第6章

第147話「元魔王と王女と公爵令嬢、縁談のことで悩む(前編)」

 ──ユウキ視点──




『──はじめまして、ゴーレムの「フィーラ」なのです』


 ここは、俺の自室。

 アイリスを部屋に招き入れた俺は、『収納魔術』からゴーレムの『フィーラ』を取り出して、起動した。

 俺が聞いた話を、アイリスにも伝えるためだ。


『それではこれから、ミーア=カーマインさまのことをお話しするです──』


 そうして『フィーラ』は、自分の主人のことを、話し始めた。





「……そんなことが、あったのですか」


 ゴーレム『フィーラ』の話を聞いたアイリスは、呆然ぼうぜんとしていた。

 無理もない。

 まさかゴーレムから、妹の消息を聞かされるとは思っていなかったんだろう。


『──これが「フィーラ」の知っているすべてなのです』

「……『フィーラ』さん」


『フィーラ』が話を終えると、アイリスはゆらり、と、椅子から立ち上がった。

 そのまま『フィーラ』に近づき、ひざをついて、それから──


「ありがとうございました。『フィーラ』さん。アリスの家族を守ってくれて……」


 ゴーレムの『フィーラ』を、抱きしめた。


「あなたのおかげでミーアがどれほど心強かったか、わかります。あなたが側にいてくれたから、ミーアは地下深くでの生活を、がんばれたんですね……」

『……ひめさまは、マスターのご家族ですね?』

「わかりますか?」

『近い魔力を感じるです』

「私──アリスはマイロードから『魔力血ミステル・ブラッド』を、ミーアはアリスの血をもらってるから、魔力が似たものになっているんです」


 そうしてアイリスは、『フィーラ』の肩に顔をくっつけた。

 まるで、妹の残り香を探しているみたいだった。


「……やっと、ライルたちの手がかりがつかめたな」


 ライルは『エリュシオン』の第5階層で、『聖域教会』の連中を出し抜いた。

 それからミーアを『コウシャクケ』の関係者に預けた。

 その『コウシャクケ』──公爵家こうしゃくけ侯爵家こうしゃくけに行けば、ライルたちの消息もわかるかもしれない。


 もちろん、ライルたちはもう、この世にはいない。それはわかってる。

 でも俺は、あいつらがどうなったのか確かめたい。

 できればライルたちの墓に行って、ほめてやりたいんだ。


 ──お前たちは十分がんばった。

 ──おかげで俺とアイリスは、今、ここにいる。


 そんなことを、伝えたい。

 俺が……家族としてできることなんて、それくらいだ。


「それでアイリス。ミーアが引き取られた先についてだけど」

「ミーアは当時の『公爵家』か『侯爵家』の関係者に引き取られたんですよね?」

「ああ。それがアイリスの祖母の実家だと思う」


 これは、ほぼ確定している。

 だからこそ、アイリスの祖母は不老体質だったんだろう


 200年前、俺は『死紋病しもんびょう』の治療のために、アリスに大量の『魔力血ミステル・ブラッド』を与えた。

 ミーアはそのアリスから血をもらっている。俺の死後にミーアも『死紋病』にかかったからだ。

 そのときに、ミーアへ『魔力血』の効果が受け継がれたのだろう。


「つまり、アイリスはミーアの子孫ってことになるな」

「そう考えると……不思議な感じがします」


 アイリスは遠くを見るような目をしていた。


「私の……アリスの記憶の中には、赤ちゃんだったミーアがいます。そのミーアが『フィーラ』さんの主人になって……大人になって……私のご先祖のお母さんになったなんて……」

「その気持ちは……なんとなくわかる気がするな」

「そうなんですか?」

「前世の俺は、赤ん坊だったライルとレミリアが大人になって、アリスの両親になるところを見てるからな。他の村の連中が成長するところも、全部」

「ということは、私はマイロードと同じものになったということですね」


 アリスはそう言って、笑った。


「前々から、ミーアが私の先祖かもしれないとは思ってましたけど……これで、やっと実感できました。私の中に、ミーアの血が流れているんだってことが……」

「そうだな」


 俺はアイリスの顔を、じっと見ていた。

 ライルたちが残したのは、メッセージや手がかりだけじゃない。

 アイリスの血筋そのものが、ライルたちの遺産だった。


 祖母が不老体質だったからこそ、アイリスは自分の体質について調べるようと思った。そのために『魔術ギルド』に入った。仕事の一環として、ゼロス兄さまの試験のために、グロッサリア領にやってきた。

