第168話「元魔王、不審者を捕らえる」
──ユウキ視点──
……なるほどな。
この少女が妙な動きをしていたのは、アイリスと出会ったからだったのか。
本当なら、ここで行動を起こすつもりはなかったんだろう。
王女を見つけたことで、欲が出た、って感じか。
だからこそ、俺が尻尾をつかめたわけだが。
異常に気づけたのは……たぶん、ミーアのおかげだ。
俺たちがミーアの墓参りに来なければ、あの護衛──ノインと出会うこともなかった。
彼女から、帝国の皇女と同じ
彼女がゴーストと話すのを目撃することもなかったはずだ。
もしかしたら……俺の知らない間に、なにかの計画が進んでいたかもしれない。
手遅れになる前に気づけたのは、ミーアのおかげだ。
「……ありがとうな。ミーア」
しかし、まさかケイト=ダーダラの護衛が、司祭のゴーストの仲間とはな。
あの少女──ノインは、ゴーストを『第4司祭』『主人』と呼んだ。
彼女を
だが、テトラン=ダーダラは魔術ギルドの賢者のひとりだ。
そんな人物が『聖域教会』の残党と関わるのは……どう考えてもリスクが大きすぎる。
それにテトランは貴族だ。権力も持っていて、ケイトという娘もいる。
なのに……なんでわざわざ、そんなリスクの高いことをするんだ?
ケイト=ダーダラという娘がいて、これから結婚しようっていうのに……なにが不満なんだ?
普通に子どもの幸せを見守っていれば、十分満足できると思うんだが……?
「
ちなみに、護衛ノインを見つけるのは難しくなかった。
夜はコウモリの時間だ。
普通に飛んでるコウモリを、使い魔と見分けるのは難しい。
実際のところ、護衛ノインはコウモリ軍団が自分を探していることに気づかなかったわけだし。
彼女の居場所を特定した後は、俺は『飛行』スキルを使い、できるだけ高い位置まで上昇した。
そのまま移動して、護衛ノインの上空で停止。
あとは彼女の声が聞こえる高さまで降りて、聞き耳を立てていたわけだ。
まあ、情報を得るために、途中で口を出してしまったんだが。
それでテトラン=ダーダラのことがわかったんだから、よしとしよう。
「それじゃ発動。『
ズドドドドドッドドッ!!
俺は護衛ノインの周囲に火炎弾を撃ち込んだ。
本人に当てるつもりはない。これは目くらましだ。
すでに『
この状態で近づけば、ゴーストを楽に倒せるはず──
『発動──「
護衛ノインの指が
『古代魔術』で生み出した剣だ。
数は20以上。そのすべてが意思を持っているかのように動き出す。
俺の剣を受け止めて──その間に他の剣が反撃してくる。なんだこれは。
ひとりで20本の剣の動きをコントロールしてるのか?
俺でも無理だぞ。脳への負担が大きすぎる。
どういう頭をしているんだ……こいつは。
『目撃者は殺す。われら「聖域教会」の大いなる未来のために』
「そのセリフはもう、聞き
俺は『杖』を投げた。
内部に『魔力血』を宿した杖だ。数は3本。
すべてに
杖が生み出す障壁が、古代魔術の剣を弾いていく。
俺はそのまま『
護衛ノインの背後に回り込み、彼女の首筋に『魔力血』を
「──立ち去れゴースト。『浄化』!」
ゴースト系は俺の魔力血で『浄化』できる。
ガイエル=ウォルフガングや、フローラ=ザメルが死霊司祭に憑かれたときもそうだった。
これで第4司祭のゴーストを
「────!?」
殺気を感じて、反射的に距離を取る。
俺がいた場所に『古代魔術』の剣が突き刺さる。
『くだらぬな。「
いや、それはおかしい。
ゴーストは『浄化』スキルで、宿主から引き
少なくとも、ガイエルやフローラがゴーストに憑かれたときはそうだった。
その時となにが違う?
取り
……考えろ。
帝国皇女に似た護衛の少女を、この国に潜り込ませる理由はなんだ?
髪や目の色、体型は違うが、間違いなく
俺以外にも、ふたりの
それでも、護衛ノインを使う理由はなんだ?
「……血筋か……あるいは、魔力か?」
帝国皇女ナイラーラは『
それはあいつに『
仮に、護衛ノインが持つ『古代器物』が、死霊司祭をここまで連れてくるためのもので……それを操るのに、帝国皇女と同じ魔力が必要だとしたら……話は通る。
まあ、どうやって似た人間を用意したのかはわからないけどな。
……どうせ、ろくでもないやり方をしてるんだろう。
『
200年経っても成長しねぇな。聖域教会は!
