第137話「『古代魔術文明の遺跡』第5階層探索計画(準備編)」
『エリュシオン』第5層の探索は、数チームに分かれて行われる。
最初に地下に向かうのは、A級魔術師ザメルと、B級魔術師カイン王子が率いるグループだ。
オデットも、このグループに参加している。
彼らは『
それに護衛とと補給を担当する者たちが同行する。
その後、ダンジョン内にキャンプ地を作るグループが続く。
これは探索が長期間になっても大丈夫なように、食事や寝泊まりする場所を確保するのが役目だ。
さらに、それを護衛するグループが続き、補給ルートを確保するグループも加わる。
今回の探索は『魔術ギルド』が総力を挙げて行うものだから、かなりの大所帯だ。
俺が参加するのは、障壁が突破された後に、第5層の探索を行うグループだ。
ダンジョンに入るのは最後の方になる。
だからこうして、先行部隊がダンジョンに向かうのを見送っているわけだけど。
「おお。スレイ公爵家のご令嬢の『
『エリュシオン』の入り口付近では、魔術師たちの歓声があがっていた。
離れた場所にいる俺からも、オデットが操る『霊王騎』の姿が見える。
その後ろには、数機の『レプリカ・ロード』が続く。
カイン王子の旗は王家のもの。
これは、今回の探索がリースティア王家公認のものであることを表している。
老ザメルの旗は『魔術ギルド』のものだ。
こっちは、探索がギルドの総力戦であることを示している。
となると、老ザメルの旗の隣にいる『レプリカ・ロード』は、フローラのもの。
カイン旗の左右にいるもののうち、ひとりはデメテル先生だろう。
もうひとりは──
「……イーゼッタ姉さま」
俺の隣で、コレットがぽつり、とつぶやいた。
今回の探索にはカイン王子自身も参加している。
熱心な『カイン派』であるイーゼッタ=メメントが参加しないわけがない。
本当は俺も同行したかったんだけど、オデットとは離ればなれになってしまった。
最初のグループは、これから第3層に通じる隠し通路に入り、そこに最初のキャンプ地を作る。補給体制が整ってから、オデットたちは第3層へ。
その後、第4階層の安全を確保して、次のキャンプ地を作るそうだ。
「俺たちが隠し通路に入れるのは、最初のキャンプ設営の後かな」
「少し時間がありますね。ユウキさま」
護衛役のジゼルが言った。
今回は大規模探索ということで、ほとんどの魔術師が護衛を連れて来ている。
だから俺も護衛として、盾持ちのジゼルに来てもらったんだ。
「この間に使い魔を放って、オデットさまに連絡されますか?」
「大丈夫だ。オデットには、もう使い魔を預けてあるから」
それに、今日までの間に、オデットとは何度も話をしてる。
コレットとメメント侯爵家の事情についても伝えた。
『エリュシオン』第5階層探索の途中で、一部の『カイン派』が、面倒なことを起こすかもしれないことも。
ふたりで話し合って、他の人たちに伝えるべきことと、そうでないことを決めた。
オデットは『ザメル派』との打ち合わせの中で、必要なことを伝えてくれた。
俺はデメテル先生と話をして、探索中の『カイン派』の動きについて訊ねた。デメテル先生は、できる限りのことを教えてくれた。
だけど、今のところ、すべてはただの推測だ。
あるのは、コレットが俺のところに来たという事実だけ。
イーゼッタが俺のところにコレットを『逃がした』という仮説があり、それがなにかの準備かもしれない、という推測だけだ。
だから、俺たちにできることは、準備をするだけなのだけど──
「まずはダンジョンの上層で、連携の確認をしておこう」
「連携の確認、ですか」
「ちょっと来てくれ、コレット」
俺はコレットの方を見た。
イーゼッタ=メメントを見送ったばかりのコレットは、ぼーっとした顔だ。
ただ、顔色はよくなってる。
ここ数日、消化にいいものから始まって、しっかり栄養をつけてもらったからな。
前世でよく作った『病後の村人回復メニュー』だ。
おかげで、コレットはすっかり元気になったんだ。
「下層に潜る前に、上層で少し訓練をしておきたいんだけど、いいかな?」
「は、はい! お師匠さま!」
「コレットの闇と幻影の魔術と、俺の魔術の連携を試したい。ジゼルも、悪いけど付き合ってくれ」
「僕はユウキさまの護衛ですので、問題なしです」
「コレットも、構わないか?」
「も、もちろんです」
コレットは勢いよく、うなずいた。
