第160話「元魔王とゴーレム、ミーア=カーマインの声を聞く(前編)」

 それから俺は地面を掘り返した。

 難しい作業じゃなかった。


 地面を掘る道具は、念のため『収納魔術』に入れてあった。

 俺は『身体強化』2倍が使えるし、前世では農作業の手伝いもやっていたからな。土いじりは慣れてるんだ。

 それに、ゴーレムの『フィーラ』も手伝ってくれた。

『フィーラ』は金属製の腕を振るって、必死に土を掻き出していた。


 そして──


『上位者さま! あったです!』


 しばらく掘り進めると、固いものにぶつかった。

 土を払いのけると、平面状のものが現れる。

 板……じゃないな。これは、箱か。


 俺と『フィーラ』は埋まっていたものを掘り出した。

 現れたのは小さな箱だった。

 表面は純白。長い間埋まっていたのに、傷ひとつない。

 それどころか鍵穴もない。


 表面はつるりとしていて、とっかかりがまったくない。

 箱の側面に金属製の部品がある。

 これは……ただの箱じゃないな。


『早く開けてみてくださいです。上位者さま!』

「待った。これはたぶん『古代器物』だ。なんらかの手段でロックされてる」


 200年近く埋まっていたのに劣化していないのは、そのせいだろう。


 箱に触れると……かすかに魔力を感じる。

 俺の『魔力血』や、アイリスの『準魔力血』に近い。


 やはり『ラピリスの石』が入っているのだろう。

 反応が微弱なのは時間が経っているからか、それとも箱の効果だろうか。


『どうすれば開くのですか? 上位者さま』

「『侵食ハッキングすれば開くだろう。力ずくで開けるのは気が進まないな』

『で、ではどうするのですか!?』

「たぶん、箱に魔力を注げば開くと思う」


 ミーアは転生した俺やアリスのために、この箱を残したのだろう。

 だとしたら、俺たちに開けられるようになっているはず。


 俺とアイリスとミーアは似た魔力を持っているからな。

 魔力を鍵の代わりにするのが、一番合理的だ。


 だから、金属部分に触れて、俺の魔力を注げば──



 かちり



 音がして、箱にわずかな隙間すきまが生まれた。

 ロックが外れたようだ。


「さすがミーア。ちゃんと考えてるんだな」


 ライルとレミリアの娘だもんな。賢いよな。

 ライルは努力の天才だったし、レミリアは天然の天才だったもんな。

 ふたりの血を引いたミーアは、どうすれば俺たちにこの箱を残せるか、考え抜いたんだろう。


 だから『ラピリスの石』を使って、自分の魔力を目印にした。

 自分に近い魔力の持ち主にしか開けない『古代器物』の箱を使った。


 ミーアは、確かにここにいた。

 彼女は数代前の、アイリスの先祖だったんだ。


 そしてこの箱は、ミーアの遺産だ。

 彼女がもう、この世にいないことの証拠でもある。

 アイリスが知ったら……泣くだろうな。


 もちろん、それはわかってたことだ。ライルもレミリアも、もう生きてはいない。

 俺たちはフィーラ村の跡地も見た。

 故郷がもう、変わってしまったことを確かめた。


 みんながもう生きていないことはわかってる。

 それでも……その証拠を突きつけられるのは……きついな。

 村の子どもたちを看取みとってきた俺でもそうなんだから、アイリスは、もっとだろう。


「箱をアイリスに見せる前に、俺が中身の確認をした方がいいな」


 これは200年前のものだからな。

 ミーアが俺たちになにかするとは思えないけど、意図しない変化が起こっている可能性もある。

 万が一にも、うちの子を危険にさらすわけにはいかないからな。


「箱を開けるぞ。『フィーラ』」

『は、はい。上位者さま』

「予想外のことが起こる可能性もある。お前は少し離れていてくれ。それと、ここであったことを記録することを忘れないように」

『了解しました!』


 ゴーレムの『フィーラ』が、トコトコと離れていく。

 俺は軽く跳び上がり、周囲に誰もいないことを再確認。


 それから、廃屋はいおくかげで、箱を開いた。


『ど、どうなりましたか? 上位者さま』

「ああ。こっちに来て大丈夫だ」


 なにも起こらなかった。

 ……そうだろうと思っていたんだけどな。


 予想通り、箱の中に入っていたのは『ラピリスの石』だった。

 俺がレミリアの結婚祝いにおくったものだ。


 強い魔力を感じる。

 200年経っているのに、ほとんど劣化していない。

 やはり、箱には物を保存する機能があるようだ。


 それでも魔力がれていたのは、ミーアがそういう調整をしたのだろう。

 転生した俺たちが、彼女の痕跡こんせきを見つけられるように。


『ラピリスの石』の他には小さな羊皮紙ようひしと、銀色のアミュレットがあった。

 アミュレットには細いくさりがついている。

 三つの円盤が組み合わさったようなかたちだ。

 中央の円盤には、なにかをはめ込むようなくぼみがついている。これも『古代器物』かな。


「このアイテムに見覚えはあるか? 『フィーラ』」

『ないのです。「エリュシオン」から逃げたあとで、ご両親が渡されたものだと思うのです』

「となると、機能は不明か」


 あとは小さな羊皮紙があるだけだ。

 手紙にしては小さすぎる。

 文字が数行かけるくらいの大きさしかない。


 この箱が俺たちに宛てたものなら、長い手紙があってもおかしくないんだが。

 箱を誰かに奪われたときのために、情報を制限したのか?

