第146話「元魔王と公爵令嬢、報酬を提示される」

 ──ユウキ視点──




 俺とオデットが第5階層から戻ったあと、『魔術ギルド』は大騒ぎになった。

 無理もないと思う。


『エリュシオン』の第5層には、『聖域教会』の本拠地があった。

 奴らはかつて『古代魔術』と『古代器物』を独占していた。

 その組織の本拠地となれば、さまざまな情報が残っているはずだ。


『古代器物』や『古代魔術』のありか。

『聖域教会』の目的や、組織の手がかり。

 残党を率いている者の正体。

 その手がかりが、あの場所には存在するはずだ。

『聖域教会』の残党が活動を初めている今、それらを入手することは大きなアドバンテージになる。


 そんなわけで、俺とオデットはおどろくほどの称賛しょうさんを受けた。

 普段は難しい顔の老ザメルも、真面目なカイン王子も、声をあげてよろこんでいた。


 その後で俺とオデットは、老ザメルとカイン王子と共に、『エリュシオン』を出た。

 移動先は、ギルドの応接室だった。

 そこで俺たちは地下第5階層についてと、そこでどんな調査をしたのかについて、聞かれることになった。


 特に問題はなかった。

 あらかじめ、話す内容を決めていたからだ。


 ──俺たちは『魔力喰らいの障壁』を突破したあと、一番大きな塔を目指しました。

 ──そこで『第1司祭』の名前と、血のついたローブを見つけたんです。

 ──重要施設だとわかったので、念入りに探索することにしました。

 ──その結果、『障壁』の管理システムを見つけ出して、停止させることに成功したんです。


 ──すべては幸運と、直感によるものです。

 ──オデットの『霊王ロード=オブ=ファントム』に導かれたのかもしれません。

 ──もう一度、同じことをしろと言われても無理です。

 ──なにはともあれ、成功してよかったです。


 俺たちはそんなことを、老ザメルとカイン王子に伝えた。


 ゴーレムの『フィーラ』は、『収納魔術』の中にしまってある。

 あいつの存在を明かしたら、たぶん没収される。

 それは『フィーラ』自身も望んでいない。俺もオデットも同じだ。

 ゴーレムの『フィーラ』には、会わせなきゃいけない奴がいるからな。


「わたくしとしては……塔の中にあった『棺の部屋』が気になりますわ」


 ふたりで報告を終えたあと、オデットはそう付け加えた。


『棺の部屋』とは、司祭たちの名前が刻まれた棺が置かれた部屋のことだ。

『フィーラ』はあの場所を『完璧な人間になるための実験施設』だと言った。


『完璧な人間』とはなんなのか、俺たちにはわからないけれど……でも、帝国皇女は『第1司祭はまだ、生きている』と証言している。

 あの部屋で行われた実験が、現在の第1司祭と関係しているのかもしれない。


「塔の入り口にあった血まみれのローブ、さらに、第1司祭が生存している可能性があること。それらから推測すると……『聖域教会』の者たちは、生命をもてあそぶような実験をしていた可能性があります」

「……生命をもてあそぶような実験か」


 報告を聞いたカイン王子が苦い顔になる。


「もちろん、第1司祭が本当に不死になったのかどうかはわかりません」


 オデットはかぶりを振った。


「ですが、万が一ということもあります。わたくしは『聖域教会』の連中なんかに、大切な人たちの生活を乱されるのが嫌なのです。大きな戦争を起こしたり……言いがかりをつけて、平和な村人たちを悲しませたり……そんなことを二度と起こさせるわけにはまいりません」

