第152話「元魔王、兄を頼る」

 ──同時刻、ユウキ視点──




「ドノヴァン=カザードスさまは、イーゼッタ姉さまを救いたいのだと思います」


 コレットは言った。


 ここは、俺の宿舎。

 俺とオデットは応接間で、コレットの話を聞いていた。


 コレットは、準B級魔術師イーゼッタの妹だ。

 イーゼッタの意思で俺に預けられて、『魔術ギルド』では、俺の弟子というかたちになっている。


 ただ、今のコレットは『魔術ギルド』を離れて、王都の宿屋で過ごしている。

 姉のイーゼッタの面倒を見るためだ。


 イーゼッタは『エリュシオン』での陰謀いんぼうに関与した罪で、幽閉ゆうへいされている。

 だからコレットは、姉の面倒を見やすいように、牢に近い宿を借りているんだ。


 資金は、俺とカイン王子が援助している。

 俺はコレットの師匠として、カイン王子は、イーゼッタの主君として。


 もちろん、コレットも毎日、イーゼッタと会えるわけじゃない。

 だから空いた日を選んで、俺はコレットを宿舎に呼んだ。

 派閥を作ろうとしているドノヴァン=カザードスという人物について聞くためと……コレットの気晴らしも兼ねて。


「師匠たちが派閥はばつを立ち上げるタイミングで、イーゼッタ姉さまのお友だちが……別の派閥を立ち上げようとしてるなんて……」


 コレットは困ったような顔で、頭を下げた。


「本当にすみません。師匠には……またご迷惑をかけてしまっています」

「コレットのせいじゃないよ。それに、こっちの派閥立ち上げもいきなりだったからな」

「そうですわ。あなたが責任を感じる必要はありません」


 俺とオデットは答えた。


 コレットが責任を感じる必要はまったくない。

 俺たちだって、スレイ公爵からの縁談話がなければ、派閥を立ち上げようなんて思わなかった。

 普通に『ドノヴァン派』ができあがっていたはずなんだ。


「ドノヴァンって人が第6階層を探索するのは、成果を上げてコレットの姉さんを救うため、ってことか」

「はい。表向きは『魔術ギルド』のために第6階層を探索すると言っていますけど」


 数日前にドノヴァンは、コレットの元を訪ねてきたそうだ。

 小声だったけど、イーゼッタを止められなかったコレットを、なじったらしい。

『どうして気づかなかったんだ』『妹なんだろう、君は!』と。


「……好きになれない人物ですわね。その、ドノヴァンという方は」


 オデットは苦々しい口調で、そんなことを言った。

 俺も同感だ。


 実家でひどい扱いを受けていたコレットに、侯爵の陰謀が止められるわけがない。

 イーゼッタを気の毒に思うのはわかるけど、コレットに当たるのは筋違いだ。


「コレット、今日はうちでごはんを食べていくといい」

「……え?」

「顔色が悪い。姉さんの面倒を見るよりも、自分の体調を考えないと。それに……宿舎にいると、またドノヴァンって人が来るかも知れないだろ」

「…………はい。ありがとうございます。師匠」

「でも、地下第6階層の探索か……」


 ライルは『エリュシオンは第6階層で終わり』という言葉を残している。

 そして、公式には第6階層に行った者も、戻って来た者もいない。


 そんな場所に踏み込むのは、危険すぎる。


「ドノヴァンという人は研究熱心で……ひとつのことを考えると、他のことに頭がまわらなくなる方だと……姉さまは言っていました」


 コレットは言った。


「ドノヴァンさまは、姉さまに夢中になったことがあるそうです。姉さまは何度も求愛を受けた、って言ってました。姉さまは……それどころじゃないって言って、断っていたようですけど」

