第148話「元魔王と王女と公爵令嬢、縁談のことで悩む(後編)」

 ──オデット視点──




「……書状の内容はこれで、いいですわね」


 オデットは書き終えた書状を見つめた。

 老ザメルにてたものだ。その内容は──



『「エリュシオン」第5階層探索の報酬ほうしゅうとして、B級魔術師の地位を頂きたく存じます。

 わたくしことオデット=スレイは、今後は「魔術ギルド」に身を捧げたいのです。

 王国と、魔術の発展のために』



「わたくしが『魔術ギルド』の管理職となれば、父上も手出しできなくなりますわ」


 王国のために尽くす。

 魔術の発展に、この身を捧げる。

 だから、結婚はしない。縁談はすべて断る。

 それで通るはずだ。


『魔術ギルド』のメンバーの多くは貴族だ。

 しかも組織の賢者には、第2王子のカインがいる。

 オデットがそのB級魔術師となり、魔術に身を捧げると宣言すれば、他の貴族は受け入れるしかない。

 これで、今回の縁談は潰せるはずだ。


「……第5階層の探索で功績をあげていて、よかったですわ。そのおかげでカイン殿下とザメルさまはわたくしたちを『B級魔術師に』って、おっしゃったんですもの」


 オデットは溜息をついた。


 もちろん、第5階層の障壁突破と探索が成功したのはユウキのおかげだ。

 自分はちょっと手伝いをしただけ。それはわかっている。

 B級魔術師の地位も、本当は不相応ふそうおうだ。望むつもりなんてなかった。


 けれど、その地位でユウキたちを守れるなら、話は別だ。


「わたくしがユウキとアイリスの邪魔をするわけにはいきません」


 オデットは、きっぱりと宣言した。


 ユウキはアイリスと結婚の約束をしている。

 それも、前世からの──200年越しのものだ。

 それはオデットには想像できないほど固く、強いものなのだろう。

 決して、割り込むことができないくらい。


 アイリスはオデットの親友だ。

 子供の頃に、なにがあってもアイリスを守ると誓っている。


 そのオデットがユウキと結婚するなんて、できるわけがない。

 しかも、父に勧められてそうするなんて、許せるわけがない。


 オデットの中にあるユウキへの感情──気持ち──そういうものは、今はどうでもいい。

 大切なのは、ユウキとアイリスの邪魔をしないことだ。


「ですが、わたくしから縁談を断ることはできません。それでは、ユウキと……彼の家族の顔を潰すことになりますもの」


 オデットの父であるスレイ公爵は、そこまで考えて縁談を持ちかけている。


 オデットとユウキは常に一緒に行動している。

 それほど親しい相手からの縁談を断れば、貴族たちはその理由をかんぐる。

 だが、スレイ公爵家を表立って批判することはできない。矛先ほこさきはユウキの実家に向けられることになる。


 ──ユウキになにか問題があるとか。

 ──オデットが、成り上がりのグロッサリア伯爵家を嫌ったとか。

 ──ユウキやその家族がオデットに失礼なことをしたとか。


 様々な言葉が飛び交うだろう。

 それではユウキと、彼の家族に迷惑がかかってしまうのだ。


(ユウキの妹のルーミアさまは、いい子でしたものね)