「そうだね。かつて『聖域教会』は、多くの人を悲しませた」


 オデットの言葉にうなずくカイン王子。


 彼女の言葉の中に、うちの村のことが含まれていることには気づいてない。

 まぁ、『フィーラ村』のことは、ほとんど歴史から消えてるからな。

 仮に名前を出したとしても、わかるわけはないんだが。


「調査にわたくしや『霊王騎』の力が必要なら、おっしゃってください。ザメルさま。殿下」

「うむ。そのときが来たら、公爵家こうしゃくけのご令嬢れいじょうにも協力を頼むとしよう」

「けれど、君たちには休息が必要だ」


 老ザメルとカイン王子は、オデットをたしなめるような口調で、そう言った。


「それに、君たちには報酬ほうしゅうを受け取ってもらわなければいけない」

「報酬?」「報酬、ですの?」


 俺とオデットの声が揃った。


「そうだよ。君たちのおかげで、『魔術ギルド』は『聖域教会』の本拠地にたどりついたの。これは、『魔術ギルド』が出来てからずっと、達成できなかったことだ。これで我々は、『聖域教会』がなにを考えていたのか知ることができる」


 カイン王子は続ける。


「それは奴らの残党を止める手がかりにもなるはずだ。第5階層への障壁を取り払ってくれた君たちの功績は計り知れないのだよ」

「おめの言葉をいただき、ありがとうございます」

「過分な評価をいただいておりますわ」


 俺とオデットは貴族の礼儀作法に則って、頭を下げた。


「ではお言葉に甘えて、お願いをしたいと思います」

「言ってみたまえ」

「まずはじめに、俺がこのような成果を上げることができたのは、アイリス殿下のおかげでもあります。故郷で殿下と出会ったことで、俺は『魔術ギルド』に所属することができたのですから。また、殿下の護衛騎士という立場があったからこそ、良き指導者に恵まれたんですから」

謙虚けんきょだね。君は」

「ですから、アイリス殿下にお礼をしたいのです」


 それから、俺は一呼吸おいて、


「よければ、殿下を俺の宿舎にご招待することを許していただけないでしょうか。そこで、手料理など振る舞わせていただければと」


 俺はアイリスと、ゴーレムの『フィーラ』を引き合わせたい。

 だが、王宮や離宮は、人目がある。

 となると、俺の宿舎にアイリスを呼ぶのが一番だ。


「許可をいただけますか? カイン殿下」

「……ふむ」


 カイン王子は不思議なものを見るような顔をしていた。

 ……まさか、俺の意図に気づいたのか?


「いや、済まない。お願いというから、もっと別なものかと思っていたのだよ」

「別なもの?」

「君たちに与える報酬とは、地位や名誉、金銭のことだよ。アイリスを宿舎に迎えたいというなら、もちろん構わない。けれど、それは私個人でも可能なことだからね。私と老ザメルが言っているのは、公的な報酬だ」

「……そういうことでしたか」

「……当たり前ですわ」


 横を見ると、オデットが苦笑いをしていた。


「私としては、君たちが望むなら……B級魔術師の地位を与えたいと考えているよ」

「わしもだ。お主たちには、それだけの功績がある」


 カイン王子が宣言し、その言葉を、老ザメルが引き継いだ。


「だが、B級以上の魔術師はギルドの管理職でもある。賢者会議に参加し、ギルドの運営や王家との折衝せっしょうにも関わらねばならぬ。その分、魔術の研究や『エリュシオン』の探索の時間が減るのが難点だな」

「ありがとうございます。殿下、ザメルさま。身に余る光栄です」


 俺は貴族の口調で答えた。


「ですが、俺はまだ『魔術ギルド』に入ってから日も浅く、経験も少ない身です。今回の成功も、運によるものが大きいと考えています。それに……研究や探索の時間が減るのは、避けたいのです」


 俺が『魔術ギルド』の管理職になるわけにはいかない。


 俺は、人間のふりをしているだけで、人間じゃないからな。

 管理職になったあとで正体がばれたら……「『魔術ギルド』は化け物に動かされていたのか!?」という話にもなりかねない。『魔術ギルド』は王家とも関わりの深い組織だ。下手をすれば国をあげての大騒ぎになる。


