第154話「元魔王、元B級魔術師に仕事を依頼する」
──同時刻、ユウキ視点──
「西の塔に入る許可は取ってあります。問題なく、イーゼッタさまに会えますよ」
「ご手配ありがとうございます。アイリス殿下」
俺とアイリスは、王都の西にある塔に向かっていた。
イーゼッタ=メメントが幽閉されている場所だ。
許可はアイリスとオデットが取ってくれた。
カイン王子に頼んだら、すぐに手配してくれたそうだ。
俺からもカイン王子に書状を書いた。
『イーゼッタ=メメントの今後の扱いについて』と。
カイン王子からの返事ももらっている。
短い文書で『イーゼッタを頼む』と。
あの人も、イーゼッタのことを気にしていたみたいだ。
「でも、いいんですか? ユウキさまのご実家にご迷惑になるのでは……」
「ゼロス兄さまは、納得してくれました」
ちなみに、敬語で話しているのは、カイン王子が手配してくれた馬車の中だからだ。御者はカイン王子の部下で、塔までの護衛も兼ねてる。
ここで俺が、アイリスと対等の口を利くわけにはいかないんだ。
「父さまも賛成してくれました。ルーミアは……おおよろこびしていたようです。すごい人が来てくれるって」
「あとはイーゼッタさまの意思次第ですか……」
「賛成してくれればいいんですけどね」
そんな話をしているうちに、馬車は西の塔に到着した。
御者の男性が合図し、俺は先に降りてアイリスの手を取る。
俺たちの前にあるのは、鉄製の大扉だ。
左右には見張り台があり、大柄な兵士たちが弓を手にしている。
「護衛騎士ユウキ=グロッサリア。カイン殿下と国王陛下の許可を得て、アイリス殿下と共に、イーゼッタ=メメントとの面会に参りました。開門をお願いいたします」
俺とアイリスが前に進むと、扉が開いていく。
そうして俺たちは、イーゼッタのいる塔へと足を踏み入れたのだった。
「……ユウキ=グロッサリアとアイリス殿下。本当に……いらっしゃったのですね」
ベッドに腰掛け、呆然と、俺とアイリスを見ている。
彼女が着ているのは、寝間着のような服だ。
おそらくは、
長かった髪は、短く切りそろえている。
本人が要求したそうだ。身支度が面倒だから、って。
彼女の顔色は、悪くない。
貴族だからか、父親に逆らえなかったという事情からか、それなりの扱いを受けているようだ。
ただ、表情は暗い。
一瞬だけ俺とアイリスを見たあとは、すぐに、視線を逸らした。
あとはベッドに腰掛けたまま、じっと、壁の方を眺めている。
それが元B級魔術師、イーゼッタ=メメントの現状だった。
「ご来訪の件についてはコレットから聞いておりました。けれど……アイリス殿下。ここは殿下が来る場所ではございませんよ?」
イーゼッタは壁を見つめたまま、言った。
「『メメント派』の企みについては、すべて、
「私は、ユウキさまの補助をするためにここに来ております」
アイリスは穏やかな表情で、告げる。
牢獄の前にいるのに落ち着いてる。
並の王女さまなら恐がったりするんだろうけど、アイリスには前世の──アリスの記憶があるからなぁ。
俺が前世で『フィーラ村』の子どもたちに勉強を教えていた頃の話だ。
日暮れ前にはみんなを家に帰すようにしていたんだけど……アリスだけは、帰ったふりをして夜中まで古城に潜んでいたことがあった。しかも、何度も。徐々に隠れ方が
そうしてアリスは、真っ暗な廊下を歩いて俺の部屋まで遊びに来てた。
『コウモリさんがいたから全然怖くなかった』って、平気な顔で言ってた。
その後、俺がライルんちまで送ったけど。
そんな記憶をもっているアイリスには、薄暗い
「イーゼッタ=メメントさまにおたずねします。あなたは『メメント派』の陰謀を
「…………いいえ」
アイリスの問いに、イーゼッタは、首を横に振った。
「……恨むなんて……ユウキさんは、父を止めてくださったのですもの」
「では、あなたが妹のコレットさまをユウキさまに預けたのは……」
「
「コレットさまを巻き込まないためではあったと考えております」
「…………さて、どうでしょう」
ため息をつくイーゼッタ。
「ただ、コレットには幸せになって欲しいとは思っています。あの子は私に、侯爵家の異常性に気づかせてくれましたもの」
「侯爵家の、異常性に?」
「父は側室に産ませたコレットを愛しませんでした。物置に閉じ込め、使用人以下の扱いをしておりました。その様子を見て……私は『おかしい』と思うようになったのです」
──自分はコレットを妹だと思っている。大切に思っている。
──けれど、父はコレットを
──父は正しい。そう教え込まれてきた。
──でも、イーゼッタの心は、姉としてコレットを愛している。
──間違っているのは父? それとも自分……?
