第151話「魔術ギルド賢者会議:議題『新規派閥立ち上げについて』」
──数日後、魔術ギルドの会議室で──
「──『エリュシオン』第5階層については、これでよろしいですな」
司会役の魔術師が告げた。
『魔術ギルド』の大会議室では、B級以上の魔術師を集めた『賢者会議』が行われていた。
『エリュシオン』第5階層の探索計画と、その他の事例について話し合うためだ。
第5階層への通路が開けたことは大きな進歩だ。
だが、同時に多くの課題を生み出している。
──広大な第5階層を、どのように調査するか。
──『聖域教会』に関わる数多くの資料を、どのように扱うか。
──強力な『古代魔術』『古代器物』が発見された場合、どのように管理するか。ギルド内で、どこまで情報を公開するか。情報を
それらの問題について、上級魔術師たちは長時間話し合っていたのだった。
「会議の決定について、わしも異論はない」
A級魔術師の老ザメルは
「『第5階層』の調査に関して『ザメル派』は『カイン派』と全面的に協力するつもりでおる」
「私たちも同様に考えているよ」
老ザメルの言葉を、カイン王子が引き継いだ。
「私たちは長い時を
カイン王子は、ためらいながら、
「『カイン派』の一部は、前回の調査で事件を起こしている。私の側近であったイーゼッタと、メメント
「あの事件は、殿下のせいではなかろう」
老ザメルの言葉は答えた。
カイン王子を
前回の事件──それはメメント侯爵を中心とする者たちが、『エリュシオン』の中で起こした事件のことだ。
それはカイン王子の知らないところで行われた。
メメント侯爵とその一派は『ザメル派』を拘束し、『エリュシオン』第5階層で得たものを独占しようとしていたのだ。
そのために、彼らは仲間を『エリュシオン』に潜入させていた。
『古代魔術』『古代器物』を独占し、その力でカイン王子を、次期王位後継者にするつもりだったのだ。
だが、事件は未然に防がれた。
彼らは事件前に見つけ出され、拘束された。
その後、メメント侯爵がすべての黒幕であることが明るみに出た。
娘である準B級魔術師イーゼッタもそれを認め、すべての資料と証拠を、ギルドと王家に提出した。
それが、メメント侯爵にまつわる事件の
「──メメント
「──彼は叫んでいたそうですよ。『役立たずの娘め。人形め』と」
「──準B級魔術師イーゼッタは……メメント侯爵に逆らえなかったと」
「──罪を減じて、地方貴族の預かりとするという話も出ておりますが、受け入れる家があるかどうか……」
賢者たちは口々に話し合う。
メメント派の事件は『魔術ギルド』に、暗い影を落としていたのだ。
「話題を変えましょうぞ。皆さま」
不意に、老ザメルが声をあげた。
「過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。それより、わしは皆に面白い提案をさせていただきたいのだがな」
「面白い提案、とは?」
「うむ。わしの知っている若い者が、新たな
老ザメルの言葉に、賢者たちがざわめく。
予想外の提案だったのだろう。
「派閥や人事にまつわることは、B級魔術師テトランどのの担当だったな?」
「は、はい。ザメルどの」
テトランと呼ばれた男性が立ち上がる。
小太りで、眼鏡をかけた人物だった。
下級貴族出身だが、高い事務能力を評価されている人物だ。
「……は、
「彼らは、小さな区画で良いと言っておった。欲のないことだと思わぬか?」
「は、はい。ですが……派閥を作りたいと言っているのは誰なのです?」
汗を
「『ザメル派』『カイン派』がある中で、新たな派閥など……そんな
「派閥の名は『オデット派』だそうだ」
にやりと笑って、老ザメルは答える。
「派閥の
「「「な、なんと!?」」」
賢者たちが一斉に、おどろきの声をあげる。
落ち着いているのはカイン王子と、秘書役として同席しているC級魔術師のデメテルだけだ。