 だから、無理だ。

 前世の『フィーラ村』と同じことを繰り返すわけにはいかない。


「できれば俺は、ただの魔術師でいたいと思います」

「そうか。では、君の方で希望する報酬はあるかな?」

「報酬は実家に。グロッサリア伯爵家にいただければと」

「……なるほど。功績を考えれば、君の実家の爵位しゃくいを上げることは可能だ」

「ありがとうございます」

「だが、すぐにとはいかないよ」

「……ですよね」


 それは、わかる。

 貴族社会というのは、色々と面倒だからな。


「男爵家だったものが伯爵家になって、その後すぐに侯爵家になったら、君の家の者だって大変だろう?」

「領地経営の手続き等も変わりますからね」

「うむ。それに、侯爵こうしゃくともなれば家の格が重要になる。王家から領地を加増する必要もあるだろう。半年から1年……それくらいは待ってくれないか?」

「わかりました。ありがとうございます」


 それくらいなら待てる。

 実家の爵位を上げるのは、俺がアイリス──アリスを嫁にするためだ。

 王家の者と結婚するためには、実家が侯爵以上の貴族でなければいけない。

 爵位はその手段だ。


 だが、カイン王子から『爵位を上げることは可能』という言質を取ったことは大きい。

 それは王家の者が『グロッサリアの家は、侯爵家になるほどの功績がある』と認めたことになるからだ。しかも、その言葉を俺とオデット、老ザメルが聞いている。


 それはアイリスとの結婚を進めるときに、大きな意味を持つはずだ。

 

「殿下のご厚意に感謝いたします。実家の皆も、喜ぶかと思います」

「親孝行だね。陛下がこの話を聞いたら感心するだろう。もしかしたら、私のような魔術馬鹿より、君のような息子が欲しかったと言い出すかもしれないよ」


 カイン王子はため息をついた。


「私は『メメント派』の動きにも気づかなかった愚か者だ。『第二王子でB級魔術師』などと、あがめられるのが恥ずかしくなっている。だから、今回の調査が一段落したら、『魔術ギルド』で降格を願い出るつもりだよ」

「降格を?」

「殿下が、B級魔術師ではなくなるんですの!?」

「そうだね。準B級か、C級にしてもらおうと思っているよ。そうすれば『カイン派』に属するメリットもなくなる。もっとも、賢者会議が許してくれればだが」

「許すわけがなかろうが!」


 老ザメルは目を怒らせて、カイン王子を見た。


「下心が見え見えですぞ。殿下!」

「これは心外だね。私にどんな下心があると?」

「先ほどわしが申したであろう! B級以上は管理職だと。殿下は準B級かC級になることで仕事を減らし、地下第5層の調査に専念するおつもりであろう!? わしが『魔術ギルド』の運営に苦労している間にだ! そんなズルを許すわけがなかろうに!」