コレットと一緒にいるうちに、自分の中にそんな疑問が生まれたのだと、イーゼッタは言った。
「結局、父に逆らうことはできませんでしたけど」
「侯爵家の長女として生まれた私は、貴族としての恩恵を受けております。けれど、恩恵を受けていないコレットは罰を受けるべきではない。そういうことです」
「それが、ユウキさまに妹さんを預けた理由ですか」
「成り上がりのグロッサリア家の庶子ならば、侯爵家の庶子を大切にしてくれるかもしれない……そう思ったのですわ。予感は、的中したようですけれど」
語り終えたイーゼッタは、やっと、俺たちの方を向いた。
満足そうな……けれど、疲れたような表情だった。
「そうですね。コレットは俺の弟子として、大事に預からせてもらってます」
俺はイーゼッタを見ながら、言った。
「それと、俺たちは『オデット派』という派閥を立ち上げるつもりでいます。コレットにも所属してもらうことになります。そうすれば居場所ができるし、他の貴族や魔術師からも護ることができますからね」
「……あなたは、怒らないのですか?」
「なにに対して?」
「私は言いましたよ。成り上がりの貴族の庶子ならば、侯爵家の庶子を大切にしてくれるかもしれないと思ったと。私はあなたを見下して、利用しようとしたのです」
「コレットのためなら、しょうがないですよ」
イーゼッタが、コレットを預けられる相手は少ない。
『カイン派』の者に預けた場合、陰謀が失敗した後でコレットが非難される可能性がある。
『カイン王子の次期王に』という『メメント派』の主張は、カイン王子が望むものではなかったし、彼の立場を悪くするものだからだ。
かといって、カイン王子を信奉するイーゼッタが、コレットを『ザメル派』に預けることはできない。不自然だし、勘ぐられる可能性もある。
結局、俺くらいしか、預けられる相手がいなかったんだろう。
「それに、あなたに貸しを作ることができましたから」
「借りを返せと?」
「はい。そのために、俺はここに来たんです」
「今の私には、なにもできませんよ」
「そうでもないですよ。あなたはこれから、貴族の預かりになるんですよね?」
そう言ってから、俺はアイリスと視線を交わす。
交渉はこれからだ。
イーゼッタを説得して、こっちの味方に引き入れなきゃいけない。
アイリスについてきてもらったのは、人間っぽく説得してもらうためでもある。
俺はまだ、完全に人間を理解しているわけじゃないからな。
人間同士の交渉には慣れてない。だから、
「イーゼッタ=メメントさん。あなたの身柄をグロッサリア
「…………は?」
イーゼッタの目が点になった。
構わない。俺は続ける。
「うちの妹は将来『魔術ギルド』に入りたいそうで、魔術の勉強をしてるんだ。俺が家にいる間は見てやれてたけど、今はそういうわけにはいかない。父さまも家庭教師役を探しているみたいだけど、うちは田舎だから、なかなか来たがる人がいないんです。そこでイーゼッタさんにお願いしようかと思って。妹も喜びますから」
「……ユウキ=グロッサリア」
「はい」
「あなたは、本気で言っているのですか」
「本気もなにも、父さまと次期当主……ゼロス兄さまの許可は取ってありますから」
イーゼッタ=メメントはこれから、貴族の預かりになる。
もちろん、自由が与えられるわけじゃない。
離れの一室を与えられて、そこで監視されながら、生活するって感じだ。
でも、預かり先の家の者と話したりするのは構わないそうだ。
だったら、ルーミアの家庭教師をやってもらうのがいいだろう。
うちには俺が使ってたころの離れがあるし。
監視役が来るなら、イーゼッタと一緒に、そこに住んでもらえばいい。
「元B級魔術師が地方貴族の家庭教師をするのは、不本意かもしれませんけど」
「…………」
「でも、イーゼッタさんが俺の実家に住めば、コレットも安心しますよね? 手紙のやりとりもしやすいし、俺が里帰りしたときに会うこともできます。あ、うちの妹には、まだ話してません。びっくりさせたいんで」
「…………」
「というわけで、どうでしょうか。俺も助かるし、イーゼッタさんもコレットも、預かり先が決まって安心ですよね。両方にとっていい話だと思うんですけど」
