけど)


 ふたりが帰ってきたら、たくさん話をしよう。

 今回の事件のことも。ジョイス侯爵家こうしゃくけで、なにがあったのかについても。


 そのために、今は情報収集をしておかなければ。


 そんなことを考えながら、オデットは老ザメルや魔術師たちと、話を続けるのだった。




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 次回、第175話は、明日か明後日くらいに更新したいと思っております。



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