第155話「魔術ギルド賢者会議:議題『イーゼッタの処遇決定について』」
──魔術ギルドにて──
「グロッサリア
「事実です。ザメルどのがおどろくのも無理はありません。私も……おどろいているのですから」
カイン王子は言った。
後ろを見ると、C級魔術師のデメテルがうなずく。
彼女にとっても、予想外のできごとだったようだ。
「ユウキ=グロッサリアと、私の妹のアイリスが、イーゼッタ=メメントを説得したようです」
カイン王子は続ける。
「『イーゼッタほどの才能を埋もれさせるのは惜しい。
「それを、イーゼッタ=メメントは受けたと?」
「そうです。イーゼッタ自身から、私に面会の申し出がありました。ユウキ=グロッサリアの提案を受けると。また、グロッサリア伯爵家からも、イーゼッタ=メメントを預かりたいと、正式に書状が来ております」
「…………なんとまぁ」
老ザメルはあきれたように、天井をあおいだ。
彼は頭痛をこらえるかのように、額をおさえている。
だが、その顔は笑っていた。
「なんとまぁ、
「……確かに」
老ザメルの言葉を聞き、カインもまた、笑みをこぼす。
「……そうだ。おどろくほど
「カインさま?」
「なんでもないよ。デメテル」
会議の席だということを思い出し、カインはあわてて
それから彼は、集まった魔術師を見回した。
「イーゼッタをグロッサリア伯爵家に預ける件について、私は全面的に賛成する」
カインは、会議場に響き渡るような声で、告げた。
「もともとイーゼッタの身柄は、貴族に預ける予定だった。混乱を避けるためにも、できるだけ王都から離れた土地に住む貴族にね。グロッサリア伯爵家ならちょうどよいと思うのだが、いかがだろうか」
「このザメルも、殿下の意見に賛成だ」
笑いをこらえながら、老ザメルが答える。
「ユウキ=グロッサリアは『魔術ギルド』で大きな功績を立てておる。その者の実家ならば不足はない。家庭教師なら、イーゼッタどのの知識と技術を活かすことができよう。どのみちイーゼッタに監視をつけるのであろう? カイン殿下」
「そうですね。ザメル派の方から派遣していただければと」
「承知した。さて、皆の意見はどうだろうか?」
老ザメルは、会議室にいる者たちの顔を、順番に眺めていく。
席についているのは『賢者』と呼ばれる、B級以上の魔術師たちだ。
彼らは皆、納得したようにうなずいている。
ユウキ=グロッサリアの提案が、『魔術ギルド』にとって有益だからだろう。
罪を犯したとはいえ、イーゼッタ=メメントは準B級魔術師だ。
魔術に関する知識は深く、魔術をあやつる技術も高い。
しかし
イーゼッタがグロッサリア伯爵家の家庭教師になれば、それらを生徒に伝えることができる。教える過程で、イーゼッタも自分の技術を再確認できる。イーゼッタ自身の知識や技術が失われることもない
それは魔術師の育成を目的とする『魔術ギルド』にとっては、有り難い話なのだった。
「──イーゼッタを預かってくれるというなら、我々に異論はありません」
「──彼女の説得が、もっとも難しかったのですから」
「──『ザメル派』が
賢者と呼ばれる魔術師たちは、皆、同意の声をあげる。
けれど──
「い、いえ。お待ちください! 前例がありません!」
B級魔術師テトランが手を挙げ、発言した。
小太りの身体が、震えていた。
彼は、まるで怒りをこらえるかのような目で、老ザメルとカインを見ている。
「準B級魔術師だった者を家庭教師になど……それにユウキ=グロッサリアは『魔術ギルド』に加入して日も浅く、ギルドへの忠誠もさだかではなく……」
「彼は『エリュシオン』第5階層への道を開くのに
「……う」
老ザメルの反論に、テトランは言葉に詰まる。
けれど、彼は机を叩いて、
「ユウキ=グロッサリアは若すぎます! そんな彼に、イーゼッタを抑えることができるのでしょうか!?」
「イーゼッタを抑えるのは
「し、しかし、彼が『メメント派』の影響を受ける可能性も……」
「『メメント派』の
冷静に答えるカイン。
カインは手元の書類を手に取り、テトランを見て、
「テトラン=ダーダラどの。貴公もまた、イーゼッタを引き取ることを提案していたね」
「は、はい」
「ダーダラ男爵家ならば十分に
「おっしゃる通りです。ですから、私は──」
「君の提案については検討した。もしもこのまま、イーゼッタの預かり先が決まらなかったなら、私たちはダーダラ男爵家を頼ることになっていただろう」
「あ、ありがとうございます」
「だが、イーゼッタはグロッサリア伯爵家を選んでいる。それに、あちらでは家庭教師として、イーゼッタの能力を活かすことができる。『メメント派』の事件では、イーゼッタもまた、公爵に操られた犠牲者だった。私は……彼女に再起の機会を与えたいのだよ」
不意に、カインは席を立った。
彼はそのまま……
「で、殿下!?」
「な、なにをなさっているのですか!?」
「頭を上げてください!! 殿下!」
魔術師たちがどよめく。
カインはリースティア王国の第二王子だ。
その彼が、公式の場で他人に頭を下げるなど、異例中の異例だった。
