第161話「元魔王とゴーレム、ミーア=カーマインの声を聞く(後編)」
俺は頭を押さえながら、ミーアの声を聞いていた。
……『くそ親父』って、
ライルのやつ、ミーアになにを言わせてるんだ。まったく。
覚悟して聞いてたのに……
『マイロードはずっと、フィーラ村のみんなが幸せになれるように、見守ってくれていました。そのことをみんな、覚えていました。
だから、村のみんなは、自分が幸せになれるような生き方を選んだんです』
ミーアの言葉は続いていた。
『もちろん、私も思うままに生きました。
私……ミーア=カーマインは、子どものころは『エリュシオン』で生活して、色々な知識を得ました。あの場所を出たあとは、お父さんの紹介で、
大人になって……好きな人を見つけて、結婚しました。
そうして、子どもを授かって、幸せに暮らしたんです。
子どもに『ディーン』って名付けるかどうか、すごく悩みましたけど。
でも……やめときました。
私にとって『ディーン=ノスフェラトゥ』は、あこがれの人の名前だったから。
村のみんなから話を聞いて……世界で一番、好きになった人の名前だからです。
もしも、運命というものがあるのなら──アリスお姉ちゃんが、私の子孫に転生してくれたらいいと思っています。
そしたら、転生したお姉ちゃんには、私の血が流れていることになるでしょう?
お姉ちゃんがマイロードを抱きしめたら、私もマイロードを抱きしめることになるのです。
すごいです。えっへん』
『……ミーアさまぁ』
俺の隣で、ゴーレムの『フィーラ』が
『ミーアさまは、無事に大人になられたのです。よかったのです』
「そうだな。本当に……よかった」
ミーアは侯爵領に住む人と結婚して、子どもを残した。
この声は、大人になったミーアのものだろう。
『フィーラ』と別れて、10年……もしかしたら、20年以上経ったころの。
『私の話ばっかりするわけにはいきませんね。
この「古代器物」……音声を魔力に変換するアイテム「カタリベ」は、マイロードとアリスお姉ちゃんに、みんなのその後を伝えるためのものなんですから。
大切なことをお伝えします。
この箱の中に「封印用の古代器物」が入っています。
コインのかたちをしたものがそれです。
もしも、マイロードとアリスお姉ちゃんが転生した時代に「聖域教会」が生き残っていたら……これが必要になるかもしれません』
俺は箱の底を探った。
箱の底に
『封印用の古代器物』とは、これのことだろう。
『ライルお父さんたち「潜入派」は「聖域教会」を追い詰めました。
「エリュシオン」の管理機能を
けれど「聖域教会」の司祭たちのうち数名が、逃げ延びました。
奴らの中に、死なない者がいたからです。
「聖域教会」の親玉……第一司祭ニヴァールトは不死になっていたんです。
奴は古代器物を使った実験により、完璧な人間になろうとしていました。
ライルお父さんとレミリアお母さんは奴を追いかけて、北の地に向かいましたけど……奴を封印できたかどうかはわかりません。
ニヴァールトは、もっとも危険な「
飛行能力と……広範囲の攻撃能力を持つものです。
そのせいでお父さんたちは、奴に近づけなかったのかもしれません。
「王騎」のことは「聖域教会」でも最高機密になっていましたからね。
お父さんやお母さんでも、情報に触れることは難しかったんです。
それでもふたりは、「第5階層」を封印したときのパニックにまぎれて、黒い『王騎』を持ち出すことができました。
もちろん、私も手伝いましたよ。
あの黒い「王騎」をまとって、フィーラ村の古城に運び込んだのは私、ミーア=カーマインです。アリスお姉ちゃんから血をもらったおかげで、私には強い魔力がありましたからね。あの「王騎」を動かすくらいはできたんです。
ほめてください。マイロード』
「ああ。偉いぞ、ミーア。おかげで助かった」
そうか。『黒王騎』を
確かに……あれは俺の魔力に反応してたな。
おそらくはミーアが仮の使用者として、『黒王騎』に登録されていたのだろう。
その後、ライルが封印を施して、俺以外には使えないようにしたんだ。
その後、『黒王騎』は200年間、古城で眠っていた。
あれは魔力を大量消費するからな。
俺……あるいはアイリスと同じくらいの魔力がないと、あつかうのは無理だろう。
『あの黒い「王騎」だけは、「聖域教会」の者たちにも動かすことができなかったんです。みんな、魔力を奪われて死にかけていました』
──やっぱり。
『だから、黒い「王騎」の能力は、誰も知りません。
あの「王騎」だけは、「エリュシオン」にも一切の記録がなかったそうです。最初に作られたのか……最後に作られたのかもわかりません。
ただ、強力なものだということは、間違いないはずです。
これは「エリュシオン」で暮らした私の直感ですけど……あの黒い「王騎」なら、第一司祭の「王騎」──「ロード・オブ・アローン」に対抗できるかもしれません。
でも……本当は、戦わないのが一番です。
そのための「古代器物」を、お父さんとお母さんは私に預けてくれましたからね。
それが「封印用の古代器物」です。
もしも、マイロードが第一司祭と出会ったら、「封印用の古代器物」を使ってください。奴の不死を解除できるはずです。
あ、これは万が一、出会ったときのためですよ?
