第130話「幕間:魔術ギルド賢者会議(2)」

 ──数日後 リースティア王国『魔術ギルド』大会議室──





 その日『魔術ギルド』の大会議室で、緊急の会議が行われた。

 集まっているのはA級からB級までの魔術師たち。会議の補助を命じられた、準B級とC級魔術師、数名。

 老魔術師ザメルも、国境から戻って来たばかりのカイン王子も出席している。


 議題は、国内に侵入してきた『ガイウル帝国』の騎士団についてと、彼らが使っていた『レプリカ・ロード』について。

 そして『エリュシオン』第5層の探索についてだった。


「最初に申し上げておきます。あの黒い『王騎ロード』の使い手は、このカインではありません」


 カイン王子は周囲を見回して、言った。


「一部の魔術師の方が誤解をされたようですが、私はあの『王騎』が現れたとき、南の国境におりました。これは現地の領主も証言してくださいます。また、トーリアス領に『獣王騎』が現れたときも、私は王都にいました。黒い『王騎』で戦えるわけがありません。誤解なきよう」

「わかっておる! カイン殿下が使い手だと考えたのは、わしの勘違かんちがいいだった!」


 老ザメルは頭を抱えた。


「意地が悪いぞカイン殿下! この場で蒸し返さなくてもよかろう!?」

「議論の前に情報共有をしておきたかっただけです。ザメル老」

「……これ以上恥をかかせんでくれ」


 老ザメルは気まずそうに視線を逸らした。

 それから、カイン王子は手元の羊皮紙ようひしを引き寄せて、説明を始める。


「まずは報告します。帝国の第4皇女ナイラーラ=ガイウルとその配下は、王家の方で拘束してあります。皇女の方は捕虜ほりょとして塔に、配下は地下牢に入れてあります。彼らをどのように扱うか、また、帝国とどのように交渉するかは、王家に任せていただきたい」

「それが国王陛下の判断ということですな? 殿下」

「陛下と、私の兄の第1王子、宰相や各大臣と話し合った結果の判断です」

「わかった。それについて『魔術ギルド』は異論はない」


 魔術師たちを代表して、老ザメルが答えた。


「われら魔術師は可能な限り、政治の世界には関わらぬ。それが『聖域教会』の暴走と滅亡から学んだことじゃからな。ギルド側に、王家への異論はないよ」

「ザメル老は賢明でいらっしゃいますな」

賢明けんめい!? はっ、賢明なのは若い者たちだろうよ。わしは今回の事件で、老いを実感させられたわ!」


 老ザメルは誰にともなく、吐き捨てた。


「我ら『ザメル派』は侵入者に対して、ほとんどなにもできなかった。逆に公爵家のご令嬢──オデット=スレイに命を助けられたのだ。彼女が『霊王ロード=オブ=ファントム』をまとっていなければ、わしらは帝国の『レプリカ・ロード』に殺されていたのだ」

「彼女は勇気ある少女です。私もオデット=スレイのことは認めていますよ」

「わしはオデット=スレイをC級魔術師に推薦する。異議はなかろうな」

「ありません。だた、疑問は残りますね」


 カイン王子は、隣にいるC級魔術師デメテルの方を見た。


「『王騎』は扱いが難しい。ここにいるデメテルでさえ『霊王騎』をまともには扱えなかったのです。なのにどうしてオデット=スレイはあれを扱うことができたのでしょうか。ふたりの間に、どのような違いがあるのでしょうね?」

「相性の問題であろう。『王騎』最強の古代器物だ。使い手を選んだとしても不思議はあるまい」

「その選択基準が気になるのですがね……まあ、いいでしょう」


 カイン王子はデメテルに目配せした。

 彼女は魔術師たちの間をまわり、羊皮紙ようひしを配っていく。

 そこに書かれていたのは──『エリュシオン』地下第5階層についての情報だった。


「これは、皇女ナイラーラと、彼女の仲間から聞き出した情報をまとめたものです。彼女たちは王都にある隠し通路から『エリュシオン』に入り、地下第5階層を目指すつもりだったようですね」

「『聖域教会』が滅んで100年以上経つというのに、今さら隠し通路が見つかるとはな……」

「緊急用に設置された、一度しか使えないものだったようです。それは後ほど調査するとして──」

「問題は地下第5階層でございますね、殿下」


 準B級魔術師のひとりが手を挙げた。

 まだ若い女性だ。侯爵家こうしゃくけの娘で、『カイン派』に属している。

 彼女は老ザメルとデメテルに挑戦的な視線を向けながら、続ける。


「これによると、地下第5階層には『魔物を巨大化させるシステム』があるそうでございますね。帝国の者たちはそのシステムを手に入れるため、無礼にも私たちの王国に侵入してきたとか」