「『エリュシオン』探索という重要な場で、『メメント派』は事件を起こした。彼らは私に幻想を持ち……言葉は悪いが……
カインは重々しい声で、つぶやいた。
「その結果『魔術ギルド』の皆に迷惑をかけてしまった。イーゼッタの処遇をめぐる問題が起きたのも私のせいだ。テトランどのは、その
「い、いえ、私は……」
「テトランどののおっしゃるように、イーゼッタには監視をつけて、他の者の接触を禁止するべきかもしれない。ダーダラ男爵家なら、それができるだろう。しかし、私は……」
カインは机に手をついて、うつむく。
彼は、絞り出すように、ゆっくりとした口調で、
「けれど……それでは『魔術ギルド』は人材を失うことになってしまう。イーゼッタの知識も技術も、魔術の腕前さえも。それはギルドにとっての損失だ。私は……これ以上、ギルドの皆に迷惑をかけたくないのだよ」
会議室に、カインの声が響いていた。
もはや、誰も口をはさむ者はいない。
沈痛な表情でつぶやくカインの言葉に耳を傾けるだけだった。
「テトランどの。あなたがギルドのことを思って、イーゼッタを引き取ろうとしてくれたことには感謝している。ユウキ=グロッサリアの負担を考えてくれていることも理解できる。これ以上のトラブルを起こさないために、イーゼッタを完全に監視しようとしているのだろう? 君の考えは間違っていない。正しいのだ……だが……」
「え? は、はい」
「……ここは、
「で、殿下!?」
「思い出して欲しい。かつての『聖域教会』は、人を使い捨てにする組織だった。彼らは古代魔術と古代器物が生み出す力におぼれて、多くの者を犠牲にしたのだ。ならば逆に、『魔術ギルド』は人を活かす組織であるべきだ。だから、頼む。イーゼッタという人材を、活かす道を選ばせてくれないだろうか」
「…………」
沈黙が落ちた。
テトランは口を半開きにしたまま、なにも言えずにいる。
他の魔術師たちも、無言だった。
やがて──
「カイン殿下のお考えこそ、
老ザメルの拍手が、会議室に響いた。
カインの後ろにいたデメテルが、それにならう。
やがて
「『人を活かす』か。これは一本取られましたな。わしは最近、若い者の意見に圧倒されてばかりだ」
老ザメルは苦笑いしながら、頭を
「そろそろわしは引退すべきかもしれぬな。カイン殿下がいれば『魔術ギルド』も安泰であろう」
「いえ、ザメルどのには、これからも私たちを指導していただかなくては」
「カイン殿下は老人をこきつかう気か?」
にやりと笑う老ザメル。
カイン王子は気分を変えるようにせきばらいして、肩をすくめて、
「それでは、老ザメルは『エリュシオン』の探索を、私たちに一任されると?」
「いやいやいや! それを任せるなどとんでもない!!」
老ザメルは慌てたように手を振った。
「老人の楽しみを奪うでない! せっかく第5階層が開かれたのだ。探索をあきらめるなどできるものか!」
「では、ザメルどのには、これからも働いていただかなくては」
「うむ。探索にギルドの運営と、問題は山積しておるのだからな」
「新規派閥の問題もあります」
「そうであったな。『エリュシオン』探索を重視するのであれば、外の問題に対処してくれるような派閥が必要で……」
カインと老ザメルが話し合いを始める。
それに他の魔術師たちが加わり、会議は盛り上がっていく。
テトランは、もはや口を挟めない。
カイン王子の演説が決定的だった。
『人を活かす』『魔術ギルドは聖域教会とは違う』──そう言われてしまえば、反論のしようもない。
イーゼッタの
(……まさか、こんなことになるとは)
予想外の事態に、テトランは拳をにぎりしめる。
『ドノヴァン派』による計画が失敗したことが、はっきりとわかったからだ。
イーゼッタの保護を条件に、ドノヴァンを味方につける。
ドノヴァンを中心とした『ドノヴァン派』を作り、『エリュシオン』の探索を行う。
得た成果を『魔術ギルド』と、王家の高官に渡す。
そして──テトランはその利益を得る。
計画は、完璧だった。
イーゼッタの存在は、貴族の間でもてあまされていた。
テトランの他に、彼女を引き取る者など現れるはずがなかったのだ。
なのに──どうして、ユウキ=グロッサリアがしゃしゃり出てくるのか。
どうして、イーゼッタは彼の提案を受け入れたのか。
ユウキ=グロッサリアはイーゼッタの陰謀を砕いた者だ。その彼は、敵ではなかったのか。
(…………わからない。どうして、こんなことに)
わかるのは、ひとつだけ。
王宮の武官と文官を巻き込んだ彼の計画が、完全に失敗したということだけだ。
(……ユウキ=グロッサリアにアイリス殿下。それにイーゼッタ=メメント。あの方々は……私の予想を超えるほどの人物だったということか……そんなことが……)
そして、会議は続いていく。
テトラン=ダーダラはうなだれたまま、魔術師たちの活発な意見を、
自分以外の者たちが満足して会議を終えるまで、ずっと。
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