「わかっただろう? B級以上になると、こんな苦労があるのだよ」


 カイン王子は肩をすくめてみせた。


「話が途中だったね。オデット=スレイはどのような報酬を望むのかな?」

「わたくしは……」


 オデットは考え込むように、目を伏せた。

 それから、しばらくして、


「申し訳ありません。まだ、思いつきませんわ」

「わかった。急ぐことはないからね」

「はい。なるべく早く、お返事したいと思いますわ」


 オデットはとまどった表情で、俺を見た。

 気持ちはわかる。


 オデットが『魔術ギルド』に入ったのは、父親から自由になるためだ。

 以前の事件と、準C級魔術師になったことで、その目的はほぼ、果たされている。

 そんな彼女の前に、今度はB級魔術師──つまり『魔術ギルド』の管理職という道が開けた。


 しかも、老ザメルやカイン王子も、オデットを評価している。

 ふたりの支援を受けてB級魔術師になるのもありだし、王家に仕える魔術部隊の士官になることもできるだろう。

 オデットの先には、道が開けている。

 だからこそ、迷うのかもしれないけれど。


「わたくしのことはいいですわ。それより、ユウキは聞きたいことがあるのでは?」

「……そうだった」


 俺は口調を改めて、


「殿下におうかがいします。『メメント派』……いえ、イーゼッタ=メメント準B級魔術師と、俺の弟子のコレットは、これからどうなりますか?」

「……そうだね。彼女たちのことがあったね」


 それからカイン王子は、イーゼッタ=メメントとコレットについて、話してくれた。


 イーゼッタたちメメント派は、しばらく拘束されることになったそうだ。

 黒幕であるメメント侯爵の方にも、王家の兵士が行っている。


 メメント派は王家と『魔術ギルド』の管理下にある『エリュシオン』で、不法行為を行った。

 当然、罰を受けなければいけない。


 イーゼッタたちは王都の塔に幽閉ゆうへいされている。

 メメント侯爵は屋敷を王家の兵士に囲まれ、外出禁止を命じられている。

 いずれ落ち着いた後で、彼らから話を聞くことになっているそうだ。


 コレットは俺の弟子となったことで、メメント侯爵家を出ている。

 それに、彼女は俺と一緒に『エリュシオン』に潜り、そこで、不法侵入しているメメント派を発見している。そのことから、彼女が陰謀に関わっていないことは確定している。

 だから、コレットが罰を受けることはない。


「けれど、コレット嬢は、姉の世話がしたいと言ってきかないのだよ」

「コレットなら、そうでしょうね」

「私は彼女の願いを叶えようと考えているよ」


 コレットは、塔の近くにある屋敷に預けられることになった。

 そこから塔に通って、イーゼッタ=メメントの世話をする、ということだった。


 俺も、あとでコレットの様子を見に行くことにしよう。


「私はイーゼッタたちが大きな罪にはならないことを、願っている」


 そう言って、カイン王子はため息をついた。


「彼女が考えていることに気づかなかったのは、私のミスだ。だから王子として、彼女の減刑を願い出るつもりでいる。また、黒幕がメメント侯爵なら、イーゼッタが逆らえなかったのは仕方がないからね」

「俺は、弟子のコレットの幸せを願うだけです」

「そうだね。いずれ彼女が独り立ちすれば、メメント侯爵家を継ぐこともできるかもしれない……」


 カイン王子は気分を変えるように、かぶりを振った。

 それから、俺とオデットを見て、


「イーゼッタの件については、詳しいことが決まり次第、君たちにも伝えよう。それでいいかな」

「はい。ありがとうございます」

「それでは……今後の話をしよう。例の件を伝えてよろしいですかな。ザメルさま」

「パーティの件だな」

「そうです」


 カイン王子はうなずいて、


「数日後にギルド主催の『第5層到達記念パーティ』が行われることとなった」

「功労者のお主たちには、会場であいさつをしてもらうことになる」


 カイン王子はぎこちなく、老ザメルはしわだらけの顔で、笑ってみせた。


「ユウキ=グロッサリア、オデット=スレイ。君たちの活躍についても、そこで話すことになる。君たちの関心を引きたい者たちも、多く現れることだろう。もしかしたら縁談えんだんを申し込まれるかもしれない。心の準備をしておくことだね」