「……ユウキ=グロッサリア。あなたは……」
「うん?」
「本気で言っているのですか? 私は、罪人なのですよ?」
「お父さんに逆らえなかっただけですよね? うちはともかく、貴族の家って厳しいですからね……」
「罪を犯したことに変わりはありません。そんな私を信じるのですか?」
「俺が信じてるのはコレットです」
コレットはいい子だ。
少し泣き虫なところはあるけれど、素直で優しい。
侯爵からは
だから──
「コレットが素直に育ったのは、あなたが陰ながら、彼女を支えていたからだと思う」
俺は言った。
「そんなコレットの姉さんなら信じられるって、そう考えただけです」
「……ただの善意だと?」
「いえ、一応、こっちのメリットもありますけど」
「……お聞かせください」
いつの間にかイーゼッタはまっすぐに、俺たちを見ていた。
部屋の椅子に移動して、姿勢を正して。
ここが正念場だ。
派閥作りについて、イーゼッタの協力を仰ごう。
「俺とアイリス殿下とオデットは、新たな派閥を作るつもりでいます。けれど、このタイミングでドノヴァン=カザードスという人も、新規派閥を立ち上げようとしているんです」
俺は深呼吸してから、告げた。
「同時にふたつの派閥を立ち上げるのは難しい。そして、コレットの話によると、ドノヴァン=カザードスはあなたを救うために派閥を立ち上げようとしているそうです。そのドノヴァンさんは『エリュシオン』の地下第6階層の探索を行おうとしているらしい。俺は、それを止めたいんです」
「ドノヴァンが!? そんなことを……?」
イーゼッタは目を見開いた。
さすがにこの場所までは『ドノヴァン派』の情報は来てなかったか。
「……地下第6階層なんて! 第5階層の探索も始まったばかりだというのに」
「もしも、ドノヴァンという人の目的があなたを救うことなら、こっちが先に、あなたを牢から出してしまえばいいですよね。そうすれば彼は派閥を作る理由を失います。俺たちは安心して、新たな派閥を立ち上げることができるんです」
「それが、ユウキ=グロッサリアが、私をここから出す理由ですか」
「あとは……派閥を立ち上げることで、縁談とかめんどくさいことを回避したいと思ってます」
俺は、肩をすくめてみせた。
結局、俺は、私利私欲で動いてる。
イーゼッタをここから出したいのは、俺の都合だ。だから、断られるなら仕方がない。ただ、こちらの手札は全部、示す。それが礼儀だろう。
「結局、俺は自分の都合で、あなたに手を貸して欲しいだけなんです」
「……ふふ。そういうことでしたか」
イーゼッタは安心したような息をついた。
「それなら……わかりやすいですね」
「ドノヴァンさまとイーゼッタさまは、恋仲でいらしたのですよね?」
不意に、アイリスがつぶやいた。
「でしたら、ドノヴァンさまを止めるのに協力していただけませんか? 第6階層の探索が危険なのは間違いありません。それだけでも、止めるべきでは……?」
「……ドノヴァンをどう想っていたのか、今の私はもう、思い出せないのです」
イーゼッタはまた、視線を逸らした。
うつむいて、ぽつり、ぽつりと、言葉をつぶやく。
「一時は恋仲だったこともありましたが……私には、あの方を優先することができませんでした。あの時の私には、父に従わなければいけないという想いと、姉としてコレットを想う気持ちしか残ってなかったのです。だから、彼と別れたのです」
「……そうだったのですか」
「私の中にはもう、コレットへの想いしか残っておりません」
「ドノヴァンさまを説得していただくことは……?」
「無理です。今の私は……ドノヴァンに、なんと言葉をかけていいかわかりません」
「では、ユウキさまの提案に賛成していただけませんか?」
アイリスは牢に近づき、鉄格子に触れた。
じっとイーゼッタを見つめて、告げる。
「あなたがグロッサリア伯爵家の家庭教師になれば、妹のコレットさまと会うこともできましょう。コレットさまもあなたと会うことを望んでおられますよ」
「ああ……そうですね」
イーゼッタは静かに、つぶやいた。
「それはとても幸せなことですね。とてもいい夢です」
「……イーゼッタさま?」
