第169話「公爵令嬢オデット、変装してパーティに出席する(前編)」

 ──オデット視点──




「フローラ=ザメルです。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


 フローラはドレスのすそをつまんで、一礼した。


 ここは王都にあるダーダラ男爵家だんしゃくけ屋敷やしきだ。

 今日ここでダーダラ男爵家のケイト=ダーダラと、ジョイス侯爵家こうしゃくけのクライド=ジョイスの婚約披露こんやくひろうパーティが行われることになっている。


 もっとも、当の2人は出席していない。

 ダーダラ男爵家からの招待状には『普段、お世話になっている方々へのお礼もねて』と書かれていた。

 テトラン男爵は娘の婚約を口実に、他の貴族との縁を深めたいのだろう。

 貴族には、よくあることだ。


 そのことは、フローラに付き従うメイド姿の少女も、よく知っている。

 彼女の父親もそうだった。


 人脈を増やして力をたくわえる。そのためには家族も利用する。

 まわりの貴族がどのように動くかを観察して、それを真似る。

 自分と他の貴族を比較ひかくして、負けないようにする。


 そんな父親にどれだけ振り回されてきたか……考えるだけでうんざりする。


(いけませんわ。今はそんなことを考えている場合ではないのに)


 メイドの少女は、こっそりとかぶりを振った。

 役目をしっかりとこなさなければ。

 そうしないとまわりの者たちから、疑われてしまう。


 パーティにはオデット・・・・スレイ・・・の顔を知っている者も出席しているのだから。


「……オデットさま。本当に別人のようです」


 振り返ったフローラが、ささやく。


「一緒にいる私でも……本当にご本人かどうか、不安になるくらいです」

「ありがとうございます。これも、手伝ってくれた方のおかげですわ」


 オデットは桜色の髪・・・・に触れながら、微笑ほほえむ。

 いつもより色のはだも、顔につけた眼鏡も、彼女の印象を変えている。


 これが、グレイル商会のローデリアの協力の力を借りて、変装へんそうした結果だった。


(断られることはないと思っていましたけど……まさかローデリアさまが、あれほど喜々ききとして手伝ってくださるなんて)


 ダーダラ男爵家のパーティの話を聞いたあとで、オデットは潜入することを考えた。

 本来は、手紙と贈り物だけを渡すつもりだった。


 だが、ユウキからの手紙のこともある。

 彼は『ケイト=ダーダラの護衛ごえいに、帝国皇女とよく似た者がいる』と書いていた。

 それに男爵家のお金の流れにも違和感があった。


 ローデリアに調べてもらったところ、ダーダラ男爵家に莫大ばくだいな借金があることがわかったのだ。

 テトランは婚礼のために大量の物を買い入れ、多くの人間を雇っている。

 それは男爵家だんしゃくけとしては、規模きぼが大きすぎるくらいのものだった。


(もしも……男爵家が帝国とつながっているとしたら……)


 放っておくわけにはいかない。

 けれど、オデットが『魔術ギルド』に訴えるわけにもいかない。

 確信がない。証拠もない。あるのは推測だけだ。


 だからオデットは情報収集のため、パーティに潜入することにしたのだった。


 まずはフローラに、自分をメイドとして同行させてもらえるように説得した。

 フローラはおどろいていたけれど、最後には同意してくれた。

 オデットの『わたくしの派閥はばつはこういうこともやるのですわ!』という言葉が決め手だったのだろう。


 フローラもユウキに救われた者のひとりだ。

 その友人であるオデットなら、予想外のことをしてもおかしくないと思ってくれたらしい。


 フローラの同意を得たあと、オデットはグレイル商会に書状を出した。

 ローデリアに事情を伝え、面会の約束をした。

 そして、約束の時間に商会の支配人室を訪問すると──



「お待ちしておりました! オデットさま!!」



 ──ローデリアは、変装へんそうの道具一式を用意して待っていた。

 しかも、すごくいい笑顔で。


「商会はマイロード、ならびにオデット=スレイさまに全面協力いたします。まずは、どのような変装をするのかをお選びください。別室にメイクのプロを待機させております。オデット=スレイさまのお肌の状態を徹底的てっていてきに調べた上で、絶対に本人とわからないメイクをさせていただきます。ああ、もちろん、変装した後はフローラさまのお屋敷にお送りいたします。あなたがオデットさまご本人であることを、私が証明しなければいけませんからね! ささ! どうぞこちらへ──」


