第131話「元魔王と王女、王都に帰還する」

 ──ユウキ視点──





 翌日、俺たちは王都に向けて出発した。


 帰りの旅は、俺もアイリスも、かなり、くたびれてた。

 やっぱりアイリスは『聖域教会』の連中と顔を合わせたのが負担だったようだ。

 しかたないから、馬車の中で眠らせることにした。


 まずはアイリスを座席に座らせて、その下にスライムのメイをいた。

 メイにはアイリスの腰と背中をカバーしてもらって、彼女が起きてる感じに見えるように、姿勢の正してもらうことにした。アイリスが意識をなくしても、背筋を伸ばして座っていられるように。


 おかげで馬車の窓からは、アイリスが目を閉じて考え事をしているように見えた。

 王女の威厳いげんもばっちりだ。


 俺の方は、馬に乗ってるうちに、何度か寝落ちしそうになった。

 そうならなかったのは、服の中に隠れてたコウモリのおかげだ。

 寝そうになると起こしてくれたから、なんとか昼間の行程をこなすことができた。


 俺たちとは対照的に、フローラ=ザメルは元気だった。

 今回の旅で自信をつけたようで、はりきって、行列と一緒に歩いていた。


 フローラ=ザメルはアイリスの護衛も務めてくれたし、スライムのメイを使った『複合古代魔術』の実験にも付き合ってくれた。

 そのせいか、彼女はアイリスに忠誠を誓うようになっていたようだ。


 アイリスも、フローラ=ザメルに心を許しはじめたみたいだ。

 よかった。

 同年代の友だちができるのはいいことだよな。

 前世のアリスは、俺にばっかりくっついてたからな。転生して、アリスも成長したってことだろうな。


 そんな感じで、俺たちの一行は、ゆっくりと王都に向かって進んでいた。

 変化があったのは、王都まであと1日の距離にきたときだった。



「アイリス=リースティア殿下の一行とお見受けします。『魔術ギルド』のカータス=ザメルさまより、孫娘のフローラさまに緊急の書状をお届けにあがりました!」



 夕方、町の宿に入った俺たちを、早馬が訪ねてきたんだ。

 フローラは伝令兵から書状を受け取り、しばらく考え込んでいた。

 しばらくすると、彼女は俺を呼び出して、一緒にアイリスの部屋を訪ねるように頼んだ。


「アイリス殿下と、ユウキ=グロッサリアさまに……お願いがあるのです」


 フローラ=ザメルはそう言った。

 俺は彼女を連れて、人の来ない大部屋へ。

 それからアイリスの部屋を訪ねて、彼女を連れて、フローラの元へ戻ったのだった。






「さきほどの書状で、祖父から指示が下りました。私に『エリュシオン第5層』の探索たんさくに参加するようにとの……ことなのです」


 部屋に入ると、フローラは深刻そうな表情で、そんなことを言いだした。


「その打ち合わせのために、私はこの町に残らなければいけないの……です。申し訳ございません。殿下」


 なるほど。

 さっきの手紙はA級魔術師のザメル老からだったのか。

 それで孫娘のフローラに命令が下った。アイリスの部隊と別れて、この町に残るように、ということか。


『エリュシオン』の地下第5層、その探索のために。

 

「構いませんよ。フローラさま」


 恐縮きょうしゅくするフローラに、アイリスは優しい笑みを浮かべて、答えた。


「でも、探索についての情報を、私たちに話しても大丈夫なのですか?」

「構いません。祖父は『アイリス殿下とユウキ=グロッサリアさまにも、探索のことをお伝えするように』と書いております。おふたりにもカイン殿下を経由して、参加依頼が来るようなの……です」

