第164話「公爵令嬢オデット、情報収集をする(後編)」

 今日は2話、更新しています。

 本日はじめてお越しの方は、第163話からお読みください。



──────────────────────





「なんとも痛快つうかいなことだな。派閥はばつの長となったスレイ家のご令嬢れいじょうと、こうして話をすることになるとは」

「わたくしも、お話ができてうれしく思いますわ。ザメルさま」


 数時間後。

 オデットは宿舎の応接間に、老ザメルとフローラを迎えていた。


「こちらこそ時間を取らせて済まぬ。フローラのことで話があるのだよ」

「よ、よろしくお願いします。オデット=スレイさま」

「よろしくお願いいたしますわ。ザメルさま。フローラさま」


 オデットはふたりに一礼して、


「お目にかかれてうれしいです。わたくしも、ザメルさまにうかがいたいことがありましたの」

「派閥のことであろうか」

「それもあります。まずは、ザメルさまのお話をうかがえればと」

堂々どうどうとしたものだな。スレイ家のご令嬢」


 老ザメルは感心したように、


「ご令嬢は以前より多大なる功績こうせきをあげておられた。だが、最近は威厳いげんまで出てきたようだ。さすが、十代で派閥を立ち上げるほど人物だ」

「ありがとうございます。ザメルさま」

「そんなお主には、孫娘を預かってもらいたいのだ」


 老ザメルは、フローラの背中を押した。


「どうか孫のフローラを、『オデット派』に入れてはもらえぬだろうか」

「フローラさまを? ですがフローラさまは『ザメル派』の……」

「『オデット派』は『ザメル派』と『カイン派』のけ橋になると聞いた。そして、カイン殿下の妹君も所属されている。バランスを取るためにも、我が孫娘を預かって欲しいのだ」

「お気持ちはわかります。ですが、フローラさまのご意思はどうなのでしょう」


 オデットはフローラに視線を向けた。

 椅子に座ったフローラは、緊張した様子だ。背筋を伸ばし、唇を固く結んでいる。


 フローラはまっすぐにオデットの視線を受け止める。

 それから、深々と頭を下げて、


「あたしは、オデットさまのもとで学びたいと思って、います」


 ──ゆっくりと、言葉を返した。


「これは、あたしの意思です。お祖父さまの手の届かないところで、勉強させて欲しいのです」

「ということだよ。スレイ家のご令嬢」


 老ザメルがフローラの言葉を引き継いだ。


「わしのところでは……フローラを甘やかしてしまうのでな、できればご令嬢のもとで、きたえてやって欲しいのだ」


 老ザメルは一礼して、


「無論、これは借りだ。A級魔術師の誇りにかけて、お礼をすると約束しよう」

「頭を上げてくださいませ。ザメルさま。フローラさまも」


 オデットは立ち上がり、フローラに手を差し出す。


「おふたりのお考えはわかりました。オデット=スレイはフローラさまを『オデット派』の一員として受け入れますわ」

「ありがとうございます!」

「うむ。孫のことをよろしく頼むぞ。ご令嬢」


 老ザメルは安堵あんどの息をついた。


「これでわしも安心して、研究に専念できるというものだ」

「お役に立てて光栄ですわ。ところで──研究といえば、『エリュシオン』の第5階層の調査はどうなっておりますの?」


 オデットは、ふと、なにかを思い出したように話題を変えた。


「今はまだ、地図を作っている途中だ」


 老ザメルは白いひでをなでながら答える。


「第5階層は建物が多いのでな。まずは全体の構造を把握はあくするための地図を作り、その後に、重要施設内の探索を行うことになっておる。あの場所は『エリュシオン』の中枢ちゅうすうだ。なにがあるかわからぬからな」

