第138話「『古代魔術文明の遺跡』第5階層探索計画(準備編2)」

 ──イーゼッタ=メメント視点──




(……おかしい)


 奇妙な違和感があった。


『エリュシオン』第5層を攻略する作戦は、順調に進んでいる。

 その先にあるイーゼッタ・・・・・たちの・・・計画・・についても、今のところ問題はない。

 なのに──嫌な予感がして仕方がなかった。


 違和感のはじまりは、老ザメルの部隊が先行したことだ。

 彼らはカイン王子の許可を得て、キャンプ地を作るために地下第4階層に向かった。これは、イーゼッタたちの予定にはなかったことだ。

 さらにそれは『作戦案B』として、カイン王子との間であらかじめ話し合われていた。


『ザメル派』は自分たちの負担になることを嫌う。

 それは純粋な魔術師である彼らのプライドによるものだったが、それゆえに行動は読みやすかった。彼らがカイン王子のために、先行して地下第4階層の安全を確保するなど、あり得ない。

 だが、現実にそれは起こっている。

 老ザメルは納得して、カイン王子の手助けをしている。


 まるで、誰かがひそかに老ザメルとカイン王子の間を取り持っていたかのように。


「……イーゼッタさま。お話が」


 イーゼッタの部下が、彼女の側でつぶやいた。


 現在地は、隠し通路を抜けて、第3階層に出たところだ。

 今は第4階層に入る前の小休止を取っている。イーゼッタも『レプリカ・ロード』を脱いで、一息ついている。部下と打ち合わせをするにはちょうどいいタイミングだ。

 彼女は他の者から距離を取り、部下の元へ向かった。


「……予定外の事態が起きております。イーゼッタさま」

「わかっておりますよ」


 イーゼッタはうなずく。

 部下はおびえたように、小さく震えながら、


「……第4階層のキャンプ地は、『カイン派』の中核である我らが設置するはずでした。なのに『ザメル派』が先行してしまっては──」

「黙りなさい。もう決定したことです」

「──しかし」

「抗議はできません。老ザメルの行いはカイン殿下の利益になるものです。それに抗議してしまったら……不審を招くことになります」


 部下をさえぎり、イーゼッタは言った。

 まだ、計画が失敗したわけではない。歯車がひとつずれただけだ。

 ここで、他の者に疑われるような行動を取るわけにはいかない。


(……この程度の予定変更は起こりうること。まだ大丈夫のはずです)


 イーゼッタが父に命じられた計画は、地下第5階層に入ってから始まる。


 彼女はそれまでに、優位な状況を作っておかなければいけない。

 それは『ザメル派』を確実に押さえるためのキャンプ地の作成であり、警戒すべき人物の居場所の把握であり、仲間の適切な配置でもあった。

 そのために、イーゼッタたちはこの『第5階層探索』に参加しているのだ。


(この作戦で押さえるべき人物は4人……父はそう言いました)


 フローラ=ザメル──最初に狙うべきは彼女だ。魔力容量が少ない。長期戦に入れば『レプリカ・ロード』を動かせなくなる。彼女の弱点はそれだ。


『ザメル派』のトップである老ザメル──彼は子どもを事故で失い、孫娘を溺愛できあいしている。フローラ=ザメルを手に入れた者に、逆らうことはできない。


 オデット=スレイ──彼女の『霊王ロード=オブ=ファントム』は脅威だが、やはり稼働時間に限界がある。なにより彼女は地下第5層への道を遮る障壁の突破に力を使うはず。障壁を突破した後は弱体化するだろう。


 デメテル=スプリンガル──彼女はイーゼッタたちの計画を知らない。デメテルは『カイン派』ではあるが、新人魔術師の指導者であることにもこだわっている。新人魔術師が危機に陥っているのを見た場合、それが『カイン派』でも『ザメル派』でも助けるだろう。

 その高潔な精神は尊敬するが……今は邪魔だ。


(しかし、一番警戒すべきはあの人が……この場にはいないのです)


 ユウキ=グロッサリア。

 彼を警戒すべきと言ったとき、仲間の者たちは笑った。

 ただの田舎貴族の庶子を恐れる理由がわからない、と。

 