「俺とアイリス殿下にも?」

「はい。それと、オデット=スレイさまにも……です」


 さすが『魔術ギルド』。動きが早いな。

 捕虜からの情報を、すぐに使うことにしたのか。



 帝国の皇女ナイラーラは言っていた。


『エリュシオン』の地下第5階層に入るには、防御用の障壁を突破する必要がある。

 そのためには『王騎ロード』と『レプリカ・ロード』が必要になる。


 ──と。


 オデットは『霊王ロード=オブ=ファントム』を扱える貴重な人材だ。参加を依頼されるのはわかる。

 フローラ=ザメルも同じ理由だろう。彼女も『レプリカ・ロード』を使えるから。


 俺とアイリスは、オデットのサポート役ってところか。

霊王ロード=オブ=ファントム』を扱うと、かなり精神的に疲労する。

 だから、気心の知れた俺たちが側にいた方がいいのだろう。


「これから、祖父が私に迎えを寄越よこすそうです。それから道々、今後の打ち合わせをする……そういうことになっているようで……」

「期待されているのですね。フローラさまは」

「そ、そんなことはございません。私なんて……」

「フローラさまなら大丈夫ですよ」


 アイリスはフローラ=ザメルを安心させるように、うなずいた。


「フローラさまは、私と一緒に魔術実験をしたではありませんか。スライムのメイさんを使って、ふたりで一緒に強力な『古代魔術』を放ったでしょう? あんなこと、普通の魔術師にはできませんよ。自信をお持ちなさい」

「……アイリス殿下」

「私たちは『エリュシオン』で、一緒の作戦に参加することになるのです。おたがい、がんばりましょうね」

「ありがとうございます……殿下」


 フローラはそう言って、目に浮かんだ涙をぬぐった。

 それから、彼女は宿を出て行った。

 迎えに来るまで、ザメル派が確保している宿舎に泊まるそうだ。






「明日で……旅もおしまいですね。マイロード」


 フローラが立ち去ったあとの部屋で、アイリスは言った。


「私はまた離宮りきゅうに戻ることになります。なんだか、さびしいです」

「そうだな。俺も……旅の間は楽しかったよ」

「本当ですか?」

「スライムのメイを使った実験もできたし、『王騎ロード』の部品も手に入ったからな」

「他にも色々ありましたよね? 私とたくさんお話をしましたし、子守歌だって歌ってくださいましたよね?」


 むー、と、ほっぺたをふくらませるアイリス。


「でも、いいです。離宮に戻ったとしても、マイロードに『召喚しょうかん』してもらえますから。そうすれば好きな時に会えますよね」

「それで思い出した。そのことについて話があったんだ」


 王都に入ったら、俺たちはしばらく別行動を取ることになる。

 今のうちに、今後の打ち合わせをしておこう。


「当分の間だけど、俺が離宮に出入りするのは難しくなると思う」

「え、どうしてですか?」


 アイリスは首をかしげて……すぐに、ぽん、と手を叩く。


「わかりました。帝国の兵が侵入してきたからですね? それで離宮の警備が厳しくなると」

「ああ。皇女ナイラーラたちの部隊は、王都の近くまで来ていた。となれば、離宮に限らず、王都全体の警戒が厳しくなると思う」

「……200年経っても迷惑ですね。『聖域教会』って」


 それは同感だ。

 ただ、今回戦ったあの皇女が『聖域教会』を見下してたのが気になるな。

 帝国ではもう、『聖域教会』の勢力は弱くなっているのかもしれない。

 あっちには、第一司祭──不死の力を持つ司祭がいるはずなのに。


「そういうわけだから、しばらくは離宮には行けない。俺とアイリス、オデットで『エリュシオン』第5階層の探索に向かうときまで、会うのは我慢がまんしてくれ」

「仕方ないですね……」

「第5階層の探索が終われば、王都の警戒もゆるむだろ。それまでの辛抱しんぼうだ」


『エリュシオン』地下第5階層のシステムを手に入れれば、王国と『魔術ギルド』は変わる。たぶん、帝国や『聖域教会』よりも強い力を持つことになる。


 地下第5階層にあるのは、魔物を巨大化させるシステムだ。

 仮にその魔物をコントロールできるとしたら、王国は大きな力を得ることになる。

 巨大な魔物を国境の防衛にも使えるし、労働力にだってできるんだ。


「……労働力か」

「どうしましたか、マイロード」

「いや、『古代魔術文明』について、思いついたことがあるんだ。あの文明が『エリュシオン』のような巨大ダンジョンを作れたのは、巨大化した魔物を労働力として使っていたからじゃないかって」

「あり得ますね」

「まず最初に、魔物を巨大化させるシステムがあったのかもしれない。それで『エリュシオン』を作って、の後でシステムを地下に移動させたのかもな。そうすれば、たとえば地上で大規模な戦争があったとしても、システムを守ることができるから」

「はい。質問です。マイロード」

「どうぞ。アイリス」

「もしそうなら、古代の文明はどうして『王騎ロード』を作ったのでしょう? 巨大な魔物を防衛や労働力に使っていたのなら、『王騎』のように強力な『古代器物』を作る必要はないんじゃないでしょうか」