「高位の魔術師の皆さまでも、うかつに触れられないということですね?」

「うむ。今は大勢の上級魔術師が第5階層で、測量や分析を行っておるよ」

「大勢でですか。予算申請よさんしんせいの書類がなかなか戻ってこないのは、そのせいかもしれませんね」


 オデットは公爵家の娘だ。貴族の話術は身につけている。

 非礼にならないように、さりげなく話題を、望む方へとずらしていく。


「予算といえば『魔術ギルド』の経理を担当されているのはダーダラ男爵家だんしゃくけの……」

「テトラン=ダーダラどのだな」


 老ザメルはうなずいた。


「彼は有能だ。ご令嬢の申請はすぐに通るだろう。まぁ、彼としては『オデット派』に、いい感情を持っておらぬかもしれぬが……」

「あの方は『ドノヴァン派』を支援していたらしたのですわね」


 オデットは、一口お茶を飲んでから、


「ダーダラ男爵家は国境近くに領地をお持ちと聞きます。当主でいらっしゃるテトランさまは、どのようなお方なのでしょうか?」

「どうしてご令嬢がそのようなことを?」

「テトランさまとは、予算の関係でお話することもあるでしょうから」

「書類を通しやすくするためには、経理担当者の人柄を知っておいた方がよいか」

「そうなのですわ」

「うむ、テトランどのの人柄といえば──」


 それから老ザメルは、テトランとダーダラ男爵家について語り始めた。


 ──テトランが10代で『魔術ギルド』に加入したこと。

 ──加入が認められたきっかけは、『古代魔術』についての論文だったこと。

 ──ダーダラ男爵家が、交易で財を成した家柄であること。

 ──国境近くの領地の防衛のために、多くの兵士を雇っていること。


「こんなところだな。いずれにせよ、ギルドの経理関係の仕事を長年、担当してくれておるよ」


 老ザメルは説明を終えた。


「人当たりも良いし、悪い人間ではないな。ただ……」

「ただ……?」

「どうして彼はドノヴァン派の立ち上げに、あれほど固執こしつしたのだろうな」


 ドノヴァン派は、ドノヴァンが立ち上げようとした派閥だ。

 彼の派閥を強くしていたのが、テトラン=ダーダラだったのだ。


「テトランどのは派閥同士の争いに興味がないのだと思っておった。その彼がドノヴァン派を推薦すいせんしたことに、少々おどろいたのだ」

「そうなのですか?」

「わしのところに直接、訪ねてきたこともあった。彼と個人的に話したことは、ほとんどなかったのだがな……」


 老ザメルは考え込むように、腕組みをした。

 そんな祖父に、フローラは、


「おじいさま。よろしいですか?」

「うむ? どうしたのだ、フローラ」

「実は最近……テトランさまのご息女から、お手紙をいただいたのです」

「手紙を? テトランのご息女と付き合いがあったのかね?」

「いいえ。お手紙をいただいたのもはじめてです」


 フローラはかぶりを振って、


「それで、いただいたお手紙なのですが……結婚のお知らせでした」

「結婚の知らせ……ふむ。そんな話は聞いておらぬが」

「もしかしてジョイス侯爵家こうしゃくけのご嫡子ちゃくしとのご結婚ですの?」


 オデットの質問に、フローラはうなずいて、


「は、はい。クライド=ジョイスさまと、ケイト=ダーダラさまがご結婚されるので、婚約記念のパーティにお越しいただけないか……と」

「パーティにフローラさまを、ですか」

「他の貴族のご子息やご息女にも、同じような手紙が届いているそうです」

「なんだ。テトランどのも水くさいな。どうしてわしには知らせぬのだ?」

「……おじいさま」

「なんだ。フローラよ」

「おじいさまのお部屋の床には、おじいさまあてのお手紙が散らばっています。ご興味のないお手紙を後回しにするのはわかりますが……少しは片付けてください」

「そ、そうだったか?」


 苦い顔の老ザメルを見て、オデットは思わず笑顔になる。

 彼のことだ。『エリュシオン』の探索に夢中で、書状のことなど忘れていたのだろう。


「そういえばわたくしは……招待状をいただいておりませんわね」


 それはオデットが派閥立ち上げで争った相手だからだろうか。

 オデットはある意味、ドノヴァン派を潰している。

 だからオデットには招待状が来ていない。そう考えると納得できるのだけれど──


「フローラさまにお願いがあります」


 気づくと、オデットはフローラに頭を下げていた。


「婚約記念パーティのことと、その場にどなたが招待されているのか、調べていただけませんか?」

「あ、はい。それは構いませんけれど……でも、どうして」

「ジョイス侯爵家こうしゃくけは、アイリス殿下のお祖母さまが嫁いだ家ですの」


 これは公開されている情報だ。フローラに教えても問題ない。


「そして、アイリス殿下はオデット派の一員です。殿下と縁のある家の婚約記念パーティに、わたくしが参加できないのはさみしいですわ。ですから、お祝いのお手紙と、贈り物を用意したいのです」