 逆になぜユウキ=グロッサリアを警戒せずにいられるのか、イーゼッタにはわからない。

 父と仲間たちは、ユウキの側にいる少女に気を取られているのだと思う。


 その少女の名は、オデット=スレイ。

 スレイ公爵家の子女であり、準C級魔術師であり、『霊王騎』の使い手である少女だ。貴族にとっては、彼女こそが新人魔術師の中で光を放つ存在だ。ユウキ=グロッサリアが上げた成果は、オデット=スレイが側にいるからこそ得られたもの──父と仲間はそう考えている。

 だから、彼について調べるのが遅くなった。それが今では悔やまれる。


 ユウキ=グロッサリアは『魔術ギルド』に入って数週間で、C級魔術師のアレク=キールスを打ち負かした。『エリュシオン』の隠し通路を見つけたのも彼だ。

 その上、彼はアイリス殿下の護衛騎士であり、オデット=スレイのパートナーであり、フローラ=ザメルを従者としていた。さらにデメテル=スプリンガルも、彼を評価している。

 イーゼッタたちが警戒すべき人物のうち3人が、彼と関わっているのだ。


(まるで、すべての糸が、ユウキ=グロッサリアに繋がっているかのように)


 仮に『カイン派』と『ザメル派』を繋ぐものがあったとしたら、それは彼だろう。

 オデット=スレイではない。

 彼女は注目を浴びすぎている。暗躍するのには向いていない。


 むしろオデット=スレイという光が、ユウキ=グロッサリアの存在を隠す役目を果たしている。

 それさえも計算ずくだとすれば、恐ろしい。


(……だからこそあの人は……コレットを預けるべき人物でもあるのです)


 それほどの人物であれば、妹のコレットが『計画』に関わっていないことを見抜いてくれる。

 仮にイーゼッタたちの計画が失敗し、彼女と父が罰を受けることになったとしても、コレットには罪が及ばないようにしてくれるはず。

 彼の経歴を知ったとき、イーゼッタは直感的に、そう思えたのだ。


 コレットを安全な場所に預けて、イーゼッタは作戦に専念できると思った。

 だが──違和感は消えない。


 まるでユウキ=グロッサリアに、すべてを見抜かれているような感じがする。

 耳元でささやかれているようだ。「あんたたちがなにかを企んでいることは知っている。今ならまだ間に合う。やめろ」──と。


「計画はそのままです。あなたは戻りなさい。接触の時間は最短に」

「上層に配置した者たちは?」

「時が来たら動くようにしています」

「承知しました──」


 部下と情報交換を終え、イーゼッタは本隊に向かって歩き出す。

 小休止は終わり、皆は移動の準備をはじめている。

 自分も『レプリカ・ロード』をまとって、出発準備をしよう──イーゼッタは思う。


 ふと見ると、オデット=スレイが『霊王ロード=オブ=ファントム』の隣で休んでいた。

 手にはコウモリがいる。ユウキ=グロッサリアの使い魔だ。

 やはり、彼は陰ながらオデット=スレイを支援しているのだろう。間違いなく、彼は裏で動いている。しかもそれを隠していない。

 本当に、イーゼッタになにかを警告しているかのように。


「あら、イーゼッタ=メメントさま。お疲れさまですわ」


 オデット=スレイはイーゼッタに気づいて、一礼した。


「いよいよ、第5階層への障壁突破作戦が始まりますわね。このオデット=スレイ、未熟者ではありますが、イーゼッタさまの足手まといにならないように、精一杯務める所存ですわ。どうか、よろしくご指導をお願いいたします」

「ご謙遜けんそんを。スレイ公爵家のご息女にして、『霊王騎』の使い手であるオデットさまが、未熟者など……あなたはすばらしい血筋と才能をお持ちではありませんか」

「それはわたくしが自力で得たものではありません」


 胸を反らして宣言するオデット。


「わたくしは常に友人に助けられております。その人がいたからこそ、自分の血筋を嫌わずにいられるのです。『霊王騎』という過分なものを扱うようになったのもそのためです。なにひとつ、わたくしの力ではないのです」