「派閥設置の理由は次の通りだ」
皆が落ち着くのを待って、老ザメルは説明を続ける。
──『オデット派』設立の目的は、『エリュシオン』以外の場所の調査・研究にあること。
──それによって、他の者が第5階層の調査に専念できるようにしたいこと。
──『オデット派』は、第3勢力として、他の魔術師たちの架け橋になることを願っていること。
「以上だ。テトランどのは、すでに申請書を受け取っているのではないか?」
「ございます。ですが、課題が山積してますので、後回しにするべきかと……」
「そうなるのではないかと思っていた。だから、わしが口出しさせてもらったのだよ」
老ザメルは、オデットとユウキの顔を思い出していた。
彼らの話は面白かった。
これまでの『魔術ギルド』にはなかった発想だ。
対立ではなく
実に的確に、断りにくいところを突いてきたのだ。
(若いのに、よく考えておったな。まるで長年、組織を率いていた者が考えたかのようだ。努力したのだろうな。公爵家のご令嬢も、ユウキ・グロッサリアも、アイリス殿下も)
そんな彼らのために老ザメルは、
「いかがだろうな。皆の者。わしは若い者の挑戦を、応援してやりたいのだがね」
「前例がございません!」
賢者のひとりが声を上げた。
「『魔術ギルド』に入って日が浅く、しかも十代の者が
「それを申すなら、第5階層の探索も前例がないことではないか?」
老ザメルは苦笑しながら、
「前例のないことを話し合う我らが、前例のないからといって若者の挑戦を拒むのは……大人げないとは思わぬかね?」
「……ぐっ」
反対していた賢者が、言葉に詰まる。
だが、すぐに彼は表情を改めて、
「ですが、資金の問題もあります」
「……ふむ、資金か」
「まさかザメルさまが支援されるわけではないのでしょう?」
切り込む部分を見つけたと思ったのだろう。
年若い賢者は、身を乗り出して、
「
「スレイ公爵は、ご令嬢が魔術を極めるのが、気に入らぬ様子じゃったからな」
「そうです。援助者がいないならば、資金が足りなくなるのは明白! そのような派閥を認めるわけにはいきません。いかがですか! テトランどの」
「は、はぁ……」
事務担当の魔術師テトランは、手元の
「実は……申請書類には、資金を
「どなたですかな? アイリス殿下のお名前で、商人を仲間にでも?」
「いえ、
「「「────っ!?」」」
賢者たちが絶句する。
老ザメルも、カイン王子も、デメテルも。
グレイル商会は多くの国に支店を持つ、巨大な商会だ。
国が滅んでも、グレイル商会は滅びないと言われている。
だが、これまであの商会が、特定の誰かを支援したことはない。
なのに、どうしてそれがオデット派の立ち上げに関わっているのか……。
「正確にはグレイル商会の総支配人ローデリア=クーフィどのが、『オデット派』に資金を提供されるそうです。理由は……以前、とある場所で、助けられたことがあるから、だそうです」
「…………あの『グレイル商会』が」
「…………しかも、総支配人が個人的に、支援を」
「…………で、では、資金的に問題はないのでは……」
(……これは
老ザメルは思わず手を叩きそうになる。
資金の問題で
だから、彼らは資金援助者を用意しておいたのだ。
しかもそれが『グレイル商会』とは。
あの歴史ある商会を取り込むとは……老ザメルにも、予想外すぎた。
(だが、それでこそ『ザメル派』『カイン派』の架け橋になるのにふさわしい)
「資金援助者がいたからといって、すぐに認めるわけにはいきません」
反対派の賢者は、机を叩いた。
「『魔術ギルド』には貴族が多く在籍しております。彼らの支持がなければ、派閥を維持することはできません。ギルドの内外にいる貴族の支援も必要となるのです」
「……『オデット派』には、私の妹も所属する予定なのだがね」
不意に、カイン王子が言葉を発した。