 そうしてアイリスは──俺と出会った。


 それはミーアが血を残してくれたから起きた、奇跡のようなものだ。


「それで、今後のことだけど、俺がアイリスの祖母の実家を訪ねることはできるか? ミーアがなにか残してないか確かめたいんだ」

「できると思います。ただ、今は『エリュシオン』の第5階層に入れるようになって、他のみんなは探索たんさくしたがっていますから……」

「俺たちが王都を離れるのは不自然か」

「そうですね」

「俺とオデットは全力で、第5階層の障壁を突破したからな」


 その俺が、興味なさそうにしてたら不自然だ。

 ここは普通の魔術師っぽく、探索を続けるべきだろう。


「わかった。でかけるのは、少し時間をおいてからにしよう」

「そうですね。マイロードとオデットはすごい功績を挙げたおかげで、みんなに注目されています。ほとぼりが冷めてから動きましょう」

「アイリスの祖母の実家に、ミーアたちの手がかりが残っていればいいんだけどな」


 200年前の出来事だ。難しいかもしれない。

 だけど、希望はある。

 ライルたちは転生した俺たちのために、ヒントを残してくれていた。

 ミーアも同じことをしているかもしれない。


「まずは『魔術ギルド』が落ち着くのを待とう。それからアイリスの祖母の実家を訪ねて、ミーアの手がかりを探す。今後は、そういう予定で行こう」

「はい。マイロード」

「……どうした?」


 アイリスは『フィーラ』を抱きしめたまま、動きを止めてる。

 なにか、悩んでいるようだ。


「オデットのことが、少し心配になったんです」


 アイリスは『フィーラ』を放して、そんなことを言った。


「さっきも言いましたけど……マイロードとオデットは『エリュシオン』の第5階層の探索で、すごい功績をあげましたよね?」

「そうだな。俺としてはライルの消息を知りたかっただけど」

「でも、オデット以外の人は、そのことを知りません。マイロードとオデットが『魔術ギルド』での出世を望んでいると考える人もいると思うんです」

「……確かに」

「オデットの実家は、それを利用するかもしれません」

「だからオデットのことが心配になったのか」

「……はい」


 アイリスの言うことにも一理ある。


 スレイ公爵こうしゃくは以前、オデットを『魔術ギルド』から脱退させようとした。

 そのために配下の貴族を動かして、オデットのオリエンテーションを妨害した。

 だけど計画失敗に終わり、スレイ公爵は『二度とオデットの邪魔はしない。彼女が自ら魔術ギルドを辞めるまで、自由を認める』という誓いを立てることになった。

 その後、スレイ公爵はオデットに手を出せなくなったはずだけど──


「それでも、なにか企んでいるかもしれないってことか?」

「……はい」


 アイリスは唇に指を当てて、内緒話ないしょばなしをするように、


「私も今世では、王女として暮らしてますから……貴族の考え方も、多少はわかります。私も会ったことがありますけど、権力欲の強い人でした。一度の失敗で諦めるとは思えません」

「王女としては、スレイ公爵はどう動くと思う?」

「そこまではわかりません」


 アイリスはかぶりを振った。


「ただ、スレイ公爵なら、オデットを利用するような気がします。オデットが功績を挙げて、みんなから注目されているこの機会に。それに──」

「それに?」

「……なんとなく、ざわざわするんです」

「俺としては、その言葉の方に説得力を感じるな」


 アリスの両親──ライルとレミリアは『フィーラ村』がほこる天才だった。

 ふたりの子どものアリスも頭が良かった。一度教えたことは忘れないし、変な直感のようなものもあった。

 その転生体のアイリスが『ざわざわする』と言うなら、その感覚を信じよう。


「わかった。俺もあとでオデットと話をしてみる」

「私も手紙を出します。離宮でじっくり話ができるように」


 俺たちはうなずき合う。

 それから俺は、ゴーレムの『フィーラ』を『収納魔術』の中に入れた。

『フィーラ』は過去に受けたダメージのせいで、こわれかけてる。

 修理ができるようになるまで、動かすのは最小限にしておきたいんだ。


 その後、俺とアイリスは、お茶を飲んで一休み。

 これからの予定と、オデットのことについて話をはじめた。


 といっても、俺たちの予定は決まっている。


 落ち着いたら、アイリスの祖母の実家に行く。

 それまでは普通の魔術師として、『エリュシオン』の探索を続ける。

 アイリスは祖母の実家と連絡を取って、ミーアについて調べる。それくらいだ。


 だから、話はすぐに、オデットのことになった。

 俺も彼女が心配だ。

 オデットが『霊王騎』の使い手になったのも、『エリュシオン』の探索で功績を立てることになったのも、俺に原因がある。

 オデットが面倒なことに巻き込まれるなら、助けないと。


 問題は、スレイ公爵がどう出てくるかだ。

 俺に貴族の考え方はわからない。

 実家のグロッサリア伯爵家は貴族っぽくないからな。

 父さまもゼロス兄さまも、俺に功績を挙げろなんて言わないし、それを利用しようなんて考えない。逆に、功績を挙げたせいで他の貴族から送られてくる書状を、俺がゼロス兄さまに丸投げしてる状況だ。


 だからこそスレイ公爵家の……家族を利用しようという考え方が、俺には理解できない。

 そこが怖くもある。スレイ公爵が、オデットになにをしてくるのか──



「失礼いたします。ユウキさま。ゼロスさまから緊急きんきゅうの書状が届きました」



 そんなことを考えていたら、部屋の外でマーサの声がした。


「お話し中に申し訳ありません。ただ、至急とのことですので……」

「構わないよ。マーサ。入っていい」

「……え、でも」

「大丈夫。アイリス殿下はいいんだ。俺の事情は全部・・知ってる・・・・


 マーサには俺の前世について話してある。

 こう言えば、マーサにもアイリスが俺の前世の関係者だとわかるはずだ。


「承知いたしました。では、失礼します」


 ドアが開いた。

 マーサはメイド服のまま、アイリスに向かって深々と頭を下げて、


「無礼をお詫びいたします。アイリス殿下」

「気になさらないでください。マーサさま」


 王女の口調に戻り、アイリスが答える。


「ユウキさまのご実家からの、緊急の書状なのでしょう? 私は席を外した方がよろしいですか?」

「いいえ」


 このタイミングで、ゼロス兄さまからの書状が来たのが気になる。

 となると、アイリスにも話を聞いてもらった方がいいだろう。


「殿下がお嫌でなければ、そのままで」

「わかりました」

「マーサ、書状を貸して」

「はい。ユウキさま」


 俺はマーサから書状を受け取った。

 封を開くと、ゼロス兄さまが書いた文章が現れる。

 相変わらずていねいな文字だ。

 それで、書状の内容は──


「…………殿下」

「はい。ユウキさま」

「殿下の予想が、当たってしまったようです」


 ゼロス兄さまからの書状には、こんなことが書いてあった。



『ユウキへ。


 お前にまた、縁談の依頼が来た。

 いつもはこちらで断るのだけれど、今回の相手は公爵家だ。しかも、お前が懇意こんいにしているご令嬢、オデット=スレイさまのとの縁談なんだ。


 公爵家から持ちかけられた縁談を、父さまが断るのは難しい。

 スレイ公爵家は最高位の貴族だ。

 そこからの縁談を断ったとなれば、反感を持つ貴族もいるだろう。


 もちろん、僕も父さまも、お前の意思を尊重するつもりだ。

 僕はお前の事情を知っているし、お前の秘密を守るという誓いも立てている。

 お前の秘密が明るみに出る危険があるなら、この縁談は断るように、父さまにお願いするつもりだ。


 だけど、オデット=スレイさまは、お前の友人であり、『魔術ギルド』でのパートナーでもある。

 ユウキが『オデットさまなら構わない』というなら、この縁談を進めよう。

 まずはお前の意見を聞かせて欲しい。


 ゼロス=グロッサリアはお前の兄であり、お前の味方でもある。

 それを忘れないでくれ』



「……だから兄さまは真面目すぎるんだよ」


 ゼロス兄さまが、俺の意思を優先してくれるのは助かるけど。


 でも……これはかなり、対処が難しい話だ。


 兄さまの書状にあるように、スレイ公爵家は最高位の貴族だ。

 その家から縁談を持ちかけられるのは、相当な栄誉でもある。

 元男爵のグロッサリア家にとっては、雲の上の人物から声を掛けられたようなものだからな。

 それを断るのは、かなり難しい。


 貴族同士の人間関係って、大変だからな。

 縁談を断ったら、父さまや兄さま、ルーミアに迷惑がかかるかもしれない。


 かといって、この縁談を受けるわけにはいかない。

 俺はアイリスと結婚の約束をしている。それ以前に、不老の体質でもある。いつか人間社会から離れなければいけない。

 そんな人間がオデットと結婚するのは無理だ。


 それに、俺が消えるときにオデットを置いていったら……やっぱりグロッサリアの家は、公爵家の恨みを買うことになる。オデットを連れていっても同じだろう。

 オデットの父親が、俺の事情を知るわけがないんだから。


 ……だからこそ、スレイ公爵は俺に狙いをつけたのかもしれない。

 あの人は『オデットの邪魔をしない』という誓いを立てている。

 だから、オデットには直接手を出せない。


 でも、俺を利用するなら、誓いを破ったことにはならない。

 だからあの人は俺を使って、オデットを思い通りに動かそうとしているのか……?


 これは確かに……大変な話かもしれない。

 ……ごめん。ゼロス兄さま。面倒をかけて。


「……ユウキさま?」

「……私の予想が当たったということは……まさか?」


 ふと気づくと、マーサとアイリスが心配そうに俺を見ていた。

 俺は二人の前に書状を置いて、


「実家に縁談がきたそうです。スレイ公爵家から。オデット=スレイさまとの」

「オ、オデットさまとの縁談ですか!?」

「いや、俺はまだ結婚するつもりはないよ。マーサ」


 おどろくマーサに、俺は答える。


「ただし、断るにもオデットさまとスレイ公爵家の顔を潰さないようにしなきゃいけない。そのための対処法はあるから、心配しなくていいよ」

「そうなのですか?」

「オデットさまには面倒なことをお願いすることになるけど」


 オデットは俺の事情を知っている。たぶん、協力してくれるはずだ。

 それにこの手段なら、オデットも父親からの干渉を排除することができる。


 手段はそれほど難しくない。

 オデットを俺の弟子にするか、俺がオデットの弟子になればいい。


 前にイーゼッタ=メメントの依頼で、コレットを弟子にしたときに知ったのだけれど……貴族を弟子にした場合、弟子の側は一時的に、実家からせきを抜くことになるらしい。

 これは弟子が実家に甘えないようにするためだそうだ。


 イーゼッタはその制度を使って、妹のコレットを陰謀に巻き込まないようにした。

 だからメメント侯爵家の陰謀が明らかになった今も、コレットは罪に問われていない。

 もちろん、元々彼女がメメント家で隔離かくりされていたから、陰謀に関わっていないということもあるのだけど。


 同じように、オデットが俺の弟子になれば、彼女はスレイ公爵家から、一時的にせきを抜くことになる。それで公爵からの干渉を排除できる。


 逆に俺がオデットの弟子になるという手もある。

 俺は実家から一時的に籍を抜くことになるから、縁談を断っても父さまや兄さまに迷惑はかからない。師匠と弟子になり、互いに魔術の研鑽けんさんはげむということで、周囲を納得させることもできるだろう。


 ──そんなことを、俺はマーサに説明した。


「……そ、そうなのですね」


 マーサはまた、ほっ、と息をついた。


「も、もちろん、マーサは、ユウキさまとオデットさまとの縁談が嫌なわけではありません。ただ、ユウキさまには『おっとしまった内緒だよ』が多いですから、スレイ公爵家の方々がどう思うか、心配で……」

「わかってる。ごめん。心配かけて」


 俺はマーサの頭をなでた。


 たぶん、この対処法でなんとかなると思う。

 問題はグロッサリアの家が侯爵家になっても、アイリスと結婚できないことだけど……これは後でなんとかしよう。

 今は、時間を稼がないと。


「ユウキさま……いえ、マイロード」


 気づくと、アイリスが真剣な表情で、俺とマーサを見ていた。


「……ユウキさまとオデットが師匠と弟子になるのは……難しいかもしれないよ?」

「殿下?」

「ごめんなさい。言葉を飾る余裕がないから、私、アリスに戻るね」

「え? え? え?」


 アイリスの急な変化に、マーサが目を丸くする。

 そんな彼女に一礼して、アイリスは、


「ごめんなさい、マーサさん。詳しい説明は、後でマイロードがしてくれますから」


 丸投げされた。

 まぁ、俺からマーサに説明はするけど。


 でも、アイリス……なんだか怒ってないか?


「少しだけ怒ってます」


 俺の考えを読んだかのように、アイリスは言った。


「もしもスレイ公爵が、ご家族を人質にしてマイロードを自由にしようとしているなら……それは、200年前のあの組織と同じことをしているわけですから」

「……そういうことか」

「もちろん、スレイ公爵の意図はわかりません。もしかしたら、本当にオデットの幸せを願っているのかもしれません。それなら……いいのですけれど」

「あの人のやり方からすると、それは考えにくいか」

「……はい」


 アイリスが怒っている理由がわかった。

 彼女は200年前に『聖域教会』が俺とライルにしたことを思い出したんだろう。


『聖域教会』は『フィーラ村』の皆を人質にして、ライルに俺──ディーン=ノスフェラトゥを殺すように命じた。

 スレイ公爵は──もしも、この縁談が権力欲によるものなら──俺の家族を人質にして、俺とオデットに結婚するように命じていることになる。


 目的は違うけれど、どちらも俺の家族を人質にしているのは同じだ。

 アイリスが怒るのも無理はない。


「さっきの話だけど、マイロードとオデットが師匠と弟子になるのは難しいかもしれないよ」

「……もしかして、魔術師のランクが近すぎるからか?」

「うん。マイロードはC級。オデットは準C級だけど、老ザメルとカイン兄さまからC級に推挙されてるよね。第5層探索のせいで、任命が遅れてるだけで」

「つまりほぼ同格だから、師匠と弟子にはできないってことか」

「うん」

「俺がB級か準B級になったら?」

「B級になると『魔術ギルド』の管理職になっちゃう。賢者会議に参加したり、色々な作業に参加する必要があるから……自由に動けなくなるね。マイロードには、お勧めできないかな。準B級でも……C級を弟子にするのは難しいかも」

「……そっか」


 老ザメルが言っていた。B級になると魔術の研究や『エリュシオン』探索の時間が減る──と。

 俺にはライルの消息を探して、『聖域教会』について調べる時間が必要だからな。

 となると、B級になるのは最後の手段か。


 あとは……俺が、探索中に行方不明になる、という手もある。

 要は死んだことにして姿を消すわけだ。これなら、誰にも迷惑はかからない。


 本当は、この手は使いたくない。人間の世界には、大切な人がたくさんいるから。

 だけど、他に父さまやゼロス兄さま、ルーミアを守る手段がないなら──


「あの……マイロード」

「どうした? アイリス」

「私に考えがあります。王女としての知識と経験を活かして、この問題を解決したいのですが……よろしいでしょうか?」

「どうするつもりだ?」


 まさか、俺とアイリスの婚約発表をするつもりか?

 確かにそれなら、話は潰せる。

 いくらスレイ公爵家でも、アイリス王女の婚約者を奪うわけにはいかないだろう。

 だけど、それはまだ早すぎるはずだが……。


「いいえ、縁談えんだんで縁談を潰すようなことはしません」


 俺の心を読んだように、アイリスは言った。


「さきほどのマイロードのお言葉がヒントになりました。それをアレンジして対処します。私は王女であり『魔術ギルド』の一員でもあります。組織のルールは理解していますから、その知識を利用します。それと、マイロードとオデットの、これまでの功績こうせきを」


 アイリスは不敵な笑みを浮かべている。

 あの表情は覚えている。


 前世でアリスが、すごくいいことを考えたときの顔だ。



 ──例えば、古城で授業中にわざと問題を間違えて、お泊まりでの居残り勉強を企んだとき。

 ──例えば、授業のおやつに嫌いな木の実が使われているのを察して、すり替えようとしたとき。

 ──例えば、罠を張って、ディーン=ノスフェラトゥの髪を無理矢理洗おうとしたとき。



 そんなときの顔だった。


「それと、マーサさん。あなたにも協力していただきたいことがあります」

「もちろんです。ユウキさまのためになるのでしたら」

「ありがとうございます。ところで、マーサさま」

「はい。アイリス殿下」

「マーサさまはマイロード……いえ、ユウキさまのお世話を、昔からされているのですよね?」

「はい。故郷にいたときから、ずっと」

「そうですか……では、今回の件が片付きましたら、一度、お話をいたしましょう」

「はい! 私も、殿下とユウキさまのお話に興味があります」


 意気投合するアイリスとマーサ。

 というか、アイリスの表情がまだアリスに戻ってるんだが。


 いや、それよりもマーサの適応力がすごい。

 マーサはコウモリたちも、レミーが人間に化けたのことも普通に受け入れていたけど、アイリスの変化も普通に受け入れている。

 これは、マーサの才能なのかもしれないな。


「まずは、オデットと連絡を取りましょう」


 アイリスはそう言って、俺の手を取った。


「急いで書状を書きますから、コウモリさんに届けてもらっていいですか? マイロード」

「わかった。大至急で送る」


 オデットにも縁談の話は行っているはずだ。

 彼女は俺とアイリスの約束のことを知っている。

 たぶん……なにがなんでも、この縁談を潰そうとするだろう。

 無茶なことをする前に、止めないと。


 そんなことを考えながら、俺はコウモリのディックを呼んだのだった。





──────────────

・次回、第148話は明日か明後日くらいに更新する予定です。




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