「いい質問だ。アイリス。理由を考えてみるといい」

「そうですね……巨大化した魔物の管理用というのはどうでしょうか」

「なかなかいい発想だ。続けて」

「巨大化させた魔物が暴走した場合、それを倒すための力が必要になります。『王騎』とは、そういう目的で作られたのではないでしょうか」

「悪くないアイディアだ。だけど、ひとつ気になることがある」

「どこでしょうか?」

「魔物の管理用にしては、『王騎』の能力に統一性がなさすぎないか?」

「……あ、確かに、そうですね」

「大量の魔物を管理するなら、能力は統一していた方がやりやすい。ぶっちゃけ『獣王ロード=オブ=ビースト』や『聖王ロード=オブ=パラディン』のような高速移動型だけがあればいい。だけど『王騎ロード』はその能力もかたちも、すべて違う。その理由はなんだろうな?」

「わかりません……マイロードは、どう思われますか?」

「『古代魔術文明』は、一枚岩じゃなかったんじゃないかと思う」

「一枚岩じゃなかった……つまり、複数の勢力に分かれていたってことですか?」

「そうだな。複数の勢力それぞれが、巨大化した魔物を戦力として持っていた。そうなると戦っても決着がつかない。だからそれを超える兵器として『王騎ロード』を作り出した……そういう仮説はどうだろう?」

