第166話「元魔王、パーティに代理出席する」
ジェイス
場所は、屋敷の大広間。
もともとは侯爵家の者に、ダーダラ男爵家との婚約を伝えるものだったんだろう。
王女のアイリスが来たから、
侯爵家はアイリスの言葉を期待していたようだけれど、彼女は体調不良で欠席。
代わりに俺が、
若いふたりを祝福する言葉に、侯爵家の人々は感動していた。
……こういう文章は得意なんだよな。アイリスは。
前世でも頭は良かったし。そもそも努力家ライルの娘だし。
そうして、
本格的に
「数日後には王都で、正式な
「その際はぜひ、アイリス殿下にもおいでいただきたいです」
そう言ったのはクライド=ジェイスと、ケイト=ダーダラだった。
ふたりは侯爵家の者に挨拶した後、俺の方にやってきた。
俺がアイリスの代理だからだろう。
「正式な披露パーティですか。それは素晴らしいですね」
俺は
「アイリス殿下にお伝えいたします。殿下も、参加を希望されると思いますよ」
「……父には、あまり
ケイト=ダーダラは恥ずかしそうに、
「父が、これほど派手好きとは知りませんでした。実は、アイリス殿下にごあいさつするように言ったのも、父なのです」
「そうなのですか?」
「はい。殿下がジェイス侯爵家にいらっしゃると聞いて、ぜひに、と」
「それだけ父君は、私とケイトを祝福してくださっているのだろう」
婚約者の言葉を、クライド=ジョイスが引き
「父君が親しい貴族を集めたパーティを開かれるのも、そのためだろう?」
「は、はい。本当は……私たちが王都に戻ってからにして欲しかったのですが……」
「父君は『魔術ギルド』の
「『魔術ギルド』の人を集めたパーティが行われるのですか?」
俺はたずねた。
ケイト=ダーダラは困ったような表情で、
「はい。父は、婚約披露宴に人が集まるように、『魔術ギルド』の方々に協力を求めたいとおっしゃっていました」
「それは、ぜひ参加したいですね」
「難しいと思いますよ。パーティは王都で、今晩開かれる予定なのですから」
クライド=ジョイスはうなずいた。
「テトランどのは『人々を集めて、夜通し魔術について語り合いたい』とおっしゃっていました。パーティは今夜、遅い時間に始まるのでしょうね」
「本当に……父は派手なことがお好きで」
目を伏せるケイト=ダーダラ。
クライド=ジェイスは彼女の肩を、優しく抱き寄せている。
「ケイトが気にすることではないよ。貴族が人脈を大切にするのは当然だからね」
「はい。クライドさま」
ケイト=ダーダラはうなずいた。
ふたりは本当に仲がいいようだ。見ているとわかる。
貴族同士は政略結婚をするらしいけれど、このふたりは例外だろう。見ていると信頼し合って、心を許しあっているのがわかる。
不測の事態に備えてアイリスたちを
アイリスは体調不良を理由に、部屋にこもっている。
部屋にはマーサとジゼルがいる。屋敷の周囲には、コウモリ軍団を配置している。
もちろんコウモリ軍団は、俺の『魔力血』で強化済みだ。
だから俺は、ダーダラ男爵家とガイウル帝国との繋がりを疑った。
アイリスに手を出してくるんじゃないかと思ったんだ。
だけど、それは考えすぎだったかもしれない。
男爵令嬢ケイトは侯爵家のクライドと腕を組み、無邪気な笑顔を見せている。
演技には見えない。
俺の前世の経験から言うと『大好きだった相手との結婚が決まって
そういうことは『フィーラ村』でもよくあったからな。
というか、村の連中は結婚が決まるたびに、俺のところに報告に来てた。
結婚が決まって浮かれてるカップルを、俺は大量に見ている。
その経験からすると、ケイト=ダーダラはクライド=ジェイスに
クライド=ジェイスに気を許しているのが、わかる。
「クライドさまは昔から、私の
ケイト=ダーダラは
「お父さまはおっしゃっていました。高貴な方の妻になりたいのならば、魔術の腕を磨きなさい、と。魔術で大切な人と、貴族の家を守れるようになりなさい、と。お父さまのお言葉は正しかったのです。あこがれのクライドさまと、こうして婚約することができたのですから……」
「おめでとうございます。ケイト=ダーダラさま」
俺はケイト=ダーダラに一礼する。
それから、クライド=ジェイスの方を向いて、
「この良き日に、ジェイス
「感謝します。ユウキ=グロッサリアさま」
クライド=ジェイスが礼を返す。
「アイリス殿下によろしくお伝えください。自分も、この地でお目にかかれたことを幸運に思います、と」
「お伝えいたします」
「自分は、ユウキ=グロッサリアさまとお目にかかれたことも、幸運だと思っています」
「俺にですか?」
「自分は『古代魔術』や『エリュシオン』には興味があるのです」
クライド=ジェイスは照れくさそうに、笑った。
「魔術の才能がないくせに、と、お笑いになっても構いません」
「いえ、そんなことはありません。何事にも興味を持つのは良いことです」
「そうでしょうか?」
「努力をすることで新たな才能を開花させた人物を何人も知っています。幼なじみと結婚するために努力して、歴史に残った人物もいるのですから……と、アイリス殿下はおっしゃっていました」
思わず『フィーラ村』時代の経験を口にしかけた。危ない。
でも、クライド=ジェイスは感心したように、
「さすがはアイリス殿下。よいご見識をお持ちです」
「俺にとっては、最高の主君です」
「いえいえ、アイリス殿下も、ユウキ=グロッサリアさまを、素晴らしい護衛だと感じていらっしゃることでしょう」
「恐れ多いことです。ところで──」
俺は、さりげなく話題を切り替えた。
「ケイト=ダーダラさまは多くの