正直、コレットが使う『闇』と『幻影』の古代魔術には興味がある。
使い魔を隠したり、的を分散したりできるからな。
「お師匠さま」
「うん?」
「探索が終わったら、また『
「あんなものでよければ、いつでも」
「できれば……今度は、イーゼッタ姉さまも一緒に……いいですか?」
コレットは真剣な目で、俺を見た。
「お師匠さまの『不死ぞうすい』は……とても優しい味がしました。わたし、あれを姉さまにも食べて欲しいんです。侯爵家の外にも世界があって……良いものがあるってことを教えてあげたいんです」
「わかった。『エリュシオン』第5層の探索が終わったらな」
「はい。お師匠さま!」
そのころには離宮の警備も落ち着いてるだろ。
アイリスにも食わせてやらないとな。『不死ぞうすい』。
久しぶりに作ったって連絡したら、むちゃくちゃうらやましそうにしてたからな。
この探索は、みんなに『不死ぞうすい』を振る舞う前のひと仕事ってことにしておこう。
第5層の秘密をさっさと見つけて、ダンジョンを出る。
その後は『ぞうすいパーティ』だ。
「それじゃ行こうか。コレット、ジゼル」
「はい。お師匠さま!」
「まいりましょう。ユウキさま」
そうして俺たちは、『エリュシオン』に足を踏み入れたのだった。
──オデット視点──
「スレイ家のご令嬢。体調に問題は?」
『問題ありません。ザメルさま』
オデットは『霊王騎』をまとったまま、『エリュシオン』の隠し通路に入った。
護衛には、上級魔術師と、『魔術ギルド』専属の兵士がついている。
後方にはA級魔術師である老ザメルと、B級のカイン王子もいる。
第5層の探索は『魔術ギルド』の総力戦だ。
ギルドと王家は今度こそ『エリュシオン』の下層の秘密をあばくつもりでいる。
地下第5層に魔物を巨大化させるシステムがあるなら、なおさらだ。
そして、オデットの役目は、第5層への通路にある障壁を取り除くことにあった。
(でも……今回はユウキと別行動なのですわよね)
それが少し、不安だった。
『魔術ギルド』の最大戦力に守られているのにに、ユウキが側にいないというだけで、不安になる。見えないところで彼がなにかしているのではないかと、心配になる。
『霊王騎』の機能を使えればユウキと通信することはできるが、それは彼が『
『エリュシオン』の──しかも『魔術ギルド』の主戦力が集まっている中で、あれを使うのは駄目だ。ユウキの正体がばれる危険性がある。それだけは避けたい。
第5層の秘宝なんか見つからなくてもいい。
とにかく、ユウキには安全な場所にいてほしい──
──そんなことを考えている自分に気づいて、オデットは苦笑する。
(ほんとに、困った人ですわね。ユウキは)
そもそもオデットが『霊王騎』を使えるようにしたのもユウキだ。
ユウキがいなければ、ギルドに入ったばかりのオデットが、こんな大役を任されることには──
「君はすごいのだね。オデット=スレイ」
不意に、後ろから声をかけられた。
素早く振り返る──のは無理だから、無礼を承知で、オデットはうなずいた。
相手は話しやすいようにか、『霊王騎』の斜め前に移動する。
短めの髪。金のぬいとりがされた、純白のローブ。青い目。
人好きのしそうな、穏やかな表情。
第2王子にしてギルドのB級魔術師、カイン=リースティアだ。
「君は完全に『霊王騎』を操っているようだね。新人のギルド員に、これほどの人材がいようとは。私も予想外だったよ」
『おほめに預かり光栄です。カイン殿下』
「カインでいいよ。探索中の私は、ひとりの魔術師にしか過ぎない。私は、魔術師とは魔術とマジックアイテムを扱う能力で評価されるべきだと考えているのだから」
カイン王子は『霊王騎』を見上げながら、目を輝かせて、
「オデット=スレイ……君が『霊王騎』を操ることで、我々は地下第5層にたどりつくことができる。新たなる魔術の秘奥を見いだすことができるのだ。君の功績は、リースティア王国の歴史に残るだろう。期待してくれ」
『──そのお言葉に感謝いたします』
不思議だった。
王家の第二王子に
『魔術ギルド』に来る前のオデットなら、飛び上がって喜んだはずなのに。
『殿下。私たちのことをお忘れになっては嫌ですよ』
オデットの後ろで、イーゼッタ=メメントが声をあげた。
後方にいるのは、『レプリカ・ロード』だ。