「…………ありがとう、ユウキ=グロッサリア。あなたの家に預けられて……あなたの妹に魔術を教えて……時々は、コレットと会って話をする……それは夢のような未来です。侯爵家のしがらみも忘れて、優しい時を過ごす。本当に、夢のような未来」
そう言って、イーゼッタは胸を押さえた。
「その夢だけで、私はこの牢の中でも生きて行けます。ありがとう。ユウキ=グロッサリア」
「待ってくれ。俺がしたいのはそういう話じゃなくて……」
「私はいない方がいいのです。その方が、コレットのためです」
「……コレットのため?」
「私はかつて、父に従うだけの生き物……怪物のようなものでした。そうして『メメント派』を率いて、カイン殿下を王位につけるための行動を起こした……実行してしまったのです」
──その事実は消えない。
──コレットも、怪物を姉に持ったことで、後ろ指をさされるかもしれない。
──だったら、自分はこのまま、幽閉され続けた方がいい。
──皆が事件と──イーゼッタ=メメントという存在を、忘れてしまうまで。
「私は結局……父に従うだけの怪物でした。そのような存在がいては、コレットに迷惑をかけるだけ。だったら……このまま朽ちて、消えてしまうべきなのです」
ぽつり……ぽつりと、まるで、独り言のように。
そんな言葉を、イーゼッタは語り続ける。
……自分がいない方がいい。その方が家族は幸せになれる……か。
その気持ちはたぶん、わかる。
それはずっと昔、俺が考えたことと似ているから。
だけど──
「昔話をしてもいいかな。イーゼッタさん」
俺は鉄格子に近づいて、イーゼッタに語りかける。
イーゼッタは不思議そうな顔をしていたけれど、構わない。
俺は続ける。
「
「ユウキ=グロッサリア? あなたはなんの話を……?」
「ユウキさま!? それって……」
「だけどある日、怪物をやっつけるために、外から敵がやってきた。地元の人間は怪物をかばおうとしたんだけど……怪物は自分が死ぬことを選んだ。『家族を守るためには、自分という存在が消えた方がいい』と考えたわけだ」
「…………」
イーゼッタは黙って、俺の話を聞いている。
俺は話を続ける。
「でも、不思議なことに、その怪物は死んだ後も意識があったんだ。そして、思ったんだ。もっと他にいいやり方があったんじゃないか、って」
「…………」
「……ユウキさま」
「長年生きた怪物だからな。知恵と経験だけはあったんだ。だから、そいつは思った。もっと、みんなが幸せになれるやり方があったのかもしれない、って。家族の手を血で汚すこともなく、すべてがうまくいくやり方が」
……思い出してきた。
200年前、ライルに刺される前。俺は考え続けていたんだ。
ライルに負担をかけずに、もっとうまく切り抜ける方法を。
眠らずに。ただひたすら。ずっと。
「敵が来たときにもっと……1日か2日……10日……1ヶ月くらい考えれば、うまく切り抜ける方法を思いついたかもしれない。だけど、そのときの怪物には時間がなかった。敵が、すぐそこに迫っていたからだ。その怪物は、地元の人間を生かすことを最優先するって決めていた。だから、そいつは死ぬことにしたんだ」
「……私には……その怪物の気持ちがわかります」
ふと、イーゼッタがうなずいた。
「……そうです。同じです。だからコレットのために、私は……」
「でも、怪物のその決断は、その後の家族の生き方を決めてしまった。地元の人間……つまり、怪物の家族は、怪物のことを忘れなかったからだ」
「…………え」
「怪物は、残った家族に……ただ、幸せになって欲しかった。だけど家族は怪物のことを忘れなかった。まぁ、その後いろいろあってその家族たちは、怪物のために生きてしまったんだ」
「…………」
「その怪物は今でも時々、考えることがある。もっと他に、うまいやり方があったんじゃないかって。すべての問題が一気に解決できる、そんな奇跡のようなやり方が……だから」
「それは違います!!」
いきなりだった。
隣にいたアイリスが、俺の肩をつかんで、叫んだ。
「マイ……いえ。あの方……その怪物さんは、村のために精一杯やってくれました! だから村人はその人を愛して、その人のためにがんばったんです!」
「あの……ちょっと。アイリス殿下?」