もうひとつの派閥を率いる王子の意見に、反対派の賢者が息をのむ。
さらにカイン王子は続ける。
「アイリスが所属するならば、将軍のダモン=バーンズも、その息子のロッゾも、『オデット派』を支援するだろう。貴族ではないが、彼らも十分な実力者だと思うのだが、どうだろうか」
「貴族の支援と申し上げました」
反対派の賢者は気圧されながらも、反論を続ける。
「先にも申し上げました通り、スレイ公爵はご令嬢を支援する意思はないご様子。グロッサリア伯爵家は歴史も浅く、支援者としては不足でしょう。アイリス殿下が所属されるとはいえ、王家の方々が公然と『魔術ギルド』の派閥に支持・不支持を宣言することはございません」
汗を拭きながら、反対者の賢者は、
「対して『ザメル派』『カイン派』には、歴史ある貴族たちが支持しております。もしも『オデット派』に、そういう貴族の支持者がいるのでしたら──」
「……申し上げます」
賢者の言葉を遮り、事務系魔術師テトランが手を挙げた。
「『オデット派』には、北方
「「「………………え」」」
「ご息女のナターシャ=トーリアスどのが、オデット=スレイとユウキ=グロッサリアに救われたことがあるそうです。おふたりが新たな派閥を作るのであれば、ぜひ支援したいと」
賢者会議に、沈黙が落ちた。
トーリアス伯爵領は国境近くに位置している。
国防の要の地でもあり、海産物が豊富な豊かな地でもある。
かつての戦争の直後より続いている家だ。歴史も長い。
少し前に、あの地は『
それは賢者たちにも強く印象を残している。
そのトーリアス伯爵家が『オデット派』を支持しているのであれば──
「貴族の支持者は、これで十分ではないかな?」
カイン王子は、口を押さえて笑ってみせた。
老ザメルも、笑いをこらえるような顔をしている。
ふたりとも、ユウキとオデットが、ここまでやるとは思っていなかった。
『グレイル商会』の支援に、トーリアス伯爵の支持。
それにユウキとオデットたちの実績と、派閥の目的を加えれば、皆が納得できるはず。
(……わしの後押しなど、必要なかったかもしれぬな)
老ザメルは苦笑いする。
新たな派閥は『ザメル派』の強敵となるかもしれないが、それも構わない。
ユウキとオデットなら、ライバルとしてふさわしい。
彼らの活躍に負けられないと、『ザメル派』の魔術師たちも
『カイン派』との関係も変わるはずだ。
それに──
(彼らになら、孫のフローラを預けられる)
孫のフローラ=ザメルは『ザメル派』に所属している。
けれど、老ザメルの下にいては、どうしても甘やかしてしまう。
『オデット派』なら、孫を預けるのにちょうどいい──老ザメルは、そう考えはじめていた。
「『オデット派』は、ここまでの準備を整えていたのだ、認めてもいいのではないかな?」
「私も、特に異論はないよ」
「……し、しかし」
反対派の賢者は、必死に周囲を見回している。まるで反論の言葉を探しているようだ。
老ザメルにとっては、不思議な光景だった。
反対している賢者は、派閥に属さない魔術師だ。
彼は魔術の追求にしか興味がない。そのために、第5階層の探索でも先頭に立っていた。
そんな彼が『オデット派』に反対する理由はないはずだったが──
「──もしかして貴公は、『ドノヴァン派』を
事務系の魔術師テトランが、
彼は他の賢者たちを見回して、
「先ほども申し上げました通り、新規派閥の設立については、後回しにするつもりでした。ですが……実は『オデット派』の他にも『ドノヴァン派』の設立申請が出ているのです」
「……地下第6階層の探索を目的とする『ドノヴァン派』だね」
カイン王子は言った。
その言葉におどろいたのは──老ザメルと、数人の賢者だけ。
『ドノヴァン派』は他の者への根回しを、すでに終えていたのだろう。
「新規派閥の設立は前例がない。なのに同時に、ふたつの派閥を立ち上げるのは難しいだろう。だから『ドノヴァン派』を推したい貴公は、『オデット派』に反対したのではないかな?」