 彼女はひと呼吸おいて、周囲を見回してから、


「ですが、本当に魔物を巨大化させて、操ることができるのなら、逆に私たちが帝国に攻め込むこともできましょう。領土を広げ、王国の権威を各国に知らしめることも──」

「先走りすぎだよ。控えなさい、準B級魔術師イーゼッタ」


 カイン王子がたしなめるように、告げる。

 さらに老ザメルが彼女をにらみつけて、


「まだ目にしたわけでもないシステムを当てにして戦を仕掛けるなどありえぬ! それに、言ったはずであろう? 魔術師は極力、政治に関わるべきではないと。戦を起こすならそれは王家の選択であり、我ら魔術師はそれを支援し、助言する。それだけだ」

「老ザメルのおっしゃる通りだよ。イーゼッタ」

「はぁい。カイン殿下」


 イーゼッタと呼ばれた女性は笑みをうかべながら答える。

 それからぴたりと口を閉ざし、カイン王子を見つめ続ける。


「話を戻します。地下第5階層に入るには『王騎』か『レプリカ・ロード』をまとった状態で、『対魔術障壁』を展開する必要がある──これが、帝国の皇女ナイラーラの証言です」

「敵国の皇女の証言だぞ。殿下はそれを信じるのか?」

「そうですね……帝国の皇女はこちらの質問に一切、ためらうことなく答えていましたから、なにかの策略の可能性はあるかもしれません」

「捕らえたとき、あの皇女は言っていたぞ。『聖王騎』を火山の火口に捨てるのはやめて、と」

「黒い『王騎』の使い手に、そう言われたようですね。情報を隠すようなことがあれば、『聖王騎』はこの世から消える、と」

「ハッタリであろう?」


 老ザメルは肩をすくめた。


「貴重な『王騎』を火山の火口に捨てることができる者など、おるはずがないだろうに」

「同感です。本当にそんなことができる者がいるとしたら……その者は、私たちの想像を超えた偉大な存在か、あるいは物の価値のわからない愚者ぐしゃでしょうね」

「愚者が『王騎』を扱えるものか」

「そうですね。だから、私はおそろしいのです。あの黒い『王騎』の使い手が……」


 カイン王子の身体は、かすかに震えていた。

 彼にとって『聖域教会』は恐ろしい存在ではない。すでに過去の存在だからだ。

 帝国の魔術師たちも──脅威ではあるが、恐ろしくはない。彼らは『魔術ギルド』の魔術師たちと、同じところを見ている。求めるのは『エリュシオン』の『古代器物』と『古代魔術』だ。だから、行動の予測もできる。


 けれど、黒い『王騎』の使い手だけは、行動の予測も、思考の予測もできない。

 あの者は『聖王騎』をバラバラに破壊し、持ち去った。


 それはカインにはできないことだ。

 彼が『王騎』の使い手だったとしても無理だろう。


 もしもカインだったら──『聖王騎』を、できるだけ無傷な状態で手に入れようとしただろう。

 そのために多少の犠牲が出ても仕方がない。

『王騎』は最強の『古代器物』であり、『古代魔術文明』の貴重な遺産なのだから。

 あれを研究して複製して、その機能を王国のために役立てるメリットと比べたら、数人の犠牲など小さなものだ。


 けれど──あの黒い『王騎』の使い手は、『古代器物』になんの価値も認めていない。

 それを利用して自分の価値を高めることもしていない。

 ただ、人を守って、敵を倒す。それだけだ。


 それはまるで、子どもを守る親のように──


「──子ども? 親? なにをばかな……」

「どうされたのだ? カイン殿下」

「なんでもありません。とにかく、地下第5層の探索たんさくはすぐに始めるべきでしょう」


 カイン王子は手を振って、話を戻した。


「障壁の突破に必要な『王騎』と『レプリカ・ロード』は、私たちの手元にあります。帝国と『聖域教会』が動く前に、探索を行いましょう。帝国の者たちの『レプリカ・ロード』は得体がしれないので、ザメル派が作ったものを使いたいのですが、可能ですか?」