 そして、ノリノリのローデリアと共に、オデットはどんな姿になるかを選び──

 別室に控えていた『メイクのプロ』たちによって化粧をほどこされ、カツラを着けて──



 そして現在、フローラに仕える名も無きメイドとして、パーティに参加しているのだった。



「……それではオデットさまは、お部屋の隅のほうへ」

「……承知しょうちいたしました」


 広間に入ってすぐ、オデットとフローラは別れた。


 パーティの間、使用人は広間の隅にひかえていなければいけない。

 貴族の邪魔をしないようにと、主人になにかあったときに手を貸せるようにするためだ。


 もちろん、それはオデットも計算済みだ。

 広間の隅に立っていれば、会場全体が見渡せる。

 オデットにとっては好都合だ。


(出席者は十数人。フローラさまと同じように、若い方ばかりですわね)


 男爵家の広間には十数人の貴族と、それと同数の従者がいる。

 主催者であるテトラン=ダーダラは、まだ姿を見せていない。


 広間の壁には、欠席しているクライド=ジョイスとケイト=ダーダラの肖像画しょうぞうががある。

 黒一色で書かれた簡素なものだ。

 それでもふたりの特徴をとらえていると、肖像画のまわりに集まっている者たちは言っている。


 出席者は若い貴族と、魔術師たち。

 オデットの知らない貴族が多いのは、『魔術ギルド』に加入していない者も招待されているからだろう。

 もちろん、オデットが知っている人物もいる。


 肖像画を見上げている長身の男性は、ドノヴァン=カザードスだ。

 彼は以前、オデットと派閥はばつ作りで争っている。


 結果的にオデットが『ドノヴァン派』設立を妨害することになってしまったが、彼に文句を言われたことはない。

 派閥立ち上げを行うだけあって、高潔こうけつな人物なのかもしれない。

 彼が参加しているのは、魔術師テトランが『ドノヴァン派』を応援していたからだろう。


 キールス侯爵家のアレク=キールスもいる。

 彼はかつてユウキと魔術戦を争い、敗れた人物だ。

 フローラと同じパーティを組み、結果、彼女を危険な目にわせたこともある。

 それでもアレクは侯爵家の人間だ。テトランとしては、えにしを結んでおきたいのだろう。

 同じ出席者であるフローラは、アレクには近寄らないようにしているけれど。


 他にも多くの魔術師が、ダーダラ家のパーティに参加している。

 それほどテトラン=ダーダラは人脈を求めているのだろうか。

 莫大ばくだいな借金をしてまで?

 そのお金で、多くの物資を買い集めて?


 疑問はつきないのだけれど──


(……パーティに潜入したのは、やり過ぎだったかもしれませんわね)


 ここは王都の貴族街きぞくがいだ。

 なにかあったら、王都の警備兵がやってくる。

 しかも、この場には『古代魔術』の使い手もいる。

 そんな場所で、よからぬことを企む者もいないだろう。


(となると、わたくしは情報収集を徹底てっていすべきですわね)


 なにごともなければそれでいい。

 オデットが取り越し苦労をしているだけなら、なんの問題もないのだ。


 そんなことを考えながら、オデットがパーティ会場に目を配っていると──



「本日はご出席をいただきまして、ありがとうございます。テトラン=ダーダラでございます」



 やがて、小太りの男性が姿を現した。

 この日のためにあつらえたのだろう。着ているのは、金糸をり込んだローブ。身に着けた装身具が、きらびやかな光を放っている。

 だが、オデットから見ると、それほど高価なものではない。

 ダーダラ男爵家の借金の額から考えると、安すぎる。


(やはり……このパーティは、妙にいびつですわ……)


 オデットはフローラの位置を確認しながら、テトランの言葉に耳をかたむける。


「このたび、我が娘であるケイトと、偉大なるジョイス侯爵家のクライドさまとの婚約が成立いたしました。よろこびを皆さまと分かち合いたいと思い、パーティを開催した次第でございます」