「怪物さんが間違えたのは、怪物さんを心から愛する女の子を残していったことです! 死ぬなら『一緒に死んで』と言うべきでした! いいえ! その前に結婚式を挙げるべきでした!!」
「あの……殿下。昔話です。
「怪物さんが亡くなった後のことは、村のみんなが、自分の意思で決めたことです!」
アイリスは涙を浮かべて、叫ぶ。
「それがみんなの意思で、みんなの幸せだったんです! ただ、あの方は残された女の子のことを考えるべきだった。それだけで……」
「落ち着いてください。殿下」
俺は、イーゼッタから見えないように──アイリスの背中をなでた。
アイリスは泣き顔のまま、深呼吸。
それで少し、落ち着いたようだった。
「申し訳ありません。取り乱しました」
「……い、いえ。殿下」
イーゼッタはおどろいた顔で、アイリスを見ている。
アイリスは王女の口調に戻って、
「だから……えっと、イーゼッタさま。簡単に『消える』なんて言ってはいけません」
「……殿下」
「残されたコレットさんのことを考えてください。あの方はお姉さんを大事に思っていると、ユウキさまもおっしゃったでしょう? あなたがするべきなのは、ここを出てコレットさんを抱きしめてあげることです」
「で、ですが殿下。私がいてはコレットが……」
「大切なのは人を
「お言葉をありがとうございました。アイリス殿下」
俺はアイリスを鉄格子から引き離した。
アイリスは、少し興奮してる。
『マイロード』とか『フィーラ村』とか口走る前に止めよう。
「つまりアイリス殿下は『残された者のことを考えるべき』とおっしゃりたいのだと思います」
そう言って、俺は話をまとめた。
「イーゼッタさんには、まだ時間がありますよね? 結論を出すのは、もっと考えてからでもいいんじゃないですか? それに、あなたが消えたところで、コレットの中にいる姉は消えません。どうせ消えないなら、普通にコレットと会える場所にいた方がいい。そう思いませんか?」
「…………ふふっ」
いきなりだった。
イーゼッタは口を押さえて、
それから──
「…………ふふっ。あはは。はははっ」
──お腹を抱えて、笑いはじめた。
まるで、子どもような笑い方だった。
「……不思議な方ですね。ユウキ=グロッサリアも、アイリス殿下も」
「……そうかな」「そうでしょうか」
「それに、怪物の話は、妙に真に迫っておりました。私はそのような話は存じないのですが……一体、どこの地方の昔話なのでしょうか」
「……遠い遠い、辺境の村のお話……かな?」
「そうですか……ところで、ユウキ=グロッサリア」
「はい」
「あなたはどうして、コレットを人質にしなかったのですか?」
「……え?」
「私の中にはコレットへの想いしかない、そう申し上げました。そのコレットの身柄は、あなたは押さえております。でしたら、コレットを人質にして、言うことを聞かせた方が早かったのでは?」
「しませんよそんなこと。後味が悪い」
「…………ふふ。そうですか」
イーゼッタが椅子から立ち上がる。
そうして彼女は鉄格子に近づき……湿った石造りの床に、ひざまづいた。
「アイリス殿下。そして、ユウキ=グロッサリアさま。元B級魔術師イーゼッタ=メメントは、グロッサリア伯爵家の家庭教師の任を、
さっきまでとは別人のようだった。
「ありがとう。でも……どうして」
「仕方ありません。あなたの昔話に、
そう言ってイーゼッタは、笑った。
「私は、あなたがたの味方になります。元恋人が迷惑をかけているなら、止めましょう。私のせいでドノヴァンが命を落としたら、それこそ『後味が悪い』ですからね」
「ありがとう。イーゼッタさん」
「ありがとうございます。イーゼッタさま」
「お礼を申し上げるのはこちらです。おふたりは、私の目を覚まさせてくださいました」
石造りの牢に、イーゼッタの声が響いた。
「私にはまだ時間があります。だったら、なにがコレットのためになるのか考えて、あがき続けましょう。昔話に出てくる怪物さんが……そうしたように」
そうして、イーゼッタは俺たちの味方になることを、約束してくれたのだった。
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