出会わないのが一番です。
マイロードとアリスお姉ちゃんには、平和で、幸せに暮らして欲しいですからね』
それからミーアは『封印用の古代器物』の使い方を教えてくれた。
地面に紋章を描き、その中心にコインを置く。
そうすると円形の魔法陣が浮かび上がる。
そして、魔法陣の範囲内に存在する古代器物は、使えなくなるそうだ。
ライルはこれを使って、大量の古代器物を封印したらしい。
ただし、コインは1度使うと封印の力を失ってしまう。
ミーアが受け取ったコインは4枚。
そのうち1枚は、このアミュレットの封印に使ったそうだ。
『ライルお父さんとレミリアお母さんは「聖域教会」との戦いを、私たちの時代で終わらせようとしていました。
だから……不死になった第一司祭を追って、北の地に向かったんです』
古代器物の説明のあと、ミーアはそんな言葉を付け加えた。
ライルとレミリアが向かったのは──今で言えば、ガイウル帝国との国境近く。
俺が『
……あの場所に、ライルやレミリアの手がかりがあるのかもしれないな。
「話を聞けてよかったよ。ありがとう。ミーア」
『マイロードはきっと、私の話を聞いたあと、お礼を言ってくれるでしょうね』
……お見通しか。
ライルの家族は、俺のことをわかりすぎだ。
『もう一度言います。フィーラ村のみんなは、自分が望んだとおりに生きました』
ミーアは、まるで祈るような口調で、そんなことを言った。
『みんな言ってました。マイロードのおかげで、
たったひとつの不満は、マイロードが側にいないことだけ。
そんなふうに言って、みんなで村の思い出話をしていました』
……そっか。
みんなが思うように生きられたのなら、よかった。
『それから、アリスお姉ちゃん。
マイロードとは会えましたか? ううん……
お姉ちゃんなら、手段を選ばずマイロードを見つけ出したはずです。
私は……ミーア=カーマインは、そう信じています。
だから、思いっきり幸せになってくださいね』
それから、ミーアは照れくさそうな口調で、
『マイロードにお願いします。
お姉ちゃんを、大切にしてください。
私は本当に……お姉ちゃんが私の子孫に転生するような気がしてるんです。
だからマイロードがお姉ちゃんを抱きしめたら、それは私の命を抱きしめてるのと同じかな……って、そんな気がします。
だから……マイロード。
お姉ちゃんがよろこぶことをしてくれたら、うれしいです。
これはフィーラ村代表、ミーア=カーマインのお願いです。
聞いてくれますよね? マイロードは、村の子どものお願いを無視するような人じゃないですよね? ね? ねっ!?』
…………あのな、ミーア。
時を超えて俺を
『ミーア=カーマインは、幸せに生きました。
そして……私が死ぬときは、この村の一番見晴らしのいい場所に
この村の高台に立つと、山がよく見えます。
その景色は……『フィーラ村』から見る山に、そっくりなんです。
だから、私は山がよく見える場所で眠ることにします。
いつか、マイロードとアリスお姉ちゃんが来てくれることを祈っています。
それでは……マイロード。
私を見つけてくれて、ありがとうございました。
幸せになってくださいね。
会えなかった私の主君、ディーン=ノスフェラトゥさま。
私の大好きなアリスお姉ちゃん。
──ふたりに、私の言葉を伝えることができて、よかったです。
──ふたりに、私の言葉が伝わることを、祈っています。
フィーラ村の子。ミーア=カーマインより』
──そして、ミーアの声は途切れた。
「……村のみんなは自分が望んだ通りに生きた、か」
『それは本当だと思うです。上位者さま』
ゴーレムの『フィーラ』が答えた。
『「聖域教会」に潜り込んだライルさまとレミリアさまは、すごく活き活きしていたです。「聖域教会」をぶっ
「だろうな。あのふたりは、生き残りの司祭を追いかけていったらしいから」
『あのご夫妻なら、やるです』
「ライルとレミリアなら、やるよな」
でも、ライルたちは第一司祭を倒すことはできなかったんだろうな。
帝国の皇女の証言によると、第一司祭はまだ生きている。
ライルとレミリアが失敗したのか……それとも、無茶をするのをやめて、のんびり暮らすことにしたんだろうか。
……後者だといいな。
いくら『自分のやりたいこと』をやるといっても、限度があるだろ。まったく。
俺は箱の底にあったコインを手に取った。
コインの表面に描かれている紋章を地面に書き、そこにコインを置くと、封印の魔法陣が発動する。そして、効果範囲内にある古代器物を封印できる。
これは、そういうものらしい。
「…………いや、違う使い方もできるか」
俺は『魔力血』で紋章を描くことで『古代魔術』を発動してるよな。
それは大量の魔力を含んだ『魔力血』が、詠唱と、魔術発動の紋章の代わりをしているからだ。
同じようなやり方で封印用の古代器物を発動したら……どうなるんだ?