 以前、話をしたからよくわかる。

 あの笑顔がくもるようなことはしたくない。


 それに……ユウキは気づいていないかもしれないが、オデットの方から縁談を断ったら、ユウキとアイリスの未来に問題が出てしまう。


 オデットが縁談を断った場合、『スレイ公爵家の娘が結婚を拒んだ相手が、アイリス王女に結婚を申し込む』ということが起こる。

 王家は難色なんしょくを示すだろう。

 もしかしたら、ふたりの結婚を許さないかもしれない。


 オデットがB級魔術師になって『誰とも結婚しない』と宣言すれば、その事態は避けられる。

『B級魔術師にする用意がある』と言い出したのは老ザメルとカイン王子だ。

 オデットはそれを、受け入れるだけ。

 その厚遇に答えるために、『魔術ギルド』に尽くすだけなのだから。


「まぁ……ギルドの管理職になったら、色々と時間を取られてしまいますが……仕方ないですわね」


 おそらくは新人の管理職として、大忙しになるだろう。

 ユウキとパーティを組んで『エリュシオン』に潜ることも、少なくなるはずだ。

 ふたりで旅をすることも……なくなるかもしれない。


 ユウキの宿舎で、メイドのマーサが淹れてくれるお茶を飲むことも。

 見習いメイドのレミーの成長を、微笑ほほましく見守ることも──


「……あら」


 気づくと、オデットの視界がにじんでいた。

 思わず目をこすって、オデットは自分が泣いていることに気づいた。


「…………い、嫌ですわね。なんでこんな」


 ユウキと二度と会えなくなるわけではないのに。

 ただ、『魔術ギルド』のB級魔術師になるだけなのに。

 どうして、涙が出てくるのだろう。


「わたくしは…………あの時間を、とても大切に思っていたのですわね」


 けれど、仕方がない。

 そろそろユウキのところにも、縁談の話が行っているはず。

 彼に迷惑をかけるわけにはいかない。


「さて、さっさと書状を届けることにいたしましょう」


 オデットは立ち上がる。

 決意が鈍る前に、老ザメルに書状を渡してしまおう。


 でも、その前に身支度を調ととのえなければ。泣きはらした顔では人前に出られない。

 何度もかぶりを振って書き直していたせいで、髪もボサボサだ。

 公爵令嬢ともあろう者が恥ずかしい。そう思ったとき──



『キィキィ。キー』


 こんこん、こん。



 コウモリが、オデットの部屋の窓を叩いた。


「ディックさん?」


 オデットは慌てて後ろを向く。

 ハンカチで顔をぬぐって、手で髪を整える。

 こんな顔を、ユウキの使い魔に見られるわけにはいかない。コウモリたちは頭がいい。オデットが泣いていたことに気づくかもしれない。

 それがユウキに伝わったら困るのだ。


「今、開けますわ。なにかご用ですの?」


 できるだけ平静を装って、オデットは窓を開けた。

 コウモリはそのまま部屋の中へ。

 机の上に舞い降りて、握っていた書状を手放す。


「あら、お手紙を届けてくださったのですね?」

『キィキィ』

「アイリス殿下から? あらあら、せっかくユウキと会う機会をいただいたというのに、なにをしていらっしゃるのでしょうね。わたくしに手紙など──」


 そう言いながら、オデットは手紙を開いた。

 そこに書かれていたのは──



派閥はばつを作りましょう。


「ユウキ派」「オデット派」、どちらでもいいです。作りましょう。

 派閥の長と、そこに所属する魔術師であれば、ランクに関係なく師匠と弟子になれます。

 そうすれば、オデットは自由になれるはずです』



 ──見慣れた文字で書かれた、怒ったような文章だった。



『縁談の話は聞きました。ユウキさまが教えてくれたんです。

 オデット、無茶なこと考えてないよね!?

 あれはオデットのせいじゃないんだよ? 責任を感じたりしないでね。


 もちろん、オデットがユウキさまと結婚したいなら話は別です。

 その時は……じっくり話をしましょう。いい方法を、考えましょう。

 ですから、早まったことをしないでください』



「ア、アイリス? 王女の言葉と村娘の言葉が入り交じっていますわ!?」


 たぶん、これを書いたアイリスは、怒っている。すごく。

 書状を一目見ただけで、それがわかってしまう。



『私はこの縁談をつぶしたいと思っています。

 できれば、誰も犠牲にならないやり方で。


 オデットのことだから、自分がなんとかしようと考えてるんでしょ?

 でもね、駄目だよ。

 それじゃスレイ公爵こうしゃくが、オデットを奪ったことになるもの。

 ユウキさまの大切な理解者を、奪ったことになるもの。

 そんなこと、絶対にさせないから』



「……アイリス」



『だから、王女として、親友のオデットにお願いをします。

「魔術ギルド」を動かしましょう。

 第3の派閥はばつを作りましょう。

 そうしてユウキさまとオデットを、師匠と弟子にするのです。


 ふたりは大きな功績を挙げました。それはカイン兄さまも老ザメルも評価しています。

 今なら、派閥を作ることを許してもらえるでしょう。


 前にカイン兄さまから聞いたのですけれど、派閥はばつの長なら、ランクの近い魔術師を弟子にできるそうです。

 ふたりが師匠と弟子になれば、縁談を避けることができるのです。


 派閥を作るなら、今が好機です。

 ユウキさまとオデットのおかげで、カイン兄さまと老ザメルの間のわだかまりが消えました。

 両派閥の対立も、弱まっています。


 それに、元々『カイン派』と『ザメル派』は勢力争いのためものではありませんでした。

 違う目標を持つものたちが、それぞれのグループを作っただけなんです。

 そういう意味での派閥作りなら、許してもらえると思います。

 