「無論」


 老ザメルは、にやりと笑ってうなずいた。


「我が孫のために作ったものと合わせて2個、すでに用意しておる」

「オデット=スレイにも協力を仰ぎましょう。彼女なら『霊王騎』を扱えるはずです。デメテルはそのサポートをして欲しい。『霊王騎』を扱った者同士ということでね」

「わかりました。殿下」


 C級魔術師デメテルは言った。


「念のため、同じパーティのユウキ=グロッサリアを同行させても構いませんか? 彼は有能な魔術師です。隣にいれば、オデット=スレイも安心すると思いますので」

「わかった。それならアイリスも同行させよう。オデット=スレイが精神的に安定した方が、『霊王騎』も扱いやすいだろうからね。デメテルは彼らのサポートを──」

「殿下、それは私にやらせていただけません?」


 不意に、魔術師イーゼッタが声を上げた。


「公爵家の令嬢、オデット=スレイがどうして『霊王騎』を使えるのか、興味があるのでございます。伏してお願いいたします。ぜひに」

「そこまで言うなら同行は許そう。しかし、サポート役はデメテルだ。それで構わないなら」

「感謝いたします。殿下」


 魔術師イーゼッタは立ち上がり、ここが社交の場でもあるかのように、貴族としての礼をした。


「貴族としても──すごく興味があるのでございます。『魔術ギルド』に入り、一気にC級まで駆け上がったユウキ=グロッサリアと、オデット=スレイ。特にスレイ家のご令嬢は──同じ上級貴族としても──」

「魔術師が貴族としての立場にこだわるべきではなかろう。イーゼッタ=メメント」

「建前でございますね。ザメル老」

「建前だとしてもだ!」


 老ザメルの一喝に、魔術師イーゼッタはうなずき、引き下がる。


「地下第5階層の障壁突破については、以上のように行うこととしよう。あとは、障壁までの通路と階段をふさいでいる瓦礫がれきの撤去についてだが、これは地の魔術を得意とする者を集めて──」


 その後は、実務的な話が続いた。

 やがて、賢者会議は終わり、『魔術ギルド』の賢者たちは会議室を出て行ったのだった。






「デメテルさま。お話をしてもよろしいでございますか?」


 賢者会議が終わったあとの、会議室。

 ひとり残ったデメテルが資料を片付けていると、魔術師イーゼッタが近づいてきた。


「カイン殿下の側近であるあなたに、お伝えしたいことがあるのです」

「なんでしょうか。イーゼッタさま」

「……殿下の御前では申し上げられなかったのですが」


 イーゼッタは唇に指を当てて、少し考えるようなしぐさをしてから、告げる。


「老ザメルの時代は終わったと思いません?」

「なにを言うのですか、イーゼッタさま!?」

「えー? だって、帝国の騎士団が国内に侵入したというのに、『ザメル派』はなにもできなかったんですよね? 敵を倒したのは無派閥むはばつのオデット=スレイと、謎の黒い『王騎』ですもの。老ザメルたち『ザメル派』は、そこにいただけじゃございませんか」

「それを言うなら自分たち『カイン派』は、戦うことさえなかったのでは?」

「あっれー? デメテルさまは、カイン殿下を非難なさるのでございますか?」

「そういう意味ではありません!」


 思わず声を荒らげるデメテル。

 けれど、イーゼッタはいたずらっぽい笑みを浮かべて、


「冗談を言ったのに怒ることはないではございませんか」

「お話はそれだけですか」

「いいえ、協力をお願いしたいと思いまして」

「協力?」

「明確な敵が現れた以上、『魔術ギルド』は一枚岩にならなければいけません。すべてを『カイン派』で統一して、カイン殿下のご意志のもと、帝国に立ち向かうべきなのでございます」


 不意に、真剣な表情で、イーゼッタは宣言する。


「そのためには力が必要なのでございます。『エリュシオン』の『地下第5階層探索』を機会に、オデット=スレイとユウキ=グロッサリア──才能ある2人を、カイン殿下の忠実な臣下として取り込むべきだと考えております。そのための協力をお願いしたいのでございます」

「あの2人を?」

「デメテルさまは、2人が『魔術ギルド』のオリエンテーションに参加したときからご存じのはず。情報を聞かせて欲しいのでございます。カイン殿下のために」

「……カイン殿下のために?」


 デメテルは、一瞬、迷った。

 彼女のカインへの忠誠は絶対だ。デメテルはカインの才能と知性に心服している。

 だから常に側にあって、彼を支えてきた。

 それが揺らぐことはない。けれど──


「あの2人は、自分の教え子でもあります。彼らの情報を、許可もなく教えるわけにはいきません」

「あらあら、残念」


 言葉とは裏腹に、あっさりとイーゼッタは引き下がる。


「いいでございます。子どもを大切にするデメテルさまには頼みません。カイン殿下の勢力拡大は、このイーゼッタの手で行います。ですが、デメテルさま。いつまでもあなただけが殿下の一の部下とは限りませんよ?」

「お話はそれだけですね?」

「ええ、それだけですとも」


 そう言ってイーゼッタは、会議室から出て行った。

 何事もなかったかのように、デメテルは片付けを続ける。

 ただ──


「そういえば間もなく、殿下とユウキ=グロッサリアが戻ってくるのでしたね……」


『地下第5階層』の探索が始まる前に、会っておくべきかもしれない。

 デメテルはふと、そんなことを考えたのだった。





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