『
『「エリュシオン」第5階層の探索を行った者。優秀な魔術師。成り上がり者。危険』
「俺は、王女殿下をお守りしているだけだが?」
『情報を共有。この者の危険性を、
ざらついた声で、死霊司祭は言った。
『
「『身体強化──2・8倍』!!」
俺は限界まで『身体強化』。
魔術で作られた剣を『障壁』で弾きながら、護衛ノインの周囲を走り回る。
重要なのは位置取りだ。
近づかなくてもいい。相手を狙いやすい位置に移動すれば──
『我らの
「発動──『
俺は伸ばした手から石の槍を発射した。
直後、敵の剣が
剣が作り出す
それで『地神乱舞』を防ぐつもりか。
よし。敵の防御が前面に集中した。
護衛ノインの真上には、俺の『杖』が浮かんでいる。
『杖』には『魔力血』が入っている。
それを『
べちゃっ。
──俺の『魔力血』が護衛ノインの上半身を
『古代器物』のペンダントを隠した、胸元を。
ごめん。ローデリア。またお前の『杖』を壊してしまった。
村人からのプレゼントを粗末にしたくないんだけどな……。
……あとで謝るから、ごめんな。
「スキル発動──『浄化』!」
『────ガッ!? ガガガガガッ!?』
護衛ノインの動きが、急停止した。
宙を舞っていた魔術剣が、消える。
まるで、
護衛ノインは俺に向かって手を伸ばしながら、
背後にいるゴーストも同じだ。
俺は『
彼女の胸元にあったペンダントを奪った。
「……やっぱり、この『古代器物』が死霊司祭の力の源だったか」
護衛ノインには『浄化』が効かなかった。
だから、彼女が持ってる『古代器物』に秘密があると思ったんだが……正解だったようだ。
俺はペンダントに『
……なるほどな。
このペンダントには生き物の魂を
いわゆる、ゴーストの住処みたいなものだ。
ペンダントはゴーストが消えないように、常に魔力を供給している。
ゴーストに取り憑かれた護衛ノインが、『古代魔術』で大量の剣を生み出せたのは、ペンダントに宿る魔力のおかげだ。
ノインに俺の『浄化』が効かなかったのは、彼女がこのペンダントを
それを俺が『浄化』したもんだから、接続が、ぶちっと切れたんだ。
それでゴーストは魔力を失い、動けなくなった。
魔力を得られなくなったノインも……ショックで
「しかもこの『古代器物』には……遠くに声を届ける機能もあるのか」
ペンダントから小さな声が聞こえてくる。
ざわざわと、大勢の人間が話しているような声だ。
内容は──
『──第4司祭フェンバルト、分体9号の反応停止』
『──
『──
『──フェンバルトたちは思考する』
『──フェンバルトはたくさんいる』
『──1体が沈黙したところで問題はない』
……なんだ、これ。
『古代器物』から聞こえるのは、すべて同じ人物の声だ。
『
この『古代器物』は、複数のゴーストと繋がっている。しかも、似たような魔力を持つ連中と。
まるで、同じゴーストが、何体もいるかのように。
『エリュシオン』地下第5階層で見つけた
ゴーレムの『フィーラ』によると、あれは『完璧な人間』を生み出すための実験施設だった。
それでゴーストが異常な状態になったんだろうか?
だけど、同じゴーストが複数いるってなんだよ……。
『聖域教会』の連中は、『エリュシオン』でなにをやらかしていたんだ……?
『──第8皇女
『──分体とノインを
『──質問。
『──構わない。間もなく本命が動き始める』
『古代器物』の中の声は、話を続けている。
『──リースティアを破壊する』
『──協力者は、すでに人を集めている』
『──多くの者が、我らの力を知ることとなる』
『──ゆえに、失敗した分体と
そんな声と共に、『古代器物』の声は聞こえなくなった。
『
あとに残されたのは、動きを止めた護衛ノインだけだ。
この護衛ノインも、たぶん、ただの人間じゃない。
調査すべきだろうけど……今は時間がない。
護衛ノインとゴーストは言っていた。『間もなく王都で、別の作戦が始まる』と。
『古代器物』から流れ出る声も『本命の作戦が動き始める』と言っていた。
今は、そっちの方が気になる。
護衛ノインは……
ケイト=ダーダラに話を通す必要があるけれど、それはアイリスに口添えしてもらえばいい。
ダーダラ男爵家の者が『聖域教会』のゴーストを操っていたんだ。
王女が『魔術ギルドで調査します』と言えば、通るはず。
「……だが、こいつらは一体、なにをしようとしているんだ?」
ゴーストが言っていた『協力者』とは、テトラン=ダーダラだろう。
あの人は『聖域教会』……あるいは、ガイウル帝国と繋がってるのか? 本当に?
いや……そういえば、王都でパーティが行われるって話があったな。
テトラン=ダーダラが親しい貴族を集めて、婚約発表のパーティをやる、と。
そして、テトラン=ダーダラは、護衛ノインのような者を多く雇い入れている。
仮にそれが、ゴーストを宿した『古代器物』を持った者たちだとしたら……。
『ごしゅじんー! オデットさまから伝令なのですー!!』
そんなことを考えていたら、コウモリのニールの声がした。
大急ぎで来たらしい。
小さな手に書状をつかんで、慌てた様子で俺の方に飛んでくる。
『緊急のご連絡なのですー! 口頭でお伝えしますか? 書状を読まれるですかー?』
「いや、その前に確認させてくれ」
俺はニールの言葉をさえぎった。
「オデットはテトラン
『おっしゃっていたですー! なんでご存じですかー?』
ニールはびっくりしたように、うなずいた。
『ダーダラ男爵家が王都でパーティを開くそうなのです。フローラさまが招待されているということなので、オデットさまは侍女に化けて、
「わかった。あとは書状で確認する」
俺はニールの手から、オデットの書状を受け取った。
「俺はジョイス
夜の移動は危険だが、問題ない。
アイリスとマーサとジゼルを馬車に乗せて──それを『黒王騎』で運べばいい。
どうやったのか聞かれたら「すごい『古代魔術』で移動させました!」で話を通そう。
手段を選んでいる場合じゃない。
オデットが危ない。
テトラン男爵家のパーティで、敵が動く可能性がある。
俺は一刻も早く、王都に戻らなきゃいけない。
「肩に乗って休め、ニール。伝令ご苦労だったな」
『はいなのです! ニールも、オデットさまが心配なのです!』
「ああ、急いで助けに行こう」
俺は全速力でアイリスのところに戻ったのだった。
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