『ザメル派』が作ったもののひとつだ。区別がつくように、両腕に茶色のラインが描かれている。イーゼッタ=メメントがまとっているものだ。
その背後にいる『レプリカ・ロード』は緑色のライン。
そちらはカイン王子の腹心、デメテル=スプリンガルのものだ。
『私たちメメント侯爵家は、今回の探索で誰よりも殿下のお役に立つつもりなのですから。きちんとご覧になって、評価していただかなければ』
「もちろん、君には期待しているよ。イーゼッタ」
『──ありがとうございます。殿下。メメント侯爵家の名誉にかけて、成果をお見せいたします』
軽やかに宣言するイーゼッタ=メメント。
それから彼女はオデットの方を向いて、
『もちろんあなたも、成果を望んでいるのでしょう? オデット=スレイさま』
『わたくしは新人です。望んで成果を出せるほど、ダンジョンに慣れてはいません』
オデットは答えた。
『せめて、ギルドの一員として、お役に立ちたいと考えているだけです』
『立派なお考えをお持ちですね。オデット=スレイ』
『レプリカ・ロード』の中で、イーゼッタ=メメントが笑ったようだった。
『お褒めにあずかり光栄です。イーゼッタさま』
『あなたのような方だからこそ、「霊王騎」は使い手として認めたのでしょうね』
『わたくしはまだ未熟。ずっとこれをまとっていられるわけではありません。ですから今は……先を急ぐことといたします』
オデットはそう答え、前を向いて歩き出す。
この隠し通路は、魔物が出ない。以前いた魔物はユウキが排除した。それ以降は安全な場所だ。だから、みんな落ち着いているのだろう。
これから、ここに後方支援のためのキャンプが作られ、さらに第4層にも同じものが設置される。
準備が整ったところで、『霊王騎』と『レプリカ・ロード』で、第5層に通じる障壁を突破するのだ。
今はその前の、休憩時間のようなものだった。
(でも……後ろにイーゼッタさまがいるのは、緊張しますわね)
オデットはユウキから、イーゼッタたち『カイン派』が、探索中に事件を起こす可能性について聞かされている。
根拠は、メメント侯爵家が妙な動きをしていることと、このタイミングでイーゼッタ=メメントが妹のコレットを、ユウキに差し向けてきたこと。それだけだ。
もちろん、ユウキは『ただの推測だから、聞き流していい』と言っていた。
だけど──
(あなたの推測を聞き流せるはずがないじゃありませんの。まったく)
オデットがただの貴族だったら、ありえない話として忘れていただろう。
『エリュシオン』第5階層の探索は、『魔術ギルド』の総力戦だ。
たくさんの魔術師が参加している。『カイン派』だけではなく、『ザメル派』や、中立の魔術師もいる。第2王子カインその人も同行しているのだ。
この状態で事件を起こせば、それは『魔術ギルド』と、ギルドを支援している王家への反逆に等しい。
ありえない話だ。だから、オデットは誰にも話せなかった。アイリス以外には。
(──あり得ない話、ですわ)
(でも、それを言うなら、わたくしがこうして伝説の『王騎』をまとっていることだって、あり得ない話なのです)
今の状況について、1年前の自分が聞いたら、どう思うだろう。
『オデット=スレイは魔術ギルドに入ってすぐに準C魔術師になります。それから「霊王騎」という王騎をまとって、上級魔術師と一緒にダンジョンの下層の探索に行くのですわ』
『でも、わたくしはそれを、あんまりうれしいとは思っておりません』
『だって、その頃のわたくしには家よりも栄誉よりも大切なものが──』
──1年前の自分がそんな話を聞いたら、笑い飛ばすか怒るか、どちらかだろう。
(と、とにかく。予測不能なことは、起こるものなのですわ)
そう思って、オデットは
(ユウキの勘は信じられます。わたくしは、できるだけのことをいたしましょう)
オデットは深呼吸して、横を見る。
『霊王騎』の隣を歩いているのは、フローラ=ザメルの『レプリカ・ロード』だ。彼女の機体にはピンク色のラインが描かれている。
彼女は信じられる。
アイリスが国境巡回に行ったとき、フローラはD級魔術師の地位を投げ捨てて、ユウキの護衛を務めたのだから。フローラのユウキに対する信頼は本物だ。
フローラにはオデットから、ユウキの推測について話をしてある。
一部をぼかして、今回の探索で予想外の事件が起こるかもしれない、とだけ。
そうしてフローラが老ザメルに働きかけ、取った手段は──
「カイン殿下に申し上げる」