もっと簡単に『王騎』や、第一司祭を封印できるような気がするんだが……。
「実験してみたいけど、コインは3枚しかないんだよなぁ」
このコインは一度使ったら力を失う。
使うときは、本当に必要なときだけだな。
「ありがとう。ミーア。これはアイリスを守るために使わせてもらう」
俺は箱とアミュレット、手紙とコインを『収納魔術』に入れた。
それから地面を蹴って、空中に浮かびあがる。
さっきまでいた墓地に視線を向ける。
ミーアは、一番眺めのいい場所に自分を
それはたぶん……山が見える場所だ。
ここから見える山は、フィーラ村から見える景色によく似ているからな。
それが一番よく見える場所といえば──あの場所だろうか。
俺は宙を飛んで、墓地の一画に着地した。
アリスの祖母の墓があった場所の近くだ。
ただ、まわりに他の墓石はない。ぽつんと、大きな石が置いてあるだけ。
墓石だとわかるのは、表面を削って平らにしているからだ。
そこに文字が刻まれている。
200年の間、風にさらされて、消えかけた文字が。
『ミーア=ミレイアス
──と。
「お前はここにいたんだな。ミーア」
俺は墓に向かって手を合わせた。
語りたいことは、いくらでもある。知りたいことも。
『アミュレット』で聞いた言葉だけじゃ全然足りない。
俺はミーアと話がしたかった。
フィーラ村のみんなと、もっと話がしたかった。
ずっと……一緒にいたかったんだ。
あいつらが生まれてから……いつか、齢をとって死ぬまで側にいるのが、ディーン=ノスフェラトゥの役目だと思っていた。
あいつらのことを覚えていて、忘れない。次の世代に語り継ぐ。
不死の生き物にできることなんか、それくらいだ。
『ミーア=カーマインは、幸せに生きました』
──その言葉だけで、十分だ。
ミーアが幸せに生きたという事実だけでいい。
封印の古代器物は、おまけだ。
ミーアはライルとレミリアの子だからな。俺が望むものをわかっていたんだろう。
だから、俺の欲しい言葉を残してくれたんだ。
……本当に敵わないな。ライルと、その家族には。
「さてと、帰るか。『フィーラ』」
『はい。帰りましょう。上位者さま』
夜は長い。
アイリスにミーアの言葉を聞かせる時間はあるだろう。
それからアイリスはたっぷりと泣くだろうから、翌朝には目が真っ赤になっているはず。
それを不審に思われないように対策するのが、俺の役目だ。
そうして、俺は『フィーラ』を『収納魔法』に入れてから、アイリスの元に戻り──
「お帰りなさい。マイロード。ミーアの手がかりは……え? あの……マイロード!?」
「あのな。アイリス」
「は、はい。マイロード」
「詳しいことは省略するけど、俺はミーアに『お姉ちゃんがよろこぶことをしてあげて欲しい』と言われたんだ」
「だからといって、どうして私を持ち上げてぐるぐる回しているんですか? それはアリスが小さいころに好きだったことで……いえ、今も好きですけど。あのマイロード……!?」
「アイリス」
「は、はい」
「俺の側にいてくれて、ありがとう」
「……は、はい。マイロード! こ、こ、こちらこそです!!」
俺はアイリスを抱き上げ、前世のアリスが喜んだやり方で、ぐるぐると回転させたのだった。
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