第163話「公爵令嬢オデット、情報収集をする(前編)」

 ──オデット視点──




 オデットは宿舎で、派閥はばつ作りの作業をしていた。

 やることは、たくさんあった。


 予算の申請しんせい

 これから派閥が行うであろう活動の予定表作成。

『オデット派』に入りたい人たちが送ってきた書類のチェック。

 文字通り、目が回るほどの忙しさだ。


 そんな大量の仕事を前にオデットは──


(不思議ですわ……わたくしはどうしてこんなに、充実しているのでしょう)


 忙しいのに、大変ではない。

 作業量は多いのに、それをこなしていくのが楽しい。

 どうしてそう感じるのか、少し考えてから──


(なるほど。わたくしは、すべてを自分で決められる立場になったのですわね……)


 オデットは、そんな結論を出していた。


 これまでのオデットは、スレイ公爵こうしゃくの管理下にあった。

 ユウキのおかげで解放されたが、彼女の上に父親がいることは変わらない。


 そのオデットが、派閥を立ち上げてしまった。

 オデット派は『魔術ギルド』が認めたものだ。その価値は『カイン派』『ザメル派』と変わらない。

 そして『魔術ギルド』は、王家と貴族が正式に認めたものでもある。


 そんなギルドの派閥のトップに、スレイ公爵が手を出すことはできない。

 それは王家や、他の貴族への敵対行動に等しい。

 世間体せけんていを気にするスレイ公爵に、そんなことはできないだろう。


(わたくしは本当に……父のことを気にしなくてよくなったのですね)


 手元の書類を片付けて、オデットはためいきをついた。

 それから肩をぐるぐる回して、身体がり固まっていることに気づく。

 今日は来客の予定がある。それまで休憩きゅうけいしよう。


 ──そう思ったとき、窓の外で声がした。



『こんにちわですー。オデットさまー!』

「……ニールさん!?」



 突然現れたコウモリに、オデットは反射的に窓を開けた。

 顔を見ればわかる。アイリスのところにいるコウモリのニールだ。


 オデットはこれまで何度も、ユウキから『魔力血』をもらっている。

 そのせいか、彼女もコウモリと話ができるようになった。

 ニールの存在にいち早く気づいたのは、そのせいだ。


「ニールさんがどうしてここに? もしかして……アイリスとユウキになにかあったんですの?」

『それは大丈夫ですー』

「そうなんですの?」

『おやぶんとアイリスさまは、無事に、妹さんのお墓参りをしましたー』

「妹さんのお墓参り……」


 アイリスの前世──アリス=カーマインの妹、ミーア。

 その人のお墓参りをしたということは──


「……ミーアさまは、亡くなっていたのですね」


 その可能性は考えていた。

 というよりも、亡くなっていたと考える方が自然だ。

 ミーアが生きていた時代から、200年も過ぎているのだから。


(……不思議ですわね。わたくしはミーアさんやライルさん、レミリアさんに会えると、心のどこかで思っていたのですわ)