「そのためにパーティのことを?」

「ええ。招待もされていないのに、贈り物だけ届けるのは失礼になるかもしれません。でも、列席者の方々に事情をお伝えしておけば、いざというときのフォローしてもらえますもの」

「わかりました。そういうことでしたら」

「よろしくお願いしますわ」


 貴族が婚約記念のパーティを行うのは、珍しいことではない。

 パーティに貴族の子弟を呼ぶのもよくあることだ。


 それに違和感を覚えたのは、ユウキからの話を聞いていたからだろう。



『ケイト=ダーダラの護衛の中に、帝国皇女ナイラーラとよく似た者がいる』



 ──と。


 考えすぎかもしれない。

 けれど、オデットがパーティに呼ばれていないことも引っかかる。


 帝国皇女ナイラーラは『聖王ロード=オブ=パラディン』を駆り、王国の国境地帯に侵攻してきた。

 そのときにオデットは『霊王ロード=オブ=ファントム』で『聖王騎』と戦っている。

 そして、オデットが『霊王騎』の使用者であることは『魔術ギルド』の皆が知っていることだ。


 つまり、オデットは帝国皇女ナイラーラと戦っている。

 仮にテトラン=ダーダラが帝国と繋がっているのだとしたら──


(わたくしを婚約パーティに呼んだりはしないでしょうね)


 もちろん、これはただの仮説だ。

 テトランの娘の護衛が帝国皇女になんとなく似ている──そんな理由でテトランを訴えることはできない。

 逆に、不審ふしんに思われるだけだ。


慎重しんちょうに調査を進めなければいけませんわ。まだ、すべては仮説なのですから)


 オデットは老ザメルやフローラと話を続けた。

 派閥のことと『魔術ギルド』のこと。

『聖域教会』の残党のこと。以前、捕虜ほりょにしたドロテア=ザミュエルスのこと。その監視役だった兵士のこと。


 そして、老ザメルたちが帰ったあと、オデットはユウキ宛ての書状を書き始めたのだった。






 翌日、コウモリのニールが帰ってきた。

 書状を抱えていた。

 それをオデットの机に置いて、一言。


「ローデリアさまから伝言なのです。『マイロードのためなら、商会すべての力を挙げて協力します』だそうです」

「それでこの書状の量ですのね……」


 積み上げられた書状は十数枚。

 強化されたとはいえ、コウモリが運べる限界量だ。


「資料は証言の裏付け用なのです。読まなくてもわかるように、ご伝言ももらってきたのですー」

「さすがローデリアさんですわね!」


 グレイル商会の商会長は伊達だてじゃない。

 ローデリアは仕事のできる人だった。


「『ダーダラ男爵家は借金がすごい』だそうです」

「借金が?」

「グレイル商会だけではなく、他の商会にもお金を借りているそうです。詳しくは資料をお読みくださいー」

「わかりましたわ。情報はユウキにも伝えてくださいね」

「しょうちですー」


 器用に、ぺこり、と一礼して、コウモリのニールが飛び立つ。

 姿が見えなくなるのを確認してから、オデットは資料を読み始める。


「これは……いくらなんでも」


 そこに書かれていたのは、おどろくほど派手な、金銭の動きだった。

 男爵家が侯爵家との婚礼に予算を使うのはわかる。

 けれど、これはやりすぎだ。


 婚礼のために買い入れる物。雇う人の数。

 これだけの金を使うのは公爵家──あるいは王家の婚礼くらいだろう。


「ダーダラ男爵家は、どれほど大規模な婚礼をするつもりですの……?」


 その内容におどろきながら、オデットは資料を読み続けるのだった。



──────────────────────


 次回、第165話は週末か、来週の前半に更新する予定です。


 コミック版「辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる」は、「コミックウォーカー」「ニコニコ漫画」で連載中です。

 2月24日に最新話が更新される予定ですので、ぜひ、アクセスしてみてください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る