 オデットの笑顔を見て、イーゼッタは言葉を失う。

 彼女が心から、そう思っているように思えたからだ。


 父が敵視するスレイ公爵家の血筋。

 イーゼッタと仲間たちが求める古代の力。

 ──それを彼女は「自分の力ではない」と、はっきり言ってのけたのだ。


「どうなさいましたの? イーゼッタさま」


 オデットは肩にとまったコウモリをなでながら、不思議そうに首をかしげていた。

 イーゼッタはかぶりを振って、


「そのコウモリは……コレットの師匠の方の?」

「ええ。ユウキの使い魔ですわ。この子が、ユウキがここに向かっていることと、イーゼッタさまの妹君が元気でいることを教えてくれたのです」

「まるで、コウモリと言葉が通じているかのようにおっしゃいますね」

「……内緒ですわよ?」


 いたずらっぽい表情で、唇に指を当てるオデット。

 イーゼッタはそれを冗談と受け取り、続ける。


「頼れる仲間がいてうらやましいです。オデットさま」

「ユウキはまだ若いのに経験豊富ですもの。彼にはひとつ、得意技があるそうですの」

「得意技?」

「ええ。彼は──子どもの仕掛けたいたずらを見抜くのが、すごく得意だって言っておりました」


 がつん、と、頭を殴られたような気がした。


(子どもの……いたずら?)


 イーゼッタは自分が疑心暗鬼ぎしんあんきに陥っていることに気づいた。

 オデットが口にした『子どものいたずら』が、自分たちの計画を指しているように思えたからだ。


 きっと、これも冗談だろう……そう思ってイーゼッタは作り笑いを返した。

 ユウキ=グロッサリアはまだ若い。年齢的には、彼はいたずらをする側だ。


(子どもの仕掛けたいたずらを見抜くなんて──どこかの村の先生でもあるまいし)


「コレットはどうしていますか?」


 イーゼッタは強引に話題を変えた。


「最近、忙しくて会っていないのですよ。少し心配ですね」

「コレットさまは、お姉さまのことを心配していましたわ」

「……私を?」

「イーゼッタ姉さまは優しい人で、自分の本心を隠すのが上手い方。自分自身にさえ、本心を隠してしまいます。だから、自分が本当に思っていることを無視して、無理を通してしまう。今もそうしているのではないかと、コレットさまは心配されているそうですわ」


 ──まさか。

 イーゼッタの額に冷や汗が伝う。

 彼女は今まで、妹に対しては父が命じる通りに接してきた。

 庶子の娘だから、計画の邪魔にならないように、余計なことをしないようにと、コレットを隔離した父に反論することさえしなかった。

 なのに──


「コレットさまの望みはひとつだけ。『イーゼッタ姉さまと一緒に「不死イモータルぞうすい」を食べたい』ですわ。あ、『不死ぞうすい』というのはユウキの得意料理で、消化によくてとても温まる──」

「休憩は、終わりですよ。オデットさま」


 イーゼッタはオデットに背中を向けた。


「今回の仕事は『魔術ギルド』の歴史を変える重要なもの。私情を挟む余地はございませんの。オデットさまも、お役目に集中なさった方がよろしくてよ」

「ええ。わたくしも自分の役目は・・・・・・よくわかっております・・・・・・・・・・


 それで、話は終わりとなった。

 イーゼッタは自分の居場所に戻り、『レプリカ・ロード』を身にまとう。

 レプリカといえ『古代器物』だ。これを着ていると気がひきしまる。

 自分の役目が、よくわかる。


(……なにが『不死ぞうすい』ですか。そのようなものが、貴族の口に合うわけが……)


 オデットの楽しそうな顔を見て、ふと、気づく。

 自分──イーゼッタ=メメントは、侯爵家での食事を『美味しい』と思ったことがあっただろうか……と。

 イーゼッタが、そんなことを考えていると──


「老ザメルより伝令です! 第4層のキャンプ地を確保。カイン殿下のお越しをお待ちしているとのことです!」


 下層へ通じる階段から、『ザメル派』の魔術師たちがやってきた。

 彼らは無事に役目を果たしたらしい。

 魔術師の代表がカイン王子に羊皮紙を渡して、キャンプ地の詳しい場所を知らせている。


 そして──同行している魔術師の肩の上には──小さなコウモリが載っていた。


『キィキィ』


 コウモリはオデットを見つけて、まっすぐに彼女のところへ飛んでいく。

 逆にオデットを守っていたコウモリは、『ザメル派』の魔術師の肩の上へ。

『ザメル派』の魔術師がフードを外す。その下に現れた顔は──フローラ=ザメルのものだ。


 一瞬、イーゼッタと仲間たちに緊張が走る。

 フローラ=ザメルは、最優先確保対象だ。第5層に入った瞬間、彼女を取り押さえることになっている。もちろん、今は手を出せない。だが──彼女が『カイン派』との連絡役になっているとは、思いもよらなかったのだ。