 型どおりの言葉が、広間を流れて行く。


「皆さまもご承知の通り、私ことテトラン=ダーダラは『魔術ギルド』では事務や経理を担当しております。それは私の魔術の才能がおとるからです。これは仕方のないこと。ですが──」


 テトラン=ダーダラはうやうやしく一礼して、


「その代わりに私は、人脈を大切にしております。人とのつながりが、魔術的な才能の不足をおぎなってくれると信じております。ですから、新たな門出かどでを迎えた娘のため、皆さまとのえにしを深めたいと思い、娘と年齢の近い方々を招待させていただいたのです」


 丁重ていちょうな言葉に、集まった人々が拍手する。


 親世代が子ども同士の付き合いを斡旋あっせんするのも、貴族のやり方だ。

 テトラン=ダーダラは典型的な貴族なのだろう。


 だからこそ、オデットは違和感を覚えるのだけれど。


「魔術に関わる皆さまに集まっていただいたのは、他でもありません。私の人脈によって手に入れた新たな器物アイテムを見ていただきたいのです」


 テトラン=ダーダラは言った。

 広間に、沈黙ちんもくが落ちた。


 出席者は顔を見合わせている。

 彼らの気持ちが、オデットにはわかる。


 ここにいるのは貴族たちだ。『魔術ギルド』に所属している者もいる。

 彼らは『古代器物』や『古代魔術』を知っている。

古代魔術文明の都エリュシオン』にも入ったことがある者もいるだろう。


 テトラン=ダーダラが独自で入手したアイテムにおどろくような人々ではない。

 また、それ以前の問題として──


「……テトラン=ダーダラどの」

「どうされましたか、ドノヴァンさま」

「質問があるのですが、よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「あなたは独自に魔術的な機能を持つアイテムを手に入れたとおっしゃった。それは、ここにいらっしゃる方々に、お見せするほどの価値があるものなのですか?」

「さて、どうでしょう」


 テトランはおだやかな笑みを浮かべながら、応えた。


「それは実際に見ていただかなければ、なんとも言えませんな」

「テトランどのは価値があると思っていらっしゃる?」

「無論です」

「ですが、ここには『魔術ギルド』のメンバーもおります。そんな方々が価値を見いだすとすれば……テトランどのが言うアイテムは、『古代器物』に匹敵ひってきするものということになる。いや……もしかしたら『古代器物』そのものかもしれない」


 ドノヴァンの声は、震えていた。


「あなたは『古代器物』に匹敵するものを、どこかから購入されたと? 出所のわからない強力なものを? あなたはアイテムの存在を『魔術ギルド』に知らせたのですか? 私には、あなたのなさろうとしていることの意味が……よく、わからないのですよ」