 ユウキさまは納得してくれました。力を貸してくれるって、言っています。

 オデットも協力してください。

 私の、大切な人たちを守るために。



 アイリス=リースティア』



「……殿下」


 むちゃくちゃだ。

 話の内容も、アイリスの文章も。


 縁談を潰すために、新たな派閥はばつを作るなんて、あり得ない。

 それは個人的な理由のために、『魔術ギルド』を動かすことを意味する。

 普通だったらあり得ない話だ。


 あり得ないの……だけど──


「…………ふふっ。ふふ。も、もう、アイリスったら!」


 気づくとオデットは、笑っていた。

 お腹を抱えて。涙が出るほど。


 確かに、アイリスのやり方なら縁談を潰せる。

 しかも、誰にも迷惑はかからない。

 共に『エリュシオン』の第5階層への道を開いたユウキとオデットが、師匠と弟子になるだけだ。

 派閥を作り、共に魔術を極めるという誓いの元に。

 どちらかが実家からせきを抜いて、縁談を流してしまうだけ。


 それで問題は解決する。

 ユウキも、グロッサリアの家を守ることができる。

 オデットはスレイ公爵家から自由になる。恐らくは、ずっと。


「さすがは『聖域教会』をぶっ潰した賢者さまの娘さんですわね」


 オデットは感心したような息をつく。


 縁談を潰すために派閥を作るなんて、無茶もいいところだ。

 でも、アイリス──いや、アリスならやるだろう。

 彼女は前世で『不死の魔術師』ディーン=ノスフェラトゥを愛して、そのために時を超える決意をした、アリス=カーマインなのだから。


「……わたくしも、覚悟を決めましょう」


 オデットは、さっき書いたばかりの書状を手に取った。

 それを「ていっ」と暖炉だんろに投げ込み、通常魔術で火を点けて、灰にする。


 後ろ向きになるのは、もうやめた。

『魔術ギルド』の管理職になんてならない。

 B級魔術師になって、ユウキやアイリスとの時間を減らすなんてまっぴらだ。


 もちろん、オデットが派閥の長になれば、多少は忙しくなるだろう。

 だが、それはすべてユウキやアイリスのために使う時間。

 だったら、むしろ望むところだ。


 それにオデットは、スレイ公爵領にユウキたちの居場所を作ろうと考えている。

 派閥作りは、その予行練習のようなものだ。

 派閥ひとつ作れない者が、公爵家を乗っ取って運営するなど、できるわけがないのだから。


「わたくしは、あの人たちと……一緒にいたいのですわ。できれば、わたくしの寿命が許す限り、ずっと」


 オデットはローブを手に取った。

 その裏地についている、コウモリ形をした縫い取りを見つめる。

 これは以前マーサが作った『ユウキ派』のエンブレムだ。アイリスも、これを付けている。


 オデットもアイリスも、とっくに内緒の派閥を作っている。

 ただ、それをおおやけにするだけ。

 やろうとしているのは、それだけのことなのだ。


「すぐにお返事を書きますわ。アイリスに届けてくださいな。ディックさん」

『キィキィ』

「それと、伝言もお願いいたします。『やっちゃいましょう』と」


 そう言ってオデットは、挑戦的な笑みを浮かべた。


「わたくしたちの大切な時間を、誰にも奪わせはしません。そのためなら、どんな手段でも使う覚悟ですと、お伝えください。わたくしの弱気を、吹き飛ばすためにも」

『キーキキ、キィ』

「ええ。よろしくお願いしますわ」


 そうして、オデットは手早く、ユウキとアイリス宛の書状を書き──


 ユウキの──ディーン=ノスフェラトゥの人脈すべてを駆使した、派閥結成計画はばつけっせいけいかくが、スタートすることになったのだった。






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 コミック版「辺境魔王」の3巻は、ただいま発売中です!

 連載版は、3月24日に「コミックウォーカー」と「ニコニコ漫画」で更新になります。

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