 そんなことを思いながら、紙を開くと──



『このアミュレットは「古代器物」ですが、封印されています。

 マイロードが「侵食ハッキング」してから、石をはめこんでください』



 書かれていたのは、それだけだった。


「本当に頭がいいな! ミーアは!」


 彼女は保管用の箱に『ラピリスの石』と、アミュレットを隠した。

『魔力で開く機能』を利用するために、箱は封印せずに埋めた。


 けれど、万が一敵方に箱が渡ったときのために、アミュレットには封印をほどこした。

 俺の『侵食ハッキング』なら、それが解けると考えたんだろう。


「お前は大変な時代に生きていたんだな。ミーア」


 ミーアが生きていたのは『八王戦争』の時代だ。

 用心深くなければ生き残れなかったんだろう。


「お前の遺したアミュレット、使わせてもらう。『侵食ハッキング』」


 俺は『魔力血ミステル・ブラッド』で、アミュレットに『侵食』を試みる。


 ──第一防壁、突破。

 ──第二防壁も突破。


「全防壁、突破。アミュレットの封印を解除」


 アミュレットの能力がわかった。

 この『古代器物』は、音声を魔力に変換するものだ。


 具体的にはアミュレットを装着した者の声を、魔力に変換して記録する。

 記録した魔力は『ラピリスの石』のように、魔力蓄積効果のあるものに保存できる。

 保存した音声は、何度でも再生できるらしい。


 つまりミーアは……俺たちに自分の声を残してくれた……ってことか?


「お前ならミーアの声を聞き分けられるな? 『フィーラ』」

『もちろんなのです!』

「一緒に聞いてくれ。アイリスに聞かせるのは、それからだ」


 アリスが転生したあと、フィーラ村の人々はふたつに分かれた。

 ひとつは、転生後の俺とアリスの生活を支えるために資産を作ってくれた『商人派』。

 こちらはローデリアの先祖──ゲイツたちが中心だった。


 もうひとつは『聖域教会』を潰すために活動していた『潜入派』。

 こちらはライルやレミリアを中心として活動していた。


『商人派』と『潜入派』は、途中から連絡が取れなくなった。

 だから『潜入派』のことは、断片的にしかわからない。

 手がかりは、ライルが『エリュシオン』に残したメッセージくらいだ。


 けれど、ここにはミーアの肉声がある。

 彼女は『潜入派』がどうなったのかを知っているはずだ。

 もしかしたら……アイリスにとっては残酷ざんこくな情報もあるかもしれない。


 それを聞かせる前に、俺が確認しておきたい。

 俺にはその責任がある。

 ライルたちが『聖域教会』と戦う原因になったのは、俺だからな。


 俺はあいつらがどうなったのか知らなきゃいけない。

 たとえそれが……どんな結末だとしても。


 俺はあいつらの家族で、村の守り神のディーン=ノスフェラトゥなんだから。


「……これでいいな」


 俺はアミュレットに『ラピリスの石』をはめ込んだ。

 それから、魔力を注いで、音声再生機能を起動する。


 やがて、アミュレットが、震え始める。

『ラピリスの石』の左右にある円盤えんばんから、かすかな雑音が流れ出す。


 そして、それが人の声に変わった。



『……え、えっと。これで録音できているはずですよね?』



 流れ出したのは、女性の声だった。

 レミリアの声によく似ていた。


『はじめまして。マイロード。それとも……アリス姉さんですか?』


 ミーアは言った。


『それとも、ふたりは一緒にいますか?

 ふたりがこれを聞くのはずっと先の時代のことなんだよね?

 そう考えると……なんだか、不思議です。


 名乗り忘れました。私はミーア=カーマイン。

 フィーラ村の村長だったライルお父さんと、レミリアお母さんの子どもです。


 えっと……最初に言っておきます。

 これはライルお父さんと、レミリアお母さん、それから……フィーラ村のみんなからの伝言です。マイロードにどうしても聞いて欲しい言葉だそうですから、私こと、ミーア=カーマインが代わりにお伝えしますね』


 ミーアが深呼吸した。

 そして──



『フィーラ村のみんなは、好き勝手に生きた!

 みんな自分の意思で、自分のやりたいことをした!

「商人派」がお金を稼いだのも、「潜入派」が「聖域教会」を壊したのも、自分たちがしたいことをやっただけ。


 マイロードのことだから「自分が村のみんなの運命を変えた」とか思ってるかもしれないけど、そんなことはない! 何百年も経ってるのに気に病んだりしてねぇだろうな! このくそ親父!!


 ──あ、ごめんなさい。最後のはライルお父さんの伝言です。

 口汚くてすみません! 私の言葉じゃないです。本当ですよ。信じてくださいマイロード!』



 照れたような、それでいて少し、とまどうような──

 そんなミーアの声が、アミュレットから流れ出したのだった。



──────────────────────


 後編は、明日か明後日くらいに更新する予定です。



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 ユウキとアレク、ふたりの護衛騎士の戦いが描かれます。

 コミック版「辺境魔王」7巻を、よろしくお願いします!

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