 縁談か。

 興味は……ないな。うん。


 俺はアイリスを嫁にすることを決めているからな。

 縁談が来たら、またゼロス兄さまに回してしまおう。うん。


 それからしばらく雑談をして、会談は終わりになった。

 俺とオデットは『宿舎に戻って休むよう』に、という指示を受けた。


 老ザメルとカイン王子はまだ、仕事が残っているらしい。

『B級魔術師とはこういうものだよ』と、カイン王子は苦笑いしていた。

 老ザメルは恨めしそうな声で、『次の会議で殿下をA級に推薦すいせんしますぞ!』と宣言していた。


『カイン派』と『ザメル派』の対立は、いつの間にか、無くなったらしい。


 ──そんなことを考えながら、俺とオデットは『魔術ギルド』を出たのだった。






「オデット、大丈夫か?」


 ふと気づくと、隣でオデットが、深刻そうな顔をしていた。


「もしかして、報酬のことで悩んでるのか?」

「……ええ。ここまで大きな話になるとは、思っていなかったもので」

「カイン王子も『急がなくていい』って言ってたからな。オデットのやりたいことが決まるまで、待ってもらえばいいんじゃないか?」

「いいえ。やりたいことは、もう、決まっています」


 オデットは首を横に振った。


「ただ、どういう手段を取るかが決まっていないのです。今回の報酬をどう活用するかも。まだ」

「話くらいならいつでも聞くぞ。進路相談は慣れてるから」


 前世で、やたらと村人の相談を受けてきたからな。俺は。


 ──どんな仕事が向いてると思いますか? とか。

 ──この仕事に必要な技術を教えてください、とか。

 ──彼女にプロポーズしたいんですけど、いいシチュエーションを考えてください、ってのもあったな。


「だから、話したくなったら言って欲しい」

「ええ。そのときはお願いしますわ」


 オデットは笑いをこらえるような顔で、そう言った。


「ただ、これは自分で決めなければいけませんの。でも、ありがとうございます。ユウキ」


 そんな感じで、俺たちは並んで歩き出す。

 そうして、俺はオデットを宿舎へ送ってから、マーサたちの元へと戻ったのだった。







 翌日、アイリスが俺の宿舎にやってきた。


「行動が早すぎませんか。殿下」

「カイン兄さまが、陛下を説得してくださったのです。許可をいただいたので、その足で参りました」


 アイリスは宿舎の玄関先で、そんなことを宣言した。

 後ろには、王家の馬車が停まっている。

 馬車の隣にいるのは護衛の兵士と、王家のメイドだ。


 俺は兵士とメイドたちに一礼して、


「アイリス殿下の護衛任務、お疲れさまです。今後は俺が引き継ぎます」


 俺はアイリスの護衛騎士でもあるからな。

 こういう理屈が使えるんだ。


「殿下との会談は、2時間前後を予定しています。その間、王宮に戻られてはいかがでしょう。ここに王家の馬車があると、目立ちますから」

「承知しました。護衛騎士どの」

「殿下の身の安全は、俺と使い魔たちが保証いたします」

『しますー』『するのですー』


 俺の言葉に応えるように、コウモリのディックたちが、屋根の上で翼を鳴らす。

 護衛の兵士は一礼して、


「今回の件は護衛騎士どのに一任するようにと、カイン殿下より命じられております。時間になったらお迎えに参りますので、どうか、殿下をよろしくお願いいたします」

「この身に代えましても」

「それでは、失礼いたします」


 そう言って、馬車は王宮へと戻っていった。

 その姿が見えなくなってから、俺は小声で、


「せめて連絡くらいよこせよ。アイリス」

「第5階層の探索では、私だけ仲間外れでした」

「王女口調じゃなくていいぞ」

「私だけ仲間外れだったんだもん」


 アイリスは頬を膨らませた。


「私だって、マイロードのお手伝いができたかもしれないのに」

「次の機会があったら考えるよ」

「約束だよ?」

「それより、見せたいものがある。応接間に来てくれ」


 そうして俺は、アイリスを宿舎に招き入れ──


 アイリスにゴーレムの『フィーラ』を紹介することになるのだった。






 ──同時刻、オデット視点──




「父上はなにを考えているんですの!?」


 その日の朝早く、オデットの元に父からの書状が届いた。

 内容は次の通りだ。



『お前と、ユウキ=グロッサリアとの縁談を、グロッサリア伯爵家に申し出た。

 お前の将来を考えてのことだ。


 約束したな。お前が自ら「魔術ギルド」を辞めるまで、自由を認める、と。

 だから、これも強制はしない。


 だが、悪い話ではないだろう?