「……『ドノヴァン派』の設立が、国とギルドの利益になると考えてのことです」
賢者の男性は、開き直ったように、
「彼らの目的は『エリュシオン』地下第6階層の探索。しかも、それを
「冗談ではない。地下第6階層への入り口は、ただの縦穴だ! その先になにがあるのかわからぬのだぞ!?」
老ザメルは机を叩いて、叫んだ。
「そのような危険な探索を認められるわけがあるまい! 貴重な人材を失うつもりか、貴公は!」
「老ザメルのおっしゃる通りだよ。まずは第5階層の探索を終えてから──」
「それはいつになるのですか?」
反対派の賢者は立ち上がる。
隣には別の賢者もやってくる。彼も『ドノヴァン派』の支持者だろう。
彼らは老ザメルとカイン王子の方を見ながら、
「『エリュシオン』が開かれ、地下第5階層にたどりつくまで数十年かかっております。この先、第6階層に到達するには、一体何年かかるのですか? 我々の世代で終わらず、次の世代に持ち越すこともありましょう。その間に他国の侵略を受けた場合は、どうなさる?」
「今、すぐに第6層について調べるべきではありませんか?」
「あの下になにがあるのか、手がかりだけでも知るべきだと思いますぞ!」
「そのための『ドノヴァン派』なのです」
ふたりの賢者は口々に、『ドノヴァン派』を支持する声を上げる。
テトランから派閥設立の目的が語られる。
『ドノヴァン派』の目的は、地下第6階層の探索。
資金は、ふたりの賢者が支援する。
貴族の支持も同じだ。彼らの実家が、支持を表明するという。
「不思議だね。君たちがそこまで、ドノヴァン=カザードスを支持するとは」
カインが
『ドノヴァン派』を支持している賢者は、2名。
どちらも無派閥で、ドノヴァンとは縁のない人物だったはずだ。
カインの知るドノヴァンは……よく言えば研究肌。悪く言えば、まわりのことにはあまり興味を持たない者だった。
唯一の例外が、イーゼッタだ。
ドノヴァンはイーゼッタが扱う魔術の美しさに魅せられていた。詠唱と、魔術を扱うときの動作が美しいと、常に口にしていたのを覚えている。
イーゼッタも、まんざらではなかったのだろう。
ドノヴァンの不器用さを好ましいと言っていた。だが、結局、ふたりが結ばれることはなかった。それはメメント派の陰謀のせいでもあったのだろう。その際に、ドノヴァンを王都から遠ざけていた自身の判断が悔やまれる。
「『ドノヴァン派』の魔術師たちは、私欲のない者たちです」
ふたりの賢者は話し続ける。
「彼らは宣言しています。『地下第6階層で発見したものと、すべての情報は、魔術ギルドに差し出す』と。一切の見返りを求めず、魔術の発展に尽くすと。その思いに惹かれて、我らは支持を表明したのです」
──私欲なし。
──魔術の発展にのみ尽くす。
──だから、すべての成果は、見返りを求めずに『魔術ギルド』に寄付する。
それが、賢者たちの心を動かしたらしい。
「ゆえに、我らは『ドノヴァン派』の設立を支持します。そして、同時にふたつの派閥を立ち上げるのは前例がなく、混乱の元となります。『オデット派』の立ち上げは、見送るべきだと考えます」
賢者たちは、はっきりと宣言したのだった。
────────────────────
次回、第152話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
・お知らせです。
コミック版「辺境魔王」の4巻は、ただいま発売中です!
表紙のオデットが目印です。裏表紙にはこっそりレミーも登場してます。
ぜひ、読んでみて下さい。
連載版は本日、第22話が更新されました。
「コミックウォーカー」と「ニコニコ漫画」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます