第136話「幕間:メメント侯爵家にて」
──メメント侯爵家──
「
「はぁい。お父さま」
ここは、王都にあるメメント侯爵家の屋敷。
そのリビングで、侯爵とその長女イーゼッタが話をしていた。
「コレットを侯爵家から
侯爵は満足そうにヒゲを撫で、イーゼッタを見た。
イーゼッタは穏やかな笑みを浮かべながら、
「コレットは庶子とはいえ、名家であるメメント侯爵家の者です。それが弟子入りしたとなれば、ユウキ=グロッサリアの名も上がるはず」
「そうしてかの者は侯爵家に感謝し、アイリス殿下にこのことを報告する、か」
「自らの護衛騎士に侯爵家が娘を差し出した意味、殿下にもおわかりいただけるでしょう」
「うむ。少なくとも他の貴族……例えば
そう言って、侯爵は探るような目でイーゼッタを見た。
「しかし、お前がコレットについて、このような使い道を進言するとは、意外だな」
「どういうことでしょうか、父さま」
「いや、なに。お前はあの娘を妹あつかいしていたようだ、と思ってな」
「『魔術ギルド』の者として、体面というものがありますもの」
イーゼッタはドレスの裾をつまんで、一礼した。
「メメント家は名家。カイン殿下やデメテルさまの目に留まることもございます。コレットが高貴な方々のお目汚しになってはいけないでしょう?」
「……ほぅ」
侯爵はグラスを握りしめ、それを振り上げる。
「つまり、ワシのやり方に問題があると? コレットをあのように扱うことは間違いだと。他の貴族に対しての恥だと。そう言いたいのか?」
「──いいえ」
イーゼッタは流れるような動きで、床に膝をついた。
「ご不快に思われたのならお詫びいたしますわ。父さま」
口元を隠してほほえむイーゼッタ。
「コレットの母は
「当時はワシもまだ若かった。使用人の誘惑に負けることも──時にはあった。下々の者は、利益のために様々な手管を使うものだからな。高貴なる者が惑わされることもあるのだ」
「理解しております」
「下々の者は我らを理解せぬ。あのような者たちに理解されずともよい。だが──」
メメント侯爵は、ぎりり、と歯を食いしばる。
「他の貴族が名家たる我らをないがしろにするのは許せぬのだ」
「スレイ
「そうだ。スレイ公爵家の者は、常に我らを見下してきた。王家より分かれた家だからな、陛下のご寵愛を受けるのもやむを得ない。だがな、近々聞いた話では──公爵家の娘が『
父の叫び声を聞いて、イーゼッタは唇をゆがめる。
メメント侯爵家のライバルである、スレイ公爵家。
その娘オデットが『
それは、父の命令でもあった。
父は常に『スレイ公爵家についての情報を伝えよ』と言い続けてきたからだ。
イーゼッタを『カイン派』に入れたのも、評判のよい王子に娘を近づけるため。イーゼッタがカイン王子の目に留まるようにするためだ。
仮にカイン王子がイーゼッタを気に入り、妻にすることがあれば、メメント家はスレイ公爵家の上に立つこともできる。
『カイン派』として功績を挙げようとするのも、すべて、そのためだ。
(はい。お父さま、イーゼッタはあなたの願いを叶えて差し上げます)
イーゼッタには、父の考えがわかる。
幼いころから、そうなるように育てられてきたのだから。
コレットが引き取られるまで、自分の歪みに気づくことさえなかったのだから。
(……今さら降りるわけにはいかない。私が降りたら……この人は、なにをするかわからない)
自分は
メメント侯爵家がどんな結末を迎えようと、それを見届ける義務がある。
けれど、コレットは違う。
あの子は侯爵家の庶子であることから、なんのメリットも得ていない。
なのに、デメリットだけを与えるわけにはいかない。
姉妹としての愛情は関係ない。
コレットを巻き込まないようにしたのは、名家であるメメント侯爵家の者としてのプライドだ。
イーゼッタは、そう考えていた。
「報告せよ」
父が言う。
「例の件について報告せよ。準備は整っておるのだろう?」
「はい。お父さま」
イーゼッタは用意しておいた言葉を読み上げていく。
「『エリュシオン』地下第5階層の探索する参加する貴族のうち、すでに3割は作戦に同意しております。『ザメル派』に気づかれないためにも、これ以上の多数派工作は控えるべきかと。また、私も『レプリカ・ロード』を使う手はずが整っております。これを──」
言葉だけが、淡々と口をついて出て行く。
貴族でありB級魔術師としてのイーゼッタ=メメントは、完全に機能している。
問題はない。
その日はすぐにやってくる。最初の作戦。
あとは、『エリュシオン』第5階層の探索がはじまるのを待つだけだ。
(ユウキ=グロッサリア)
父に対して説明しながら、イーゼッタは妹を預けた者の名を思い浮かべる。
(あなたが私の計画通りに動いてもらうことを願います。あなたが『エリュシオン』の深き場所に来る必要はない。あなたはそこに来なくてもいい。すべては、あなたとコレットがいない場所で行われるのですから──)
時間は過ぎていく。
『魔術ギルド』に属する魔術師たちは、その日に向けて準備を進めていく。
得意とする『古代魔術』の修練を積む者。
町のギルドで護衛を雇う者。
祖父より与えられた『レプリカ・ロード』の操作訓練を行う者。
離宮で王女と面会する者。
ギルドで派閥の者を集め、会議を行う高貴な者。
表向きは探索のことなど忘れたように、得意料理である『ぞうすい』の改良を行う者。
そうして、誰にも等しく時は流れて──
──ついに『エリュシオン』第5層探索の日がやってきたのだった。
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