「イーゼッタさまは父君の陰謀と……コレットさんを守ることで手一杯だったのでしょうね」


 オデットはうなずいた。


「では……ドノヴァンという人は、まだイーゼッタさまをあきらめていないのでしょうか」

「はい。それで、姉さまを救い出そうとしているのかもしれません」

「地下第6階層で『古代器物』を見つける……というか第6階層の探索を名目に派閥はばつを作って、味方を増やしたいのかもしれないな」

「ドノヴァンさまは、地下で手に入れたものをすべてギルドに差し出すと言っていました。そうすれば、他の賢者も派閥立ち上げに賛成してくれるだろう、と」

「すべては、コレットの姉さんを救い出すため、ということか」


 高位の魔術師ほど、魔術の誘惑には弱いからな。

 自分たちが第5階層を探索している間に、第6階層へ行ってくれる者がいたら……協力するだろう。

 第6階層で得たものを差し出してくれるというなら、尚更なおさらだ。


「結局、イーゼッタさまへの執着が、ドノヴァンさんを動かしているんですわよね?」


 オデットは腕組みをして、


「だとすれば、イーゼッタさんを解放するか……彼女にドノヴァンさんを説得してもらえば、彼らを止められるかもしれませんわ」

「そうだな。それで、コレットの姉さんはどんな状態なんだ?」

「今は、牢の中で静かに暮らしています。ただ、今後は……地方の貴族に、身柄を預けることになるそうです。預け先は、まだ決まっていないのですけど……」


 コレットは、ゆっくりと話し始めた。


『メメント派』の陰謀は、メメント侯爵こうしゃく独断どくだんで行われた。

 メメント侯爵家において、侯爵の言葉は絶対だった。

 イーゼッタも逆らえなかった。


 だから、イーゼッタも陰謀に加担したわけだ。

 けれど……だからといって、彼女を無罪放免するわけにもいかない。


 そこでカイン王子が打ち出したのが『イーゼッタを地方貴族に預けること』だったそうだ。

 メメント侯爵家は取り潰され、イーゼッタは後ろ盾を失う。

 ならば、彼女は王都から離れたところで暮らしてもらう。預け先の貴族の、管理の下で。


 イーゼッタのような人材を失うのは惜しい。

 だから、ゆるめの人質として扱う。

 貴族としての地位を奪い、ただの魔術師として生きてもらう。

 そうすることで、罪をつぐなわせる──それが、カイン王子をはじめとする、王家の意見のようだった。


「けれど……姉さまを預かってくれる貴族は、見つからなくて」

「ドノヴァンさんの実家は?」

「姉さまを『カイン派』の貴族や、親しい貴族に預けるのは難しいみたいです。友人に預けるようなものですから、ばつにならないって。そんな話が、王家の方では出ているようです」

「……なるほど」

「……理屈はわかりますわ」


 俺とオデットはうなずいた。


「……コレットの姉さんは、俺たちに止めて欲しかったんだと思うんだけどな」

「それを証明する手段はありませんわ」

「だよな……」


 俺たちの目的は、スレイ公爵が持ち出した縁談を潰すことにある。

 派閥を作るのはそのためだ。


 オデットと俺が、師匠と弟子の関係になれば、師匠権限で縁談を拒否できるから。

 もちろん『魔術ギルド』には、それなりの恩返しはする。ギルドの皆が第5階層の探索に専念できるように、外で起こった魔術関係の事件は、俺たちが担当するつもりだ。


 なのに、このタイミングで他の派閥立ち上げが起こるとは思っていなかった。

 しかもそこに、メメント派の事件が関わってくるとは……。


「……第6階層の探索は魅力的ですわ」


 オデットは言った。


「それを他の魔術師が担当して、得たものをすべてギルドに差し出すというなら……賢者たちは『ドノヴァン派』を認めるかもしれませんわね」

「……ごめんなさい。姉さまのせいで」

「だからコレットのせいじゃない。まぁ、とにかく……」


 議論が袋小路ふくろこうじに入ってきた。

 ここは、気分を変えた方がいいな。


「とりあえず、食事にしよう。オデットも食べていくだろ?」

「はい。いただきますわ」

「すぐに用意するから、待っててくれ。コレットも」

「ありがとうございます。師!」


 オデットは縁談のことが気になって、よく眠れてないらしい。

 コレットも姉のことが心配してるせいか、顔色が悪い。

 ふたりには、気分を休めてもらった方がいいな。


「……『不死イモータルぞうすい』の材料って、まだあったかな」


 俺が部屋を出て厨房ちゅうぼうに向かうと──


「ユウキさま。少し、よろしいですか?」


 ──ふと、廊下ろうかでマーサに呼び止められた。レミーも一緒だ。


「ユウキさま。ご実家から、お手紙が届いています。声をおかけするかどうか、迷ったのですが……」

「前に届いた手紙と、同じにおいがします。前の手紙は、あるじさまのお兄さまのだったから」


 なるほど。

 前の手紙は俺の縁談についてだったからな。

 それで、重要な手紙だと思って、俺が来るのを待ってたのか。


「ありがとう。マーサ。レミー」

「いえいえ、ご実家からのお手紙なら、マーサも興味がありますから」

「レミーも気になるよー」

「読んでみるよ。えっと…………あれ?」



『──ユウキに聞く。僕はそんなに頼りない兄か?』



 最初の一文が、目に飛び込んできた。

 ゼロス兄さまの筆跡ひっせきだった。


 ……兄さま、いきなりなにを書いてるんだ。



『ユウキに聞く。僕はそんなに頼りない兄か?

 違うというなら、どうして僕を頼らないんだ?


 先の縁談のことで、お前が戸惑っていることは予想している。

 オデットさまは良い方だが、ユウキの事情を考えれば、縁談を受け入れるのは難しいだろう。


 だから、僕たちも覚悟している。

 お前の選択を支持するし、なにがあっても助けるつもりでいる。

 僕も、父さまもルーミアも、お前の家族なんだからな。


 お前はもっと、僕たちを頼るべきだ。


 グロッサリア家は伯爵家となり、家産も増えた。領地も、これから増えるだろう。

 だが、それはすべてお前がもたらしたものだ。

 お前のためなら捨てても構わない。

 父さまだって賛成してくれてる。

「わしは結局、成り上がりだ」が口癖くちぐせの父さまだ。

 突然に増えたものなら、突然に失っても構わないって、父さんは考えているんだ。


 ルーミアだって毎日のように『魔術を学んで、ユウキ兄さまのところに行きたいです!』と言っている。

 離れていても、お前はうちの大切な家族なんだ。 


 だからな、ユウキ。

 お前はもっと、僕や、うちの家を頼るべきだ。


 ユウキのことだから、どうせなにか作戦を考えているんだろう?

 知り合いや、友人。お前を助けるものはたくさんあると思う。

 だったら、僕たちにも頼るんだ。


 ゼロス=グロッサリアは、お前の味方だって誓った。

 忘れるな。僕たちにして欲しいことがあるなら、すぐに伝えろ。

 わかったら、すぐに返事を書くんだ。いいな。



 ゼロス=グロッサリア』



「……だからゼロス兄さまは真面目すぎで、気負いすぎなんだよ」

「ゼロスさまらしいですね」

「レミーも、ゼロスさまは好きだよ」


 俺とマーサとレミーは顔を見合わせて、うなずいた。


『僕を頼れ』か。

 確かに……兄さまたちを頼ることは、考えてなかったな。


『グレイル商会』のローデリアや、オフェリア=トーリアスには支援をお願いしたのに、兄さまたちのことは、考えてなかった。

 それはたぶん、この世界の家族に、迷惑をかけたくなかったからだ。

 前世の、ディーン=ノスフェラトゥを知っている人間には協力を求めたのに。


「でも……頼らないのは、兄さまに失礼かもしれないな」


 だったら、ひとつだけ、お願いをしよう。

 うまくすれば『ドノヴァン派』の動きを止められるかもしれない。

 妹のルーミアにも、優秀な家庭教師を紹介できるだろう。


「少し待っててくれ。マーサ」

「はい。お料理の準備をしておきますね」

「レミーも『不死イモータルぞうすい』を食べたいよー」

「うん。少しだけ待っててくれ」


 俺はレミーの頭をなでて、その勢いでマーサの頭をなでた。


 そして、そのまま応接間に向かった。

 ドアを開けて、コレットに向かって、問いかける。


「悪い、コレット。今すぐ『オデット派』に入ってくれないか?」

「え? あ……はい。わかりました!」

「どうしましたの? ユウキ」


 オデットはおどろいた様子だ。

 俺は彼女に、ゼロス兄さまからの手紙のことを伝える。

 それと、『ドノヴァン派』の無茶を止めるための計画も。


「……確かに、それならドノヴァンという方が、無茶をする理由はなくなりますわ」

「うれしいですけど……いいのですか。師匠?」

「そのあたりは、本人と話をしてからだな」


 まずは、イーゼッタと話をする必要がある。

 すべてはそれからだ。


 彼女が本当はどうしたいのか。なにを考えているのか。

 侯爵家令嬢ではなく、準B級魔術師でもない──コレットの姉の話を聞きたい。


 俺はまだまだ、人間の初心者だからな。

 相手の希望を読み違えることもあるだろう。

 だから、アイリスか……オデットを同伴して、きっちり話を聞きたいんだ。


「オデットは、カイン王子に話を通してくれ」

「わかりました。面会の申請をしますわ」

「コレットは、俺がコレットの姉さんが会えるように、手配を頼む」

「……やってみます」

「俺はアイリス殿下に話を通してみるよ。まぁ、とりあえず食事をしてからだね」


 マーサが『不死イモータルぞうすい』の材料を用意してくれてるからな。

 行動を開始するのは、食事を終えてからにしよう。


 派閥を作るのも重要だけど……『エリュシオン』の第6階層に、人は入れたくない。

 ライルが『第6階層で終わり』なんて言葉を残すくらいだ。

 ろくでもないものがあるか、あるいは、とんでもなく危険なのかもしれない。


 できるだけ魔術師たちの無茶は、止めておきたいんだ。


 そんなことを考えながら、俺はマーサと一緒に、食事の支度をはじめるのだった。



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