第150話「元魔王と公爵令嬢、派閥づくりに奔走する(後編)」

 それから、俺たちはカイン王子に面会して、派閥はばつの話をした。


 オデットをリーダーとした『オデット派』を作りたいこと。

 その目的が『ザメル派』『カイン派』のサポートであること。

 俺たちが、ふたつの派閥のはしになりたいと考えていることを。


派閥はばつ立ち上げについて、ザメルさまからは許可をいただいておりますわ」

「カイン殿下も賛成さんせいしていただけませんか?」

「……そうか」


 俺たちの言葉を聞いたカイン王子は、不思議そうな顔をした。

 彼は、首をかしげて、


「こんな偶然があるのだね。おどろいたよ」


 そんなことを、言った。


「まさか身近な者から、2組同時に・・・・・派閥立ち上げの話が来るとはね」

「2組同時?」「そうなんですの!?」


 俺とオデットは、思わず声をあげていた。

 2組同時ということは……俺たち以外にも、派閥を立ち上げようとしている連中がいるってことか。


「だ、誰がですの? どうして、このタイミングで……」

「そうだね。君たちには聞く権利がある。これは、私のミスが原因でもあるからね」


 カイン王子は、力のない声で、


「今回『エリュシオン』の地下第5階層の探索の前に、イーゼッタ=メメントを中心とする者たちが『ザメル派』を攻撃し、『古代魔術』『古代器物』を独占しようとする事件が起きた。それは……君たちも知っているね?」

「……はい。知っています」


 というか、それを未然に防いだのは俺たちだ。

 イーゼッタ=メメント……正確には彼女の父親のメメント侯爵こうしゃくは、『古代魔術文明』の遺産を独占し、それを力の裏付けとして、カイン王子を王位につけようとした。

 結局、陰謀は失敗して、イーゼッタとメメント侯爵は失脚しっきゃくしたはずだ。


「だが、イーゼッタは私の側近だった。その彼女の考えに気づかず……その上、彼女をかばいきれなかったのが私だ。そんな私に見切りをつけて、『カイン派』を離れ、独自の派閥はばつを立ち上げようとしている者がいるのだよ」

「ですが……メメント侯爵家こうしゃくけの事件は、カイン殿下のせいではありませんわ」


 オデットは言った。


「カイン殿下は巻き込まれただけで……むしろ被害者です。殿下を責めるなど、逆恨みではありませんか!」

「逆恨みだとしても、私は、受け入れるしかないと思っているよ。彼の気持ちもわかるからね。派閥を立ち上げようとしている者……彼はイーゼッタ=メメントを崇拝すうはいしていたからね」


 カイン王子は言った。

 苦いものを、むりやり飲み込んだような表情で。


「彼は元『カイン派』で、名前をドノヴァン=ガザードスと言う。デメテルとイーゼッタに次ぐ私の側近だった男だ。一時は恋仲だったこともあるようだが、すぐに別れたそうだ。イーゼッタは言っていたよ。『自分は家族のことを考えるので精一杯ですから』と。彼女は、父の陰謀いんぼうに気づいていたんだろうね」


 ……いや、それは違うと思う。

 イーゼッタ=メメントが気にしていた家族とは、コレットのことだ。

 彼女は俺に預けることで、妹のコレットを陰謀に巻き込まないようにしていたのだから。


 イーゼッタはコレットを守ることで精一杯だった。

 だから、ドノヴァンという人のことを考える余裕がなかったんじゃないだろうか。


「その後、ドノヴァンは私が頼んだ仕事のために王都を離れた。戻ってきたのはつい最近だ。彼は絶望していたよ。イーゼッタが投獄とうごくされたことにも、事件に自分が居合いあわせなかったことと、イーゼッタを救えなかったことを。だから彼は『カイン派』を抜けて、独自の派閥はばつを立ち上げると宣言したのだ」

「……そんなことがあったんですか」

「お気持ち……お察しいたしますわ」

「ありがとう。だが、そのせいで君たちに迷惑をかけることになってしまった」

「迷惑ですか?」「どうして、わたくしたちに?」

「新たな派閥を、同時に2つ、立ち上げるのは難しいからだよ」


 カイン王子は、かぶりを振って、


「『魔術ギルド』にはこれまで『ザメル派』『カイン派』の2派閥しか存在しなかった。そして、賢者会議には保守的な者もいる。まずひとつの派閥を立ち上げて、様子を見るということになるだろう」

「俺たちと……そのドノヴァンさまのどちらか、ということですか」

「そうだ。そして『カイン派』『ザメル派』にも、ドノヴァンに同調する者がいる。彼は優秀な魔術師だ。実績もある。なにより『魔術ギルド』に強力なライバルが現れた今、実績を上げてその者たちに勝とうする者たちも多いんだ」

「有力なライバル? 誰ですか?」「……まさか」

「君たちのことだよ。ユウキ=グロッサリアにオデット=スレイ」


 当たり前のように答えるカイン王子と、うなずくオデット。


「君たちは『エリュシオン』地下第5階層の障壁を無効化したことで、『魔術ギルド』に大きく貢献こうけんしてくれた。今や派閥を立ち上げるまでになっている。そんな君たちを尊敬する者も多いが、ライバル心を燃やす者も多いのだよ。ドノヴァンはその者たちを率いて、新たな派閥を立ち上げようとしてるんだ」

「わたくしたちが功績を挙げたせいで……そんなことに」

「気にすることはないさ。元々、私がドノヴァンに見限られたのが原因なのだからね」


 カイン王子は、優しい口調で、そんなことを言った。


「とにかく、君たちには迷惑をかけてしまった。だが、私は君たちの味方だ。老ザメルと同じように、高官会議では君たちの派閥を推薦すいせんすることにしよう」

「ありがとうございます。カイン殿下」

「感謝いたしますわ」


 俺とオデットは頭を下げた。


 とにかく、老ザメルとカイン王子の支持は得られた。

 あとは賢者会議がどう動くかだが……それは予測できない。

 ドノヴァンという魔術師の人は、カイン王子の側近だったんだ。実力もあるだろうし、人望も俺やオデット以上だろう。となると、俺たちはさらに協力者を集める必要がある。


 でも……イーゼッタ=メメントを崇拝すうはいしてた人が競争相手か。

 その人は、俺たちがイーゼッタの仲間を止めたことを、どう考えているんだろう。

 仕方のないことだと思っているのか……それとも……。


 一度、コレットと話をした方がいいな。

 彼女ならドノヴァンという人のことを、なにか知ってるかもしれない。


 それと……


「カイン殿下。ひとつうかがってもいいですか?」

「構わないよ」 

「ドノヴァンさまが派閥はばつを作る目的はなんなのでしょうか?」


 ふと気になって、俺はたずねた。


「老ザメルはおっしゃいました。派閥を作るには目的が必要だと。俺たち『オデット派』の目的は地上での魔術事件の調査……つまり、地下を探索される方々のサポートですが、『ドノヴァン派』の目的はなんなのでしょう?」

「『エリュシオン』地下第6階層の探索たんさくだ」


 短い答えが返ってくる。


「彼らは命をかえりみず、地下第5階層のさらに下へと向かうべきだと主張しているんだ。責任はすべて、調査に向かった者たち自身と『ドノヴァン派』が負うと言ってね」


 ──表情をくもらせたまま、カイン王子はそんなことを言ったのだった。





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