 ユウキ=グロッサリアはアイリス殿下の護衛騎士だ。

『魔術ギルド』では、お前が一番親しくしている魔術師でもある。

 これ以上ない相手ではないだろうか。


 断るのであれば、理由を聞かせて欲しい。

 繰り返すが、これはお前のためでもあり──』



「わたくしに知らせる前に、ユウキの実家に話を持っていくなんて……強引すぎますわ」


 書状を握る手が、震えていた。


 父にしては、穏便おんびんなやり方だとは思う。

 以前の父なら、オデットの意見を聞くこともなく、即座に縁談をまとめていただろう。

 それに比べれば、まだ、まともなやり方だった。


 縁談の相手がユウキなのも、理解はできる。

 ユウキはオデットに最も近い男性で、オデットの親友であるアイリス王女の護衛騎士だ。

 縁談には最もふさわしい相手に思えるだろう。


 他の者──ユウキとアイリスの前世の事情を知らない者たちからは。


(……わたくしに、アイリスの邪魔をしろと言うんですの!?)


 声にならない悲鳴が、オデットの胸の中で響く。


 アイリスはユウキと結婚するつもりでいる。

 そのためにユウキは『魔術ギルド』で功績を挙げて、家の爵位を上げてきた。


 それはあと一歩で叶うところまで来ている。

『エリュシオン第5層探索』の成功により、グロッサリア家の爵位はまた、上がる。

 すでにカイン王子の言質は得ている。あとは時間の問題でしかないのだ。


「……なのに、このタイミングで、こんなことを」


 父の手紙には続きがあった。



『断る前に、ユウキ=グロッサリアの立場を考えてみるがいい』



 ──そんな、脅迫めいた言葉が。


(さすが父上ですわ。嫌なことを考えますわね)



 ──成り上がりのグロッサリア家が、スレイ公爵家からの縁談を断ること。

 ──その後で、ユウキがアイリス王女に結婚を申し込むこと。



 どちらも王家や、貴族からの憶測を生む。

 少なくとも、グロッサリアの家は、貴族たちからの注目を集めるだろう。


 いずれ人間社会を離れるつもりのユウキやアイリスは、それでもいい。

 けれど、ユウキの家族はそうはいかない。


 ユウキとアイリスがただ、結婚するだけなら、護衛騎士と王女の恋物語で話はつく。

 だが、その前にスレイ公爵家からの縁談を蹴っていたとなれば、話は別だ。

 貴族たちは嫉妬の炎を燃え上がらせるだろう。

 オデットに同情して、ユウキの実家を攻撃するものも現れるかもしれない。


 良くも悪くも、スレイ公爵家は最高位の貴族であり、オデットはその令嬢だ。

 その影響は計り知れない。


 そして、自分たちの結婚によって実家に悪影響が出てしまえば……ユウキたちは、人間社会を離れることができなくなる。


 ユウキは、家族を大切にする人だからだ。


 前世のことを考えればわかる。

 彼は150年もの間、村人たちに慕われてきて──彼自身も、村人たちを大切にしてきた。

 だから彼は今も、村人たちの消息を捜している。

 村人たちも、その思いに答えている。


 そんな彼に……実家の問題を放置して立ち去るなんで、できるわけがない。


「わたくしとの縁談が、ユウキとアイリスを苦しめることになるなんて……」


 この縁談は、ユウキとアイリスにとっての爆発物のようなものだ。

 取り扱いには十分、注意しなければいけない。


 そう考えて、オデットは唇をかみしめる。


「縁談がおおやけになる前に、手を打たなければ」


 オデットはきっぱりと宣言した。


「もしも、対処が間に合わなかった場合は……」


 覚悟を決めなければいけないかもしれない。


 そんなことを思いながら、オデットは書状の用意をはじめたのだった。




──────────────


・お知らせです。


 1月21日に、コミック版「辺境魔王」の3巻が発売になります!

 各書店さまで予約も始まっています。

 表紙のアイリス王女と、護衛のバーンズさんと、決着をつけることを決めたユウキの横顔が目印です。


 発売日は、1月21日です!

 村市先生のコミック版『辺境魔王』を、よろしくお願いします!

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