 そう考えていたのは、転生したユウキとアイリスが側にいるからだ。

 けれど、ふたりは例外中の例外。200年の時間を生きられる者などいない。

 前世のユウキ──不死の魔術師ディーン=ノスフェラトゥを除いて。


「ユウキやアイリスから話を聞くうちに、わたくしは、ミーアさんたちをお友だちのように思っていたのですわ。だから……こんなに……」


 泣きたくなるくらい、悲しい。

 アイリス──アリス=カーマインの妹が、もう、この世にいないことが。


 そうしてオデットはしばらくの間、両手で顔をおおっていた。

 それから、こぼれる涙をぬぐって、彼女は、


「すみません。みっともないところをお見せしました」

『いいえ。お気持ち、わかりますー』

「ニールさんは、お墓参りのご報告にいらしたんですの?」

『いいえー。お手紙をお届けにー』

「お手紙?」

『おやぶんからです。どうぞー』


 ニールは、握っていた書簡しょかんを落とした。

 開くと、見慣れた文字が見えた。ユウキの筆跡ひっせきだ。


「ジョイス侯爵家こうしゃくけ嫡子ちゃくしと、ダーダラ男爵家だんしゃくけのご令嬢れいじょう縁談えんだんですか」


 オデットは机の上の書類を手に取って、


「そういえばジョイス侯爵家の方々は『魔術ギルド』に加入しておりませんわね」


 貴族にとって『魔術ギルド』に加入するのは、ステータスになっている。

 ギルドは貴族にとって交流の場でもあるからだ。

 貴族の子弟が王家や高位の貴族の知遇ちぐうを得ることには、大きなメリットがある。


 だから各地の貴族は、子どもを『魔術ギルド』に加入させようとする。

 そのために子どもを結婚させて、魔術に強い子孫を残そうとする者もいるのだ。


 スレイ公爵がオデットを結婚させようとしていたのも、同じ理由だろう。

 オデットは魔力が強い。魔術の才能もある。

 そんな彼女との縁談えんだんを望む貴族は多い。だからスレイ公爵こうしゃくはオデットを利用して、家の名声を高めようとしていたのだ。


「テトラン=ダーダラさまはB級魔術師。目立った研究成果はありませんが、実務的な人物として『魔術ギルド』では評価されております。その家とよしみを結びたいのはわかりますが……え?」


 続く文字を見て、オデットは思わず息をのむ。

 ユウキからの書状には、次のようなことが書かれていたからだ。



『ダーダラ男爵家の令嬢の護衛が、ガイウル帝国のナイラーラ=ガイウル皇女によく似ていた。家族か親戚かって思うくらいに。

 ふたりの関係はわからない。

 だけど、念のため、ダーダラ男爵家について調べて欲しい』



「帝国の皇女とよく似た少女が……」


 ユウキは『他人のそら似かもしれない』と付け加えているが、それはないと思う。

 彼の目は確かだ。


 彼はフィーラ村で一緒に過ごした村人たちの顔と名前を、一人残らず覚えている。

 人の顔を覚えるのは得意なはずだ。

 そんなユウキが、ナイラーラ皇女にうりふたつの少女を見つけたのなら──


「だとしたら……その者はガイウル帝国の関係者と見るべきかもしれません」


 あの国は、謎が多い。

 ガイウル帝国は200年前──八王戦争の後に生まれた国だ。

 リースティア王国の北に位置しているが、交流はほとんどない。


 王国側は帝国に対して、ナイラーラ皇女の引き渡しについての交渉をしている。

 けれど、進んでいない。

 帝国側はまるで、ナイラーラの生き死にに興味がないかのようだと、『魔術ギルド』で聞いたことがある。


 なにより警戒すべきは、『聖域教会』の第一司祭の存在だ。

『聖域教会』を操り、謎の実験を行っていた第一司祭。

 その名も、ニヴァールト=メテカリウス。


 その第一司祭はガイウル帝国にいると、ナイラーラ皇女は言っていた。

 代替わりはしているけれど、顔を見た者はほとんどいない、と。

 ユウキは、第一司祭が魔術によって不死になったと考えているようだ。


 いずれにしても、奴が帝国の皇族の側に仕えていることは間違いない。

 その帝国の皇女に似た者が、王国の侯爵家に近づいているとしたら……放置するわけにはいかない。


 そう決意して、オデットはコウモリのニールを見た。


「ユウキの依頼については了解しました。わたくしが調べてみますわ。それではニールさん、手紙を届けていただけませんか?」

『わかりました。どこにですかー?』

「グレイル商会の、ローデリアさまのところですわ」


 グレイル商会は各地に支店を持っている。

 それはダーダラ男爵家の近くにもあるはずだ。


 貴族は婚礼を行うとき、調度品や持参品などを取りそろえるものだ。

 そして、グレイル商会は多くの業者と取り引きがある。

 ダーダラ男爵家の動きについて、情報をつかんでいるかもしれない。


「あくまでも念のためですが、お願いしますわ」

『しょうちですー』

「あとは……そうですわね。これから会う方にも、お話を聞いてみましょう」


 今日は午後から来客がある。

 派閥はばつについての打ち合わせのためだ。

 あの人は『魔術ギルド』に詳しい。テトラン=ダーダラのことも知っているはずだ。


「ユウキが怪しいと感じたのなら、わたくしはそれを信じます」


 それは友人と自分を守ることにも繋がるかもしれない。

 そう思いながらオデットは、来客を迎える準備を始めるのだった。



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 次回、第164話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。


(追記:……という予定だったのですが、更新日時の設定を間違えました。

 第164話はすでに更新済みです。よろしければ、このままお読みください)



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 ユウキと、謎の魔術師ドロテアとの戦いが描かれます。

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