不意に、老ザメルが立ち止まり、カイン王子の方を見た。
「我ら『ザメル派』の一部が先行して、第4層のキャンプ地を確保しておきたいのだが、許可をいただけるだろうか?」
「……老ザメル。今、なんと?」
「孫のフローラがまだ『レプリカ・ロード』に慣れていないものでな。訓練をさせたいのだ。ついでにキャンプの地の安全確保を行いたい。護衛は我ら『ザメル派』が務める。むろん、連絡は維持する。いかがかな?」
「作戦案Bですね。別に構いませんが……」
カイン王子が首をかしげる。
老ザメルが口にしたのは、作戦会議で提案されたものだった。
それは『カイン派』が『ザメル派』にレプリカ・ロードを提供してもらう礼として、『ザメル派』の一部に先行を許すというものだ。
先行した『ザメル派』は地下第4階層で訓練や探索を行い、ダンジョンに慣れることができるというメリットがある。また、安全確認もできるため、作戦としては有効だと判断されていた。
ただ『ザメル派』に負担がかかるため、次善の策とされていたのだ。
「ご覧の通り、現在は大部隊が『隠し通路』に密集しておる」
老ザメルは言った。
「これは思ったよりキャンプ地を設営するための荷が多かったためだが、これでは身動きもままならぬ。仮に魔物が現れたとき、戦闘にも支障が出よう。ここは我らが先行することで、隙間を作るべきかと考えるが」
「願ってもないことですが、いいのですか?」
「今回の探索は『魔術ギルド』を挙げてのもの。全体の利益を考えるべきであろう?」
「……わかりました」
カイン王子はうなずいた。
「この作戦を次善のものとしたのは、『ザメル派』にのみ負担を強いるものだからです。老ザメルが納得されているなら、こちらに異存はありません」
「承知した。では、先行させていただく」
そう言って、老ザメルは脚を速める。
『身体強化』の古代魔術を使っているのだろう。年齢に不相応な素早さだった。
その後をフローラ=ザメルと、『ザメル派』の魔術師たちがついていく。
『──殿下とザメルさまがそのような話をされていたこと、存じませんでした』
『ザメル派』の姿が見えなくなってから、イーゼッタ=メメントが言った。
『隠し通路に第1キャンプを作り、その後、「ザメル派」が余計なことをしないか注意しながら、第4階層に進む──そういう予定ではありませんでしたの?』
「不満かな?」
『い、いえ。そのような……』
「私は老ザメルを嫌ってはいないよ。今回の探索は、彼らの協力がなければ実行できなかったのだからね。わきまえなさい。イーゼッタ」
『はい。殿下。申し訳ありませんでした』
イーゼッタ=メメントの声は、冷静そのものだった。
まずは第一段階終了──オデットは思う。
老ザメルが提案した作戦について、オデットはフローラから聞いていた。別に秘密情報でもなんでもないが、使えると思った。だから、ユウキと相談して、フローラに『次善の策』を老ザメルに勧めるように頼んでおいたのだ。
目的は、リスクの分散。
『ザメル派』が別部隊として動いてくれれば、なにかあったときに対応してもらえる。それに第4階層のゴーストはユウキが一掃している。危険はないはずだ。
(本当に……なにごともなければ、いいのですけれど)
無事に探索が終われば、それでいい。
ギルドが地下第5階層の『古代器物』『古代魔術』を入手して、人の世界を進化させる。
それを力として、帝国や『聖域教会』の残党を押さえる。
そうすれば──ユウキやアイリスも安心して、自由になることができるはずだ。
(あなたたちの願いを叶えて差し上げます。そのための『霊王騎』ですわ)
なにもなければ、それでいい。
最悪でも、ユウキが『黒王騎』を使うことにならなければ、問題ない。
そんなことを思いながら、地下へと脚を進めるオデットだった。
──────────────────
あけましておめでとうございます。
今年も「辺境魔王さん」をよろしくお願いします!
・お知らせです。
「コミックウォーカー」と「ニコニコ静画」で、「辺境魔王」の第5話が更新されました!
今回は、ユウキが『古代魔術』に触れるお話です。
2月20日にはコミックスの1巻も発売になります。
ただいま予約受付中です。こちらもあわせて、よろしくお願いします。
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