「可能性はありますね」

「ただ、証明するものがない。『エリュシオン』の地下第5階層に行けば、もう少し詳しいことがわかるんだろうけど……」

「ふふっ。やっぱりマイロードの授業は楽しいですね!」

「待て。いつから授業になった?」


 アイリスに言われて、俺は我に返った。

 いかん。

 いつの間にか『フィーラ村』の古城の教室にいるような気分になってた。


 確かに、当時は俺と村の子どもたちで、こういう話をしてたな……。

 農作物の収穫しゅうかくを増やすにはどうしたらいいか、とか。

 魔物に襲われないようにするにはどんな時間に、どこを歩けばいいか、とか。

 ……懐かしいな。


「昔を思い出せただけでも、今回、旅に出たかいはありました」

「……かもな」

「おかげで、離宮に戻ったあとも、大人しくしていられそうです。『エリュシオン』探索を楽しみにしていますね。マイロード」

「そうだな。せっかくだから、古代の世界の最高機密を見に行こう」


 それは今後の『聖域教会』や帝国への対策にも役に立つはずだ。

 ついでに、俺は『エリュシオン』で探してみたいものがある。


 地下第5階層あたりに『王騎ロード』の部品が落ちてないかな、って思ってるんだ。


 俺の『収納魔術』の中には、『聖王ロード=オブ=パラディン』の中枢部品が入っている。

 皇女ナイラーラを脅迫するために奪ったものだけど、せっかくだから、これを活用したい。


 それには『王騎ロード』に使えそうな部品があればいい。

 たとえばそれを『聖王騎』の中枢部品と組み合わせれば、安全で快適な『動く鎧』が作れるかもしれない。

 だから今回の機会に、『エリュシオン』の深いエリアを探りたい──



 ──そんな話をして、俺たちは打ち合わせをしめくくった。



「明日には王都だ。王家への報告をしっかりな。アイリス殿下」

「はい。護衛騎士ごえいきしユウキさま」


 俺とアイリスは、軽くハイタッチ。

 それから、それぞれの宿舎へと戻り、明日の出発の準備をしたのだった。




 そして、翌日の夕方。俺たちは王都に到着した。


 アイリス率いる国境巡回部隊は、王都の入り口で解散となった。

 俺は他の兵士たちと一緒に、離宮に向かうアイリスの馬車を見送った。


 色々と心配だから、アイリスにはコウモリのニールをつけておいた。

 それと、あとでコウモリ軍団を小部隊に分けて、アイリスの護衛部隊を作ろう。


 召喚魔術で呼び出すのは、緊急の場合だけだ。

黒王ロード=オブ=ノワール』で離宮に駆けつけるのは──俺たちが人の世界を離れるときだけだろう。

 まだ──そのときが来ないことを祈ろう。




 それから俺は兵士さんたちと分かれて、自分の宿舎に向かった。


 マーサとレミー、心配してるかな。

 何度か使いのコウモリを送ってるけど、詳しい状況はわからないはずだ。

 ふたりを安心させるためにも、急いで戻ろう。


 そう思って、俺が宿舎に向かうと──




「おかえりなさいませ! ユウキさま!」

「おかえりなさいです。あるじさまー」

「ずいぶんと遅かったのですわね。ユウキ」


 ──マーサとレミー、それにオデットが俺を出迎えてくれた。


「……えっと」


 俺は3人を見回して、


「どうして、当たり前みたいにオデットがいるんだろう……?」

「いてはいけませんの?」

「いや、悪くはないよ。むしろ会えてうれしいと思ってる」

「そ、そうですの……よかったですわ」


 照れたようにうつむくオデット。


「もしかしてオデットは、マーサたちに俺の近況や、今回の事件についての情報を伝えに来てくれたのか?」

「正解ですわ。さすが鋭いですわね。ユウキ」

「オデットさまは、マーサたちのお話し相手になってくださったのです」

「ですー」


 優しい笑顔でうなずくマーサと、俺の脚にしがみつくレミー。

 そんな二人を見ながら、オデットは、


「色々な話を聞かせていただきましたわ。ユウキとルーミアさん、仲良し兄妹の話や、ユウキが甘い物が大好きな話とか、ね?」

「前半はともかく後半は誤解があるな……」


 甘いものが好きなのは、『フィーラ村』の子どもたちにおやつを作ってやったときの名残だ。

 あいつら、勉強に飽きると甘いものを欲しがるからなぁ。

 作りながら味見をしているうちに、甘いものが好物になってしまったのだ。


「とにかく、マーサとレミーと一緒にいてくれてありがとう。オデット」

「……そんなふうに感謝されると照れますわね」

「マーサもレミーも、留守を守ってくれて助かったよ」

「いいえ。ここがユウキさまと、マーサのおうちですから」

「ですからー」

「それでもだよ。ふたりがいてくれたから、俺も安心して旅に出られたんだ。ありがとう」


 俺は手を伸ばして、レミーの頭をでた。

 そのまま、隣にいるマーサの頭も。

 ついでに、そのまたとなりにいるオデットの──


「ユウキさま」「あるじさまー?」

「……あ」


 ──髪を撫でようとして、止める。

 いかん。つい流れで、オデットの頭まで撫でようとしてた。


「……別にいいですわよ?」

「いいのか?」

「わ、わたくしも、留守を守っていたことに違いはありませんもの」

「そっか。じゃあ遠慮なく」


 俺は軽く、オデットの頭をなでてみた。

 オデットは目を閉じて、されるままになってる。


「そ、それでは、わたくしはこれで」

「待って。せっかくだから、みんなに紹介したい奴がいるんだ」


 俺はリビングに移動して、荷物の中から革袋を取りだした。

 袋の口を開くと──



『ふにふにー (こんにちはー)』



 ──グリーンスライムのメイが飛び出した。


「紹介するよ。グリーンスライムのメイだ。この子は天井や、部屋の隅の掃除を担当してくれることになってる。出掛けるときに、マーサが言ってたよね? 天井の掃除に使えるアイテムが欲しいって」

