第165話「元魔王と王女、作戦を立てる」
──ユウキ視点──
夜の墓参りは、無事に終わった。
屋敷からアイリスを連れ出すのは難しくなかった。
マーサとジゼルが手伝ってくれたからだ。
旅の間、アイリスの侍女はマーサが、
マーサは「ちょっと気分が
その状態で、俺たちは夜中になり、屋敷が寝静まるのを待った。
それから俺はアイリスを連れて空を飛び、ミーアの墓へ向かったんだ。
墓地についてからは、アイリスの好きなようにさせた。
俺は、ミーアの墓に案内しただけだ。
そうしてアイリスが落ち着くまで、彼女の背中をなで続けた。
アリスが死んだのは、俺が死んでから1年後。
そのときにはもう、ミーアは生まれていた。
だから、アリスは赤ん坊のミーアと会っている。顔も知っているし、抱き上げたこともある。子守歌を歌ったり、俺の思い出話をしたこともあったそうだ。
そのことをアリス──アイリスは、今も覚えている。
ミーアの顔も、声も、体温も。
でも、ミーアは、もうこの世界にはいない。
墓と
ミーアの墓の前でアイリスはしばらくの間、泣き続けた。
声を出さずに、俺の肩に体重を預けたままで。
そうして、やっと落ち着いた意アリスは──
「わたしは……マイロードの気持ちが、わかったような気がします」
──ぽつりと、そんなことをつぶやいた。
「不老不死のマイロードは……フィーラ村のみんなをずっと、見送ってきたんですよね。村の人たち……ううん。ご自分の家族を」
ミーアの墓の前に座ったまま、アイリスは語り続ける。
「大切な人たちを失って……見送らなきゃいけなかった気持ちを。マイロードがずっと、どんな気持ちでいたのか……私、やっとわかったような気がします」
「俺が村の連中をどんな気持ちで見送っていたのかを……?」
「そうです。悲しくて、やりきれなくて、でも、どうしようもなくて……」
アイリスは涙目で、俺を見た。
「大好きな人が自分より先に、いなくなって。その人のことをずっと覚えている……マイロードは、ずっとそんな気持ちだったんでしょう?」
「……アイリス。お前なぁ」
「なんですか? マイロード」
「ミーアの墓参りに来たのに、なんで俺のことを考えてるんだよ」
「私がマイロードのことばかり考えるのは当然のことです」
「そういうものか?」
「そういうものです。きっとお父さんとお母さんも、マイロードのことばっかり考えていたはずです。ふたりはフィーラ村の『マイロード好き好きランキング』の1位と2位を、8回連続で独占してたんですから」
……俺はカーマイン家の教育を間違えたんだろうか。
「それに……ミーアは自分の好きな人を見つけて、未来に血を残したんですよね。その血は、私の中にも流れているわけです」
アイリスは胸を押さえて、
「だったら、私が好きな人のことばかり考えるのは、不自然じゃないと思います」
「どういう理屈だよ」
「カーマイン家の理屈です」
「まったく……お前たちには敵わないな。本当に」
カーマイン家の人々は、みんな、好きなように生きた。
ライルたちは自分たちがやりたいように、『聖域教会』に仕返しをした。
ミーアはこの地で、好きな人を見つけて幸せに生きた。
アリスは俺に会うために聖剣を使って、転生した。
カーマイン家のみんなは、心のままに生きて、未来に意思を繋いだんだ。
……人間ってすごいよな。
ライルたちの方が、不老不死のディーンよりもずっと強い。
そんなふうに思えるんだ。
「そういえば『エリュシオン』の地下には『完璧な人間』を作るための実験施設があったな……」
地下第5階層で見つけたものだ。
本当に第一司祭がまだ生きてるとしたら、実験は成功したのかもしれない。
だけど……それは本当に、人を不死にするものなのか?
『エリュシオン』には、ゴーストになった司祭がいた。
あいつらはひたすら『古代器物』と『古代魔術』に執着して、暴れ回っていた。
第一司祭もそうだ。
奴は帝国に引きこもって、王国に
帝国の人間に『王騎』を与えて……最終的には『エリュシオン』を取り返そうとしている。
でも、それになんの意味があるんだ?
