第153話「『ドノヴァン派』、動き出す」
──数日後。魔術ギルドの一室で──
「『魔術ギルド』は、今以上に管理される必要がある。それが王都の高官たちの意見です」
ここは、魔術ギルドの一室。
人のあまり来ないその部屋で、魔術師による
「『エリュシオン』の地下第5階層が解放され、第6階層への道も発見されました。これによって『魔術ギルド』は『聖域教会』に近い力を得ることになります。ならば、今後は国による管理を強めるべき。そのような意見が出ているのです」
「それは一部の武官と文官の意見だと聞いておりますが。B級魔術師テトランどの」
年若い魔術師が答える。
「『魔術ギルド』は、魔術師以外の者に管理されるべき……話はわかりますが。高官すべてが賛同しているわけではないのでしょう?」
「今はまだ少数意見です。ですが放置すれば将来、文官や武官と『魔術ギルド』の対立にもなりかねません。わたしはそれが恐ろしいのです……」
眼鏡をかけた魔術師は、小太りの身体を震わせた。
彼は、B級魔術師のテトラン=ダーダラ。
『魔術ギルド』で事務全般を担当している男性だった。
「それに……わたしの実家は
「だから私に『ドノヴァン派』を作るように
年若い魔術師は、静かにつぶやいた。
「『エリュシオン』の情報をすべて、文官や武官たちに伝える組織を『魔術ギルド』の中に作り出すために。最終的には、『魔術ギルド』を完全に、国の高官たちの管理下におくために」
「代わりに、あなたは必要なものを得るのです。ドノヴァン=カザードスさま」
「……そうですね」
ドノヴァンと呼ばれた男性は、ゆっくりとうなずいた。
背の高い男性だった。
彼が掛けている眼鏡は以前、イーゼッタが選んでくれたものだ。
イーゼッタは、美しい人だった。
特に魔術をあつかう時の所作は、まるで
ドノヴァンと同じように、魔術を愛しているのだと、わかった。
ドノヴァンとイーゼッタが
当時は『カイン派』の皆は、仲が良かった。
『ザメル派』への対抗心で、一致団結していたからだ。
彼らは夜通し語り合い、いつか『エリュシオン』の最下層にたどり着くことを夢見ていた。
けれど、いつの間にか、イーゼッタは皆から距離を置くようになった。
そして彼女は『家族のことを考えるので精一杯なのです。申し訳ありません』と言い残し、ドノヴァンの元を離れた。
あの時、もっと強く引き留めるべきだった。
そうすれば『メメント派』の暴走を止めることもできたかもしれない。
『メメント派』は、カイン王子を次期国王にすることを企んでいた。
事件は未然に防がれたが、首謀者であったメメント侯爵は
彼は、イーゼッタたちを操っていたことを自白した。
娘のイーゼッタを『役立たず』と
イーゼッタたちは監視つきの
ドノヴァンが不満なのは、カイン王子が彼女をかばわなかったことだ。
もちろん、それが難しいことはわかっている。
『メメント派』をカイン王子がかばってしまえば、
だからカイン王子は、イーゼッタたちを救えなかった。
そんなことは、ドノヴァンにもわかっているのだ。
「……だが、納得できないのです。できないのですよ」
だからドノヴァンは『カイン派』を離れた。
そんな彼に声をかけてきたのが、B級魔術師のテトランだった。
彼は、国を治める高官の一部が『魔術ギルド』の在り方に疑問を持っていることを教えてくれた。『魔術ギルド』に、高官に従う派閥を作るべきだと提案したのだ。
そうして、話し合いの末、彼らは『ドノヴァン派』を設立することにした。
派閥の目的は『エリュシオン、地下第6階層の探索』だ。
得たものはすべて『魔術ギルド』に提供することとしているが、それは表向きだ。
ドノヴァンとテトランは、第6階層の情報をすべて、国の高官たちに伝えるつもりでいる。
それにより高官たちは『魔術ギルド』の者よりも多くの情報を得ることになる。
彼らもそれに、安心するだろう。
「代わりにテトランどのはイーゼッタを……あなたの実家で預かってくださるのですな?」
「もちろんです。わたしの元が一番よいでしょう。ドノヴァンどのも、いつでも彼女に会えるのですから」
イーゼッタは今後、地方貴族の預かりとなる。
彼女と預かってもいいと名乗り出ている貴族は今のところ、いない。
事件を起こしたメメント侯爵の娘だ。誰も、関わりたくはないのだろう。
『カイン派』が彼女を預かるのは無理だ。事件への関連を疑われかねない。
『ザメル派』に、『カイン派』だった彼女を救う理由はない。
ならば、中立のテトランの実家が、イーゼッタを預かるのが一番いい……それが、ふたりの結論だった。
「……これで、わたしの実家は
テトランは安心したようなため息をついた。
「高官たちに気に入ってもらえれば、領地が魔物に襲われたとき、真っ先に守ってもらえますからね」
「ですがテトランどの。領地の守りが不安ならば、カイン殿下に相談すればよろしいのでは? 戦闘向きの魔術師を派遣してもらうこともできるのでは……?」
「それではわたしが『カイン派』の仲間としてあつかわれる可能性があります」
「……それのどこが問題なのですか?」
「中立だからこそ、わたしはみんなから事務を……つまりは、ギルドの金銭管理を任されているのです」
うつむいて、笑みを浮かべるテトラン。
「その立場を捨てるつもりはありません。男爵家も……上の方々とお付き合いをするには、色々と物入りでしてね。その……」
「貴公の役得について、文句を言う気はありません」
ドノヴァンは言った。
「私は、イーゼッタを救いたいだけなのですから」
「お若いですな。ですが、その勇気には感服しておりますよ」
テトランは軽く頭を下げた。
「想いを寄せる方のために、
「命など惜しみません。私という存在が、イーゼッタの心に残ればそれでいい」
「そのための『ドノヴァン派』ですな」
「ただ……予想外なことがありました」
ドノヴァンは頭を
「公爵家のオデット=スレイどのが『オデット派』を作ろうとしているのです。それに老ザメルも、カイン殿下も賛同していらっしゃる。まったく予想外です。どうしたものか……」
「同時にふたつの派閥の立ち上げは難しいでしょう。となると……」
「『オデット派』は潰すしかありませんね……。心苦しいことですが」
「すでに、スレイ公爵には連絡を取りました」
テトランは、暗い笑みを浮かべた。
「あの方も派閥潰しに協力してくださるようです。感謝しなければなりませんな」
「このような手は使いたくないが……やらなければならないのです」
ドノヴァン=カザードスは拳を握りしめた。
「誰もイーゼッタを救わないなら、私が救う。『エリュシオン』の第6階層に挑戦し、血を流し、私の思いを伝えるのだ。私欲はない。ただ、イーゼッタのために……」
そうしてドノヴァンとテトランは、『オデット派』対策についての話し合いを始めるのだった。
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