 やがて『ザメル派』の魔術師たちは報告を終えて、下層へと戻っていく。フローラ=ザメルも一緒だ。彼女はオデットと交換したコウモリを肩に載せたまま歩き去る。ふたりの間でどんなやりとりがされたのか、イーゼッタは知らない。

 だが、オデット=スレイとフローラ=ザメルは、ユウキ=グロッサリアを間において、深く繋がっている。そのことは理解した。

 まるで『わかっているのだろうな』と、見せつけられたように。


「そろそろ出発するとしようか」


 休憩中のカイン王子が立ち上がる。


「下に降りたら、すぐに第5層へと向かおう。障壁突破は『王騎』および『レプリカ・ロード』を使う者の担当となる。『ザメル派』はフローラ=ザメルが担当する。こちらはデメテル、イーゼッタ、それにオデット=スレイの仕事だ。3人とも、頼んだよ」

「はい。殿下」

「『魔術ギルド』のために、仕事をさせていただきますわ」

「……しょ、承知いたしました。殿下」


 王子の言葉に、デメテル、オデット、イーゼッタが答える。

 その直後、


「お願いがございます。殿下」


 不意に、オデット=スレイが声をあげた。


「よろしければ障壁突破の際に、フローラさまとコンビを組ませていただきたいのですが」

「……フローラ=ザメルとかい?」

「はい、殿下。わたくしはあの方がまだ『レプリカ・ロード』に不慣れだとご相談を受けております。準B級のイーゼッタさまや、C級のデメテルさまなら自信を持って『レプリカ・ロード』を扱えましょうが、わたくしたちはまだ未熟。助け合いたいと思うのですわ」

「理解できる話だね。デメテルとイーゼッタはどう思う?」


 カイン王子がデメテルと、イーゼッタの方を見た。

 見慣れた表情と、知的な瞳。イーゼッタが最も敬愛する姿だ。

 だが、今はそれを見るのが怖かった。


「自分に異論はありません。オデット=スレイは『霊王騎』を使いこなしております。彼女が望むようにさせた方が、その力を発揮してもらえるかと」

「教育者らしい答えだね。さすがはデメテルだ」

「わ、私は……」


 イーゼッタは少しためらってから、


「……カイン殿下のお言葉に、従うまででございます」

「おや、イーゼッタにしては曖昧な返事だね」

「殿下も、いじわるをおっしゃいますね」


 呼吸を整えて、いつもの口調に戻す。


「私もまだ『レプリカ・ロード』に不慣れですもの。できれば、オデット=スレイにサポートしていただきたかったのです。ですが、殿下の命令なら仕方ない、ということですよ」

「ああ。そういうことか。だが、ここは経験の浅い者を助けるべきだろうね」


 カイン王子は、少し考えるようにしてから、


「オデット=スレイ、君の意見を採用する。君は第4層に入り次第、フローラ=ザメルとチームを組むように。彼女をサポートして、第5層の障壁突破を目指してくれ」

「ありがとうございます。殿下」


 ──その言葉を、イーゼッタはどこか遠くで聞いていた。


 これで、フローラ=ザメルを制圧するのは難しくなった。

 彼女を捕らえるには、オデットも一緒に取り押さえなければいけない。

『霊王騎』で障壁を突破した後なら勝機はあるかもしれない。


 だが──



(ユウキ=グロッサリア……あなたは、すべてを見通しているのでしょうか?)



 彼は第5層に入ってから、その力を発揮することになっている。

 合流は遅い。だが、それが逆に恐ろしい。


 ユウキ=グロッサリアがいつ現れるか、イーゼッタたちにはわからないからだ。


 コレットはユウキ=グロッサリアの元にいる。

 もう、彼女のことを心配する必要はない。イーゼッタは自由に計画を遂行できる。その先が成功でも破滅でも構わない。いずれ、結果は出るのだから。


 ただ、わからない。

 彼女自身は──作戦の成功を願っているのか、失敗を願っているのか。


『姉さまは自分自身にさえ、本心を隠してしまう。だから、自分が本当に思っていることを無視して、無理を通してしまう』


 ──コレットの言葉が頭をよぎる。

 頭を振って、追い払う。

 浮かんだ考えを押し殺して、イーゼッタ=メメントは進み続ける。


 やがて部隊は地下第4層の──第5層へと通じる通路へとたどりつく。

 そうして、しばらく過ぎた後。


「これより、障壁突破作戦を開始する」


 カイン王子の宣言により、ついに第5層へ向かう作戦が開始されたのだった。






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