「は、はい」

「でも、アイテムよりもスライムに掃除を頼んだ方が話が早いからね。だからメイに使い魔になってもらったんだ。それじゃメイ、雑巾ぞうきんを渡すから、あとはよろしく」

『ふにー! (しょうちしました!)』


 スライムのメイは雑巾を身体に張り付かせると、そのまま、壁を登っていった。

 手の届きにくい壁の隅に移動して、拭き掃除をはじめる。


「ふぅ。これで落ち着いたな」


 俺はリビングの椅子に腰掛けた。

 テーブルには俺のカップがあって、ちょうどお茶を注いである。

 俺が帰ってくるのに合わせて、マーサがれておいてくれたみたいだ。


 口をつけると──うん。やっぱり、マーサのお茶は美味しい。

 飲んでいて落ち着くのは、家に帰ってきたって実感するからだろうな。

 本当に、マーサには助けられてる。

 最近はレミーもお茶を淹れるのが上手くなってるから、そのうち俺直伝の焼き菓子の作り方を教えようかな。


「あの……ユウキ?」

「オデットさまのお茶が冷めてしまいました。淹れ直しますね」

「レミーも手伝いますー」

「俺もキッチンに行くよ。お昼の堅焼きパンがひとつ残ってるから、切ってみんなで食べよう」

『ふにふにー』

「メイはお茶が終わるまで、隅の方の掃除をお願い。今、天井を掃除すると、ホコリが落ちるからね」

『ふにー! (了解ですー)』


 俺とマーサとレミーは、3人並んでキッチンへ。

 マーサがお湯をわかして、レミーはお茶っ葉を用意する。

 俺はナイフで、お昼にもらった堅焼きパンを切っていく。


 隅っこの方は、窓の近くに置いておこう。

 あとでコウモリのディックたちが持っていくはずだ。

 あいつら、パンの端っこが好きなんだよな。コウモリにも好みがあるんだろうな。


 そんな感じで、俺の日常が戻ってきた。

『エリュシオン』の探索が終わるまで、しばらくはこんなふうに、落ち着いた日常が──


「落ち着きません! まったく落ち着きませんわ!!」

「なんだよオデット」

「なんで天井にスライムがいますの!? スライムを使い魔にするなんてすごいことをしておきながら、なんで掃除をさせてますの!? なんでマーサさまもレミーさんも、落ち着いてますの!?」

「ユウキさまのなさることですから」

「レミーの正体はキツネですよー?」

「わかってます。わかっているのですけれど」


 オデットは椅子に座り込んだまま、ため息をついた。


「本当に……ユウキは目を離すと、すぐにとんでもないことを始めるのですから」

「そうかな?」

「そうですわ」


 ほっぺたをふくらませて、じーっと俺をにらむオデット。

 ……よく考えたら、これが普通の反応かもしれない。


 マーサは、俺のやることには慣れてるし、レミーは使い魔だ。

 アイリスは前世で、俺がスライム使って害虫駆除してるのを見てるからな。


 オデットの反応が普通なのかもしれないな。

 いきなりスライムが拭き掃除をはじめたら、おどろくのも無理はないか。


「ごめんな。オデット」

「……別にいいですわ。わたくしが勝手に、驚いただけなのですから」

「お詫びに、後で『複合古代魔術』の使い方を教えるよ」


 俺が言うと、オデットが勢いよく、こっちを見た。

 目がきらきらと輝いている。興味があるみたいだ。


「『複合古代魔術』? それって、どういうものですの?」

「スライムを魔力導体にして、ふたりの人間が同時に使う魔術だよ。これでアイリスとフローラ=ザメルは、超絶威力の『炎神連弾イフリート・ブロゥ』を放ってた。オデットにも同じことができると思う。『エリュシオン』に行ったら、実験してみる?」

「……もう、ユウキったら」


 オデットはそう言って、唇をとがらせた。


「ほんっと、ずるい人ですわね。あなたは」

「なにがだよ」

「そういうふうに、わたくしにも興味ありそうなことを、きちんと用意してるところですわ。さっきまで、驚かされたことを怒ってましたのに……わたくし、もう、怒りを忘れてしまいましたわ」


 そう言ってオデットは、笑った。

 それから彼女はスライムのメイの方に手を振って、「これからよろしくお願いしますわ」と挨拶あいさつ

 メイも『ふにふににー (よろしくお願いしますー)』と身体を揺らしてる。


 その後はマーサとレミーを交えて、今回の事件についての話をした。


 詳しいことは言えないけど、これから王都の警戒が厳しくなるかもしれないこと。

 帝国が、色々とやってきていること。

 これから俺とオデットは、また『エリュシオン』の探索に入ること。

 そんなことを、お茶を飲みながら話していると──



 不意に、来客がやってきた。




「ユウキさま。書状が届きました」


 応接に向かったマーサが、丸めた羊皮紙ようひしを手に戻って来る。


「書状? 誰からだろう」

「メメント侯爵家こうしゃくけの方だそうです」

「……メメント侯爵家。聞いたことがありますわね」


 オデットがうなずいた。


「確か『魔術ギルド』の準B級魔術師に、同じ家名を持つ方がいらっしゃったはずですわ。カイン殿下を崇拝すうはいしている、強力な魔術師だとか」

「そんな家の人が、俺に何の用だろう?」


 俺は羊皮紙を開いてみた。

 そこには──



『「エリュシオン」地下第5層の探索について、ご相談したいことがございます。

 明日の夕刻、「魔術ギルド」の第3実験棟までご足労いただけないでしょうか。


 なお、このことはユウキ=グロッサリアさま、オデット=スレイさまのみにお伝えしております。

 どうか、ご内密にお願いいたします。



 B級魔術師 イーゼッタ=メメント』



 ──そんなことが書いてあったのだった。





──────────────────



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