「いいえ、あれはケイトの父君が手配した者たちです。そうだったね?」
クライド=ジョイスはケイト=ダーダラの方を見た。
ケイト=ダーダラは笑顔のまま、うなずいて、
「はい。男爵家の兵士を父が選び、私の護衛にしてくださいました」
「さすがはテトラン=ダーダラさまです。やはり、あのような護衛の方々を集めることができるとは。きっと、そのような人脈をお持ちなのでしょうね」
「……ユウキ=グロッサリアさまは、どうしてそのようなことを気にされるのですか?」
「アイリス殿下には、女性の護衛も必要かと思いまして」
俺は用意しておいたセリフを口にした。
「男性の俺では行き届かないところがありますからね。
アイリスは『マイロードが側にいてくれればなにもいらないです!』って言ってたからな。
「今、アイリス殿下の側にいる者は、知人から借りた者です。彼女も優秀なのですが、もう少し数を増やしたいと思いまして」
「それで、私の護衛に興味をもたれたのですね?」
「はい。できれば護衛の方とお話したいのです」
そう言ってから、俺は周囲を見回して、
「特に、あの灰色の髪の女性は、かなりの腕利きだと感じました」
「灰色の髪──といいますと」
「ケイト=ダーダラさまに、一番近い場所にいらした方です」
「ああ。ノインですね。ええ、彼女は父が
「そのノインさまは今、どちらに?」
「パーティの間は休みを与えております。ノインも、休んでいるのではないでしょうか」
「灰色の髪の護衛だね。彼女は、
ケイト=ダーダラの言葉を、クライド=ジェイスが引き継いだ。
「主人がお世話になる屋敷の構造と、警戒すべき場所を確認しておきたいと言っていた。それで自由行動を許したのだ」
「まあ、そうでしたの?」
ケイト=ダーダラはおどろいた顔で、
「ノインは真面目な子なのです。慣れない土地で、迷っていなければいいのだけれど……」
「戻らないようだったら、部下を迎えに行かせよう。心配はないよ」
クライドは婚約者を安心させるように、肩に手を置いた。
なるほど。帝国皇女に似た少女──護衛のノインは、屋敷の外に出ているのか。
だったら、都合がいい。
「ケイト=ダーダラさまにお願いします。できれば、護衛の方とお話をする機会をいただけませんか」
「ええ。構いませんよ」
ケイト=ダーダラは、あっさりとうなずいた。
「父はノインのような者を多く雇い入れております。私の護衛は皆、優秀ですが……ノインたちは、特に腕の立つ者たちです。ユウキ=グロッサリアさまとお話が出来ればきっと得るものもあるでしょう」
「はい。俺も、それを願っております」
そう言って俺はクライド=ジェイスとケイト=ダーダラに頭を下げた。
「では、俺はアイリス殿下のところに戻ります。おふたりからいただいたお言葉は、殿下にお伝えいたします。殿下もきっと、およろこびになるでしょう」
「おお、それはそれは……」
「よろしくお願いいたします。ユウキ=グロッサリアさま」
「それでは、失礼します」
俺はその場を離れた。
そのまま廊下の先にあるバルコニーへ。
軽く手を振ると、暗闇に
『どうしましたー? ごしゅじん』
「コウモリ軍団に命令を伝えてくれ。ケイト=ダーダラの護衛の居場所を調べるように、と」
『しょうちですー』
「俺は移動しやすい場所に行く」
俺はバルコニーの床を
『飛行』スキルで屋根の上に移動する。
『──お待たせしましたー!』
数分後、連絡役のコウモリが戻ってきた。
『少し前に、屋敷から離れていった人影が確認されてるですー。たぶん、それがごしゅじんの言う、
「どのくらい前だ?」
『2時間近く前なのですー』
「結構時間が経ってるな。なのに、まだ戻ってきてないのか」
護衛の少女は『屋敷の構造と、警戒すべき場所を確認しておきたい』と言っていた。だったら、調べるのは屋敷の近くだけで十分なはず。
なのに、屋敷から遠ざかるのは妙だ。しかも、時間が掛かりすぎている。
なんだろうな。この感覚。
ちりちりとした違和感がある。
俺はあの護衛の少女を……いや、テトラン=ダーダラを警戒してるんだろうか。
俺とテトラン=ダーダラに、接点はほとんどない。
せいぜい『オデット派』の設立を邪魔されそうになったくらいだ。
でも、あの人は俺たちと敵対していたわけじゃない。
向こうが偶然『ドノヴァン派』を立ち上げようとしていただけだ。
いや……そうでもないか。
よくよく考えると、テトランが『ドノヴァン派』設立にこだわった理由も、よくわかってないんだよな。
人間のやることだから、俺がわからなくても当然なんだが。気になる。
「とりあえずは護衛のノインと接触してみるか」
『コウモリ軍団全員で
「2体だけでいい。残りはアイリスの護衛を続けてくれ」
『しょうちなのですー』
「俺が護衛の少女を探す口実は……王女殿下が心配してるからってことにしておこう」
アイリスは体調不良ということになってるからな。
行方不明者が出たら、彼女の心労を増やすことになる。
それで王女殿下の体調が悪化したら困る。
だからユウキ=グロッサリアは、親切心で迷子を捜しに出かける。
そういう口実なら、彼女を探しても問題ないはずだ。
「本当に……迷子になってるだけならいいんだけどな」
そんなことを考えながら、俺は護衛の少女を探しはじめたのだった。
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次回、第167話は、チェックして問題がなければ明日更新する予定です。
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