今さら『エリュシオン』を
『聖域教会』が復活したところで、過去のような権力は得られないってのに。
現在は『魔術ギルド』がある。『古代魔術』『古代器物』も研究されている。
200年前のように、『聖域教会』が絶対の権力を持つことはない。逆に、他の魔術組織から攻撃されるだけだ。
第一司祭が『エリュシオン』を取り返したって、別に、いいことはないんだ。
俺には第一司祭が、200年前になくした権力に執着してるようにしか見えない。
取り戻したあとのことなんか、なにも考えずに。
まるで……『エリュシオン』にいた、司祭たちのゴーストのように。
第一司祭は本当に今も生きてるのか?
それとも、死なないだけで、ゴーストのような存在になってるのか?
……わからない。
というか、関わりたくない。
人を不死にするシステムには興味があるんだが。
でも……それが、人を壊してしまうものなら価値はない。
さっさとぶっ壊した方がいいんだろうな。
「さてと、夜が明ける前に帰るか」
「はい。マイロード」
アイリスは服の
まわりに人の気配はない。
東の空が白みはじめていて、
「今日は『アイリス殿下はお加減が悪いので、1日休みます』ってことでいいな?」
「うん。その方が、話の整合性が取れると思うの。明日、王都に出発しましょう」
「予定通りだな。マーサとジゼルにも伝えておく」
そこまで言ったところで、俺はふと、思い出した。
「そういえば今日の夜に、クライド=ジョイスの婚約おひろめパーティをやるって言ってたぞ。どう対応する?」
「……欠席した方が自然ですね」
アイリスは少し考えてから、そう言った。
「お祝いのお手紙を書いておきます。それをパーティで読み上げてもらえれば、失礼にはならないと思うよ。ただ……」
「ただ?」
「マイロードは気になってるんだよね? クライドさまの結婚相手の、ケイト=ダーダラさまが連れている護衛のことが」
「……そうだな」
ケイト=ダーダラの護衛は、帝国皇女ナイラーラにそっくりだった。
髪型は違う。身長も、ナイラーラより少し高い。目や肌の色も別だ。
なのに、俺は彼女がナイラーラにうりふたつに見えたんだ。
「ダーダラ
「それじゃ、今の私はマイロードの主君ってことだね?」
「そうだな」
「じゃあ、命令してもいい?」
「構わないが?」
「うん。それじゃマイロードは私の代理として、クライド=ジョイスさまの婚約おひろめパーティに出席してください」
アイリスは言った。
真面目な表情で、きっぱりと。
「……なるほど。婚約おひろめのパーティには、ケイト=ダーダラがいる。当然、
「さすがマイロード。
「わかった。護衛騎士としてアイリス=リースティア殿下の命令に従う」
俺はアイリスの手を取った。
「アイリスの部屋のまわりにはコウモリ軍団を配置しておく。なにかあったら合図してくれ。いざというときは
「過保護すぎるよ。マイロード」
アイリスは照れた顔で、
「でも、ありがとう。おひろめパーティが終わったら──」
「すぐに王都に戻ろう」
妙な予感がする。
なにがあってもいいように、体勢を整えておきたい。
まずはアイリスを王都に戻して、彼女の安全を確保する。
オデットやローデリアと合流して、情報をまとめる。
グロッサリア伯爵家にも手紙を出しておこう。
ゼロス兄さまは『古代魔術』が使える。
なにかあったときは、イーゼッタとコレットも力を貸してくれるはずだ。
あとは……できれば、帝国皇女ナイラーラと会って、話を聞き出せればいいんだけど。
まぁ、全部俺の勘違いで、取り越し苦労ならいいんだけど。
──ダーダラ男爵家の護衛が皇女と似ているのは他人のそら似。
──なにも危険なことは起こっていない。
──帝国は息をひそめていて、リースティア王国には手出ししてきていない。
そんな状態だったら、いいと思う。
たけど、念のため準備は整えておこう。
この時代の家族と、この時代で見つけた仲間の力を借りて。
『フィーラ村』の時のようなことはごめんだ。
誰かに自分を殺させるのも、家族を泣かせるのも、二度とごめんだからな。
そんなことを考えながら、俺とアイリスは密かに、屋敷へと戻ったのだった。
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コミック版「辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる」の8巻は、本日発売です!
ユウキと、謎の魔術師ドロテアとの戦いが描かれます。
姿を現した最強の古代器物『霊王騎』。
そして語られる、『聖域教会』の『裏切り者の賢者』の正体とは……。
村市先生のコミック版「辺境魔王」を、よろしくお願いします!!
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