「ですから私は、このパーティに若い方を招待したのです」


 テトランの口調は、冷静だった。


「高齢の方は、頭が固いものです。ドノヴァンさまのような若い方なら、状況の変化を柔軟じゅうなんに受け入れてくださると思っております」


 そう言ってテトランは、手をたたいた。


「議論は後ほど。まずは私が手に入れたアイテムを、皆さんにご覧入れたく思います」


 ふたたび、広間にざわめきが広がって行く。

 オデットは深呼吸。動揺どうようを表に出さないように抑える。

 それほど、テトラン=ダーダラの言葉は衝撃的しょうげきてきだった。


 オデットは、独自に『古代器物』を手に入れた人物を知っている。

 もちろん、ユウキのことだ。


 彼は『聖剣リーンカァル』と『黒王ロード=オブ=ノワール』を自分のものにしている。

 他にも、いくつかのものを。


 けれどそれは、仕方のない事情があるからだ。

 それに、もともと『聖剣リーンカァル』と『黒王ロード=オブ=ノワール』の所有権はユウキに──正確には、彼の前世のディーン=ノスフェラトゥにある。


 聖剣の所有者はディーン=ノスフェラトゥの家族である、ライル=カーマインだ。

 彼は『聖域教会』から正式に聖剣を下賜かしされている。

 おそらく彼は、転生したディーンが手にすることを願って、聖剣を『エリュシオン』に置いたのだろう。

 だから聖剣の所有権はユウキにあるのだ。


黒王ロード=オブ=ノワール』もそうだ。

 あの『王騎ロード』はライル=カーマインがユウキのために残した遺産いさんだ。

 あれをユウキが所有するのは当然だ。

 そもそも、あれはユウキ以外の者にはあつかえないのだから。


 ユウキはそれ以外の『古代器物』のほとんどを『魔術ギルド』に渡している。

 いかなる所有権も主張していない。


霊王ロード=オブ=ファントム』も『獣王ロード=オブ=ビースト』も。

 私物化しようと思えばできたのに、しなかった。

 おそらくユウキは、どこかで線を引いているのだろう。


(……テトラン=ダーダラさまは、どうなのでしょう?)


 彼が独自の人脈で手に入れた『器物アイテム』を所有する覚悟が、彼にはあるのだろうか。

 強大な力を備えており、人々を畏怖いふさせるようなアイテムを。


(ですが……これでダーダラ男爵家が散財さんざいしていた理由がわかりましたわ)


 ダーダラ男爵家の借金は、アイテムを入手するために使われたのだろう。

 どのようなルートで手に入れたにしろ、『古代器物』に匹敵するアイテムならば、高価なはず。

 仮に、それが異国から取り寄せられたものなら、なおさらだ。


 それを王都に持ち込めたのは、貴族の婚姻こんにんに使うものという名目めいもくがあったからだろう。

 城門には兵士がおり、危険人物の侵入や、危険な荷物の持ち込みをチェックしている。

 だが、貴族の婚姻こんいんに関わるものなら、兵士のチェックはゆるくなる。

 テトランは、それを利用したのだろう。


(……悪い予感がしますわ)


 オデットは静かに、それでいて急ぎ足で、フローラのもとへ向かう。

 彼女に目配めくばせをして、広間の隅へと導く。


 場合によっては、この場を離れる必要があるかもしれない。

 そう考えてのことだった。



「「「失礼いたします」」」



 その直後、広間のとびらが開いた。

 現れたのは木箱を抱えた、3人の女性だ。


 魔術師なのだろうか。ローブをまとい、頭には帽子を被っている。

 彼女たちは木箱を床に降ろし、出席者たちに頭を下げる。

 視線が、出席者たちをめていく。広間の隅にいる、オデットとフローラも。


 その瞬間、オデットは思わずフローラの手を握っていた。


(……今すぐ、ここを出なければ)


 オデットは帝国皇女ナイラーラの顔を知っている。

 彼女が王都に連行されたとき、オデットも同行していたからだ。


 そして、木箱を運んできた3人には、帝国皇女ナイラーラと同じ雰囲気ふんいきがある。


 もちろん、ユウキから話を聞いていなければ、気づかなかっただろう。

 目の色も違う。髪の色も、肌の色さえ異なっている。

 なのに、3人の動きは完全にシンクロしている。

 そして──まるで愛おしいものにそうするように、木箱に触れている。


 あれは『聖王騎』の残骸ざんがいをなでまわしていた、ナイラーラの表情にそっくりだ。


(……あの箱に中にあるのは……まさか!?)


 オデットはフローラの手を引いて、広間の出口に向かう。


 だが、少し遅かった。

 3人の女性たちによって──木箱の封が解かれた。



 そして、箱の中からはけむりのようなものが飛び出す。

 それは幽体ゴーストにも似た、人型だった。



「これが私が知人より仕入れたアイテム……その名も『ヴィクティム=ロード』でございます!」



 自慢げに胸を張り、テトラン=ダーダラは宣言したのだった。



──────────────────────


 次回、第170話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




 いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただきまして、ありがとうございます!


 村市先生のコミック版「辺境魔王」の9巻が、7月22日に発売になります。

『魔術ギルド』オリエンテーションと、オデットが頑張るお話です。

 こちらも、ぜひ、よろしくお願いします。


 コミック版の第41話は、6月24日に『カドコミ』 (コミックウォーカー)さまで更新される予定です。

 こちらもあわせて、よろしくお願いします!

(ただいま『ニコニコ漫画』さまが停止中のため、復旧されるまでは『カドコミ』さまの方でお読みいただければと思います)

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